巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

神観・人間観・世界観・歴史観

ユーカリストに召されて(by ピーター・J・ライトハート)

目次 はじめに 文化的な産物としてのパンと葡萄酒 共有された祝祭(shared festivity)としてのユーカリスト

〈宗教センター〉としてのショッピング・モール、世俗liturgy、そして対抗文化造形としてのキリスト教礼拝(by ジェームズ・K・A・スミス)

われわれは一つの錯覚の中に生きている。ーー世俗という空間が ‟ニュートラル” であるという神話の中に。(出典) 目次 文化的 ‟儀式” と心の愛着 〈宗教センター〉としての現代ショッピング・モール 対抗文化造形としてのキリスト教礼拝(Worship as Counte…

エヴァンジェリカル遊牧民のはてしない物語

出典 正教会神学者のロバート・アラカキ師が、最近のいわゆる‟ポスト・エヴァンジェリカル折衷主義者*”たちのことを、「よりグリーンな牧場を求め、あくせくと動き回る宗教的遊牧民」に譬えているということを前の記事で書きました。アラカキ師はもちろん‟根…

なぜ西洋神学が支配的な場所で「ペンテコステ運動」が繁栄するのだろう?ーー東方正教会バルナバ・パウエル神父の視点【東方から西方の聖霊運動をみる】

東の方からは、西はどのように見えているのだろう?(出典) 目次 はじめに 宗教改革の「治療薬」としてのペンテコステ主義!? 西洋キリスト教世界における「反動」としてのペンテコステ運動 最大の希望 一致のあり方

アンソニー・ボリーソフ神父(ロシア正教会)とジョン・ミルバンク氏(聖公会神学者)との対談記事

モスクワ神学アカデミー(出典) 目次 モスクワでの対談 〔補足〕改革派神学はラディカル・オーソドクシーをどう見ているか

二つのナラティブの間でーー福音派弁証家ハンク・ハングラフ氏の東方正教会転向に関しての所感

有名な福音派弁証サイトであるChristian Research Institure(キリスト教リサーチ研究所)主幹で、長年、福音主義教会で弁証の働きをしてこられたハンク・ハングラフ師(Hank Hanegraaff;68歳)が、昨年、東方正教会に転向されました。

ジョン・ウィクリフ研究ーー何をもって人は ‟英雄的改革者” と称され、あるいは ‟異端者” の烙印を押されるのだろうか?

正統と異端が織りなすダイナミズム。これは他の文化圏にくらべて、中世ヨーロッパ世界に特徴的な歴史事象である。ヨーロッパでは、中世の正統と異端の相剋の中から、宗教改革の理想も市民革命の精神も生まれたといってもよい。ーー『中世の異端者たち』より…

福音主義者たちによる福音主義者たちのためのシカゴ・コール(1977)ーー歴史的ルーツと連続性への呼びかけ

失ってきた遺産を再訪する旅に出かけよう。(写真) 1977年5月、45人の福音主義指導者たちが米国シカゴに集まり、自分たちの過去の歩みを冷静に振り返った上で、「シカゴ・コール」と言われる声明を発表し、福音主義教会の、歴史的キリスト教への回帰…

プロテスタンティズムは終焉しつつあるのか?ーーピーター・ライトハート氏とダグラス・ウィルソン氏の公開ディベートから学ぶこと

2015年4月ニュー・アンドリューズ大で行なわれたピーター・ライトハート氏(写真左)とダグラス・ウィルソン氏(写真右)の公開ディベートの記録:「エキュメニズムと教会の標 “Ecumenism and the Marks of the Church.”」 目次 はじめに 終末観の違い …

恩寵と自然の関係をめぐっての20世紀カトリック内部論争とその躍動ーー新スコラ学と「ヌーヴェル・テオロジー(Nouvelle Théology)」(by ケヴィン・ヴァン・フーザー、トリニティー神学校)

目次 ヌーヴェル・テオロジー(Nouvelle Théology):「恩寵」は「自然」に浸透する〔本体論的調停〕

懐疑に苦しむクリスチャンへの励まし②ーーなぜ懐疑主義は人間本性にフィットし得ないのかについて(by エスター・ミーク)

出典 目次 「懐疑」から「確かさ」へ、そして再び「懐疑」【サイクルその2】 「懐疑」から、、、そして次は何?【サイクルその3がスタート】 なぜ懐疑主義はフィットし得ないのかについて そして今、どうなっているの?

日の下に新しいものは一つもない。ーー宗教プロパガンダと暴走する「神聖」列車

敬虔なるクリスチャンたちを乗せた列車が疾走している。 脇目もふらず、一心不乱に。 プロパガンダの旗がなびき、〈御用神学〉と〈宗教的熱心〉と〈盲目なる善意〉が一つに溶け合う。 おお愛する友よ!汝らもまた、古の街道をひた進むのか? 目次 一揆を起こ…

「神学者レベル」の牧師と、「大衆レベル」の牧師?

出典 キリスト教界には、「神学者レベル」の牧師と、「大衆レベル」の牧師という二種類(二層)のパスターが存在するのでしょうか。聞くところによると、後者のカテゴリーに属するパスターたちの方が、より一層、誤教理・誤解釈・誤体系にのめり込みやすく、…

ピューリタンの祈り〔総集編〕

目次 まぼろしの谷("The Valley of Vision") 祈りの中で("In Prayer") 汝のみこころのままに私をお用いください("God's cause") おお主よ、私は塵だらけの殻です("Man a Nothing") 無限と有限("The Infinite and the Finite") パラドックス("Para…

「註」から見えてくるもの

出典 「註が一個も付いていない論文がないわけではない。ただし、その場合、その論文に含まれている事実関係のデータはすべて自分で調査したものであり、議論の前提となる命題も、論証過程も結論もすべて自前のものでなければならない。 しかし、多くの場合…

過度の単純化/還元主義/誤前提から生み出される解釈的弊害を避けるために②ーー神学と哲学との関係についての諸類型(ミラード・エリクソン『キリスト教神学』)

「ヘブライ的思考 vs ギリシャ的思考」(トーラー遵守を強調する「ヘブル的ルーツ運動」団体The Way Biblical Fellowshipの教え) 目次 神学と哲学との関係についての諸類型(ミラード・エリクソン) 神学と哲学の間には全く関係がないとする立場 哲学は神学…

「はじめから全く挫折し崩壊状態にあった教会」ーージョン・ネルソン・ダービーの教会観・終末観及びその思想的余波について(by E・H・ブロードベント他)

ジョン・ネルソン・ダービー(1800-82) 目次 ジョン・ネルソン・ダービーの教えーー崩壊状態にある教会 「おのおののディスペンセーションは最初から失敗していた。」 「崩壊状態にある教会」というダービーの教会観に対するアウグスト・ロシャーの…

意図されたものではなかった宗教改革?(by マイケル・ホートン、ウェストミンスター神学校)

目次 一般に受け入れられているモダニティー解釈 〈スコトゥス・ストーリー〉とは何か? 1.一義性(Univocity) 2.節約の原理もしくは「オッカムの剃刀」 3.知性そして自然から(神および私たち両方の)意志を分離させるラディカルな主意主義(volunta…

時代を徹底的に生き抜いた信仰者、南原繁ーー「ナチス精神とその世界観的基礎」および歌集「形相(けいそう)」より

天なるや日は照らせども現身(うつそみ)のわれのいのちの常なげくなり 繁 南原繁(なんばら しげる、1889-1974)。日本の政治学者。香川県大内郡南野村生まれ。1910年6月一高卒業。7月、東京帝国大学法学部に入学後、内村鑑三の薫陶を受け、…

「時代の教理」ファシスト的伝統(by G・エドワード・ヴェイス他)

「彼は愚かではなかった。完全な無思想性―――これは愚かさとは決して同じではない―――、それが彼をあの時代の最大の犯罪者の一人にした素因だったのだ。このことが〈陳腐〉であり、それのみか滑稽であるとしても、またいかに努力してもアイヒマンから悪魔的な…

人のこだわり、そして神の恵み。

有名な文芸評論家である丸谷才一氏(1925-2012)の著書の一つに『文章読本』というものがあります。 これは丸谷氏が多彩な日本語の名文を実例に引きながら、文章の本質を深く明快に論じていくおもしろい本ですが、私が一番興味をもったのが、この書の一番終…

マルクス主義/フェミニズムとキリスト教世界観(by ヴェルン・ポイスレス、ウェストミンスター神学校)

1920年7月、第2回コミンテルン大会(ペトログラードにて) 目次 マルクス主義とフェミニズム 贖罪プログラムに関し、彼らが提示しているもの 偽造化(Counterfeiting) マルクス主義者およびフェミニストの聖書批評 非人格主義的世界観(Impersonalisti…

神が比喩的に語られるとき(by ヴェルン・ポイスレス、ウェストミンスター神学校)

春陽のかがやき。さあ、神の創造された〈ことば〉の草原を元気いっぱい駈け巡ろう! 目次 神からの贈り物としての、言語の持つあらゆる能力 比喩的表現を識別する 「文字通り/字義的」と「比喩的」を共に受け入れる

どんなカテゴリー/カテゴリー体系も私たちに究極的リアリティーは提供していない(by ヴェルン・ポイスレス、ウェストミンスター神学校)

Vern Sheridan Poythress, Symphonic Theology: The Validity of Multiple Perspectives in Theology, chap.7(抄訳) どんなカテゴリー(範疇)を用いても、私たち人間は、形而上学的に究極的な「世界分析」を行なうことはできません。また、なにをもってし…

永遠なるものと時間的なものーーキリスト者の歴史観と希望について

キリストの世界において、遠方が裂け、開く。天穹が割れ、開く。 「キリスト教的意識は、永遠なものが時間の中にいりこむことができることを究極まで承認したことによって、歴史を、歴史の観念を与えたのであった。」と異色のロシア人哲学者ニコライ・ベルジ…

なぜ「組織」神学は、現代人の間で、嫌忌されるようになっていったのか?ーーその思想的背景について(by アンソニー・C・ティーセルトン他)

目次 なぜ「組織」神学は、現代人の間で、嫌忌されるようになっていったのか?ーーその思想的背景について(by アンソニー・C・ティーセルトン) 〔補足資料〕神学の必要性(by ミラード・エリクソン) 序. 神学は本当に必要なのだろうか? 理由1.信仰者…

人間の忠実さ、脆さ、そして神の憐れみ。

あなたの真実は代々に至ります。詩篇119:90a 「○○説/○○主義を握りしめている人は、そうすることで自分自身を守っているのだと思います。」とある方がコメントしてくださいました。 自分自身を守っている、、、うーん、私はどうなんだろう。自己防衛の…

時, time, χρόνοςについて(『ベイカー福音主義神学事典(Evangelical Dictionary of Theology)』より)

Walter A. Elwell, ed., Evangelical Dictionary of Theology, Second Edition, 1984("Time"の項を全訳) 執筆担当者:カール・ヘンリー

真理の探究はむずかしい(by アウグスティヌス)

いったい時間とは何でしょうか。だれも私にたずねないとき、私は知っています。たずねられて説明しようと思うと、知らないのです。ーーアウグスティヌス 目次 真理の探究はむずかしい おお、自分が何を知らないかさえも知らないとは!ーー嘆きと嘆願の祈り …

黙示と新約聖書の神学(by ジョージ・エルドン・ラッド)

目次(小見出しは読みやすさを考え訳者が任意に作成したものです。) エルンスト・ケーゼマンの論文、大きな反響を呼ぶーー黙示への関心のルネッサンス 黙示思想における終末論的二元論について 「この時代」と「来るべき時代」 なぜ彼らは、歴史の中での神…