巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

宗教改革記念日は祝祭の日だろうか、それとも悲嘆の日だろうか?

宗教改革記念日を祝う人々(出典

 

Bryan Cross, Reformation Sunday 2011: How Would Protestants Know When to Return?, 2011(全訳)

 

2011年に世界中の注目を浴びたあの「ウォール街を占拠せよ」の抗議運動がその後数年に渡って続いたと仮定してみてください。

 

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出典

 

この期間を通し、抗議者たちのコミュニティーはいくつもの異なる派閥に分裂し、それぞれが別々の信条、要求を持ち、別個の指導者を立てました。

 

しかし抗議(protests)が余りにも長期化してしまったために、プロテスターたちはついにそこに間に合わせの掘っ立て小屋を建て、住みつき、そうこうするうちに子供も生まれてきました。

 

やがてこれらの子供たちも、抗議コミュニティーの中で大人に成人し、こうして彼らの子供たちも生まれてくるようになりました。そしてこの子たちもまたウォール街地区に野営しながら、抗議者たちのこのコミュニティーの中で育っていきました。

 

ウォール街で野営する抗議者たち(出典

 

しかし世代が進むにつれ、抗議者たちのコミュニティーは本来自分たちが何のためにプロテストしていたのかに対する意識が薄れていきました。いや、自分たちが抗議しているのだということすら彼らは忘れていきました。ウォール街での掘っ立て小屋生活が、後代の世代の知る唯一の世界でした。

 

ですから彼ら後代の子供たちは、自分たちが、一般社会とは隔絶された、抗議ライフ様式を受け継いでいるのだということすら知りませんでした。

 

「ウォール街がどのように改革されたら、あなたがたは元の家に戻りますか?」との取材を受けた子供たちは困惑した表情で記者の方を見、答えます。「元の家なんてないよ。だって、ここが僕たちの家だもん。」

 

今後たといいくらかの政治的ないしは経済的改革がなされたとしても、彼らにはもはや ‟社会復帰” する意図はなくなっていました。彼らにとって、ウォール街で野営することがすでに日常となっており、野営場で共に生育してきた人々が彼らの社会になっていたからです。

 

仮にプロテスタンティズムがそのプロテスト形態の内にあって、カトリック抗議運動(1517年に始まり、しかし元来それがカトリック教会内部の諸状況や諸実践に対するプロテストとしてのものであったということが久しく忘れ去られ、しかもこの抗議運動がカトリック教徒によって遂行されたという事実が忘却されているーー)のバラバラになった残骸だとしたらどうなるのでしょうか。

 

そして、ある種の条件が満たされた暁には再びカトリック教会とのフル・コミュニオンに回帰するというその元々の意図をプロテスタンティズムが忘れてしまっているのならどうなるのでしょうか。

 

昨年私は、宗教改革記念日を前に、以下のような記事を書きました。「トゥルーマンおよび『いかにしてプロテスタントは自分の帰還すべき‟時”を知るのだろうか?』へのプロレゴメナ(“Trueman and Prolegomena to “How would Protestants know when to return?”)」

 

私が表題にプロレゴメナ(序論)という語を含めたのには理由があります。なぜなら、プロテスタントがカトリック教会とのフル・コミュニオンに帰還することができるようになるための諸条件について議論する前に、プロテスタント(およびカトリック)は、まず最初に、共有されたわれわれの歴史の追憶を回復させる必要があるからです。

 

「共有されたわれわれの歴史」とは、16世紀に溯る、一つの教会としての共有史だけでなく、その世紀に分裂に至ったその部分の歴史をも含みます。

 

そういった歴史回復から示されるのは、初期プロテスタントは元々決してカトリック教会からの永続的分裂(schism)を意図していたのではなく、また、プロテスタント共同体というのがその歴史上、カトリック教会からの追放の身(in exile)にあるコミュニティーであり、それゆえにその歴史が彼らをしてカトリック教会との最終的和解と再会へと向かわしめるのだという事実です。

 

ですから、プロテスタンティズムというのは元々、カトリック教会に抗議し、それを改革しようとしていたカトリック教徒たちで形成された抗議運動として始まり、それは元来、カトリック教会から永劫的に分離した状態にとどまり続ける意図は決して持っていなかったのです*1。「常に改革されなければならない(Semper Reformanda)」には‟永劫的に分離した状態”という訳は当てはまりません。

 

ゆえに、「トゥルーマンとプロレゴメナ」の論考の中で私は、カール・トゥルーマン(ウェストミンスター神学校歴史神学教授)の次の言葉を引用しました。

 

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カール・トゥルーマン教授

 

「私たちプロテスタントには、自分たちがカトリック教徒ではない堅固にして良質なる理由がなければなりません。言い換えますと、自分がカトリック教徒ではないという事実は、意志とコミットメントによる積極的行為ーー日々、起床して決意の内になすべきなにかーーでなければならないのです。」

 

にもかかわらず、プロテスタンティズムの起源の追憶をカトリック抗議運動として心に留めているプロテスタント教徒の間にあってさえ、宗教改革記念日は通常、祝祭の日として理解されています。

 

2009年の宗教改革記念日に私たちは、プロテスタント神学者スタンリー・ハワーワス(Stanley Hauerwas)の説教録Reformation Day sermon(1995)を掲載しました。『タイム』誌は、スタンリー・ハワーワスを米国で最高峰の神学者に挙げています。

 

数週間前、私はハワーワスと個人的に話す機会を持ちましたが、彼は今でも95年当時のあの説教の内容を一語一句肯定していると言っていました。説教の中で彼は次のように言っています。

 

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スタンリー・ハワーワス教授

 

「結局のところ、『プロテスタンティズム』という名前自体が、カトリック教会内での抗議の改革運動を意味しているわけです。ですから、プロテスタンティズムがそれ自体の内で目的化してしまうならーーそしてそれは米国のメインストリーム諸教派で実際起こっていますがーーそれはアナテマとなるでしょう。教会の分裂という事実を前に、私たちがもはや心に痛みを感じなくなっているのでしたら、その時、私たちは不誠実に宗教改革記念日を祝わざるを得なくなるでしょう。」

 

明日、多くのプロテスタントが宗教改革記念日を祝います。もちろん、この記念日をプロテスタントが祝っている理由は、自らが真理だと信じているものが宣言され、プロテスタンティズム内で保持されてきたということにあるのでしょう。

 

しかし注意深い適格性がないままに、カトリック教会から分離したままの状態で「宗教改革記念日」を祝う行為は、ある種の遂行的矛盾を逃れ得ません。なぜなら、これが含意しているのは、改革ではなく、分離というのが抗議の最終目標であったということだからです。

 

それが故に、宗教改革記念日を祝うことは、いわば離婚をお祝いするようなものではないでしょうか?いや、より正確にいうなら、私たちの母、そして母の懐にとどまっている全ての兄弟、姉妹たちからの離反を祝ってるようなものではないでしょうか。ーーキリストが私たち皆をフル・コミュニオンへと呼んでおり、みなが一つとなるよう祈っておられるにも拘らず、です。

 

さらに、分裂したなにかを祝う行為により、それを祝う人々は、継続した分裂状態という悪に対し盲目にされられる可能性があります。それはちょうど、離婚を祝うことで、子ども達がその悪に対し盲目にさせられ、あるいは中絶を祝うことにより祝賀人たちがその悪に対し盲目にさせられるのと同様です。

 

しかし私たちは宗教改革記念日をそれとは違った形で受け止めることができます。この日は、ーープロテスタント/カトリックの分裂ーーという悪が私たちのただ中に引き続き存在しており、さらに、この分裂により、キリストの福音のアイデンティティーおよび有効性に関し、他ならぬ私たちがこの世界に悪い証を与え続けているという事実を年毎に思い出させる日であるべきです。

 

その意味において、宗教改革記念日は私たちがそれぞれ自分自身に次のように問いかける日であるのかもしれません。

 

昨年の宗教改革記念日以来、プロテスタントとカトリックの間の和解をもたらすべく、私は具体的に何をしてきただろうか?

 

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もしも答えが「何もしてこなかった」であるのなら、その時、私たちは自らの無行為により、実質、500年余に渡り続いてきているシズム(分裂)を永続化させていることになります。

 

ですから宗教改革記念日は、プロテスタントにとり、カトリックとの真正にして愛の内になされる対話に入ることを思い出させる日となるべきであり、逆にカトリックにとっては、こういった分裂を教会史における悲劇的出来事として後にするべく、プロテスタントとの対話に入ることを思い出させる日になるべきだと思います。(*たといそれが悲劇的出来事ではあったとしても、それにもかかわらず、神はそこから最善を引き出すことのおできになる方です。)

 

「和解なんてどうせ無理」と初めから絶望している人はそれを実際に見ることなく死んでいくでしょう。しかし、信仰により、「神にあって不可能はない」と真実に信じるこの世代は、生きながらにして私たちの再会を目の当たりにすることでしょう。そして、この和解が成就されるに当たっての管として用いられたという永久的恩恵に与ることになるでしょう。

 

私たちの歴史およびカトリック教会からの分派形成ではなく、教会改革が初期プロテスタントの共通理解であったという記憶を回想することにより、それぞれのプロテスタントは次の問いに向き合うことになります。一介のプロテスタント信者として自分の帰るべき ‟時” を私はいかにして知ることができるのだろう?

 

すべてのプロテスタントを代弁してこの問いに答えることのできるプロテスタントは誰もいません。なぜならすべてのプロテスタントを代弁することのできる権威を持っているプロテスタントは誰もいないからです。ですからこの問いに対し、各プロテスタントはそれぞれが皆自分なりの答えを探さなければなりません。

 

しかしそれと同時に、プロテスタントは第二次の問いや問題に直面します。それは何かと言いますと、仮に1000人のプロテスタント信者を対象にアンケート調査を行ない、「あなたがもう抗議することをやめ、カトリック教会と和解することが可能にされるべく、カトリック教会はどういう点で方針変更をしなければなりませんか?」と訊いたとします。そうすると、1000人が1000人共、それぞれに異なった回答をすることになるでしょう。

 

プロテスタントであるA氏が、ーー自分がカトリック教会とのフル・コミュニオンに回帰するためにーーカトリック教会が満たさなければならない諸条件を打ち立てるという自身のその行為を直視する時、彼は一つの事実に否が応でも直面することになります。

 

それは何かといいますと、それぞれのプロテスタントは回帰に当って、それぞれが皆異なる諸条件を打ち立てており、また、他のすべてのプロテスタントを代弁すべく他のすべてのプロテスタントの持つ権威に優るところの、独自の権威を彼は持っていないため、彼の採るアプローチそれ自体が、プロテスタント&カトリックの和解を不可能にしているという事実です。

 

なぜなら、たといカトリック教会が自身の教理を破棄し、どれかのプロテスタント教理を採用しようにしても、教会がそれを採用し、且つ互いに両立不可能なプロテスタントの各種立場を同時に保持することはとうてい不可能だからです。(それはどんな特定の神学的問いに関してもそうです。)*2 

 

この問題に真摯に向き合うプロテスタントはじきに、こういった方法での和解アプローチは、教会的消費者主義(ecclesial consumerism)に陥ることに他ならないという現実に気づくでしょう。

 

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消費者主義(出典

 

教会的消費者主義においては、各自が要求します。「私の聖書解釈に教会は自らを一致させなければならない。そうするなら私は教会に自らを従わせるでしょう」と。

 

和解に当たり、「教会が○○しない限り、私は帰還しない」という性質それ自体の内に、教会的権威に対する否定があり、この否定は、ーー教導権(magisterial authority)の存在に関しプロテスタント教徒とカトリック教会の間に横たわる問いーーを仮定しているだけにとどまらず、潜在的にまさしくそういった教導権を行使しています。

 

ですから第二次の問いは次のようなものになります。プロテスタント/カトリックの分裂に終焉をもたらすべく、プロテスタント信者は自らが教会的消費者主義に陥ることなく、いかにしてそれを為すことができるのだろうか?

 

「ソロ・スクリプトゥーラ、ソラ・スクリプトゥーラ、そして解釈的権威の問題(“Solo Scriptura, Sola Scriptura, and the Question of Interpretive Authority”)」という論考の中でニールと私が論じたように、もしもあなたが服従のための条件を、「自分自身の聖書解釈への適合」とするのなら、それによって遂行的にあなたは自らを自分自身の権威にすることになります。

 

そしてカトリック教会との再一致のために、個々のプロテスタントがそのような形で諸条件を列挙する行為自体、神学的に中立的な行為ではありません。そしてこの行為により、プロテスタントは実質上、カトリック教会の教導権のそれを凌駕する解釈的権威を自らに付与しています。

 

それゆえ、彼は二つの問題に突き当たることになります。一つはカトリック教会の中に自らが見い出したい諸変化。そしてもう一つは仮に自分がカトリック教会とのフルコミュニオンに戻ることが可能となるべく教会が満たさなければならない諸条件を打ち立てるなら、その時彼は遂行的に自らを最終的解釈権威に押し上げ、教会を自らの解釈のかたちに沿ったものに順応させようと望んでいる、という事実です。

 

ですから私がプロテスタントの読者のみなさんに考えていただきたいのは、「自分がカトリック教会に帰還することが可能になるべく、カトリック教会はどのような点を自らを変更/改善しなければならないのか?」ではなく、むしろ、「この問いに対するプロテスタント側からの多重回答という事実は、(プロテスタント/カトリック和解に向けた)みなさんの採用しているそのアプローチの展望および諸前提に関するいかなる真実を顕示しているでしょうか?」という点についてです。

 

ー終わりー

 

*1:プロテスタントが異端としての教会からの分離を再定義する限り、その記憶は今後も隠されたままでしょう。

*2:例えば、義認に関する多種多様なプロテスタント見解を最近発行された著書でご確認ください。Justification: Five Views