巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

神観・人間観・世界観・歴史観

聖ヨハネの神の国の幻像ーー正教会の黙示録解釈のご紹介

パトモス島にある教会(出典) 目次 ブログ管理人より親愛なる日本正教会のみなさまへ 黙示録ーー聖ヨハネの神の国の幻像 序 教会へのキリストの配慮 天上的な集い 罪深いこの世への神の裁き 神の国の到来 神に対するサタンの反抗 子羊と龍との間の霊的な戦…

智慧から認識論へーーいかにして「人間精神」と「世界」との間のつながりが絶たれていったのか?(by ジェン・ズィンマーマン、トリニティー・ウェスタン大 解釈学)

自分は、、この世界、そして他者とどのようにつながっているのだろう。。(出典) 目次 智慧から認識論へ 解釈の衝突 基礎づけ主義の誕生 教化から証明へ 精神と世界の分離 ルネ・デカルト 合理主義 伝統からの理性の独立 影響その① 影響その② 深い裂け目が…

道を求める魂とキリスト教弁証

その道を歩み、魂に安らぎを得よ。エレミヤ6:16 カトリックの弁証家であるロバート・バロン神父の講義「無神論と‟神”という語の意味」を聴きました。これは、クリストファー・ヒッチェンズやリチャード・ドーキンズ等、世俗主義ファンダメンタリスト(New…

ビザンツ正教思想における新プラトン主義(袴田玲氏、日本学術振興会特別研究員)

聖マクシモス(Μάξιμος ο Ομολογητής, 580-662)のイコン(出典) 目次 序 神化とヘシュカスム パラマスにおける神化とプロティノスにおける合一

主従関係の逆転ーー神に「命名」しようとする人間たちの尊大な試み【拡大膨張する聖公会のフェミニズム問題】

「人間として存在することーーそれは自己に命名し、世界に命名し、そして神に命名することである。」 メアリー・デイリー(フェミニスト神学者、1928-2010) christiannews.net(抄訳)

『共通祈禱(Common Prayer)』それとも筋書き通りの政治?(by カール・R・トゥルーマン、ウェストミンスター神学校歴史神学)【米国聖公会とジェンダー包括語問題】

「現時点ですでに人々は、『人間』に関するジェンダー用語を勝手に書き変える大胆不敵さを持っているのですから、今後は『神』に関するジェンダー用語さえも書き変えていくーーそういう大胆不敵さをも近い将来、発揮していくことになるのではないでしょうか…

あなたの葛藤は尊いものーー点在の世界に統一性を見い出そうとする人間の知的欣求について(by エスター・ミーク)

執筆者:エスター・L・ミーク。ペンシルベニア州ジュネーブ大学哲学科教授。ヴァン・ティル学派の前提主義、ジョン・フレームの多元遠近法(multiperspectivalism)及び、マイケル・ポランニーの暗黙知(tacit knowledge)をベースに、契約主義キリスト教認…

人間の叫びーーアルフレッド・テニソンの信仰詩

出典 目次 人間の叫び 砕けよ、砕けよ、砕けよ 「追憶の詩」へのプロローグ

キリスト教とギリシャ文化/哲学を私たちはどのように考え、どのように識別してゆけばよいのだろう?ーーA・ハルナック「ヘレニズム化説」に関する考察(by バルナバ・アスプレイ、ケンブリッジ大学)

殉教者ユスティノス著『ユダヤ人トリュフォンとの対話』(2世紀):ユスティノスとヘレニズム・ユダヤ教徒トリュフォンとが、旧約聖書の様々な箇所の解釈をめぐって交わす論争を対話篇の形で述べたもので、その序文は、プラトン主義者であったユスティノス…

用語の再定義、BOBO理論、「ヘレニズム的思考」によって汚染された正典、「ヘブライ的思考」 のレンズ。【ヘブル的ルーツ運動(HRM)検証】

レンズの種類によって客体が違って見えるんだね。(中性密度と偏光子)出典 目次 用語の再定義 BOBO理論の登場 「ヘレニズム思考」に汚染された西洋教父たちにより編纂された欠陥ある聖書正典!? 聖書を「ヘブライ的思考」のレンズおよびヘブライ語を通して…

東方キリスト教世界で激しさを増しつつある〈アンチ西洋メンタリティー〉とそのレトリックについて(by デイビッド・B・ハート、東方正教会)

Embryo Parson, For Evangelicals and Others Considering Eastern Orthodoxy(抄訳) 改宗した私が直面したのは、西洋的なものに対する正教徒の方々の敵対心でした。「信仰の母胎である西洋神学的枠組みの中のなにかを、改宗後も保持できたら。。」と願って…

時間を感じとるための心

デジタル空間と時間(出典) 時の経過と川は同じであり、 どちらも、たゆむことなき流れと共に、旅路を急ぐ。 いかなる財宝もそれを買収することができず、 どんな祈りをもってしてもそれは留まってはくれない。

パリサイの濫觴(らんしょう)ーー三谷隆正『幸福論』より

「パリサイ人たちに非難されるキリスト」(Duccio di Buoninsegna作, 1308)出典 目次 われらの実践生活における根底的問題は、はたして知不知の問題だろうか? マカベウス一族ーー真摯熱誠なる愛国者の一派登場す 「解放的」サマリアの民と「伝統忠実なる」…

教会政治とジェンダー論ーー女性教職を認めるべきか?(ウェイン・グルーデム著『組織神学』第47章)後篇【さまざまな反論に対する応答】

困ったなぁ~。どうしよう。 目次 はじめに 反論の実例 ①「ジェンダーではなく賜物によってミニストリーは決定されるべきです。」 ②「神様が女性である私を真実に牧師に召してくださいました。」 ③「新約聖書はしもべとしてのリーダーシップを重んじています…

教会政治とジェンダー論ーー女性教職を認めるべきか?(ウェイン・グルーデム著『組織神学』第47章)前篇

ウェイン・グルーデム(1948~)過去20年間に渡り、イリノイ州にあるトリニティー神学校で教鞭を取った後、現フェニックス神学校教授。ハーバード大(B.A.)、ウェストミンスター神学校(M.Div.)、ケンブリッジ大(Ph.D.)1998-1999年にかけ、Evangel…

私たちプロテスタントの歴史観には欠陥があるのだろうか?ーー宣教学者ラルフ・D・ウィンター氏のBOBO理論に関する考察

歴史の見方をどうするか。(出典) フラー神学校の教授であり著名な宣教学者であった故ラルフ・D・ウィンター氏(1924-2009、長老派)は、多くの福音主義クリスチャンが、「使徒時代直後に〔真理の光が〕またたく間に消え(“Blinked-Out”)、その後…

パウロにおけるイエス・キリストのピスティスの意義ーーロマ 3 : 22、26 ; ガラ 2 : 16 ; 3 : 22 ; フィリ 3 : 9 の釈義的考察(原口尚彰氏論文)【「イエス・キリストの信実」/主格的属格説】

目次 はじめに I. 語学的考察 1. πίστις の語義 2. πίστις に係る属格表現 2.1 事物を表す名詞の属格 2.2 人格的存在を表す名詞の属格 2.2.1 神的存在を表す名詞の属格 2.2.2 人間を表す名詞の属格 2.2.3 イエス・キリストを表す名詞の属格 II. 釈義的考察 1…

条件性という風鈴

風鈴(出典) 頑丈だと思っていた要塞やダムがーー神学的ダムがーー過去のある時点で崩れはじめた。内部崩壊。あっけないほど悲しいほど簡単にいろいろなものが流されていく。かつて何を基にあれほどの自信と「確信」を持てていたのだろう。 ああ、無知より…

人は自分の反発している対象からどれくらい自由なのでしょうか。

出典 「ですから考察されるべきは、『ギリシャの知的思考は生来的に悪であり、ヘブライ的な倫理的行為は均一的に善なのか?』という問いです。ですがもちろん、ギリシャ的合理性に対して反駁することは困難です。と言いますのも、『ギリシャ的合理性』を反証…

ゲルハルト・テルステーゲン信仰詩・書簡集

目次 なんと芳(かぐわ)しいことだろう ああ、わが心が静黙のうちにとどまり続けるなら すべてが ふさわしい場に 神の隠れし愛 見よ、神はここに! おさなご 隠遁者の庵(いおり) 今という静けさの中で 理知的なクリスチャンへ こひつじ さすらい人はなに…

かしらの聖域

アトス山、シモノペトラ修道院、13世紀創設(出典) 目次 アトス山修道院群 ウラノポリにて 男のかしらはキリスト、女のかしらは男、そしてキリストのかしらは神 天的/地上的かしらの聖域 おわりにーー全てはつながっている

人と人を近づける翻訳、人と人を遠ざける翻訳

ボクも混ざっていいかな?(出典) 「丸山:ともかく想像以上に、翻訳文化の到来というのは早くて、その影響も大きかった。このあいだ、ひさしぶりに安岡章太郎君に会ってだべったら、福沢諭吉と、彼の思想的弟子の植木枝盛(1857-92)とのちがいは、…

聖なるコイノニアーー聖餐の神秘

「ネヴィンとシャフは、ユーカリスト(聖餐)におけるキリストの実在を是認していましたが、彼らはこの実在が意味する、より深遠なる教会論的重要性を把握することができずにいたと思います。教会というのは根源的に言って、ユーカリスト的共同体です。

東と西ーー福音主義プロテスタントと東方正教会の対話を聞いて思ったこと。

目次 はじめに 4人それぞれの道のり 大文字の伝統(Tradition)と小文字の伝統(traditions)を区別することの大切さ 西洋版の〈正教〉と、ギリシャ版の〈正教〉 〈伝統〉は皆、持っている。 おわりに

たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。ーー変動と危機の中の信仰

「神はわれらの避け所。また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。」(詩篇46:1-3節) ど…

ユーカリストに召されて(by ピーター・J・ライトハート)

出典 目次 はじめに 文化的な産物としてのパンと葡萄酒 共有された祝祭(shared festivity)としてのユーカリスト

中東の小さな〈窓〉から見えるもう一つの世界ーー列強大国の狭間を生き延びてきたアルメニア人クリスチャンの豊かな遺産

アルメニアの教会ーーアララト山を背景に。出典 目次 アルメニア人クリスチャン? 世界最古の教会の一つ 「単性論者」という悲しきレッテル 私はばい菌のような「異端者」なの? 「異端的な」十字架 離れても、いつかきっと再会するーー何千年の分離の後に互…

〈宗教センター〉としてのショッピング・モール、世俗liturgy、そして対抗文化造形としてのキリスト教礼拝(ジェームズ・K・A・スミス、カルヴァン大学)

われわれは一つの錯覚の中に生きている。ーー世俗という空間が ‟ニュートラル” であるという神話の中に。(出典) 目次 文化的 ‟儀式” と心の愛着 〈宗教センター〉としての現代ショッピング・モール 対抗文化造形としてのキリスト教礼拝(Worship as Counte…

難民キャンプ、バラバラな教会、そして神の憐れみ

難民キャンプというのは、人間の悲惨がビジュアルに凝縮された場所だと思います。外的要因(堕落した世界、戦禍、災害、圧制、不正、汚職、迫害、不均衡)と人間の罪性(暴力、むさぼり、自己中心、差別、偏見、反逆など)が複雑に融合した結果、人はそこに…

エヴァンジェリカル遊牧民のはてしない物語

出典 正教会神学者のロバート・アラカキ師が、最近のいわゆる‟ポスト・エヴァンジェリカル折衷主義者*”たちのことを、「よりグリーンな牧場を求め、あくせくと動き回る宗教的遊牧民」に譬えているということを前の記事で書きました。アラカキ師はもちろん‟根…