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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

公正さ(fairness)についての省察――隣人をより良く知り、より深く愛していくために。

ゴスペルフラ現象についての記事でお話しましたように、私は先日、アメリカ人の宣教師の方から、現代英語のredeem「贖う」は、(聖書的・狭義の用法だけでなく)もっと広義な意味合いでも使われる動詞でもあるということを教わりました。 翻訳者として、これ…

川の慰め――エミー・カーマイケルの信仰詩

時が時を数えつつ、二年という歳月が過ぎ、 人生の流れを共にした人が、 すべてを変える海の方へ 彼女の祖国へと急ぎながら 去っていった。 彼女は今も、私にとっての彼女自身でいてくれるのかしら? それは可能? 私の兄弟、私はあなたにとって、以前のまま…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑫ いろいろな社会的要因(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) (訳者注:この章の中の小見出しは訳者によるものです。) 次に、ディスペンセーション主義のグループ内に存在する…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑩「千年王国と万物の成就を巡っての意見の一致と相違について」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 千年王国と万物の成就(THE MILLENNIUM AND THE CONSUMMATION) では、千年王国のことはどうでしょうか?私たちはこ…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑨「代表としてのかしら性」「キリストの十字架における二分法」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、――それというのも全人類が罪を犯したからです。」(ローマ5:12) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensatio…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑧ 契約主義神学の中でのいくつかの進展(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「ねぇ、ぼくのヒヨコさん、各時代間における『有機的なつながり』ってなんだろね?」(情報源) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) それでは本章では…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑦ スコフィールド以後のいくつかの進展(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

『新スコフィールド・リファレンス・バイブル』(1967) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) その後、いくつかの興味深い進展がディスペンセーション主義…

すべての真理は神の真理である。(by R・C・スプロール)

R.C. Sproul, All Truth Is God’s Truth(全訳) 自分の思考や精神に、消えることのない深い印象を刻みつけた著書というのが数冊あるが、その中の一冊が、The Metaphysical Foundations of Modern Science(「現代科学の形而上学的基礎」)だった。 50年以…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ② 「ディスペンセーション主義者と非ディスペンセーション主義者が、互いの意見に耳を傾け合う」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists,Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986, chapter 1 (目次はココです。) これまでディスペンセーション主義の正誤を明かそうと多くの著述がなされてきました。そういった弁証・反…

ユダヤ・キリスト教的な時間観について――時の螺旋(らせん)構造と歴史認識

時というものには、創造から終末に向かう「線分」という側面と、「円環」という側面があり、したがって聖書的な時間観というのは螺旋(らせん)的である、というとても興味深い記事を読みました。それをみなさんにも共有したいと思います。 以下、苫小牧福音…

イマージング運動――昔風のリベラリズム(by ボブ・デウェイ)【前篇】

Doug Pagitt and Tony Jones, Emergent Manifesto of Hope, An (emersion: Emergent Village resources for communities of faith) Bob DeWaay, Emergent Old Fashioned Liberalism 最近、出版されたドーグ・パジット/トニー・ジョーンズ共編『希望のイマー…

「イマージング・チャーチ・ムーブメントとは何ですか。そしてどのようにしたら私たちはその動きを識別することができるのでしょうか。」(by ジョン・マッカーサー&フィル・ジョンソン)【その3】

〔その1〕〔その2〕からの続きです。 フィル・ジョンソン:それから今ここで語られているポストモダニズムですが、これが一体何なのか、読者のみなさんに分かりやすく説明してくださいますか。秘義や不確かさの受容とか、、そういう事は先ほど少し伺いまし…

宗教改革、ルネッサンス、そして全的人間(by フランシス・A・シェーファー)

宗教改革期の教会 Francis A. Schaeffer, Escape from Reasonより抄訳 ルネッサンスと宗教改革思想との間の相違は、多くの実際的結果を生みだした。例えば、ルネッサンスは女性たちを「解放」し「自由」にした。そしてそれは宗教改革とて同様である。――しか…

真のジェントルマン――神の国のエートスに生きる男性たち

キリスト教界の中で近年特に、煙たがられ、胡散臭がられている地味な一角があるのを皆さんはご存知でしょうか。それは、相補主義の立場にたつ保守男性群です。

人間性の悲劇(三谷隆正)

史家フライタークは、ルターの生涯を評して言う。「ルターの生涯もまた之を大観する時、すべての偉人のそれと同じように、全体として深刻なる悲劇的感銘を与える」と。 フライタークによれば、歴史的偉人にしてほぼその使命をつくすに近いだけの寿命を全うし…