巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

「まなざし」をもつ信仰ーー聖画像の深遠性と内的感覚の開示(by ヨーゼフ・ラッツィンガー)

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イタリア、ラヴェンナ(出典

「聖画像は礼拝時に起こることと内的につながっています。歴史はキリストにおいて秘跡となり、キリストは秘跡の源泉です。それゆえ、キリストの聖画像は宗教絵画芸術の中心です。キリスト聖画像の中心は過越秘儀です。過越に焦点を当てた聖画像として、キリスト聖画像は常に聖体のイコンです。つまり、復活秘義の秘跡的現存を指し示すものです。」

 

ヨーゼフ・ラッツィンガー著(濱田了訳)『典礼の精神』より一部抜粋

 

キリストのイコンは、すべての議論を踏まえた上で、復活した方のイコンです。復活した方の肖像はどこにもありません。弟子たちは最初、彼を見分けることはありませんでした。彼らは新しい「まなざし」へと導かれなければなりません。彼らは内側から徐々に目が開かれ、彼を新たに見分けて叫び出します。「あれは主だ!」

 

たぶん、最も顕著な例は、エマオに向かう弟子たちの物語でしょう。彼らはまず、心の向きが変えられて、聖書の外的な出来事を通して、それらの内的中心を認識するほどになります。

 

その中心とは、そこからすべてが来たり、そこにすべてが向かっていくもの、つまりイエス・キリストの十字架と復活なのです。そこで彼らは神秘に満ちた同行者を引き留めようとし、彼に宿を提供します。そしてパンを裂いたときに、彼らはアダムとエバが善悪の知識の木の実を食べたのとは反対の経験をします。彼らの目が開かれたのです。

 

今や彼らは、単に外的なものを見るだけではなく、五感には映らないけれども心に照り輝くものを見るのです。それは、主です。新たな方法で生きている方なのです。

 

イコンで重きをなすのは、面立ちではありません。イコンでは新しい「まなざし」が重要なのです。イコンは内的感覚の開示から来なければならず、経験的なもの、見せかけを乗り越え、後代のイコン神学が言うように、タボル山のご変容の光においてキリストを見分ける「まなざし」とならなければなりません。かくしてイコンは、それを黙想する者を、イコンにおいて形態をとった内的観察を通して見通すように導きます。

 

彼は感覚的なものにおいて見渡しますが、それは感覚的なものを超えて観念の中に受け取られたものです。イコンは、エフドキモフが素晴らしく述べたように「見ることの節制」を必要とします。イコン作家は、目の節制を習得しなければならず、また祈りのの、長い修行の道によって自分を準備しなければなりません。それはただの芸術から宗教芸術への移行を特徴づけるものです。

 

イコンは祈りから出てくるもので、また祈りへと導き入れるものです。イコンは私たちを、ただ外的なもの、物質的なうわべだけを知覚して、現実における精神の透明性、ロゴスの透明性に気づかないような感性の閉塞から解放します。

 

根底には、ただ信仰全体の超越性がかかわっており、現代の認識問題全体がそこにあります。計測し計量できるもの以上に人を認識させ、被造物の中に神的なものの輝きを認識させる内的開きというものが生じないなら、神は私たちの視界から締め出されたままになります。

 

正しく理解されたイコンは、感覚的に把握されうる肖像についての誤った問いかけから私たちを連れ戻し、そしてキリストの御顔と、キリストにおける御父の御顔を見分けさせます。かくしてイコンにおいても、私たちが典礼の東向性*1を強調した際にすでに学んだのと同じ霊的方向性が働いています。

 

イコンは、ある内的道に私たちを引き入れます。それは「東」への道、再臨のキリストに向かう道です。イコンのダイナミズムは、典礼全体としてのダイナミズムと同一です。そしてキリスト理解は三位一体に基づいた理解です。

 

私たちを見えるようにするのは聖霊です。聖霊の働きは常にキリストとの出会いを呼び起こします。「霊に飲み込まれて、私たちはキリストを飲みます」と聖アタナシウスは言います。キリストを「肉に従って」ではなく、霊に従って見ることを教える見方は同時に、私たちに御父ご自身を垣間見るのを許します(2コリ5:16参)。

 

イコンのこの内的方向性をつかんだときにだけ、人はなぜ第二ニケア公会議とイコンにかかわったその後のすべての教会会議が、イコンのうちに受肉への信仰告白を認め、聖像画破壊が受肉を否認するものとして、すべての異端の総まとめと見なしたかを正しく理解することができます。

 

受肉はまず第一に、見ることのできない神が、見ることのできる場に入り、それによって私たち物質に縛られている存在が、神をはっきり知ることができるのを意味します。その限りで受肉は、歴史的な救済の業、歴史的な神の語りかけにおいて常にその途上にあります。

 

しかし、この神の降下は、私たちを上昇の過程へと引き上げるためです。受肉は、十字架を通した変容と復活による新たな身体性を目指しています。神は私たちがいるところまで、私たちを捜されます。しかしそれは、私たちがそこにとどまるためではなく、神がおられるところに私たちが行くためであり、私たち自身を超え出ていくためです。

 

それ故、キリストの容姿を過去のものである「歴史的イエス」に矮小化することは、キリストの容姿の特質を見誤り、何のために受肉が行なわれたのかを見誤るものです。感覚は離脱されるべきではなく、最高の可能性にまで広げられるべきです。トマスと共に「私の主、私の神」と言うとき、初めて私たちはキリストを正しく見ているのです。

 

今しがた、イコンの三位一体論的な広がりを確認したように、イコンの存在論的な奥深さを把握しなければなりません。神の御子が人間に受肉することができたのは、人間が御子の似姿として前もって設計されていたからであり、御子はまた、神の似姿なのです。

 

またもエフドキモフが適切に述べるように、第一日目の光と第八日目の光は、イコンにおいて互いに接触します。創造自体において光はすでに存在しますが、主の復活と新しい世界を迎える八日目にその完全な明るさに至り、私たちに神の栄光を見ませます。

 

受肉は、創造、歴史、そして新しい世界という幅広い文脈で見られたときにのみ、正しく理解されます。まさにそのとき、感覚が信仰の一部であり、新しいまなざしが感覚を遺棄するのではなく、原初の用途に導くことが明らかとなります。

 

聖像破壊運動は結局のところ、一面的な「アポファティッシュ」的否定神学に依拠しています。その否定神学は、いかなる観念や叙述も及ばぬ彼方におられる、ただ全く他者なる神をのみ認めるので、最終的には啓示すらも、永遠に理解不可能な方についての、ただ人間的で不完全な反映にすぎないと見なします。

 

しかしそうであれば、信仰それ自体が崩壊します。もはや感覚における霊の透明性を把握できない現代の私たちの感受性は、純粋な「否定」(アポファティッシュ)神学への逃避をほとんど不可避的にもたらします。

 

神はすべての思想の彼方にあるので、結局は神についてのすべての表出とすべての様式の神像は、同時に妥当であり、また同時に的外れなのです。この見かけ上、神に対する最高の謙遜とみえるものは、神にことばを語らせず、歴史の中に現実的に入ることを許さないという思い上がりになります。一方で物質を絶対化し、同時にそれらを単なる物質として、神には完全に浸透できないものと説明し、そのようにして物質から尊厳を取り上げます。*2*3

 

しかし、エフドキモフが述べるように、否定神学には、すべての類似性を否認する「否」だけではなく、否定神学的「然り」もあります。グレゴリオス・パラマスに従って、エフドキモフは、神がその本質において徹底的に超越する方でありながら、生きる方としてのその実存においては、ご自身を現わすことを望み、そしておできになったと強調します。神は全くの他者でありながら、ご自分を示すために十分なほど能力のある方なのです。そして神は、ご自分の被造物が神を「視る」ことと、愛することができるように創造されたのです。

 

ーーーーー

ロマネスク様式時代になり、東方では全く受容の余地がなかった彫像芸術が現れても、聖画芸術のテーマや基本的方向性は変更なしにとどまりました。使徒たちが真の東方として仰ぎ見るのは、十字架上にあっても、常に復活したキリストでした。

 

そして、創造論とキリスト論、終末論の一致によって、芸術は常に特徴づけられました。第一日目から第八日目まで巡り行き、第八日目は第一日目となります。芸術は、典礼において現在となる神秘に組み入れられ続けます。芸術は天上の典礼に向けられ続けます。

 

ロマネスク様式の天使の姿は、ビザンチンの絵画に現れるものと基本的には相違するものではありません。それらは私たちがケルビムやセラフィム、すべての天上の能力と共に、小羊の賛美に参加することと、典礼において天上と地上との間の幕が裂けること、それで私たちは全宇宙に広がる一つの典礼に飲み込まれることを示しています*4

 

ゴシック様式の出現と共に、ある変化がゆるやかに生じました。多くは変わらずに残りました。特に旧約と新約との間の根本的な内的対応は、それによって、いまだ到来していない事柄への指標となります。しかし、中心的な像は異なったものになります。

 

世界の支配者であり、私たちを第八日目に導き入れるパンクラトールは、もはや描き出されません。その姿は、痛ましい受難と死の様の十字架像によって交代されます。受難の歴史的情況が語られますが、復活は見えるようにはされません。歴史的・物語的なことが表面に出てきます。神秘的画像が信心の画像に取って代わられたと人は言います。

 

多くの要因がこの視点の変換に絡んでいます。エフドキモフは、13世紀に西方で起こったプラトン主義からアリストテレス主義への転換が、これに一役買っているのではないかと考えています。プラトン主義は、感覚的な事物を永遠の原型の影とみなし、その中に私たちは原像を認識することができ、またそうしなければならず、影を通して原像に近づくとしました。

 

アリストテレス主義はイデア教説を拒絶しました。質料と形相によって構成される事物は、それ自体において存立します。抽象化を通してそれが属する範疇を私は認識します。超感覚的なことが感覚的なことにおいて見えるようになる「まなざし」の位置に、抽象化が入ります。精神的なことと物質的なこととの関係は変えられ、それによって、人間に現実と思われるものに対する人間の態度も変わります。

 

プラトンにとって、美の範疇は確定的でした。彼にとっては美と善、ついには神も重なるものでした。美が輝くことを通して、私たちは心の奥底で傷つけられます。この傷は私たち自身を超えるよう私たちを引き離し、憧れへの飛翔に動かします。そして真に美なる方、善なる方自身に向かって押しやります。*5

 

プラトン的な美と「まなざし」の観念が、タボル山的考察によって変容させられているとしても、イコン神学には何かプラトン的な土台が生き生きと残され、また創造論、キリスト論、終末論の関連を通してプラトンの概念が究極において変容され、物質はそのようなものとして、新しい尊厳と新しい価値とを与えられています。受肉によって変形したこのようなプラトン主義は、13世紀以降、西方からは姿を消します。

 

絵画芸術は何よりも起こった出来事を描くように努め、救いの歴史は秘跡としてよりも、時間の中で終わった物語として見られるようになります。このように典礼に対する関係も変化しました。典礼は、いわば十字架の出来事の象徴的な再現として理解されたのです。

 

これに対して信心業が応じます。特にイエスの生涯の神秘を思い巡らすことに向かいました。芸術は典礼においてよりも、民衆的信心業にその着想を見い出していきました。そして民衆的信心業はさらに、救いの歴史を描く聖画像に養われました。

 

民衆は聖画像の中に、キリストに向かう道、イエス自身の道と聖人たちによるその継続の道を見ることができました。聖画像の分野における東方と西方の分離は、遅くとも13世紀に生じ、疑いようもなく非常に深く達しました。全く異なる題材、霊的路線が展開していきました。より歴史性を帯びた十字架への信心が、私たちの先を歩む復活した方に向かうという東向性に取って代わりました。

 

ーーーーー

ルネッサンスに後続するバロック芸術は、多様な側面と方法で表現されます。バロックはその最高の形状において、トレント公会議から動き始めた教会改革に基づいています。

 

トレント公会議は確かに、西方の伝統を受け継いで、芸術の啓発的・教育的性格を再び展開するだけなのですが、内面性の刷新のあけぼのとして、再び内側を見る、新たな「まなざし」に導きました。祭壇画は、そこから神の世界が私たちのもとに入ってくる窓のようです。

 

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バロック期の巨匠ルーベンス作「キリスト降架」(出典

 

世俗性のカーテンは引き上げられ、私たちは神の世界の内部を垣間見ることを許されます。この芸術は私たちを再び天上的典礼に引き込もうとし、そして私たちはバロック建築の教会に、アレルヤのような独創的で最大級の歓喜が形をとって現れているのを常に感じます。

 

「主を喜ぶことはあなたたちの力である」(ネヘミヤ8:10)。この旧約聖書のことばは、バロック建築に込められた聖像化を貫く基本的感情を表現しています。

 

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ザルツブルク大聖堂の内装。(出典

 

啓蒙主義は信仰を、一種の知的・社会的ゲットーに押し込めました。現代文化は、信仰に背を向けて離れ、他の道を歩み始めました。それで信仰は、過去の模倣である歴史主義に逃避したり、あるいは順応を試みたり、あるいはまた、諦めと文化的禁欲に姿を消したために、新たな聖像破壊主義をも導きました。

 

この聖像破壊主義はいろいろな意味で、あたかも第二バチカン公会議の指図によるものとみなされました。ドイツにおけるその聖像破壊の最初の兆候は、実際1920年代にまでさかのぼり、かなりのまがい物や品位のない物を取り除きましたが、挙句の果てに、ある空虚さを残し、そのみすぼらしさを私たちは今、まざまざと感じさせられています。

 

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現代カトリック教会堂、オーストリア、ウィーン市(Post-Vatican II Architecture

 

この先どうなるのでしょうか。今日、私たちは単に宗教芸術の危機だけでなく、かつて知られていなかったほどの規模で、芸術全般の危機を経験しています。芸術の危機はまた、人間存在の危機の兆候です。物質的世界の支配を極度に発展させたことが、人間の物質界を超えていく方向性の問題に対して無感覚とならせました。これを率直に霊的無感覚と称することができます。

 

私たちにはどのように生きるべきか、どのように死を克服することができるか、私たちの現存在が目的を持つのか、そしてそれはどんなものかという問題のすべてに対して、もはや共通の回答といったものを持っていません。

 

学問的真剣さを銘打って名づけられた実証主義が、(積極的、肯定的という語幹を持ちながらも)、実証できるもの、実験において確認できるものだけに地平を狭めました。実証主義は世界を不透明なものにしたのです。

 

世界はいまだ数学を含有していますが、しかし、この数学の前提であり、応用可能性であるロゴスは、もはや姿を現しません。このように、私たちの画像の世界も、もはや感覚に映るものを超えることはなく、私たちを取り巻く画像の洪水は、同時に画像の終焉を意味します。写真で撮ることのできないものについては、もはや見ることができないのです。

 

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出典

 

芸術自体がまずもう一度、印象主義や表現主義において感覚的に見ることのできる極限を試みましたが、このような状況では、宗教芸術であり、より広い「まなざし」に依拠する芸術であるイコン芸術だけが不可能となるのではなく、芸術そのものが、ことば通りの意味で対象を欠くことになります。

 

芸術は自己が創出した世界、空虚な「創造性」を実験するものとなりました。それはもはや「創造主なる聖霊」を認めないものです。芸術は自分の場を確保しようとしますが、そうすることにおいて、一人よがりと空虚さをつくり出せるだけで、芸術が創造主として振る舞うことの愚かさを人に悟らせるばかりです。

 

芸術は、工業製品を発注して生産するように、「生産される」ことはできません。芸術は常に賜物です。インスピレーションを人は決め込むことはできず、人はそれを無償でいただかなければなりません。信仰における芸術の刷新は、お金で買うことも、委員会を設けて協議しても達成することはできません。

 

すべてのことに優って刷新は、新たな「まなざし」の賜物を前提とします。「まなざし」をもった信仰を再び取り戻すためには、私たちはいかなる努力をも惜しまずに払う価値があるはずです。「まなざし」をもつ信仰があるところはどこでも、芸術は正しい表現を見い出します。

 

ー終わりー

 

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*1:訳注:

*2:訳注:「全くの画像なしの状態は、神が人となったという信仰とは一致しません。神は、感覚世界が神をはっきりと見えるようになるために、私たちの感覚世界に歴史的に介入して来られました。見えない神の神秘が見えるようにされる美の画像は、キリスト教礼拝を構成するものなのです。もちろん、時代は常に、上向きだったり下向きだったり、上昇したり下降したりすることがあり、また、聖画像にもある種の低調な時期がありました。しかし、全くなくなることは決してありません。聖像破壊はキリスト教的な選択ではないのです。」ヨーゼフ・ラッツィンガー

*3:訳注:聖像破壊運動と機能的グノーシス主義について引用元

 司祭が鋭くも指摘していたのは、プロテスタンティズムが往々にして「機能的グノーシス主義」を受容しているということでした。グノーシス主義というのは、教会の初期に発生したキリスト教異端であり、彼らは(物質的被造物は悪であると捉えるほどに)物質的世界と霊的世界の間に厳格なる区別を置いていました。

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グノーシス主義(出典

 そして似たような原則により、プロテスタンティズムの歴史もまた、(キリスト教信仰および実践における)物質的被造物の役割に対する適切評価の低落を示しています。

 聖像破壊主義(iconoclasm)で始まったものが福音主義においてその論理的帰結に達し、その結果として、私たちは現在、会堂ホールのような外観の教会や、カジュアル服の講壇説教者などを目の前に見ています。(香、聖水、キャンドル、聖画、聖像、鐘、詠唱、肉体的動きなどがプロテスタンティズム内に不在なのもそれゆえです。)

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福音主義教会(出典) 

 しかしながら(香、聖水、キャンドル、聖画、聖像、鐘、詠唱、肉体的動き等)典礼におけるこういったものは、人間存在全体(whole person)をもって人が神礼拝すべく意図されています。そして私が気づかされたのは、この点において福音主義は、信仰表現が「耳から耳への」(=頭での)活動に制限されがちであるということでした。

 同様の傾向が聖餐式の中にも表れていました。福音主義教会の多くは、聖餐式を年に数回しか行わず、また、しばし「葡萄酒とパン」が「ジュースとクラッカー」に置き換えられた上で、(それらを配置した)大きめのお盆が会衆席に回され、各自がそれらを受け取り食していました。

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出典

 友人が私にコメントしたように、「バプテスマにおいて水が重要であるのなら、聖餐においてもまた、パンと葡萄酒が重要であるはずではなかろうか?」

 福音主義諸教会の会堂設計ーーイエスが ‟祭壇” に不在であり、その代りに説教者の「講壇」が前方そしてステージの中心に配置されているーーでさえもそういった「機能的グノーシス主義」を指し示しています。事実、福音主義の礼拝は通常、何曲かの歌、長い説教、、それだけで構成されています。しかしサクラメント的現実が単なる記念や象徴にすぎないと捉えられているグループの中にあってそういう事象が生じてくるのは決して奇異なことではありません。

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福音主義教会(出典) 

 こうして、聖餐行為を「できる限り頻繁に行ないなさい」という教えや、具現化された存在(embodies being)としての私たちの人間本質を尊ぶ触覚的礼拝をありがたく思う心が私の中で芽生えていきました。

*4:訳注:

*5:訳注: