巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

解釈をどうするか

教理的シフトゆえに牧師廃業に追い込まれた ‟落伍者” に注がれている主の憐れみーージェイソン・スティールマンの霊的旅路

出典 2018年8月26日記事の再掲載です。教義や教派問題で葛藤し、あるいはなんらかの事情で教会に躓いてしまい、現在、どこにも信仰共同体や共感し合える仲間を見出すことができずにいる方々にとってこの記事が励ましとなりますように。苦しみの只中に…

悩める神学生たちへの励ましの手紙――現代正教神学の諸潮流をどう捉えればいいのか?【マシュー・ベーカー神父遺稿集】

Fr. Matthew Baker (♰2015), Ways of Modern Orthodox Theology, Letter to Students of St Tikhon's Seminary, September 20, 2014, in Faith Seeking Understanding (2021) 拙訳 確かに考えさせられることが多いですね。 聖伝についての説明を誰かから聞く…

原理主義でもない、懐疑主義でもない、リベラル主義でもないポスト近代における公同的伝統キリスト教への展望【ジェームズ・K・A・スミス選集】

目次 痛みと傷からの再生――原理主義でもない、イマージング風リベラル主義でもない公同的キリスト教への模索と探求(回想) 著書『どうしたらセキュラー(secular)にならないでいることができるか?ーーチャールズ・テーラーを読む』【インタビュー】 公共…

聖書正典(biblical canon)の問題に正面から取り組んだ福音神学校教師の探求記

写真 私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【その1】南部福音神学校の教官としてより一部抜粋 南部福音神学校(SES)で教鞭を取りながら同大学の博士課程にも入っていた私は当時、神学校で受容してきた、より重要な諸教理に関し研究を…

ディスペンセーション主義者を理解する (by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大学、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, 1986(インターネットにて公開) 著者紹介 はじめに 用語定義・聖書の歴史的形態・ジョン・N・ダービーについて スコフィールドのディスペンセーション…

私たちに語りかけてくる伝統とは何か?

目次 「ガダマーの解釈学についてーーディルタイとの連続性と相違性ーー 」を読んで ディルタイ 「解釈学的循環」 「客観的精神」 歴史的な存在としての人間 先行判断 私たちに語りかけてくる伝統 地平の融合 開かれた態度で過去のテクストとの思索的対話を…

トマス・アクィナスの解釈学とプラトン主義的伝統(by ピーター・クリーフト 、ボストン大学)

出典 目次 「聖書」と「自然」ーー二つの書 「聖書および自然は、signで溢れている」 脱構築主義との対照 アナロギア(類比) 創造(Creation)

「字義通りの解釈」という思想と、人間観(anthropology)の考察

実験室(出典) 19世紀に英国で興ったディスペンセーショナリズムというプロテスタントの一潮流があります。 ディスペンセーショナリズムは、当時猛威を振るっていたキリスト教リベラリズムに対抗する敬虔運動としての肯定的側面を持っている一方、その聖…

良き師の思い出

出典 以前の記事の中で少し触れましたが、私はこれまで正式な神学教育をほとんど受けてきていません。望んでいてもその機会に恵まれなかったためでしょうか、私は常に師に飢え渇き、訓育の場に飢え渇いていました。

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【その1】南部福音神学校の教官として

出典 目次 ある学生の問い 南部福音神学校(SES)の教官として 福音主義の根本的諸問題に直面して 正統性に関する問題 最大の悩みーー「教派選び」

いかにして聖書を読めばよいのだろうか。(by エイダン・キメル)

Fr. Aidan Kimel.

私の辿ってきた道ーーフレッド・ノールティー師の信仰行程

ノールティー一家(出典) 目次 生い立ち カベナント大学、そしてウェストミンスター神学校へ 自分の中に在る「非聖書的な諸前提」を根絶したい 快適ゾーンから一歩外へ 教会にとっての最終権威は何(or 誰)なのだろう? 今自分が置かれている条件下では解…

テキスト解釈における「疎隔」の機能ーーリクールとガダマーの出会い(久米博氏、一橋大学論叢)

ハンス・ゲオルグ・ガダマー(1900-2002) 目次 1.テキスト解釈の問題 2.ガダマ一における「疎隔」の概念 3.リクールの解釈理論における「疎隔」の機能 ディスクールとしての言語表現 作品としてのディスクール パロールとエクリチュールの関係 テキスト…

ドグマ、懐疑、モダニティー、そしてゲットー神学ーーある信仰者の精神の軌跡

出典 Fr. Aidan Kimel, Dogma, Doubt, Modernity and Ghetto Theology(抄訳) 先月、ピーター・エンズは「経験はわれわれに、ラディカルに非ドグマチックであれと教える」という論文*1を発刊しました。このタイトルを読んでまず私は「おお、〔このような言…

聖書批評学の変遷(聖書神学舎 津村俊夫師)

ポスト構造主義 目次 聖書批評学の変遷 1.通時論から共時論へのシフト 2.歴史的事実(史実)に対する不可知論 3.著者よりも読者にフォーカス 聖書神学舎教師会〔編〕『聖書信仰とその諸問題』聖書信仰と批評学、p.82-86.(執筆者:津村俊夫師、ウガリ…

智慧から認識論へーーいかにして「人間精神」と「世界」との間のつながりが絶たれていったのか?(by ジェン・ズィンマーマン、トリニティー・ウェスタン大 解釈学)

自分は、、この世界、そして他者とどのようにつながっているのだろう。。(出典) 目次 智慧から認識論へ 解釈の衝突 基礎づけ主義の誕生 教化から証明へ 精神と世界の分離 ルネ・デカルト 合理主義 伝統からの理性の独立 影響その① 影響その② 深い裂け目が…

聖書神学運動の興亡(by バルナバ・アスプレイ、ケンブリッジ大 解釈学)【悩めるグランパたちへの応援記事】

ふ~、変化が著しいなぁ。。 目次 はじめに 1.その誕生と目標 2.いくつかの諸問題 問題点その1 問題点その2 問題点その3 そして、、最大の問題点は。。 3.結論ーーここからさらに前進していく 文献案内

「異なる」聖書解釈の仕方が存在する?ーーこれは実際どういう意味なんだろう?(by バルナバ・アスプレイ、ケンブリッジ大 解釈学)【悩める学生の皆さんへの応援記事】

「ねぇ、『異なる』聖書解釈の仕方が存在するっていうのはさ、つまり、アイスクリーム屋さんに並んでるスウィーツを見ているって感じなのかな。どう思う?」 「スウィーツ?よう分からんわな。」 目次 はじめに ファンダメンタリズムの場合ーー内向きの運動 …

私たちクリスチャンは旧約聖書をどういう風に捉えればいいのだろう?(by バルナバ・アスプレイ、ケンブリッジ大 解釈学)【悩める学生の皆さんへの応援記事】

あ~もうお手上げ、、かも。 目次 はじめにーーみんなが頭を悩ませてきた問題! 3つのアプローチをみてみよう。 モデル1.「旧約は律法についての書であり、新約は恵みについての書です。」 モデル2.「旧約は文化的に特定のものであり、新約は時代を超越…

私たちが解釈(hermeneutics)をする上で是非とも知っておきたいこと(by ジェン・ズィンマーマン、トリニティー・ウェスタン大学)

目次 1. Hermeneutics(解釈学)という語はどこから来たのか? 2.今日、hermeneutics(解釈学)は何を意味しているのか? 3.知覚の性質 4.知識というのは関心によって突き動かされている(interest-driven) 5.地平の融合(fusion of horizons) …

レフリーはどこに?ーープロテスタンティズムと権威の所在

目次 プロテスタンティズムと権威の所在 「誰が」その結論に権威を付与しているのだろう?

「聖書のみ」というプロテスタント教理は間違っているのだろうか?ーーロバート・アラカキ氏(東方正教会)とデイビッド・ロクサス氏(プロテスタント教会)のやり取りを読んで。

目次 はじめに ロクサス氏(新教)からアラカキ氏(正教)への問いかけ アラカキ師の指摘する「聖書のみ」の認識論的問題点 私の解釈を「誰が」正しいと定めるのだろうか?ーー「聖書のみ」と権威の所在

教会は宗教改革を「悔い改める」べきか、それとも「回復させる」べきか?ーープロテスタント界の解釈学的アナーキーとその解決に向けての省察②(by ケヴィン・ヴァン・フーザー、トリニティー神学校)

1519年にライプツィヒで行なわれた公開ディベート。マルティン・ルター vs ヨハン・エック 目次 「キリスト教の危険思想」(アリスター・マクグラス) 私たちの宗教改革の父たちの(故意によるものではなかった)悪行を悔い改める?? 批判1)宗教改革…

教会は宗教改革を「悔い改める」べきか、それとも「回復させる」べきか?ーープロテスタント界の解釈学的アナーキーとその解決に向けての省察①(by ケヴィン・ヴァン・フーザー、トリニティー神学校)

目次 「建設的プロテスタンティズム」 関連資料 ①プロテスタント側からの弁明 ②カトリック側からの挑戦と問題提起

なぜ解釈学を学ぶのか?(アンソニー・C・ティーセルトン、ノッティンガム大)

Anthony C. Thiselton, Hermeneutics: An Introduction, chapter 1, sec.1. Toward a Definition of Hermeneutics(拙訳) 解釈学は、私たちがいかにテキストを読み(特に自分たちとは時間や生活の文脈を隔てたところで書かれたテキストを取り扱う際)、理解…

聖書理解における地平の融合ーー「疎隔」について(D・A・カーソン、トリニティー神学校)

地平(出典) D.A. Carson, Exegetical Fallacies, Introduction, p.20-22.(拙訳) 聖書の批評的研究に常につきまとう危険は、解釈学者たちが呼ぶところのいわゆる「疎隔(distanciation)」にあります。疎隔というのは、批評的働きにおける必要要素です。…

「混沌」から「より明瞭」な方向へ羊を導いてくれる聖書教師

目次 はじめに 1.立場や前提やリソース元をごまかさず、率直に明かしてくれる教師 2.解釈の「なぜ」に共に取り組んでくれる教師

「そもそも聖書の解釈の仕方など学ぶ必要あるの?」(D・A・カーソン、トリニティー神学校)

目次 はじめに できる限り良心的に、聖書のバランスを計り、歴史的/神学的「あれかこれか」的分裂への屈服を避ける。 聖書のある部分におけるアンチテーゼ的性質(特にイエスの説教のある部分)はレトリックなものであり、絶対的でものではないことを認識す…

「○○的な聖書の読み方をしよう」と人に誘われた時、私たちはどう対応すればいいのでしょうか?

ある時、教会の役員の方が私の所に来られ、次のようにおっしゃいました。「あのね、○○的な聖書の読み方って知ってる?これ、すごいんよ。講義テープ貸したげるから一度聴いてみて。○○的読み方分かるとね、聖書が、ぐぁーってものすっごく良く分かってくるか…

予型論について(『ベイカー福音主義神学事典』他)

目次 予型論について(『ベイカー福音主義神学事典』) 予型/予型論について(Type, Typology) 解釈的重要性 現在の論争 〔参考文献〕 予型論について(『ティーセルトンのキリスト教神学事典』) 〔比較研究のための資料〕オリゲネスのローマ書解釈ーオリ…