巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

宗教改革の殉教者たちよ、私は汝らの裏切り者なのだろうか?

f:id:Kinuko:20190509170606p:plain

火あぶりにされるトーマス・クランマー(1556年3月21日)出典

 

殉教者たちの霊前にて

 

おお、トーマス・クランマー。フェリクス・マンツ。ヤン・フス。ゲオルグ・ブラウロック。拷問台で悶絶し、カトリック教権の手によって惨殺された無数の名も無き信仰者たちよ。汝らの払った死の犠牲は無駄だったのだろうか。汝らは誤った確信の元に異端者としての死を遂げたのだろうか。

 

そして仮に彼らの信仰的確信が誤っていたのなら、なぜ神はこれほどまでに真摯なる信仰者たちを誤信から救い出してくださらなかったのだろうか。あれほどの苦しみの挙句、それが的外れな忠誠であったと知るほどの悲劇がどこにあるだろう。

 

凍り付いた冬のリンマット河で溺死させられる寸前のマンツの目を私は直視できるだろうか。火あぶりの時、取り消し状に署名した手が燃え切ってしまうまで手を火に突っ込み焚死したクランマーの悶絶の叫び声を私は聞けるだろうか。暗い監獄の中で「真理を求め、真理に聞き、真理を教え、真理を愛し、真理の内にとどまり、真理を擁護しなさい。死に至るまで。」という遺言を残したヤン・フスの目に私はどう映っているのだろうか。

 

おお、宗教改革の殉教者たちよ、私は汝らの裏切り者なのだろうか。汝らが死に賭けても遵守したかったものに私は背を向けてしまったのだろうか。もしもそれが真実なら、おおこの者を赦し給え。赦し給え。そして汝らが己の信ずるところに最後まで忠実であり、それを通して主への愛と忠誠を証したその純潔なる生を心に刻み付け、御前に謙遜に生きてゆくことができるよう、主よ、この弱き者を助けたまえ。

 

ーーーーー