巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

「はじめから全く挫折し崩壊状態にあった教会」ーージョン・ネルソン・ダービーの教会観・終末観及びその思想的余波について(by E・H・ブロードベント他)

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ジョン・ネルソン・ダービー(1800-82)

 

目次

 

ジョン・ネルソン・ダービーの教えーー崩壊状態にある教会

 

E・H・ブロードベント著『信徒の諸教会ーー初代教会からの歩み』第17章交わりと霊感についての諸問題、p.588-597より一部抜粋

 

「おのおののディスペンセーションは最初から失敗していた。」

 

ジョン・ネルソン・ダービーは、さまざまな「ディスペンセーション(経綸)」ないし「神が人間を取り扱ってこられたさまざまな時代」という点に関して、以下のように教えている。「すべての場合において、、、おのおのの時代は最初から失敗していた。人間の側ですぐに、絶望的な失敗が起こった、、私たちに約束されたディスペンセーションは、信仰による部分的なリヴァイバルはあるかもしれないが、完全な回復はみられない。」

 

ディスペンセーションが初めから失敗した例としては、ノアが酒に酔ったこと、アブラムがエジプトに下った時、妻サラを妹だと偽ったこと、イスラエルの民が金の子牛を作ったことなどが挙げられている。そして同じことが、教会についても言われている。ダービーは、「キリスト教の初期から道徳的な神からの訣別があった」と教えている。

 

彼によると、使徒時代においてさえ「背教」「危険な時代」「終わりの時」「信仰からの逸脱」がすでに現れていた。使徒たちは「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えよ」という主の命令を実行できなかった。そして彼らは、エルサレムから離れていなければならない時に、エルサレムにとどまっていたのである。そこで彼らの欠けた点を補うために、新たな使徒が異邦人の中から選ばれた。

 

ダービーは次のように書いた。「このようにして、他のディスペンセーションと同様に、このディスペンセーションは全く最初から挫折し、失敗に終わったそれは初めから失敗だった、、始められると同時に、失敗が明白となったのである。」

 

次に彼は、クリスチャンが「私たちの時代に、一般に考えられているように、初代教会を模範として教会を形成することができるだろうか?」そして「そのような団体を形成することが、神のみこころに添ったものだろうか?」と問いを発している。そして、それに対する彼の答えは「否」だった。というのも、「教会は崩壊状態にある、、最初の離反が致命的であり、さばきの理由であるからだ。聖書の中に、そのような状態からの回復は一度も言及されていない。」

 

彼は次のように指摘している。「神が恵みによって保っておられる教会やディスペンセーションにではなく、終末に向かう背教時代に私たちが住んでいることを認識すれば、私たちの心の状態は変わるだろう。」

 

「、、あなたがたは『神が回復してくださる』と言っている。しかし、あなたがたの回答そのものが、悪魔からの声である。それは、私たちの中に力があることを前提としている、、あなたがたの答えは2つのことを当然のこととしている。第一に、ディスペンセーションが失敗してしまった後に、それをもとの基盤に立て直すことは、神のみこころであるということ。第二に、あなたがた自身が、それを回復できると考えているということである。」

 

教会は崩壊状態にある、、私と意見を異にしている兄弟たちに訊ねたい。もし、キリストを主と告白している教会が崩壊状態でないのなら、どうしてあなたがたは既成の教会を離れたのか。もし崩壊状態であるならば、この崩壊、この背教、、、初期の立場からの離脱を告白しなさい。」

 

「崩壊状態にある教会」というダービーの教会観に対するアウグスト・ロシャーの反駁

 

スイスでダービーの見解を反駁した多くの人々の中で、アウグスト・ロシャーは人格的にも、才能の面でも卓越した人物であった。彼は「崩壊状態にある教会」という表現について、各個人は教会から離れることはあっても、ひとまとまりのからだとしての教会は崩壊しえないと主張した。

 

またダービーは次のように教えていた。「使徒たちや、彼らの代表者のみが教会の中で、長老を選び、任命する権利を持っていた。しかし、現在のような背教の時代にあっては、神に特別な奉仕のための賜物を与えられている人々が一般に認められることがあっても、それは正式な任命によってではない。」

 

これに対し、ロシャーは次のように答えている。「聖書の中にそのことを支持する箇所はどこにもない。それどころか集会は、この権利を持っている。というのも集会は、教会内でのある職務に人を選び、その人を使徒の前に置き、使徒たちが彼らを認め、彼らの上に手を置くからである。」

 

ロシャーは、ダービーが用いる「崩壊」「背教」といった表現を、教会に対して使う言葉としては不適当と考えて、受け入れなかった。「ものごとの秩序は背教し得ない。個人のみが背教し得るのだ。真の集会は決して背教しない。神のみことばは、決して教会そのものの背教について語っていない。」

 

おのおののディスペンセーションにおける「即座の失敗」というダービーの主張、特に「教会の崩壊」という彼の考え方、そして彼がそこから導き出した結論は、教会の歴史を通じて、新約聖書の教えと模範に従い確実な拠り所として聖書に立ち返ったすべての信者たちとおおむね反対の立場にあった

 

教会の導きのために書かれた使徒書簡が、完成すると同時に教会が存在しなくなったとするダービーの見解によれば、新約聖書の大部分は、現在の状態には適用できないものであろう。

 

ダービーがこのような教会観を持つに至った経緯について(ヴェルン・ポイスレス、ウェストミンスター神学校)

 

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, 1986, chapter 1(全訳はココ

 

ディスペンセーション主義は、①恵みによる救いの純粋性の是認、そして②キリストの再臨に対する待望の刷新運動として興りました。そしてこの二点は、ディスペンセーション主義の最も顕著な時代区分の最初の提唱者であるジョン・N・ダービーの生涯の内にもパワフルな形で顕れています。

 

ですからダービーは重要です。彼が重要なのは、ディスペンセーション主義の創始者としてだけでなく、今日に至るまでディスペンセーション主義者の持つ強い関心・懸念となっているいくつかの要素を表象する人ともなっているからです。

 

ダービーの生涯は、彼自身の個人的生活における純潔性および、共同体としての教会生活における純潔性に対する二重の関心によって特徴づけられています。彼の人生の中である決定的な変化、つまり「解放」が起ったのは、彼が足のけがで療養を余儀なくされていた時期でした。ダービーはその時の事を手紙の中で次のように描写しています。*1

 

 「孤独の中、相反する思いが私の中で増していった。しかし魂の懸命の働きにより、御言葉が私の上に完全なる統治をするようになった。自分は天においてキリストと結ばれているのだという理解に至った時(エペソ2:6)、そしてその結果、神の前における私の場所が主ご自身によって代表されてあるのだという理解に達した時、私はこう結論づけざるを得なかった。

 すなわち、律法の要求の眼前で、6、7年余りに渡り、自分を疲労困憊させていたこの呪われた「自我」――この「自我」がもはや神との間にあって問題ではなくなったのだということを。」

 

ダービーはこのようにして、罪びとに対する神の恵み、そして救いの確信および神との平和の土台としてのキリストの御働きの十全性について、以前に増してずっと深く感謝するようになりました。このような経験により人は根本から揺るがされるでしょう。こうしてダービーは、律法からではない、真の聖さ、真の義を得たのです(ピリピ3:9)。

 

これに深く関連して、教会および公同の純潔性についてのダービーの見解にもまた変化が起こされました。上述の手紙をダービーは次のように続けています。*2

 

 「その後私の中で明確になったのは、神の教会とは、キリストと一つに結ばれている人々だけで構成されているということだった(エペソ2:6)。一方、外面的に『キリスト教国』と見られるものは、実はこの世に過ぎないのであり、『教会』とはみなされ得ないのだ。」

 

キリストの崇高なご性格およびキリストとの一致に対する彼の評価の裏面として、ダービーはその当時の目に見える教会に対して非常に否定的評価を下すようになりました

 

しかし彼のその結論には確かにそれなりの正当な理由がありました。ジェームス・グラント*3は、ダービーが生きた当時の教会の、低俗にして霊性に欠ける性格について次のように述べています。

 

「当時、宗教的な事に関する人々の心はかなり乱れており、英国国教会の中の優れた人々の多くが教会を去り、また去りつつありました。なぜなら、そこには全く霊的生活が欠けており、また不健全な教えが蔓延していたからです。その結果、多くの霊的な人々は、社会の上位層にいた人々よりもより霊的と考えられていた、教会統治の諸教理や原則を受容する傾向にありました。」

 

ダービーは教会に対する自分の見解を、彼のキリスト論の上に直接的に打ち建てました。そしてそれには大きな魅力がありました。「キリストに結ばれた真の教会こそ天的であり、それは地上的堕落にある既存状態〔の教会〕とはまったく関係がない」と彼は考えました。

 

ダービーは、後にプリマス・ブラザレンと呼ばれるようになった教会刷新運動に加わりました。この運動は、彼と同じく聖めに対する願いを持っていました。こうしてダービーは瞬く間に、この運動の主要な指導者の一人になりました。彼の貢献はキリストに対する熱意から始まったといえます。しかしながら、それはやがて彼自身の考えに服従しない全ての人に対する無差別な拒絶という形を取るようになっていきました。

 

「神は私たちに言われた。(主がそうなると宣言しておられるように)教会が完全に堕落する時、私たちはこれら全ての堕落状態を拒否し、その中にいる人々を拒否しなければならない。そして御言葉に立ち返らなくてはならない。」*4

 

そしてここから発してついに、ダービーは、〔プリマス〕ブラザレンだけがキリストの御名の中で集っている信者だと言い始めるに至りました*5

 

「堕落した教会の回復は不可能である。なぜなら、このディスペンセーションは崩壊状態にあるからである*6。」こうしてダービーに同意しないプリマス・ブラザレンの何人かに対し破門戒規が出されました。

 

終末論におけるダービーの特有な思想は、キリストとの一致に関する彼の理解、および彼の教会観に起源していると思われます。ダービーは次のように言っています*7

 

「私のキリストとの一致という意識は、現在における天的な栄光の分け前を自分に与えるものとなった。一方、この章〔イザヤ32章〕は明らかに対応する地上的分け前を示している。」

 

①「キリストの天的なご人格」、そして②律法による行ないとは別の「恵みによる救いの現実」というこの二点により、ダービーは、キリストと結ばれている自分自身の状況と、イザヤ32章に描かれているイスラエルの状況との間に、圧倒的な距離感を感じたのでした。 

 

イスラエルと教会は、天と地ほど、そして律法と恵みほど違う。――これは確かにパワフルな訴えです。

 

もちろん、ダービーも現在のディスペンセーション主義者も、自分たちは諸教理を、単なる神学的推論の上ではなく、あくまで聖書の上に打ち建てようとしているということを強調しています。

 

しかしながら、神学的推論が重要な確証的影響を与えているという事もまた同時に言えます。現在のディスペンセーション主義者は所々でダービーと異なっているかもしれませんが、同じ訴えが今日に至るまでこれらの人々の間に残存しています。

 

不幸なことに、ダービーは、彼が知覚した距離や相違というのが一通り以上の方法で解釈し得るのだということに気づくことができませんでした。そしてダービーは、主としてそういった相違を――天と地、そして、二つの領域に住む二種類の民の間に存在する――「垂直的で」固定的な区分として解釈しました。

 

彼はこういった相違が主として歴史的なもの、つまり、「水平的なもの」であり、さらに、――地上的予型的用語で表現された『御約束のことば』と、最終的なリアリティー(神のご臨在のリアリティー、イエス・キリストの中において人間の元に来る天国の到来)の用語で表現された『成就のことば』との間に存在するものであるかもしれないという可能性について考えてみたことはなかったようです。

 

ダービーは、聖書の非歴史化された理解、つまり、贖罪的各時代の間に存在する相違にほとんど目を向けようとしない聖書理解に対して反動を起こしました。

 

しかしながら、私の判断では、ダービーは、彼が反動したところの諸問題から完全には自由になれていなかったと思います。彼は依然として御約束から成就へと至る歴史的漸進に関わる諸変化の重要性を十分に考慮することができていませんでした。

 

それゆえ、ダービーは、パラレルな二つの神の民の、パラレルな宿命(destinies)の間に、擁護しがたい「垂直的な」二元論を据えるよう余儀なくされたのです。

 

しかし、少し先走りし過ぎてしまったようです。ここでぜひとも留意したいのは、ダービーは自分が見た相違――実際に聖書の中に存在する相違――に対して全く正当な取り扱いをしたいと願っていたことです。

 

また終末論に関するエペソ2:6の重要性、ならびにイスラエルに対する理解についても、そういった部分を正当に取り扱いたいと彼は望んでいたのです。こうしてダービーのエペソ2章(やその他の箇所の)理解から、教会とイスラエルの間の厳密な区別が生じました

 

「教会は天的であり、イスラエルは地上的です。」*8「〔キリストとサタンの間の〕大いなる戦いは、地上的なもののために行なわれる、、、それはユダヤ人の内にあり、もしくは教会のために、、、それは天的な場所にあります。」

 

ここから解釈、釈義に対する二分法的アプローチが導き出されました。ダービーは言います。*9

 

 「第一に、預言の中で、(彼らの歴史の中における異邦人の挿入句を除いて)ユダヤの教会ないしは国が関与する時、つまり、言及がユダヤ人に対し向けられている時、私たちは平易にして直接的な証をそこに見い出そうとします。なぜなら、地上的な事がらは、ユダヤ人に妥当な分け前だからです。

 そして、それとは反対に、言及が異邦人に対し向けられている時、つまり、その中に異邦人が関わっている時、私たちはそこに象徴を見い出そうとします。なぜなら地上的な事がらは彼らの分け前ではなく、彼らにとっての啓示システムは象徴的なものでなければならないからです。 

 それゆえ、言及が、存続するからだとしてのユダヤ人教会に対し向けられている時、私は彼らを、神が地上において直接的に取り扱った民として、そこに、平易にして、コモンセンスな、そして字義的言明を見い出します。」

 

最後にもう一つダービーの引用をしたいと思います。以下の引用から明らかなのは、ダービーの頭の中で、

 

①(教会の純潔性に対する懸念としての)キリスト論と、それから

② 解釈学的分岐(hermeneutical bifurcation)

 

という二つの要素が密接につながっていたということです。

 

 「預言は、それ自体、適切に地上に適用され、その目的はではない。それは地上において起こるべき事柄についてのものである。そしてこれを理解しないことでこれまで教会は判断を誤ってきたのである。私たちは自分たち自身が、自分の内部に、そういった地上的祝福の成就をすでに持っているとこれまで考えてきた。

 しかし実際には私たちは、天的祝福を享受するよう召されているのである。教会の特権は、天的な場所においてその分け前を得ることであり、その後に、地上的人々の上に祝福が注がれるのだ。

 教会は、地上的な民が拒絶されている間、なにか完全に隔たったもの――一種の天的なエコノミー(経綸)――であり、これらの地上的民は、彼らの罪のために現在捨てられており、国々の間から追放されており、、、こういった国々の間から、神はイエスご自身との天的栄光を共に享受する人々をお選びになるのである。

 主は、ユダヤ人によって拒絶され続けているが、主は全き天的なパーソンとなられた。これは特に、使徒パウロの著述の中において見い出される教理である。

 もはやユダヤ人のメシアではなく、高く上げられ、栄化されたキリストである。そしてこの至高な真理に対する理解が欠けていることで、教会はこれほどまでに弱体化しているのである。」*10

 

よって、ダービーの中では、以下の事が互いに密接に結びつけられていることが分かります。

 

 律法と恵みの間における鋭利な区分。

「地上的」な神の民/「天的な」神の民、「イスラエル」/「教会」の間における鋭利な垂直的区分。

 預言の「字義的」解釈の法則:預言成就を、地上的レベル(ユダヤ人)と提携させる。

④ その結果として生じる、この成就の時を待望する強い前千年王国説への強調点。 

 既存の教会に対する否定的にして分離派的評価。

 

前千年王国説に基づく力点・強調点()は、ダービーの区分法が、米国で確実な地歩を得る最初の主要な入口になりました。しかし分離派的な強調点であるを除く他のすべての強調点もまた、またたく間に、米国ディスペンセーション主義を特徴づけるものになっていきました。

 

その後、分離派的強調点が米国で優勢になるのは、根本主義が米国の諸教派のメインストリームを統制する希望を失いつつあった1920-30年になってからです。*11

 

〔補足〕ペンテコステ神学へのジョン・ネルソン・ダービーの直接的・間接的影響について

 

ダービーの教えは、スコフィールドを経由し、アメリカの伝道者D・L・ムーディに影響を及ぼし、ムーディーはペンテコステ運動に影響を及ぼしました。

 

どのようにしてでしょうか?今日、アッセンブリーズ・オブ・ゴッドは、最大規模のペンテコステ教団です。ペンテコステ運動が20世紀初頭に始まった時、アッセンブリーズ・オブ・ゴッドは、1914年、アーカンザスにあるホット・スプリングで初の一般総会を開きました。そして、教団は当時、独自の出版社を持っていなかったため、日曜学校の教材を、ムーディー出版社から取り寄せることになりました。

 

こういった歴史的経緯により、当時ムーディー聖書学院で教えられていた教義内容が、アッセンブリーズ・オブ・ゴッドの諸教会に入り、終末論を含め、主流ペンテコステ神学に直接的・間接的インパクトを及ぼすことになりました。(参照1、

 

〔補足2〕「‟J・N・ダービーの教えの遺伝子”の反映度」とは何か?(安黒務師)

 

引用元

 

B・バス著『ディスペンセーション主義の背景』

 

わたしは、、某氏等のさまざまな情報や資料や書籍に目を通すとき、感じることは「これだけでは、評価・分析することは難しい」ということです。いきなり細部の聖書解釈に入ると「ローマのカタコンベに入り、迷子になってしまう」危険があります。それで、わたしは、、某氏等の評価・分析をするには、“氷山理論”が有益と考えています。

 

つまり、水面上に見えている“氷山の一角”だけで評価・分析しようとするのではなく、“水面下の氷山”つまりディスペンセーション主義聖書解釈の歴史全体を“鳥瞰図”的にみて、まず「その全体図の中に位置づけ」た上で、「細部の聖書解釈の議論」に入るという順序です。

 

それで、「ディスペンセーション主義問題」を扱うときには、その「ルーツとアイデンティティ」をしっかりと把握することが大切と思います。細部から入ると、いろんな罠が仕掛けられていて「ミイラとりが、ミイラになってしまう」危険があります。

 

基本的には、クラレンス・B・バス著『ディスペンセーション主義の背景』をしっかりと学ぶ必要があると思います。ここで、ディスペンセーション主義が生起した歴史的事情、その運動の中での闘争、最終的にダービーが勝利をおさめ、ディスペセーション主義聖書解釈法を確立していったこと、そしてその解釈法の下で「ディスペンセーション主義教会論」や「ディスペンセーション主義終末論」が生まれてきたこと等です。

 

ディスペンセーション主義は、個々の先生方によってかなり異なります。F氏はライリーに推薦文を書いてもらっている本がありますが、ライリーは自分の立場との相違に言及していたのが印象的でした。ダラス神学校からは実に「多様なディスペンセーション主義が生まれ、それらの先生方からさらに多様な教えを説くディスペンセーション系教師が生成されている」ように思います。

 

それで、わたしの取り組み方は、「バスによって特定されている““J.N..ダービーの教えの遺伝子”の反映度」という視点が効果的なように思います。今日のディスペンセーション主義の教えは、いわば“真水”(福音主義)と“塩水”(ディスペンセーション主義)が混在しており、変化に変化を重ね続けているので、よけいに分かりにくいものになっていると思います。

 

見分けるための「リトマス紙」は、「バスによって特定されている““J.N..ダービーの教えの遺伝子”の反映度」です。そのあたりを押さえてみていくと、いわば万華鏡のように、カメレオンのように七変化を繰り返すディスペンセーション主義も「識別評価」しやすくなると思います。その意味で、わたしは、本格的な研究した上で“マクロな視点”を提供してくれる書籍を愛好するところがあります。

 

さて、そのような視点を与えてくれているバスの結論はというと、彼は「結びの言葉」において、以下のようにまとめています。

 

 「この本の命題は『ディスペンセーション主義は教会の歴史的信仰の一部分ではない。ディスペンセーション主義が定式化される以前にに188 世紀間に渡って歴史的千年王国前再臨説の聖書解釈が存在してきたのだから、ディスペンセーション主義は唯一の千年王国前再臨説の見解ではない。そして、ディスペンセーション主義は聖書解釈において誤った解釈学の原理を基盤としている』というものである。

 

 わたしはこれらの命題を立証しえたかどうか、読者の判断に委ねたい。しかしながら、整理が必要とされるもう別の局面が存在する。ディスペンセーション主義聖書解釈法に内在する幾つもの極端な要素にもかかわらず、ディスペンセーション主義の聖書解釈は、『イエスが再臨日には人格的に、文字通り、目に見えるかたちで地上に戻って来られる』という真理をきわめて明確に系統立てて説いている。歴史的千年王国前再臨説も同じく、無千年王国説もまた同様である。それらの諸説は教会の祝福された望みを取り巻いている出来事の時間的な順序で意見を異にしている。

 

 しかし、これら三つの諸説はみな、新約聖書著者たちもまた共有している「キリストが再臨される」という最も重要な強調点を共有している。この真理の中枢を共有しつつ、これら三つの諸説の信奉者のすべては、愛と忍耐の交わりを保つことができる。終末論の解釈に関して意見を異にするかもしれない、そして真の聖書解釈の原理を見出すために賢明に議論すべきである。しかし交わりの試金石としてはならない。

 

 わたしは、それらの解釈においてわたしのディスペンセーション主義の兄弟たちとかなり意見を異にしている。しかし彼らがディスペンセーション主義の捉え方を信奉する権利を擁護したい。わたしはディスペンセーション主義が誤った聖書解釈であると受けとめている。しかしわたしと意見が一致しないからといってだれとも関係を断つつもりはない。わたしは同じ忍耐をこれらの問題に関して意見が一致しない人々にも与えられることを願っている。

 

 愛において交わりを保ちつつ、わたしはディスペンセーション主義が歴史的信仰からの逸脱であり、聖書解釈における誤った方法に基づいていると強く確信している。それゆえ、わたしはきわめて大胆にも、もしわたしがわたしの命題を立証しえたなら、わたしもまたそうしなければならなかったのと同様、多くのディスペンセーション主義者が徹底して考え抜き彼らの終末論の思想体系に対して新しい評価を下すに至るであろうことを期待しているのである。」*12

 

その主要な教理の共通項のゆえに、異端視するようなことはいけなし、交わりから除外すへきでもない。しかし、「聖書解釈法の誤り」とその結果もたらされている「誤った教会観」と「誤った終末論」の克服に躊躇するようなことがあってならないということである。真理においては「和をもって尊しとなす」は“背信行為”である。神学教育にとって“自殺行為”である、と思うのである。

 

また、上記のバスの書籍「20055 年版への序」by S.R. Spencerrも「変遷の経緯と現況理解」に役立つので以下に記す。

 

 「幾つかの他の今日の諸研究とともに、『ディスペンセーション主義の背景』』(1960)の最初の出版は、ディスペンセーション主義に関する学識の新しい時代の到来をしるしづけた。ディスペンセーション主義ははじめて第一義的に論争的でない批評的な分析を受け取った。気が遠くなるほど膨大な第一義的資料に対するバスの広範な研究と神学的諸発展についての注意深い分析は、この目立った神学的伝統への歓迎すべき洞察を提供している。

 

 『ディスペンセーション主義の背景』は、この伝統について研究する者にとって最も重要な案内書であり続けている。『ディスペンセーション主義の背景』は、1800 年代初期から中期の英国におけるジョン・ネルソン・ダービーとプリマス・ブレザレン運動の下にあったディスペンセーション主義の出現を洞察に満ちたことばで説明している。

 

 その脈絡はこの伝統を解明するとともに、ディスペンセーション主義のうちに存在したブレザレン運動とブレザレン運動に属さなかった多様なグループとの間の幾つかの重要な相違点をも明らかにしている。

 

 19 世紀とと20 世紀前半にわたっての米国におけるディスペンセーション主義の多様性と種々の発展は、ディスペンセーション主義が長く引きずっているジョン・ネルソン・ダービーの神学の影を過小評価することのできないことをわたしたちに思い起こさせる。

 

 けれども、多くのディスペンセーション主義者は急激にダービーの系統から距離を置くようになっている。後代のディスペンセーション主義者はダービーにとって最も特徴的であった捉え方の幾つかを改変したけれども、ダービーの貢献は初期のディスペンセーション主義にとって決定的なものであったことを正確に立証している。わたしたちは、ダービー基本的な役割を過度に強調することをも避けつつ、それを過小評価することもしてはならない。

 

 バスの著作は、ダービーの神学に関する重要な資料源と後代のディスペンセーション主義において持続力となったものを明らかにしている。バスは、その主題に関して「公平かつ客観的に扱う」ことを試み、「論争的でない手法」において書かれた著作と評されている、論争的でない研究を提供することを探求した。

 

 「その目的はディスペンセーション主義に反対する論拠を構築することではなく、公平無私かつ客観的にこの思想体系の歴史的な誕生がどのようなものであったのかを確定しようとすることである。それゆえ、その本は学究的レベルのディスペンセーション主義者を論駁することを目的としているものではなく、それは牧師レベルのディスペンセーション主義者がその体系を理解できるように助けることのみを意図したものである。」 

 

 公平無私な客観性という主張は、特にディスペンセーション主義に対するバスの以前の傾倒からして、1960 年代に彼らが取り組んだとき以上に、まことしやかに思われないかもしれない。しかし、バスの批評はディスペンセーション主義を最良のかたちで取り扱っている。バスの著作が最初に出現し、さらにに1977 年に再販されて以来ディスペンセーション主義神学に多くのことが起こってきた。

 

 チャールズ・C・ライリー著『今日のディスペンセーション主義』』(ムーディ出版、、1965)、と『新スコーフィールド・リファレンス・バイブル』』(オックスフォード大学出版、1967))は、ディスペンセーション主義における重大な展開をしるしづけた。

 

 もろもろの批評には責任をもって応答をなし、数多くの誤りは正しつつ、ライリーはディスペンセーション主義の多様性と古典的ディスペンセーション主義と改訂ディスペンセーション主義とを区別した。著名なディスペンセーション主義の教師たちからなる高名な編集委員会により改訂されたスコフィールド聖書は、スコフィールド聖書の最も問題のある注釈箇所を取り除き、他の注釈もまた修正した。

 

 展開の第二段階は、「漸進的ディスペンセーション主義」として知られるものとして結実することとなったた1980 年代とと1990 年代に出現した。(神学者たちではなく、その神学に名づけられたた)この名称は、贖罪史における種々の管理責任の間にある統一性と連続性に大きな強調の光が当てて際ただせられている。それはまたディスペンセーション主義との、他の福音主義の諸伝統、プロテスタント、そして普遍的で伝統的なキリスト教会の伝統との関係を強調するものである。

 

 ほとんどの漸進的ディスペンセーション主義者は、キリストの未来における千年王国支配を主張しつつ、開始されたメシヤ的王国という見方、そして社会的・文化的脈絡の中における、そしてその中への教会のミニストリーにとっての神の国の意義を教える。

 

 漸進的ディスペンセーション主義は、幾らかのディスペンセーション主義の教授陣や神学生の間に心備えのできた支持者を得てきたけれども、それはディスペンセーション主義のより巨大な集まりのうちの単なる小規模の少数者派を代弁しているにすぎない。ディスペンセーション主義者たちの大多数はより初期の諸展開の幾つかの形態に傾倒し続けている。

 

 ライリー・スタディ・バイブルに則したライリーの本(1995 年に改訂されたた)と、改訂されたスコフィールド・バイブルは、レフト・ビハインド・シリーズのように、そのニュアンスはしばしば大衆文学からかけ離れたものではあるのだが、相変わらず最も基本的な神学的言明を保持し続けている。ほとんどの今日の唱道者はその歴史的諸展開や彼らの神学における多様性について無知であるが、それらの改訂版の多くは、バスが強い光を当てている諸特徴を語りかけている。『ディスペンセーション主義の背景』は、それらの諸展開の非常に重要な初期の諸段階をよりよく理解するために貢献している。わたしはこの再販を喜び歓迎している。」*13

 

わたしは、「ラッドの聖書神学、バスの歴史神学、グルーデムの組織神学、サイザーの実践神学」等の大局の中に、ディスペンセーション主義のさまざまな教師を位置づけた上で、「細部の聖書解釈」を検討することが大切だと思っている。

 

ーーーーー

最初のボタンを掛け違えると、最後のボタンは留められない。

 

ディスペンセーション聖書解釈法から生成される「教会論」と「終末論」には、数々の誤った教えがあります。それらの「誤り」を分析・評価した良書としては、ジョージ・ラッド著作集があります。今回のわたしの訳書『終末論』はその中の一冊であるとともに、ラッドの「ディスペンセーション聖書解釈問題克服のための総決算的な内容」をもつ、ラッドの、いわば“遺書”のような意味をもつ最後の著作です。彼はこの問題の克服のために人生をささげ、ある意味“いのち”をささげたと思います。

 

わたしはこの問題の重要性を真剣に受け留めていますので、神学校の一年生の最初の講義「組織神学:神学方法論・聖書解釈方法論」で、以下のように簡潔明瞭に説明します。神学校の講義で最も大切なことを、三年間の講義の「最初の講義」で教えるべきと考え、実践してきました。

 

つまり、こうです。「最初のボタンを掛け違えると、最後のボタンは留められない。

 

旧約聖書の言葉を“誤ったかたちで”絶対視すると「旧約聖書において、終末的救いはいつも、イスラエル民族の民族的、神政政治の運命の視点において描かれている。旧約聖書の中にはキリスト教会についての明確な預言は存在しない。異邦人は、実際にイスラエルの未来においてひとつの場所をもっている。しかし異邦人の位置づけについて、旧約聖書には統一的な概念は存在しない。ときどき、異邦人はイスラエルに仕えるように力をもって無理やり強制され服従させられる。(アモス9:12、ミカ5:9-13; 7:16-17、イザヤ45:14-16,49:23,60:12,14)。

 他の事例においては、異邦人はイスラエルの信仰に回心し、イスラエルの神に仕えるものとしてみられている。(ゼパニヤ3:9,20、イザヤ2:2-4, 42:6-7, 60:1-14、ゼカリヤ8:2-23, 14:16-19)。イスラエルは神の民のままである。そして未来の救いはまず第一にイスラエルの救いがある」と、“歴史的権威”と“規範的権威”が混同され、「民族的・外形的イスラエル」の視点と「本質的・信仰的イスラエル」の視点が、新約の贖罪と聖霊の到来の次元のもとに仕分けされることなく、誤って理解されます。

 

そのような誤った視点で、「使徒たちの聖書観・聖書解釈の原則・聖書解釈」に反して、新約聖書を“再解釈”すると「新約聖書解釈は“変質”」し、「キリスト教会は、民族としてのイスラエルを軸とした救済史の“一時的な挿入”扱いとなり、再臨・千年王国・新天新地という神のドラマの本番が始まる入り口としての“患難期”が始まる前に、“露払い”としてのキリスト教会は舞台から退いてもらう必要がある」ということになります(患難前携挙の教えは、教会にとって「祝福された望み」といわれますが、真実は「本命たる民族としてのイスラエル登場の“邪魔者”という位置づけです」)。

 

新約聖書が語っていないことを、「新約聖書を脅迫して語らせる聖書解釈」が、“古典的ディスペンセーション主義解釈法”なのです。この基本を認識した上で、個々の聖書解釈の問題を扱うことが大切です。「古典的な Dispensationalismが説く <携挙後7年間の 大艱難> の論拠」は、存在しないことをバスやラッドは丁寧な聖書解釈を通して証明しております。

 

すべては「ディスペンセーション主義の成長は聖書の権威に対する合理主義の立場からの攻撃の増大と並行して起こった。その成長へのはずみは、聖書は神のことばとして文字通りに解釈されなければならない、決して霊的に解釈されてはならないという一貫した主張であった」(Bass, Background to Dispensationalism, p.21.)という誤った聖書解釈原則に起因するものです。

 

ことは最初のボタン(聖書解釈法)の掛け違いに発するのに、他のボタン(個々の聖書解釈)だけをみていては、「重箱の隅をつつきあうような議論」となり、この問題の本質を見失うことになります。

 

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真水と塩水

 

2015年3月8日日:新約聖書 ヘブル人への手紙8:1-13 

 
初期のユダヤ人クリスチャン達は再び現れてきたユダヤ教民族主義に翻弄され、長年親しんできたユダヤ教の儀式に戻ろうとした。今の世界、日本においても、ディスペンセーション主義聖書解釈による、旧約聖書中心、民族的イスラエル中心のキリスト教シオニズムの考え方により、"カナンの地はイスラエルの物だ!!"という考え方が流行の様に語られている。


この考え方に立つ運動にはレストレーション運動という物があり、一般のキリスト教会ではグレーゾーン、レッドゾーンに分類され、ある教派では異端と見られている。
 

このヘブル人への手紙の著者は、ユダヤ人クリスチャン達に対して、危機を感じてこの手紙を送っている。イエス様は今、どこにおられるのか?天上にある幕屋の大祭司として父なる神の右の座についておられる。


つまり、旧約時代の儀式はその本質が完成されたので、必要ないのである。ユダヤ教徒が行ってきたことは型であり影であった。また、モーセを通して与えられた契約は不十分な物であった。だから、ユダヤ人クリスチャン達に旧約時代に戻らずに、イエス様の契約に留まる様に勧めている。


イエス・キリストの十字架の御業によって、旧約時代の儀式は完成された。本質が完成されたのだから、旧来の物は必要としないのである。今は、全ての儀式を完成してくださったキリストが天の右の座に着いて下さっているので、聖霊が送られ贖罪の御業として、私達の内に内住の御霊となって下さっているのである。


この御霊は私達に神の御心を教えて下さる。この御霊がおられるので私達は御ことばを通して、神様のことが解るし、聖書を正しく理解することが出来るのである。それにしても、救いの喜びを味わったクリスチャン達が、どうしてこうも簡単に正しい福音から離れてしまうのだろうか??


私が思うに、使徒達の教えという物は真水の福音と言って良いだろう。これに対して、間違いを含んだ教えは海水に例えられる。あの有名な死海は塩分濃度が約30%だと言われている。ここまで来るとさすがにほとんどの生き物は住めず、ここまで真水とかけ離れると異端に分類される。(エホバの証人、モルモン教、統一原理理etc.)


しかし、普通の海の塩分濃度は約約3.5%だそうだ。元々は真水の福音を信じていた団体でも、色んな集会やムーブメントに接することによって、少しずつ少しずつ塩分が入って来る。しかも、こういう運動は表面上は全く違和感を抱かないアプローチをして来る。


そして、遂には真水とは全く違う塩水になってしまうのである。そこまで来ると元の真水には戻れない。飛行機を操縦していて、地図上で一度右に舵をきったと想像してみて頂きたい。その地点付近での誤差は僅かであるが、何千キロ飛んだ後は全く違う到着点となるだろう。だから、私は声を大にして警告する。正しい福音を守り続けるべきであると。正しい教理、正しい神学を繰り返し学ぶべきであると。

 

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孤独な戦い

 

2015年02月04日:「我輩は、老魚である。」

 

今日は、『Introducing Christian Doctrine(基督教教理入門)』の教会の役割と政治から、翻訳・推敲作業を進めている。その中に「福音は教会の働きのまさに中心であり、教会のすべての機能に内在するものである。福音に修正が加えられると、教会はバランスを失う」とある。「孤独な戦い」を強いられているわたしにとっては大きな励ましの言葉である。近年、ちまたで流行しつつある「ディスペンセーション主義キリスト教シオニズム」は、まさしくこの「福音の修正」にあたる問題である。

 

そのような重大な問題であるからこそ、ラッドがライフワークとして「その克服」に取り組んだのであり、エリクソンはラッドを資料源にして『キリスト教神学』の「終末論」を書き記した。そのことは、エリクソンの著書“Basic Eschatology”において明らかである。そして、ストットがそれらの教えと実践を“アナテマ”と呼ぶ理由である。

 

現在、数え切れないくらいの人々が、その流れに押し流されつつあるのがみえている。たった一匹くらい、その「激流に逆らって泳ぐ魚」がいても良いと思うのである。我輩は、老魚である。しかし、激流に逆らって泳ぐ老魚である。

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 ムードやナショナリズムに押し流されてはいけない。

 

2015年02月01日:新約聖書 ヘブル人への手紙3:1-19

 

この、ヘブル人への手紙はAD.600年代後半、エルサレムがローマに滅ぼされる直前に書かれた手紙であろうと言われている。パレスチナの地にはユダヤ王国再建の気運が高まり、ナショナリズムの高揚が見られる。信仰のみではなく、ユダヤ教の儀式に懐かしさを覚えている。エルサレム崩壊の予感の中、ムードやナショナリズムに押し流されてはいけない。今、必要なのは神殿や幕屋ではなく、キリストが示された誤り無き道を歩むことである。

 

今の世界はヘブル人への手紙が書かれた時代に似ている。日本でもイスラエルでも、アメリカでもナショナリズムの影響が見られる。キリスト教シオニズムの運動が盛んになって来ているのである。

 

一節にある様に、"聞いたことをますますしっかり心に留めて"というのは、キリストを信じる事によって天国に入れられるという、弟子たちの教えをしっかり信じていなさい。という意味である。旧約の影である幕屋や神殿、儀式を懐かしく思うのは間違っている。

 

モーセとキリストを対比して教えているが、モーセはシナイ山のふもとで幕屋を建てた管理人であり、神の家令、僕なのである。それに対して、キリストは家の持ち主、家の管理者なのである。だから、ユダヤ教のもろもろの事が大事なのではなく、キリストの罪の許しの御業が大切なのである。天国の希望を失ってはいけない。

 

エジプトを出て、荒野でで400年さまよったイスラエルの民は神様をないがしろにした。だから、神様はカナンに直ぐに入らせなかったのである。と著者は叱責し、ヘブル人に助言している。

 

今の時代も、ほとんどのプロテスタントの教会は聖書の真実に従って教えている。キリストで100パーセント必要な物は満たされている。しかし、もっと刺激的で華やかな物は無いかという欲望がキリスト者をディスペンセーション主義、また、キリスト教シオニズムへと導く。聖書に書かれている。だから、カナンの地はイスラエルのものだ。イスラエルの為に祈ろう!イスラエルに皆で行こう!ペンテコステ・カリスマ派の教会がその波に翻弄されている。

 

不道徳な行いをするわけではないが、"イエス様で十分だ。"という心を失うとその行為がそのムーブメント自体が偶像になってしまう。熱心さを追求するあまり、不信仰となり結局は罪を犯してしまうのである。そうなると、大きな音にかき消されキリストの声は聞こえなくなる。全てのキリストによって贖われたクリスチャンが、罪を罪と判らなくなったり、不信仰が不信仰と判らなくならない様、いろいろなムーブメントに惑わされてキリストの声が聞こえなくならない様、私は叫び続けなければならない。

 

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「ユダヤ人とは、誰か?」

 

研究発表の後、最初にいただいた質問は、「ユダヤ人とは、誰か?」という質問であった。この質問を受けた瞬間、わたしの心に浮かんだのは、一冊の本だった。石田友雄(筑波大学教授、Ph.D [エルサレム・ヘブル大学.])著『ユダヤ教史〔世界宗教史叢書4〕』(山川出版)の「終章:現代ユダヤ教の諸問題」pp.326~334に、この問いに対するひとつの答えがかなり詳しく書いてあったことを思い出したのである。

 

そのp.333に記されている結論は「このように、現在、世界各地のユダヤ人は、各自が居住する場所の状況に応じて、“ユダヤ人とは誰か”、“ユダヤ教徒とは何か”ということを問題としてきたが、まだ誰もその最終的解答を得ていない。この意味で、ユダヤ人は、おそらく世界で最も自分のアイデンティティ、すなわち“自分は誰なのか”ということを意識的に問題としている人々であろう。もちろん、この問いかけが、彼ら独自の歴史的経験と現在の生活環境から生じていることは明らかである」と記されている。

 

「このように」という前段を、ヤコヴ・ラブキン著『イスラエルとは何か』平凡社新書、pp.168-172ともに、掻い摘んで紹介すると、こうである。

 

①歴史家は、もうひとつの事実を忘れてはならない。それは、ユダヤ教が、全体として、ユダヤ教徒をすべて合わせたよりも偉大な存在であり続けたことだ。ユダヤ人を創り上げたのは、ユダヤ教である。ユダヤ人がユダヤ教を創ったのではない。…まず、ユダヤ教ありきである(ポール・ジョンソン著、石田友雄監修『ユダヤ人の歴史』徳間書店、下巻、p.456)。

 

②19世紀以前には、「ユダヤの者」を指し示すにあたって「ユダヤ教に由来する幾つかの原則に日々の行いを準拠させている者」という規範的な“公分母=ユダヤ教”に依拠することができた。

 

③19~20世紀のユダヤの民をめぐるあらゆる議論に通低する複雑さを理解するためには、“非宗教化”という現象を正しく認識おかなければならない。これにより、以後、「ユダヤ人であること」と「ユダヤ教徒であること」の間に“決定的な亀裂”が生じることになった。

 

④19世紀末にシオニズムが誕生して以来、シオニストの主流は社会主義者であり、意識的な反伝統主義者であった。彼らは民族の精神的基盤として、聖書の思想を尊重したが、“戒律を実践する宗教としてのユダヤ教”に対して批判的であった。

 

⑤また、正統派の宗教的信念に従えば、そもそも“メシアを期待せず”に、“人間の努力によってユダヤ国家の再建を目指す”シオニストの世俗的行動が許容できなかった。まして、シオニストがかかげた、“政教分離の原則に基づく近代国家としてのユダヤ国家建設計画”は、正統派が絶対に承服できない話であった。

 

⑥イスラエル政府は、シオニズムに基づくイスラエル国家建国の主要な目的を実現するため、建国間もない1950年に、移民として来るすべてのユダヤ人に、自動的にイスラエル市民権を与えるという“帰還法”を制定した。しかしこの法律を実施するために、“ユダヤ人とは何か”という問題が生じた。労働党を主体とするイスラエル政府は、“宗教的信仰”ではなく、“民族的感情”を同一にする者を“ユダヤ人”と認める方針であった。

 

⑦しかし、正統派は、タルムード以来の法規(ハラハー)の定義に従い、“ユダヤ人の女から生まれた者”か、“ユダヤ教に改宗した者のみ”をユダヤ人とみなすべきであると主張した。法規(ハラハー)によると、ユダヤ人の父親と非ユダヤ人の母親をもつ子どもは、改宗しない限りユダヤ人とは認められないが、ユダヤ人の母親から生まれていれば、たとえ大部分シオニストの労働党員のように、ユダヤ教の戒律を遵守していなくても、法規的にはユダヤ人ということになる…。

 

⑧一応、クネセット(イスラエル国会)は、ユダヤ人の定義に関しては法規(ハラハー)を受け入れる一方、帰還法を改正して、ユダヤ人移民の配偶者と家族は、たとえユダヤ人でなくても自動的に“イスラエル市民権”を獲得できることにして問題を解決した。

 

⑨つまり、今日の状況は、こうである。“伝統的なユダヤ教徒”がみずから行うこと、行わねばならぬことによって他から区別されるのに対して、“新しきユダヤ人”は特定の待機や希求から完全に切り離され、もっぱらその者が「そうであるところのもの」をもってユダヤの名を名乗ろうとするのである。

 

⑩ユダヤ教の教典において、「イスラエル」とは、“神が…トーラーを授けた聖なる信徒集団”を意味する。しかし、今日「イスラエル」という言葉は、まずもって“政治国家イスラエル”を意味する。

 

⑪以上のことからわかるように、「ユダヤ人とは誰か」、「ユダヤ教とは何か」ということは、簡単に答えを出せる問いではない。「祖国イスラエル」と「離散している諸国」、「民族」と「信徒集団」、“二重の忠誠”を解消するための「シオニズム」と、止揚するための“コスモポリタニズム(世界市民主義)”-ユダヤ人は、これらの対立する状況を、“あれかこれか”という関係でとらえることができない存在である。このような緊張関係から成り立つ状況は、“ユダヤ教の本質”-ユダヤ人が歴史的に担ってきた“選民”としての“独自性”が、世界の人類の救済を使命として選ばれたという“普遍性”と、逆説的に結合している-に由来しているからである。

 

⑫「新しきユダヤ人」構想は、本来、トーラーがユダヤの民に教え諭そうとしているところの対極に位置するものである。「シオニズムの蔓延」の後には必ず「信仰と宗教の破壊」がやってくる。「脱=ユダヤ教化」がこれほど徹底して進行した場所としてイスラエルをおいてほかにないといわれるまでになっている。…新しいタイプのユダヤ人の間で、イスラエルの精神に忠実なユダヤ人として生きることがますます難しくなっている。…そして今日、「国家としてのイスラエルの安全保障をめぐる“終わりなき憂慮”こそが、イスラエルの内でも外でも、その“共通分母”の役割を果たすに至っている」(ラブキン著『イスラエルとは何か』pp.122-125)。

 

上記のものは、神学会研究発表の質疑時間の“最初の質問”に対し、「おおまかに」解答させていただいたが、その「大まかな解答の背後に」わたしが有していた情報の一部である。時間の関係で、そのエッセンスのみをお話させていただいたので、ここで少し詳細な材料を提供させていただくことにした。参考にしていただきたい。

 

※(なお、ラブキン著『イスラエルとは何か』は、金井由嗣先生より紹介を受けた書籍である。正統派ユダヤ人の視点から、「キリスト教シオニズム運動に発するユダヤ・シオニズム運動と現在のイスラエル国家のあり方」に斬新でクリティカルな分析・評価を教えられる良書である。ラブキンには、他に『トーラーの名において-シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』という著作がある。この本は、その“ダイジェスト”版である。)

 

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“ディスペンセーション主義”に基づくエゼキエル書40-48章解釈の吟味・検証ためのひとつの材料の提供

 

:「神殿と終末に関しては、エゼキエルの後半やⅡテサロニケ2章の解釈が一つのポイントになるかもしれないと、この記事を読んで思いました。」

 

 :このコメントも、質問ではないのだが、このテーマに関して思索を深めるために、「“ディスペンセーション主義”に基づくエゼキエル書40-48章解釈の吟味・検証ためのひとつの材料の提供」を念頭に少し思うところを書き留めてみたい。

 

 エゼキエル書に関しては、いのちのことば社の簡単なものでは、ハーレイ著『聖書ハンドブック』があり、詳細なものでは『新聖書註解』や『ティンデル聖書註解:エゼキエル書』がある。内容は、①エルサレムへの神の審判としてのエルサレムの崩壊、②エルサレムの回復-捕囚の帰還とエルサレムの再建という形での希望、で構成されている。33-39章は「エルサレムの終末」であり、40-48章は「エルサレムの希望」がテーマである。聖書の解釈は、「全体の構成」を見きわめてから、「細部の解釈」に入るのが良いと思う。

 

 エゼキエル33:21に、「私たちが捕囚となって十二年目の第十の月の五日、エルサレムからのがれた者が、私のもとに来て、『町は占領された』と言った」とある。エゼキエル書のメッセージは、構成上のバランスに適合した内的一貫性を持つ。中心ポイントは、「エルサレム陥落と神殿の崩壊」である。ここでは、ティンデル注解シリーズの「エゼキエル書」より、引用抜粋編集しつつ学ぶことにする。

 

しかし、すでに新しい時代が明けつつあり、新しいメッセージがエゼキエルの口にある。新たな任務と、一種の国家的復活によって、神の導きの下、神の民が彼ら自身の土地へとまさにつれ戻されようとしているとの約束とともに(33-37章)、エゼキエルは、北からの侵略者の大軍に対する神の民の最終的勝利を“黙示的用語”で描くに至る(38-39章)。忠実な神の民と巨大な終末的な戦いという思想は、特に目新しいものではない。

 

エゼキエルは、自分が初期の代弁者らの預言した出来事の成就を語っていること、またエレミヤの言い方をこだましていること、ヨエル、アモス、ゼパニヤのような預言者のため未来を支配していた「主の日」の表象のことばで、終末を表現したのである。それは「黙示的言語」である。それは大部分が象徴であり、時には故意にぼんやりとしており、神秘的でさえある。しかし、詳細は漠然としてはいても、主要点は明らかであり、それは大胆に表現されている。

 

 40-48章は、回復された土地と再生した民であるイスラエルのための、新しくされた指導者という図式を我々に与え、この新しい共同体の神殿礼拝の設計図と組織という「結論的幻」へと導く。神が永遠に神の民の只中に住まわれる神殿の庭と至聖所を持った、新しいエルサレムの幻である(40-48章)。40-48章では、解釈が主要な問題となる。四つの見解が提出されてきた。

 

 その第一は、「字義的預言的」解釈-捕囚民が帰還したときに、実際に建てられるべき神殿の設計図とする。「この意見は、ここで我々が建築家ではなく預言者-その領域が手ではなく心である人-を扱っていることを忘れている」と批判される。この平面図は建築家になる見込みの人々の想像力に、多くの詳細をゆだねている。

 

 第二は、「象徴的キリスト教的」解釈であり、この幻がキリスト教会において象徴的に成就したと考えた。今、この見解には真実があり、それは黙示録におけるエゼキエル的な用語使用によって、刺激を与えられる。黙示録では、「新しいエルサレム」の叙述が、主としてエゼキエル書の様式に基づいているからである。しかしエゼキエルの幻を「直接的に」キリスト教的「成就」に当てはめるのは言い過ぎである。それは、エゼキエル自身の時代の読者にとって実際の文脈があること、この元々の文脈こそ旧約聖書釈義家の主要な関心事でなければならない。

 

 第三に、上記の解釈の「変形」として「ディスペンセーション主義者」の見解がある。これは、スコフィールド引照聖書によって最も広く一般に知られているものである。そこでは、エゼキエル40-48章を「(千年)王国時代の期間中の、約束の地におけるイスラエル」と名づけている。このアブローチは「字義主義かつ未来派的」である。それは、この箇所を「終わりの時代」に適用するが、その時とは、「イスラエルの輝かしい未来に関するすべての預言」が、新しいディスペンセーション(聖約期)において「文字通り」成就すると考えられている時のことである。

 

 もし、新約聖書の「キリスト啓示」と「その完了しているみわざ」の後に、旧約聖書の祭り、血の犠牲、祭司制、神殿礼拝が再び導入されるべきであると、この箇所から結果としてなるなら、それはこの見解が「どれほど徹底的にキリスト教の救いの重要性を誤って解釈しているか」、また「いかにそれが神の人類に対するふるまいの継続性に疑いを投げかけるか」を示している。

 

 しかし、もしこの箇所を過去においてではなく未来における事柄とするのであれば、その誤りは、基本的にはエゼキエル40-48章を「預言」とみなし、「その字義的成就」を主張するところにある。

 

 第四の見解とは、これらの章を「預言」としてではなく、「黙示」とみなすもので、ヘブル語文献の黙示的文体の基準に従って解釈する。その特徴は「象徴主義、数字の対称性、未来主義」である。それは明白な用語で表現されているが、これらは「単に神の行為の一般原理がそこに秘められている形態」にすぎなかった。神殿の幻は事実上、神が表象したすべてのこと、神が要求したすべてのもの、神がまさに明けようとしていた時代に神の民のために行うことのできるすべてのことの、「一種の受肉」であった。

 

 その解釈がみな、我々が扱っている素材の文学的特質の、最も現実的な見解を取るように見えるこの「黙示的見解」に基づくなら、40-48章におけるエゼキエルのメッセージは、以下のようにまとめられる。

 

 ①回復された神の民に対する「神のご計画の完全さ」←それは“象徴的な形”で、「神殿の建物の欠けなき対称性」に表されている。

 新しい時代における「礼拝の中心性」←その重要性は、「礼拝儀式の遵守における詳細な細目への周到な配慮」に表されている。

 神の民の只中に「主がとこしえに臨在される」こと。

 神の臨在する場所から、「地上の不毛の場所へ流れる祝福」←いのちの川。

 ⑤すべての神の民に対する「義務と特権の、整然とした割り当て」。←それは、「神殿の務めと、土地の分配」の両方において明らかにされている。

 

わたしは、現段階で「①字義的預言的解釈、②象徴的キリスト教的解釈、④黙示的解釈」の三つは、“相互補完的側面”があり、バランスよく調和させることによって、健全なエゼキエル書解釈ができるのでないかと受け留めている。つまり、「極端に字義的に走る傾向」と「極端に象徴的に走る傾向」の間に“落とし所”があるのではないか、と思うのである。

 

テーラーは少し“象徴主義”の傾向が強いような気がする。R.ボウカム著『ヨハネの黙示録の神学』も“芸術品”のように素晴らしい本なのだが、同様の課題をもっているように感じている。これは、近年の福音主義神学におけるひとつの傾向なのかもしれない。これは今後検討していくことが必要だと受け留めている。

 

ただ、③の「ディスペンセーション主義解釈」は、“論外”の解釈であり、指摘されている“欠陥”のある“誤った解釈”であることを見きわめることが大切と思っている。巷では、この解釈にそった講演やセミナーでにぎわっているようである。「押し流されないように」気をつけたいものである。

 

 以上は、あくまで、「エゼキエル書40-48章」解釈の吟味・検証ためのひとつの材料提供にすぎないが、参考にしていただけたら幸いである(上記の資料源は、ティンデル聖書注解シリーズ「エゼキエル書」からの抜粋引用し編集したものである。詳細は、その書籍をみていただきたい)。

 

*1:[n.d.] 1971, 3:298; quoted by Fuller 1957, 37-38; 1980, 14。

*2:[n.d.] 1971, 3:298; quoted by Fuller 1957, 38

*3:1875, 5; quoted in Bass 1960, 73

*4:Darby [n.d.] 1962, 20:240-41 [Ecclesiastical Writings, no. 4, “God, Not the Church …”]; quoted by Bass 1960, 106.

*5:Bass 1960, 108-109

*6:Bass 1960, 106

*7:[n.d.] 1971, 3:299; quoted by Fuller 1957, 39

*8:[n.d.] 1962, 2:373 [“The Hopes of the Church of God …,” 11th lecture, old ed. p. 567]; quoted in Bass 1960, 130

*9:[n.d.] 1962, 2:35 [“On ‘Days’ Signifying ‘Years’ …,” old ed. pp. 53-54]; quoted in Bass 1960, 129

*10:Darby [n.d.] 1962, 2:376 [“The Hopes of the Church of God …,” 11th lecture, old ed. pp. 571-72]; quoted in Fuller 1957, 45.

*11:Mardden 1980参照。

*12:Clarence B. Bass, “Background to Dispensationalism : Its Historical Genesis and Ecclesiastical Implications” WIPF and STOCK, p.1555

*13:Bass,, “Background to Dispensationalism : Its Historical Genesis and Ecclesiastical Implicationss” p..ⅰ-ⅲ