巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

私の辿ってきた道ーーユダヤ人女性ロザリンド・モスの信仰行程

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目次

 

Roy Schoeman, ed., Honey From the Rock: Sixteen Jews Find the Sweetness of Christ, Ignatius, 2007, p. 171-176.(拙訳)

 

Jews for Jesusの兄弟姉妹との出会い 

 

1976年夏。〔カリフォルニアにあるユダヤ人福音宣教団体 ‟Jews for Jesus" の宣教師たちとの交わりを通しイエス・キリストを知った私は〕ニューヨークにいる兄のデイビッドに電話し、自分がメシアを信じるに至ったことを伝えました。

 

Jews for Jesus members on the street

出典

 

デイビッドは、私の話しぶりから私がエヴァンジェリカル・プロテスタント、そしておそらくはファンダメンタリスト陣営のクリスチャンになったのだろうとすぐさま察知したそうです。

 

しかしその当時、キリスト教界内の細かい違いは私の知るところではありませんでした。私が知っていたことは唯一、自分が今クリスチャンであり、ユダヤのメシア、イスラエルの希望であるキリストに従う者になったということでした。

 

兄と妹にも福音が伝わる

 

一年後、デイビッドから電話があり、彼もまたキリストを信じるに至ったと私に告げました。おお、なんという喜び!その当時、私たちは知らなかったのですが、ミシガン州に住む妹のスーザンもこの時期、キリストの臨在に関する深遠なる経験をしていたのです。

 

もっとも彼女の道程は私たちのそれとは異なっており、それゆえに、彼女がキリストがどんな御方であり、罪に対してなされたキリストの贖いの賜物がいかなるものであるかに関する理解に至るまではそれから尚数年の歳月を要しました。

 

とはいえ、それぞれ離れた所に散在する私たち兄妹ーーそれもユダヤ人兄妹ーーが、同じ時期にメシアへの信仰に導かれたというのはなんという驚きでしょう。おお深い、深い神の愛よ!

 

兄が懸念を打ち明ける

 

こうしてデイビッドと私は電話口でそのことを互に喜び合ったのですが、彼はまた一つの懸念をも私に打ち明けました。

 

「でもね、ロザリンド、なにかがおかしいって僕は思うんだ。ほら、僕らのプロテスタント教会の牧師たちは皆、本当に敬虔な神の人だ。皆、心から神を愛し、真実に謙遜に神のみことばを学んでいる。そして彼らは自らの最善を尽くし、あらゆる聖書研究ツールを駆使しつつ、御言葉に向き合っている。

 

 それなのになぜ、彼らは皆てんでバラバラな解釈に行き着いているのだろう。しかも同意できていない部分はマイナーなテーマだけでなく、キリスト教の基本教理においてでさえ彼らは互に同意できていない。主は、ご自身と御父が一つであるように僕たちが一つになるようにと祈られたのではなかったろうか。

 

 考えてみてほしい。主は御自身の教会をお建てになり、僕たちに聖書をくださった。その同じキリストは果して、御自身が実際に何とおっしゃろうとしていたのか、その意味を知る道を僕たちに残されなかったのだろうか。」

 

それに対し私は自分自身とまどいながらも、なんとか次のように答えました。「そうねぇ、今私たちは鏡を通してぼんやりとしか見れていないのかもしれないけど、とにかく皆最善を尽くして、、そうしてやがてある日、『私たちが完全に知られているのと同じように、私たちも完全に知るようになる』、、それを主は望んでいるのではないかって思う。」

 

しかしこのような回答に兄は納得していない風でした。

 

彼は私に問いかけました。「子どもを産んだはいいが、その後、その幼子が ‟食べ物をどこで得ることができるのか”、‟誰に何を教わればいいのか”ーー自力で探し出すべく、わが子を放置しておく親がいるだろうか*1。神は、どんな人間の父親よりも完璧な父親だ。その御父が僕たちを神の家族に迎え入れ、神の子としてくださった後、なぜだか知らないが僕たちを孤児状態にし、僕らが真の糧のありかを見つけるべく、さまよいながら自分でサバイバルしていくよう、そのように取り計らっておられるのだろうか。そんなことが考えられるだろうか。」

 

こういった神観は到底デイビッドの納得するところではありませんでした。こうして彼は、

 

①果たして神は(日々どんどん増えていく、何千何万という‟教団教派”ではなく)一つの「教会」をお建てになったのだろうか。

②それがいかなるものであったのか現在の私たちに知るすべがあるのだろうか。

③2000年を経た現在においてもそれは残存しているのだろうか。

 

という点を究明すべく、彼は探求を始めました。しかし彼の探求の道程はやがて私に信じがたいショックを与えることになります。

 

デイビッド、なぜ?

 

その後一年が過ぎ、キリスト教会の中の分裂の歴史研究および、忠実なプロ・ライフの信仰者たちとの交わりを通し、デイビッドはカトリック教会の教義を調べ始めました。さらに、なんと彼はカトリックの修道士と共に聖書の学びを始めたのです!あゝ!(呻き)。

 

当時カリフォルニアに住んでいた私は、今すぐにでもNYに飛び、デイビッドをその修道士の手から救い出さなければならないと思いました。「この地上における真の教会」を探求しているはずの彼が、よりによってなぜあの ‟カトリック” 教会に興味を示し始めたのか、私には全く理解不能でした。

 

カトリック教会がサタンの体系の一部であることになぜ彼は盲目なのでしょう。この教会が「大淫婦バビロン****2である事実になぜ彼は気づくことができずにいるのでしょうか。

 

「大淫婦バビロン」

 

そうです。カトリック教会というのは、黙示録に書いてあるあの「バビロンの大淫婦」なのです。イエスを信じてすぐ私は教会の方と共に聖書の学びを始めたのですが、その方は元カトリック教徒であり、彼女は先輩の信仰者(元カトリック神父)の方から、「カトリック教会は、何百万人という魂を惑わしている偽りの宗教体系である」ということを教わっており、その内容を私にも教示してくれていました。

 

それなのに、、、それなのに、兄は何を思ってそこに絡み始めたのでしょう。「これは霊的戦いだ」と私は思いました。イエスのものとされた兄のことを快く思わない悪魔が、サタンの代理人である修道士を遣わし、巧妙なる方法で兄を誤謬に陥れようとしているのです。

 

私はNYに行き、兄とその修道士と三人で、二時間以上に渡り、さまざまな教理問題について討論しました。

 

ミサの衝撃

 

時は1978年、クリスマス・イヴでした。デイビッドは私を夜のミサに招きました。彼はその時点でまだカトリックではありませんでしたが、どんどんそちらの方向に引き寄せられていっているのは明らかでした。

 

私もミサを見てみたいと思っていました。デイビッドの問題が何であるのかを知りたかったからです。実際、私は一度もカトリック教会に足を踏み入れたことがありませんでした。

 

兄と共に私は教会の椅子に腰かけました。ミサというのがどういうものなのか全く知らず、人を介して私が唯一知っていたのは、それが‟サタンの体系”であり、それゆえに、サタンの領域であるということだけでした。

 

しかしミサが始まると私は奇妙な思いになりました。なんだかすごく身近な光景なのです。それらは私がそれまで知っていたキリスト教の光景ではありませんでした。ーーそう、それはまさしくユダヤ的だったのです

 

なぜ?どうして?頭が混乱しました。聖書を高く掲げながらの公式行列の威厳と崇敬は、シナゴーグ礼拝でのトーラー行列をそのまま髣髴させました。信徒や祭司たちの祈りの姿勢もユダヤ的でした。

 

また祭壇向こうでの祭司の祈り:「神よ、あなたは万物の造り主、ここに供えるパン(ぶどう酒)はあなたからいただいたもの、大地のめぐみ、労働の実り、わたしたちのいのちのかてとなるものです*。」を聞いて私は思いました。えっ、これってうちの家庭で捧げられていたシャボス(Shabbos; イディッシュ語で‟シャバット”の意)の祈り*3?!典礼のあり方全般、祈り、そして典礼音楽に至るまで、それらはシナゴーグでの礼拝に似ていました。

 

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קובץ :Shabbat Candles(出典

 

「キリストが共におられるシナゴーグ!」

 

全くの沈黙のうちに私は座り、一連の光景を見つめていました。ミサが終わりました。教会の階段を下りながら兄が「どうだった?」と訊いてきました。私は黙りこくったまま兄の車に乗り込みました。そして半時間ほどしてようやく口を開き、私は兄に言いました。「デイビッド、、、あれは、、シナゴーグだった、、、しかもキリストが共におられるシナゴーグ!

 

「そう。まさにそうなんだよ!」兄が興奮して叫びました。

「で、でも、それって間違ってるよ!」私は言いました。

 

葛藤と探求の歳月

 

頭が混乱していました。デイビッドの問題は何だったのだろう。彼はユダヤ的背景と縁を切ったはずではなかったのでしょうか。--ユダヤ的美学やリトルジーなどと袂を分かったはずではなかったのでしょうか。(リトルジーとか祭司制とかではなく)他ならぬキリストが全てのことの完成であり、あらゆる事象はそれを指しているのです。そうではなかったのでしょうか。

 

しかし一年後、ついに兄はカトリック教徒になってしまいました。

「お兄さんはクリスチャンですか?」とエヴァンジェリカルの友人たちが訊いてきました。

「てっきりそうだとばかり思っていたんです。」と私は答えました。「でも今、彼はカトリックです。だから、彼がクリスチャンなのかどうか私にはよくわかりません。」*4

 

主の御名を褒めたたえます。実際、兄は本当にクリスチャンであり、しかも彼はユダヤ教及びキリスト教の豊満性をすでに見い出していたのです*5。しかしそういった事は当時の私の理解を遥かに超えることでした。兄が『この岩に』というカトリック弁証の雑誌を手渡してくれたのですが、そこで初めて私はスコット・ハーンのことを知りました。

 

スコット・ハーン(Scott Hahn, 1956-)1982年、ゴードン・コーンウェル神学校を最優秀で卒業(M.Div.)。トリニティー長老教会の牧師を務める。86年、カトリシズムに劇的転向、周囲の皆を驚愕させる*695年、マークィッテ大組織神学Ph.D.。現在、フランシスコ大教授。(testimony)

 

元長老派の牧師であるハーンの講義テープを通し、私は止められぬ勢いで、‟キリストが共におられるシナゴーグ” 、すなわちカトリック教会に導かれていきました。

 

またスコット・ハーンの講義を通し、私は50年以上前に語られたフルトン・シーン司教の次の言葉に出会いました。「カトリック教会を憎悪している人は全米で100人にも満たないだろう。しかし、『カトリック教会は~~を教えている』と彼らが誤解して考えているところのものを憎んでいる人は実に何百万といるのである。」

 

そしてその後の私の霊的探求の中で、上のフルトン・シーン司教の言葉は何度も何度も胸に鳴り響きました。実際、(カトリック教会の教えに関し)どれだけ多くの誤情報を叩き込まれてきていたのかに驚かされる日々でした。

 

しかしそういった情報を私に教えてくださった人を責める気持ちは一切ありません。というのも、彼らもまた自分たちが教えられてきたものをそのまま次の人に伝達していただけだからです。それに、プロテスタント教会の牧師先生や信徒の方々こそ、まず初めに私の中に、神への愛、御言葉への愛を植えてくださった大恩人なのです。

 

キリストに捧げ切った彼らの敬虔なる生き方を通し、私の中に真理への飢え渇きが生じました。そしてその飢え渇きが最終的に、地上における豊満性に満ちたホームーー教会ーーに私を導き入れることになったのです。

 

また探求する過程で私は、カトリックとエヴァンジェリカルを隔てているものを一つ一つ調べていきました。そして両者を分離させているのは教理的事柄だけではないということに気づきました。そうです、カトリックとエヴァンジェリカルでは、ものの見方(a way of seeing)が異なっているようなのです。そして時を経るにつれ、私はカトリック的なものの見方の持つ、美しさに目が開かれていきました。

 

とはいえ、このプロセスは5年に渡って続き、その5年間は苦悶に満ちたものでした。心の中ではすでにカトリシズムが真であることを知っていました。しかし実際、そこに足を踏み入れることができませんでした。ええ、どうしてもできなかったのです!

 

ある日、ブルックリンに住むいとこが遊びに来ました。彼は私がクリスチャンになったことは知っていましたが、カトリック教会について私が調べていることは全く知りませんでした。会話の中で彼は何気なく、「あ、そうそう、この前、海辺で一人の若い女の子に会ったんだけど、彼女も君と同じ、"Jews for Jesus” 系の人だったよ。ただし、彼女の場合はね、さらに行く所まで行って、ついにカトリックになったんだ!」

 

「彼はなぜそれを知っているのかしら?」私は思いました。「なぜ、‟行く所まで行った” 先がカトリック教会だということを彼は知っているのだろう?」

 

聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会へ

 

こうして1995年のイースターの日、ニューヨーク、ミルブルックにある聖ヨセフ教会において、私はついに「聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会」に入りました。

 

すでに福音主義教会でバプテスマを受けていましたので、私は堅信の秘蹟を受け、その後、ユダヤのメシアであり、アブラハム、イサク、ヤコブの神をユーカリストにおいて自分の舌の上に拝領しました。

 

でも、もちろん、知っています。ーーそういうのは本当にインポッシブルだということを!いかにして神がパンになどなれましょうか。神が人になり得るというのと同じことです。しかしこの御方は神です。そして主にとって不可能なことなどありましょうか?

 

Finding Silence in the Traditional Latin Mass 

 

ミサの間中、私はずっと泣いていました。モンシニョール・ジェームズ・T・オコナー(聖ヨセフ教会の神父)が栄光に満ちたその晩の締めとして、「今晩私たちは、人々を教会に迎え入れるという、誰にもできる、しかし最も偉大なるわざを為しました」と会衆に語りかけました。

 

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Obituary, Reverend Monsignor James T. O’Connor (1939-2016)

 

メシアがお建てになった教会に至るプロセスの中で、オコナー神父は少なからぬ役割を果たし、彼の喜びは、深い愛と絶え間ない感謝となって私の心を満たしました。

 

栄光のこの日以来、私の霊的旅路は常に容易なものだったのでしょうか。いいえ。これからはどうでしょうか。ええ、今後もいろいろな試練があることでしょう。

 

多くの方々は私の改宗を理解せず(理解できず)、また「我々の民族に対する裏切り者」と多くの人に糾弾されました。今日に至るまで、私が家に入ることを断固拒否している親戚が何人かいます。でも彼らの怒りや不信心は十分に理解できます。それは不可解(mystery)なことではありません。むしろ私の信仰の方がmysteryなのです。

 

(後に使徒パウロとされた)サウルと共に私は言います。「私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。」(ピリピ3:8a)

 

全きキリスト(the whole Christ)

 

ユダヤ教の豊満性であるカトリック教会*7の中にあって、私は今、全きキリスト(the whole Christ)を受け取っています。

 

そうです、サクラメント、聖徒の交わり、ユダヤのメシアの母親である聖母など、神が御自身の教会を私たちに与えてくださった事を通し授与してくださっている全て、そして何より、カルバリーで御自身を捧げてくださっただけでなく、私たちの日々の糧として御自身を与え続けてくださっている、この御方の信じられないほどのへりくだりーーこれらすべてを受け取る恵みに与っています。

 

ー終わりー

 

執筆者 ロザリンド・モス(現:シスター・ミリアム、Daughters of Mary修道会 院長)

 

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Saint Louis Catholic: Rosalind Moss Becomes Mother Miriam of the Lamb of God

 

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*1:訳者注:関連記事

*2:黙示録「大淫婦バビロン」に関する各宗派別見解

①宗教改革者たちの解釈、②ウェストミンスター信仰告白の解釈、③スコフィールド・レファレンス・バイブル(古典的ディスペンセーション主義)の解釈、④セブンスデー・アドヴェンチストの解釈、⑤モルモン教の解釈、⑥エホバの証人の解釈

教皇冠を頭にかぶる大淫婦バビロン(ルター聖書の木版画、出典).

*3:「神よ、宇宙の王、このパンは大地からの恵みです。"Baruch ata Adonai Elohenu Melech haOlam hamotzi lechem min ha' aretz."」

*4:*その後、12年以上に渡り、ロサリンドはなんとかして兄デイビッドを福音の「正道」の引き戻そうと彼との対話を試みました。さらにその後、彼女は福音主義のタルボット神学校に入学し、聖書研究および福音主義神学の研究に励みました。(出典).

*5:訳者注:デイビッド・モス氏の証し

*6: 

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*7:ユダヤ人キリスト者ロイ・シューマンは、カトリシズムのことを ‟the Judaism of the Redemption(=贖いのユダヤ教)”と呼んでいます。(出典).