巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

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私のディスペンセーション主義にいかにして変化が生じていったのかーーデイビット・L・ホワイト師の証し

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出典

目次

証し

 

David L. White, My Shift to Covenant Theology and Amillennialism(抄訳)

 

大学および神学校時代

 

読者の皆さんはご存知のように、私が学んだ大学および神学校は共に、チャールズ・ライリー系統のディスペンセーション主義キリスト教学校でした。(つまり、ブレイジングとボックが定義している古典的・改訂・漸進的連続体の中にある「改訂ディスペンセーション主義」です。)

 

それゆえに、私が学生時代を通して教えられていたのは、「イスラエルと教会の間の厳密な区別を維持しようとするなら、人は必然的に契約神学を拒絶し、ディスペンセーション主義および前千年王国説/患難期前携挙説を受容するようになる。」ということでした。

 

当時の私にとって、そういった説明は納得のいくものであり、躊躇うことなく、教授たちの教えを受け入れていました。もしもこれが聖書が(「字義的」に解釈された場合)意味するところであるのなら、もちろん、それが真であるということになります。

 

私の中でのシフトは、数年に渡る長い期間を通し、少しずつ起こっていきました。最初のきっかけは大学一年の時の最初の学期にとった授業でした。私たち学生は、救済論に関するベルコフの『組織神学』の資料を読むよう言い渡されました。

 

読み始めてすぐ、私は今まで聞いたことのない概念にぶち当たりました。(例:「わざの契約」、「恵みの契約」)。こういった契約に関するベルコフの説明は聖書的であるように思え、かつ、ディスペンセーション主義神学とも矛盾せず調和しているように思えました。ですが、その後、他の講座を受講する中で、契約神学というのは、聖書的概念というよりはむしろ、聖書への神学的読み込みであるという説明を聞きました。

 

その後、終末論の授業をとった時、クラウズ著『千年王国の意味ーー4つの見解(The Meaning of The Millennium)』がコースの必読書となり、私はこの本を読み始めました。

 

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当時、完読はしなかったのですが、この本を読んだことにより、私の中で、ディスペンセーション主義の立場について一抹の不安が生じました。

 

私の目に、ホイット(Hoyt)やその他のディスペンセーション主義論者たちの提示よりも、ジョージ・ラッド(George Ladd)やアンソニー・フーケマ(Anthony Hoekema)のアプローチの方が釈義的に説得力があるように映ったのです。数年後、もう一度その本を読んでみたのですが、黙示録に関するフーケマの概説は、非常に私の理解を助けてくれました。

 

神学校に進学後、そういった気づきはさらに深まっていきました。旧約学のいろいろなコースを受講する中で(私の専攻は旧約聖書学でした)、モーセ律法に対する契約主義的なアプローチについてさらに知る機会が与えられました。

 

旧約自体から見てみた時、モーセ律法は、ディスペンセーション主義的見地に立っている組織神学者や新約学者たちの説明とやはりどうしても一致していない感が拭えませんでした。

 

こういった不一致に直面し、私は、「それでは、他の領域においての彼らの諸結論はどうなのだろう?」と真剣に問い始めました。(ここでの焦点は、律法/恵みのテーマではなく、ディスペンセーション主義聖書解釈法に対し、私の中で次第に生じていった不信感にあります。)

 

論理的誤謬

 

挿入句的にさきほど申し上げましたが、ディスペンセーション主義聖書解釈法およびそのロジックに対し、自分の中での確信が本格的に揺らいできたのは神学校に入学してからでした。

 

ロジックの面で言いますと、ディスペンセーション主義体系内には、相違がない場所にあえて区別を付けようとする強い傾向があります。(これはこの体系に特有のものだと思います。)

 

おそらくその中でも最も顕著なものが、古典的ディスペンセーション主義者たちによって打ち出されていた「神の国」と「天の御国」の間の区別ではないかと思います。しかし公正を期すために申しあげますと、私の恩師たちは誰も、この明らかな間違いは犯してはいませんでした。

 

また私の恩師に指導していた先人教師たちが説いていた区別としては、「二つの契約が存在する。一つはイスラエルのために、もう一つは教会のために」というものがありました。(ちなみに私の恩師たち自身はこの教説をもはや信じていませんでした。しかし彼らの先生ーーライリーやジョン・F・ワルブードはそれを採用していました。)

 

しかしディスペンセーション主義が立ち続けるためには、やはり、こういった区別は重要な要素なのだろうと思いました。旧約聖書の中で、イスラエルとユダの民に対し新し契約が結ばれました(つまり、北王国・南王国双方を含むイスラエル全体、エレミヤ31:31ff.)。そして新約聖書では、パウロが新しい契約の使者となり(2コリ3:6)、また聖餐の杯は新しい契約を表しており(1コリ11:25)、ヘブル書の記者は、「新しい契約」に関するエレミヤ書の聖句を、教会に対する現行のイエスのミニストリーに当てはめています(ヘブル8章)。

 

もしもこれが一つの新契約を表しているのだとするなら、ディスペンセーション主義は転覆してしまいます。なぜなら、そこにイスラエルと教会の区別はないからです。

 

「二つの神の民のために二つの新契約が存在する」という提示は私にはどうしても不可解な釈義であるように思われ、そして、その線上での解釈は、基本的な論理の誤謬につながっていくのではないかと私には思われました。

 

実例を挙げますと、ドワイト・ペンテコステ著『Things to Come』の中の「新契約に対する教会の関係」の項(p.121-127)で、彼は、自らの釈義の土台を、「イスラエルと教会の間には区別がある」という立証されていない前提の上に置いてしまっています。

 

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そしてこの前提により、彼はそれとは違うことを主張している聖書証拠を言い抜けていました。*1 

 

本来区別がない所にあえて区別を置こうとするディスペンセーション主義のこの傾向は、その他の多くの場所にも見受けられました。先ほど申し上げました「イスラエル」と「教会」の間の区別はもちろんこと、「ラプチャー(携挙)」と「再臨」との間の区別。「恵み」と「律法」の間の区別(もちろん両者の間には妥当な区別はありますが、それは倫理におけるものではありません。)。「キリストの裁きの御座(ベーマ;報酬の儀式)」と「白い大いなる裁きの座(司法的裁き)」との間の区別。複数回に渡って行われる「復活」など。。*2 

 

自分の中での、ディスペンセーション主義聖書解釈法に対する確信がむしばまれていったプロセスを説明するために、まず「キリストの裁きの御座(ベーマ)」についてお話したいと思います。ベーマの教説は、ディスペンセーション主義者の間で一般的に教示されているものです。

 

釈義的諸問題ーー「キリストの裁きの御座(ベーマ)」

 

神学校時代、自分が不安に思っていた釈義問題の一つが、「キリストの裁きの御座(ベーマ, βῆμα)」に関するディスペンセーション主義解釈でした。(ローマ14:10と2コリ5:10)

 

その典型的な例がドワイト・ペンテコステのそれで、彼は、数人の学者の文を引用した後、ベーマに関し次のような結論を出しています。「それゆえ、この語に関連しているのは、正義や審判という思想よりは、卓越性、威厳、権威、栄誉、報酬といった思想なのです。」(p.220)

 

しかし聖書の中で用いられているベーマの語用は、ペンテコステのこの結論を支持していません。以下の聖句をみてください。(以下、新改訳聖書)

 

マタイ27:19

また、ピラトが裁判の席ἐπὶ τοῦ βήματος)に着いていたとき、彼の妻が彼のもとに人をやって言わせた。「あの正しい人にはかかわり合わないでください。ゆうべ、私は夢で、あの人のことで苦しいめに会いましたから。」

 

ヨハネ19:13も上記の聖句と並行しています(裁判の席ἐπὶ βήματος)。両方の事例において、ベーマに着座していた時、ピラトは司法的判決を出しており、それは報酬授与の儀式などではありませんでした。

 

使徒7:5(足の踏み場βῆμα ποδός)は、ペンテコステが列挙している意味とは全く関係がありません。この箇所のベーマは「(足の)踏み場」を指しています。

 

使徒12:21(「王座」、欄外註「さばきの座ἐπὶ τοῦ βήματος)では、王座についていたヘロデが、ツロとシドンの人々に向かって演説をしている場面です。ここでもベーマには「報酬」の意味合いはなく、人々はむしろ、なんとかヘロデに取り入って、食糧源を断ち切られることから自分たちを守ろうとしていたのです。

 

使徒18:12,16、17(法廷; ἐπὶ τὸ βῆμα)はとりわけ興味深い箇所です。というのも、ここでの出来事はコリントで起こっているからです(参:2コリ5:10)。ユダヤ人たちはガリオがパウロに判決を下すよう、法廷(ベーマ)の前にパウロを引いて行きました(12節)。ここでも報酬授与の意味合いはありません。これは法的判決に関わることです。

 

使徒25:6、10、17(裁判の席ἐπὶ τοῦ βήματος)。ここでの裁判の文脈の中でベーマが登場してきています。報酬授与の儀式ではありません。

 

ローマ14:10では、私たちが皆、神のベーマの座τῷ βήματι τοῦ Θεοῦ)に立つようになることが述べられています。ここの文脈において、パウロは読み手たちに、アディアフォラの領域に関して他の人々の行ないを裁いてはいけないと説いています。ここでの文脈もまた、報酬授与ではなく、行為に対する叱責に関することです。

 

2コリ5:10「なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

τοὺς γὰρ πάντας ἡμᾶς φανερωθῆναι δεῖ ἔμπροσθεν τοῦ βήματος τοῦ Χριστοῦ, ἵνα κομίσηται ἕκαστος τὰ διὰ τοῦ σώματος πρὸς ἃ ἔπραξεν, εἴτε ἀγαθὸν εἴτε φαῦλον. 」

この文脈におけるベーマの最も自然な読みでいけば、それは報酬だけに限定されたものではないということです。報い("due")は肯定的なものである場合もあれば否定的なものでもあり得ます。つまり、報酬もしくは刑罰です。

 

ペンテコステが引用している学者たちの例は、訓練、軍隊、報酬授与のための場に言及している聖書正典外の用法です。そしてこういった意味はすべて、ベーマという語の持つ意味領域の中に包含されています。

 

ここでペンテコステがすべきだったのは、この意味領域を詳細に辿ることでした(聖書での用法+正典外での用法)。そして、そうした後に、「そういった一連の意味の中で、終末的ベーマを言及すべくパウロには、果してその中のどの意味が念頭にあったのだろう?」と問うべきでした。

 

それはパウロがこの語を用いている諸文脈の中で決定されるのであり、前述しましたように、ローマ14:10の箇所においても、2コリ5:10の箇所においても、独占的に報酬授与だけが念頭に置かれていたわけではありませんでした。ペンテコステ氏やその他のディスペンセーション主義者のこういった種類のずさんな釈義に直面し、私の中での懸念はますます深刻なものになっていき、且つ、この体系に対する従来の確信が心もとないものになっていきました。

 

近年出されている新しい解説も状況改善にはつながっていません。1995年、ポール・ベンワー(Paul Benware)が「ベーマとは、訴訟に関する判決を出す裁判官が坐していた席もしくは高壇だった」と指摘しました。

 

二、三の聖句を出した後、ベンワーは続けてこう言っています。「この語はまた、オリンピック競技やコリントでのイストミア祭の開催時に、審判員やレフリーが座っていた高壇にも関連した用いられ方をしていました。そしてこの座において、さまざまな競技の勝利者たちが報酬を授与されていたのです。」

 

ここまではいいでしょう。しかし次に始まる彼の飛躍ーー全く文脈的根拠を挙げることなしにパウロの真意はこれだと主張しているーーには驚かされました。「使徒パウロは『キリストのさばきの座』と言った際、この考えが脳裏にあったと考えられます。そうなると、やはり、この座は実際に、報酬の場であって、刑罰の場ではなかったのです。(Benware, p.273)」こういったベンワーの言明はむき出しの主張であって、釈義ではありません。

 

この論点が正当なものとされるためには、ベンワーは健全な釈義によってこの結論を明示する必要がありました。しかしながらベンワーも、ペンテコステも、そして自分の読んだ限りその他どのディスペンセーション主義者も、この点に関し堅固な釈義を提供していません。(特に私はジョン・ワルブード氏のことを考えています。彼は釈義ではなく単に教条主義を打ち出しています。)

 

ベーマに関するこの点は、それ自体だけを考えれば、比較的ささいな問題なのかもしれません。(ですが、このベーマ解釈は、それを、黙20章の「大いなる白い御座の裁き」と区別しなければならないディスペンセーション体系の中ではやはり重要な意味を持っています。)にもかかわらず私がこの実例を挙げた理由は、こういった種類の解釈の仕方がディスペンセーション主義内では頻繁にみられるからです。

 

しかも(ペンテコステやワルブードのように)いわゆるディスペンセーション主義の〈重鎮〉とみられている一流の神学者たちの提示しているものがこうだとするなら、もしかしたら本当にディスペンセーション主義の土台は脆いのではないかと考え始めました。〔ベーマの教説について。→〔補足1〕を参照。〕

 

釈義的諸問題ーー2テサロニケ2:1-12

 

今でも思い出しますが、ジョン・ワルブード師は著作の中で「教会が患難期を通過する」という聖書的言明を要求していました。彼は、もしもそういった言明が聖書の中に欠如していることを示すことができるのなら、それは、前千年王国説/患難期前携挙説以外のすべての教説にとっての深刻な痛手になるだろうと感じていたのです。

 

ワルブード師の著述を読むと分かるのが、彼は、「教会が患難期の間にも(地上に)現存し続ける」という文字通りのフレーズ、ないしはそれにほぼ類似するような表現を探していたということです。聖書は、そういった種類の一語一句違わないフレーズこそ記していませんが、教会がーーディスペンセーション主義者たちによって患難期に起こると特定されているーー諸出来事の間にも地上に現存し続けるということを示す出来事の年表をたしかに提供しています。

 

今、念頭にあるのは2テサロニケ2:1-12の箇所です。この箇所にはいくつかのキーポイントがあります。パウロはまず主題を提示することから始めています。「私たちの主イエス・キリストが再び来られることと、私たちが主のみもとに集められることに関して、、」(1節)。続けてパウロは、読み手が「主の日がすでに来たかのように」(2節)誰かに言われて、落ち着きを失ったり心を騒がせてはいけないと注意喚起しています。

 

ここで問うべきは、「主の日」と言及した際、パウロは何を意味していたのだろうかということです。そしてこの文脈の中において、パウロが意味していた「主の日」は、前節に記されてあります。つまり「私たちの主イエス・キリストが再び来られることと、私たちが主のみもとに集められること」です。

 

換言しますと、1節で、パウロは、二つの見地ーー①キリストの来臨、②教会が主のみもとに集められることーーから眺めつつ、キリストの再臨に言及しています。そして2節で、パウロはそれらを「主の日」という句の中に総括しています。

 

パウロは1テサロニケの中でも類似した言及をしています。1テサ4:16-17および5:2をご参照ください。これらの聖句は、キリストの再臨のことを取り扱っている文脈(1テサ4:13-5:11)の中に位置しています。1テサ4:16-17で、パウロは先ほど述べた(2テサ1章の)あの同じ二つの見地を用いています。つまり、主の来臨(16節)と教会が主にまみえること(17節)です。続いて5章に移った後もパウロは主題を変えることなく、それらを「主の日」(1テサ5:2)という語と共に総括しています。

 

ここにおいての私の論点は、パウロは2テサ2:1-2における再臨を、単一の出来事として言及しているということです。1節で彼はそのことを一つの仕方で表現しており、2節において彼はそれを別の仕方で表現しています。1テサロニケでの彼の語使用とも調和し、パウロはキリストの再臨を異なる言い回しで述べています。

 

それに続く節(2テサ2:3-12)におけるパウロのアプローチに留意してください。彼は、「私たちの主イエス・キリストが再び来られること」/「私たちが主のみもとに集められること」=「主の日」に先立つ出来事の年表(chronology)を読者に提供しています。彼が3-12節で描写している一連の出来事は、ディスペンセーション主義者が通常、「患難期に起こる出来事」として捉えているものです。

 

しかしながら、そういった一連の出来事の年表は、患難期後の「私たちの主の来臨」および「主のみもとに集められること」に位置しています。換言しますと、パウロは、--ワルブード氏が教条的に「存在しない」と主張しているまさにそのものを私たちに提供しています。

 

この聖句に関するドワイト・ペンテコステの釈義的方法論も注目に値します。彼はただ単に、「パルーシアという語がキリストの再臨言及に用いられている」ということを示すべく1節を引用し(p.156,157)、p.230,232で、「主の日」という主題の下に2節のことを論じています。

 

興味深いのは、ペンテコステ氏は、「主の日」が用いられているさまざまな聖句を参照した上で「主の日」という句を文脈的に定義するのではなく、それらを十把ひとからげにして(実際彼は全く詳細釈義を施していません)、主の日を次のように定義しています。「(主の日とは)患難期の始めにおいて、教会携挙後の、神のイスラエルに対する取り扱いと共に始まる、拡張された時期のことである。」(p.230-231.)

 

彼の議論のどこにも、この語に関する文脈的意味の解説がありません。実際、彼は583頁にも及ぶ大著の中で、2テサ2:1-12に関する詳細釈義を全くしていないのです!

 

この聖句を読み、またこの箇所がディスペンセーション主義解説者たちの手によっていかに取り扱われているかということを深く知るにつれ、私は次のような結論に達しました。それは、この箇所の中に人がキリストの二段階再臨を見ることのできる唯一の方法は、二段階再臨というこの思想を、ここの聖句箇所に持参することなのだと。しかし文脈の中におけるパウロの思想の流れを検証する時、私たちはそのようなものはそもそも存在していなかったということを知るのです。

 

二つ補足をしておきます。一つ目は2テサ2:3のアポスタシア(背教〔新改訳〕、反逆〔新共同訳〕)に関することです。何人かのディスペンセーション主義解説者たちは、語源学的議論をしつつ、「アポスタシアは、教会の携挙を言及している」と主張しています。(例えば、レイ・ステッドマン著『Adventure Through The Bible』)。これは単純に言語学的誤謬です*3。語用と文脈はこの思想を支持していません。(→本稿〔補足2〕を参照。)

 

二番目は、5-7節までの「引き止めているもの」に関することです。ディスペンセーション主義者の中で「『引き止めているもの』とは罪を制御している"聖霊"のことを指している」という見解が、いわば自明の公理のようになっています。

 

ディスペンセーション主義者の見解によると、「引き止めているもの=聖霊」は、携挙時に、教会と共に取り除かれるのです。詳細には入りませんが、「引き止めているもの」の実体についてはさまざまな学説があり、非常に曖昧です。そしてその中でも、「引き止めているものが聖霊である」というこの見解は、最もあり得ない選択肢の一つです。(詳細は、レオン・モリス、F・F・ブルース、ワナメーカー等の標準的聖書注解書を参照のこと。)

 

そして仮に、引き止めているものが実際に聖霊であったとしても、それでも、そこから論を押し進め、「引き止めているものが取り除かれるというのは、教会の携挙の際に聖霊が取り除かれることを意味している」と主張するのは、かなりの飛躍があります。ここの聖句は、なにかや誰かが地上から取り除かれる、というような事に関しては何も言っていません。

 

こういった事から私は、2テサ2:1-12は、むしろ非ディスペンセーション主義的終末論理解を支持している出来事の配列(年表)であるという結論に至りました。

 

ここの聖句に関するディスペンセーション主義解説は、どうしてもある思想をそこに読み込まなければならず、またその釈義には、言語学的・論理的誤謬があることも分かりました。こういった問題ある釈義を基盤に築かれている体系に対する私の不信感と懸念は、尚一層深まっていきました。

 

最終決定打

 

神学校での学びも終わりに近づいた頃、私は二冊の著作を読み、それが最終的に自分をディスペンセーション主義から離脱させる決定打となりました。一冊目は、ジョージ・ラッドのThe Presence of the Futureです。この著作を通し、私はキリストの現在的統治について多くの事を学びました。「携挙」と「再臨」の間に区別を付けようとする解釈の誤謬についてもラッドは明証していました。*4

 

二冊目は、ガンドライの『教会と患難(The Church And The Tribulation)』でした。ガンドライの懸念は教会が患難を通過するということを明示することでした。関連する諸聖句の釈義は私にとって、かなり説得力のある強靭なものでした。

 

彼はまた、「人は『教会は患難を通過する』というこの立場を採りながら、依然としてディスペンセーション主義者でい続けることもできる」と述べていました。しかし、〈どうしてもディスペンセーション主義者であり続けなければならない〉というこだわりは、その時点ですでに私の心から消えていました。つまり、心的に私はもう、ディスペンセーション主義陣営にはいなくなっていたのです。

 

ー終わりー

 

〔補足1〕「大きな白い御座の裁き」と「キリストの裁きの御座(ベーマ)」の釈義について(ジョージ・ラッド)

 

ジョージ・ラッド著『終末論』、第8章審判, p.149-151

 

〔マタイの福音書25章の羊とやぎについての主のたとえ話〕は、ディスペンセーション主義者にとって重要な箇所である。ディスペンセーション主義者は、これらの審判を、最後の審判とは別個のものとするからである。

 

最後の審判において、神は大きな白い御座に着座している(黙20:21)が、マタイの福音書25章では、人々は人の子の御座の前に集められている。それゆえ、ディスペンセーション主義者はこの譬え話を、どの人々がキリストの千年王国に入ることを許され、どの人々が閉め出されるかを決定する、諸国民に対する審判について述べたものと理解する。

 

「わたしの兄弟たち」とは、イエスと同じユダヤ人の兄弟たちであり、彼らは大患難期に回心し、キリストの千年王国の差し迫った到来を告げ知らせながら、異邦人の間に出ていく。異邦の諸国民のうち、イエスにとってのユダヤ人の兄弟たちを親切に扱い、歓迎し、メッセージを受け入れた人々は千年王国に入ることを許され、彼らをののしり、彼らとそのメッセージを拒絶した人々は千年王国から閉め出されるのだと。

 

ここには、考慮されなければならない釈義上の問いが3つ存在する。これは「大きな白い御座の裁き」と違う裁判なのか?御国を受け継ぐという報酬は、千年王国に入ることを意味するのか?イエスの兄弟たちとは、「肉による同族の者」つまりユダヤ人のことなのか?

 

諸国民が、神の御座の前ではなく、人の子の御座の前に現れていることだけを根拠にして、この審判を「大きな白い御座の裁き」と別のものとすることはできない、ということは明らかであると思われる。すでに見てきたように、この二つは同一のものとみなされる。二つの裁きの御座が交換可能なものであることは、「なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現れることになるからです」(Ⅱコリ5:10)と、「私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです」(ローマ14:10)という二つの言及から明らかである。

 

第二に、祝福された者たちが入るのが千年王国ではないこと、千年王国から閉め出されることがそれ以外の者の運命ではないことは、テキストそのものから明白である。テキストそのものが「こうして、この人たち〔悪しき者たち〕は永遠の刑罰に入り、正しい人たちは永遠のいのちに入る」(25:46)と語っている。永遠の刑罰と永遠のいのちである。このテキストが語っているのは、一時的な地上の王国への入国あるいは排斥についてではなく、最終的な永遠の刑罰と報酬の状態についてである

 

第三に、イエスの兄弟たちをユダヤ人の兄弟たちと理解するべき釈義上の理由はない。反対に、イエスが弟子たちをご自身の霊的な兄弟と考えていたという釈義上の証拠を見い出す。

 

あるとき、イエスの母と兄弟たちが、イエスに何か話そうとしていたが、イエスは「わたしの母とはだれですか。また、わたしの兄弟たちとはだれですか」と答えた。それから、手を弟子たちのほうに差し伸べて言った。「見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。天におられるわたしの父のみこころを行なう者はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです」(マタイ12:48-50)。こうすることによって、霊的な関係は、生来の人間関係よりまさっていると述べているのである。

 

〔補足2〕「アポスタシア(apostasia)=教会のラプチャー」説の発生経緯について

 

『レフトビハインド』シリーズで有名なティム・ラヘイ氏と共同でPre-Trib Research Center(患難前携挙リサーチセンター)を創設したトーマス・アイス氏は、著書『The Return: Christ's Second Coming & the End Times』(1999)の中で、2テサロニケ2:3のアポスタシア(背教〔新改訳・口語訳〕、反逆〔新共同訳〕)のギリシャ語の意味を、従来の"falling away(背教)""rebellion(反逆)"ではなく、むしろ"departure(出発、離別)""withdrawal(離脱)"と捉えるべきだとする新しい見解の発生経緯について次のように述べています。

 

「アポスタシアを教会のラプチャーと捉えるこの見解を採用した学者としては、アラン・A・マクリー、スタンリー・エリセン、ゴードン・ルイス、E・シュイラー・イングリッシュ、ドワイト・ペンテコステ、ケネス・S・ウーストが挙げられます。(訳者注:それに加え、ジョン・ワルブード、H・ウェイン・ハウス、リチャード・ライターもこの見解を支持しています。参照)。上述の一覧表からも分かるように、この見解の推進者は実質上その全員が、患難期前携挙説の支持者です。ですが、これまでのところ、患難期前携挙説支持者の大半は、『アポスタシア=教会の携挙』説に関するこの見解を採用していません。リチャード・ライターは次のように説明しています。

 

 「私たちの希望ーー携挙を再考する」(1954)のシリーズの中で、編者E・シュイラー・イングリッシュ(E.Schuyler English)は、2テサ2:3のアポスタシアに関し次のように結論付けました。--アポスタシアは、従来の一般的な訳(背教、反逆、"falling away" "rebellion")よりもむしろ、"departure""withdrawal"(出発、離脱)という意味であると。、、

 

 当時フィラデルフィアにあるフェイス神学校の学長であったアラン・A・マクリーは、「この解釈により、患難期前携挙説的解釈をするに当っての深刻な問題に今や解決がもたらされた」と感じています。ムーディー聖書学院のケネス・S・ウーストもそれに同意していますが、患難期前携挙説支持者の大部分はこの見解を拒絶しました。

 

 記憶している人はおそらくほとんどいないかもしれませんが、1895年11月にロサンゼルスで開催された再臨に関する年次総会(Bible conference movement)の席で、J・S・マービー(J.S.Mabie)が、アポスタシア解釈についての"最もオリジナルな回答"を提示しました。そうです、それは1テサ4:14-18に据えられている教会の携挙のことだったのです。」

以上、Thomas Ice, The Return: Christ's Second Coming & the End Times, 1999, p.154より翻訳抜粋

 

*Bible conference movementおよびナイアガラ聖書会議の詳細については、George E.Ladd, The Bless Hope, 1. The Historic Hope of the Church, sec.2. The Rise and Spread of Pretribulationismの項をご参照ください。

 

「アポスタシア=教会の携挙」という解釈の検証記事:

William W. Combs, Is Apostasia in 2 Thessalonians 2:3 A Reference to the Rapture? (PDF)

ーーーーー

*1:〔関連記事〕ドワイト・ペンテコステのディスペンセーション主義解釈法。ディスペンセーション主義者の標準的回答(THE STANDARD DISPENSATIONALIST ANSWER)

*2:〔関連記事〕なぜディスペンセーション主義体系の中に多数の区別化傾向があるのかについては、以下の記事をご参照ください。解釈手順1.区別の増産化(multiplying of distinctions)

*3:〔検証記事〕

*4:〔関連記事〕「パルーシア」「アポカリュプシス」「エピファネイア」--再臨についてのことばジョージ・ラッド