巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

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刑罰代償説(penal substitution theory)に関する東方正教会内の諸見解について

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目次

見解①

 

下のビデオの中で、ピーター・フェーリングトン正教会神父(福音派出身)は、「プロテスタントの刑罰代償的贖罪説と、正教会の贖罪説は、両立が不可能」と言っておられます。

 

 

見解②

 

他方、同じ正教会内でも、ロバート・アラカキ師(福音派出身)はより包括的な見方をしており、次のように述べておられます。

 

 

 「キリストがいかに私たちを救われるのかというテーマは、深遠なる神秘であり、ーー多くのプロテスタントが前提しているような単一なる教理的公式に還元できるような代物ではありません。プロテスタントも正教徒も共に、キリストの死の重要性を認めていますが、それに対する両者のアプローチは大きく異なっています。

 

 プロテスタントの理解が、中世ローマ・カトリシズムに対する反動によって形づくられている一方、正教理解は、初期教父および古代リトルジーによって形成されています。『キリストがいかにして私たちを救ったのか』に関し明確に定義付けされ明文化された言明を持つプロテスタンティズムとは違い、初代教会には明快なる救済論はありませんでした。(McGrath Vol. 1 p. 23; Kelly p. 375)

 

 これが意味するのはつまり、プロテスタントと正教それぞれの救済論の間に、白黒はっきりした明確なる線を引くことは難しいということです。たしかに正教会は『信仰のみによる義認』や『二重予定説』などのプロテスタント教理を拒絶していますが、刑罰代償説のセオリーに関しては未だ公式的糾弾はなされたことがありません。このセオリーに対し非常に批判的な正教クリスチャンがいる一方、この説をも受容している正教クリスチャンも存在します。」

 

さらに彼は続けてこう言っています。

 

「ですから冒頭の質問に答えますと、『正教は、十字架上でのキリストの代償的死を確かに信じています。しかしその理解の仕方はプロテスタントのそれとは異なっています。』となります。以下、その理解に関するプロテスタンティズムと正教のパラダイム相違を要約したいと思います。

 

問題の所在ーープロテスタント神学においては、大きな問題は、私たちが法を侵害した結果もたらされたおよび、有罪の罪びとに対する神の怒りにあります。他方、正教においては、大きな問題は、いのちである神からの人間の疎外および、悪魔および死への私たちの捕われにあります。

 

解決策ーープロテスタント神学においては、解決は私たちが本来受けるに値する刑罰を払うべく私たちの身代わりにイエスが罰せられることにあります。他方、正教においては、解決は、十字架上でのイエスの死/(死の領域である)ハデスへのイエスの下り/三日目の復活、それにより地獄の門が粉砕され、捕われの身にあった人間たちが死から解放され、世のいのちであるキリストに参与することにあります。

 

強調ーー上記の理由により、プロテスタンティズムの鍵となる教理が『信仰のみによる義認』となるわけです。ここで用いられている‟義認”という語は、咎に対する法的転嫁、その咎のために必要な刑罰、そしてキリストに信仰を持つ者に対するキリストの法的義の転嫁にフォーカスを置いています。他方、正教においては、強調は、いのちであられるキリストとの結合および、キリストへの忠実さとしてのキリストに対する信仰に置かれています。」

 

また、アラカキ師は、ジョアサイア・トレンハム主席主教の著書『岩と砂 Rock and Sand』から次の箇所を引用しています。

 

 「救いに関するプロテスタント教理の大きな問題は、その徹底した還元主義にあります。聖書の中において、そして教父たちの著述の中において、『救い』というのは数多くの様相を持った壮大なる成就であり、あらゆる敵ーー罪、責め、神の怒り、悪魔および悪霊、世界、そして死ーーからの、人類の偉大にして包括的解放を意味しています。他方、プロテスタントの教理および実践においては、『救い』というのは原則的に、神の怒りからの解放です。*1

 

 贖罪のテーマに関し新約聖書および教父の著述の中で表現されている伝統的キリスト教の教えは、次に挙げる3つの本質的方法において十字架が私たちを救ったということです。十字架上でイエスは死に打ち勝った。十字架上で、イエスはこの悪い時代における暗闇の権勢や力に勝利された。十字架上でイエスは御自身の血潮によって人間の罪のために贖いを成し遂げてくださった。

 

 プロテスタントは、法廷及び宣言的義認という救済論的枠組みを打ち立てているために、彼らは十字架に関する教えをそういった法廷的レンズを通して読み、その結果、贖罪に関する還元主義的神学を生み出しました。そしてこの神学は、死の克服および悪魔に対する勝利という伝統的強調をないがしろにしています。こうして、プロテスタンティズムの贖罪論においては神の義を満足させることが全てになり、一つの像があたかも全体像であるかのように捉えてしまったために、結局、ただ一つのその像でさえも、プロテスタンティズムにおいては歪曲されたものになっています。」*2

 

 「プロテスタンティズムにおける最大の還元主義は、『イエス・キリストとの結合』としての救いに関する新約の教えの中心に対する驚くべき軽視に見い出されます。・・・教会の神学は、ーー救済の神秘が十字架上だけで成就されるのではなく、主の最も純粋なる母である乙女マリアの胎の中で独り子であり御子が人類と永遠に結びついた、受肉のその瞬間から開始されているーーという事実を証言しています。神と人間との合一及びコミュニオンとしての救いは、新約聖書および教父文書のあらゆるページから滴り落ちています。」*3

 

プロテスタント内での動き

 

またアラカキ師は、フィリップ・シャフ等の19世紀ドイツ改革派マーサーズバーグ神学や、近年の改革派内 Federal Vision、および聖公会のN・T・ライト主教の著述などを通しても、より包括的な贖罪観がプロテスタント界にもたらされつつあることを指摘し、次のように書いています。

 

「公正を期すために言いますと、ジョン・W・ネヴィンやフィリップ・シャフといった19世紀改革派神学者たちに代表されるマーサーズバーグ神学学派は、改革派伝統内におけるより全体論的な救済論理解に光を当てようと尽力していました*4。また最近では、聖公会主教のN・T・ライトの著作及びFederal Vision運動における彼の追随者たちの幾人かは、上記のように狭く、排他的に法的・法廷的な見解から脱却しつつあります。しかしながら悲しいことに、教父神学の諸側面をとり入れようとしている彼らの試みは、改革派の仲間たちにより異端扱いされています。」

 

所感

 

贖罪における刑罰代償という側面を異端視し、それを正教理解とは両立不可能なものとして完全に退けようとする極端を避け、それと同時に刑罰代償の一側面だけを強調するもう一つの極端*5をも避けつつ、贖罪における多様な様相を全体論的に捉えようとしているアラカキ師のような正教見解は納得がいくように思われます。みなさんはどう思われますか。

 

参考文献

Robert Arakaki. “An Eastern Orthodox Critique of Mercersburg Theology.” OrthodoxBridge (2012)

Athanasius the Great. On the Incarnation.

Basil the Great. Divine Liturgy. Greek Orthodox Archdiocese of America.

Jordan Cooper.  “Thoughts on Mercersburg Theology.”  Just & Sinner (2014)

Irenaeus of Lyons. Against Heresies 5.1.1. Ante-Nicene Fathers Vol. 1

J.N.D. Kelly. Early Christian Doctrines. 1978 edition.

Alister McGrath. Iustitia Dei: A history of the Christian doctrine of Justification. Vol. 1 The Beginnings to the Reformation.

Matt Powell.  “Mercersburg and the Federal Vision.” Aquila Report (2016)

Alastair Roberts.  “Approaches to Justification within the Federal Vision.”  Alistair’s Adversaria(2006)

Father Josiah Trenham.  Rock and Sand. (2015)

 

*1:Fr. Josiah Trenham, Rock and Sand: An Orthodox Appraisal of the Protestant Reformers and Their Teaching, p.288.

*2:同著p. 294.

*3:同著p. 296.

*4: 

*5: