巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【その2】英国国教会に通い始める

その1】からの続きです。

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出典

 

目次

 

Douglas Beaumont, ed., Evangelical Exodus: Evangelical Seminarians and Their Paths to Rome, 2016 / Douglas Beaumont – Former Evangelical, CH Network, 2016(抄訳) 

 

英国国教会に通い始める

 

そこで私は、英国宗教改革から生じたコミュニオンである英国国教会に向かうことにしました。(=アングリカン主義。尚、米国ではエピスコパリアン主義と呼ばれています。)

 

当時すでに、米国聖公会がリベラル背教の中で沈没しつつあるのが目に見えて明らかだったので、暗いその泥沼にはまり込むことだけは避けようと、最初から米国聖公会はパスしていました。

 

そこで見つけ出したのが、保守的な英国国教会系列の二つのグループで、私と家族はそれらの教会に約3年間通いました。両教会とも、米国聖公会から分離した人々によって形成されていました。

 

歴史、典礼、諸信条等に対するこういった忠実なアングリカン信者の深い理解に私は非常に助けられました。リトルジカルな装飾は、最初の内こそ非常に奇妙に感じられましたが、認識が深まっていくにつれ、自分の感じている心地悪さは克服可能であるように思われてきました。

 

英国国教会(出典

 

私の誕生日に、最初の教会の司祭がイコンをプレゼントしてくださいました。自分にとっての初めての聖画像でした。事実、この司祭の説明により、私は自分の中に欠落していた信仰の要素が何であるのかを知ることができました。

 

機能的グノーシス主義("functional Gnosticism")

 

司祭が鋭くも指摘していたのは、プロテスタンティズムが往々にして「機能的グノーシス主義」を受容しているということでした。グノーシス主義というのは、教会の初期に発生したキリスト教異端であり、彼らは(物質的被造物は悪であると捉えるほどに)物質的世界と霊的世界の間に厳格なる区別を置いていました。

 

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グノーシス主義(出典

 

そして似たような原則により、プロテスタンティズムの歴史もまた、(キリスト教信仰および実践における)物質的被造物の役割に対する適切評価の低落を示しています。*1

 

聖像破壊主義(iconoclasm)で始まったものが福音主義においてその論理的帰結に達し、その結果として、私たちは現在、会堂ホールのような外観の教会や、カジュアル服の講壇説教者などを目の前に見ています。(香、聖水、キャンドル、聖画、聖像、鐘、詠唱、肉体的動きなどがプロテスタンティズム内に不在なのもそれゆえです。)

 

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福音主義教会(出典) 

 

しかしながら(香、聖水、キャンドル、聖画、聖像、鐘、詠唱、肉体的動き等)典礼におけるこういったものは、人間存在全体(whole person)をもって人が神礼拝すべく意図されています。そして私が気づかされたのは、この点において福音主義は、信仰表現が「耳から耳への」(=頭での)活動に制限されがちであるということでした。

 

同様の傾向が聖餐式の中にも表れていました。福音主義教会の多くは、聖餐式を年に数回しか行わず、また、しばし「葡萄酒とパン」が「ジュースとクラッカー」に置き換えられた上で、(それらを配置した)大きめのお盆が会衆席に回され、各自がそれらを受け取り食していました。

 

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出典

 

友人が私にコメントしたように、「バプテスマにおいて水が重要であるのなら、聖餐においてもまた、パンと葡萄酒が重要であるはずではなかろうか?」

 

福音主義諸教会の会堂設計ーーイエスが ‟祭壇” に不在であり、その代りに説教者の「講壇」が前方そしてステージの中心に配置されているーーでさえもそういった「機能的グノーシス主義」を指し示しています。

 

事実、福音主義の礼拝は通常、何曲かの歌、長い説教、、それだけで構成されています*2。しかしサクラメント的現実が単なる記念や象徴にすぎないと捉えられているグループの中にあってそういう事象が生じてくるのは決して奇異なことではありません。

 

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福音主義教会(出典) 

 

こうして、聖餐行為を「できる限り頻繁に行ないなさい」という教えや、具現化された存在(embodies being)としての私たちの人間本質を尊ぶ触覚的礼拝をありがたく思う心が私の中で芽生えていきました。*3

 

アングリカン主義のジレンマに気づく

 

しかし間もなくして、アングリカンの水流が自分が思っていたほど円滑ではないことに私は気づきました。

 

問題は何かというと、こういった「保守アングリカン分離派」という存在自体が、ーー何千何万というプロテスタント諸教派を発生させたーーまさにそれと同じ原則によって可能とされている、ということだったのです。

 

(原則⇒あるグループが自分たちの所属教派の下した諸決定に異議を唱えます。なぜなら、教派の諸決定は、そのグループの人々の聖書理解と適合していないからです。)そしてこれが新しい運動を作り出す上での大義とみなされます。

 

アングリカン・コミュニオンが総じて幾つかの劣悪なる決定を下すに至ったという点には私も勿論同意しています。ですが、「分裂」という決断は、その他のプロテスタント諸教派にみられるのと同様の、問題多き状況を生じさせてしまいます。*4

 

また、当初、アングリカン主義は、私の根本的問いに対し、より良い回答を提供してくれているように思っていました。しかしながら、時が経つにつれ明らかになってきたのは、アングリカン主義の諸回答は基本的に、①不十分なプロテスタント諸回答と、②余りにもカトリック的響きに聞こえてしまうより強健な試みの間の連続体であるということでした。

 

アングリカン教義の多くについても同様のことが言えました。ーーそれは、カトリック側、プロテスタント側、その両方を満足させようという試みです。そしてこのスタンスからあいまいではっきりしない教義が生じてきます。こうして個々人がそれぞれ自分の解釈したいように受け取ることのできるような不明瞭な諸言明だけが受容されていきます。

 

皆を喜ばそうと努めるアングリカン主義は結局何をも排除せず、ーーこうして神学的・倫理的リベラリズムへの傾斜の道を辿っていきました。*5

 

最後の点として、私はアングリカン妥協の諸結果(例:離婚、避妊、同性婚、同性愛実践者の叙階、異端的司教)を擁護できないだけでなく、アングリカン教会創立の原因そのもの(自分の妻を離縁しようとのヘンリー八世の願望)をも擁護できないと思いました。

 

どんなに初代教会に対する崇敬があっても、どんなに典礼的一致があっても、それらは上記の諸問題を改正することはできません。なぜなら、それらは、(土台的次元における)アングリカン主義の教義的・倫理的多元主義を修繕することができないからです*6 

 

それゆえ、共に礼拝に与っていた個々の聖公会信者の方々は堅実なる信仰者でいらっしゃいましたが、究極的に言って、自分はアングリカン主義にコミットすることはできないと考えるようになりました。

 

とにかく私は依って立つことのできる土台を探し求めていました。そしてこの探求が次第に私を、プロテスタント宗教改革以前の教会の領域に導いていったのです。こうして私は海峡を再び横切り、大陸沿いに地中海へと進み、古の岸辺を探索していくことにしました。

 

ー〔その3〕に続くー

 

関連記事

*1:訳注:

*2:福音主義教会での説教は45分から1時間位続く場合が一般的です。

*3:この点に関し助けになった文献を紹介します。David P. Lang, Why Matter Matters: Philosophical and Scriptural Reflections on the Sacraments (Huntington, Ind.: Our Sunday Visitor, 2002).

*4:訳注:

*5:訳注:

*6:訳注:〈ローマ〉について(G・K・チェスタートン)