巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

息子の自死という喪失の痛みの只中でーー「折衷的」正教徒エイダン・キメル神父の証し

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出典

 

About | Eclectic Orthodoxy

 

なぜブログ名が「折衷的オーソドクシー(Eclectic Orthodoxy)」なのでしょうか?それは自分という人間は結局、折衷的キリスト信者以外のあり方ではいかにしても存在し得ないということを悟ったからです。

 

これは自分の性格における悲劇的欠陥なのかもしれません。ただ一つ知っていることは、私は現在に至るまで霊的旅路をつづけているということです。ーーアングリカン主義からカトリシズムへ。そして東方正教へとつづく旅路です。

 

 

驚くべきことに、気が付くと、私はWestern Rite Orthodoxy(西方奉神礼正教)に導かれていました。それで自分は、「ここが司祭としての務めを果たすよう神が私に望んでおられる場所なのだ」と思ったのです。しかし、計り知れないさまざまな人生の出来事により、私は教区の務めではなく、辺鄙なところに退くことになりました。妻が6年以上、大病で苦しんでおり、彼女を看病することが私の聖務です。

 

これまでの自分の旅路は、数々の失態、罪、傷、後悔、悲劇、深い苦しみ、霊的暗闇で満ちています。なにか特別な知恵を得ることができたのか定かではありません。おそらく大した知識は獲得できていないと思います。

 

かつて自分は神学関係の著書をがつがつ貪欲に読んでいました。そしてある時点において、自分は信仰の言語においてかなりのレベルに達したのではないかと思いました。そして数年の間、私は(現在は機能していないブログ)Pontificationsに記事を書いていました。

 

しかし神は私を打ち砕きました。Pontificator(司教)は死にました。そしてかつて分かっていると認識していたことの大部分が、かなり文字通りに、自分の内から剥ぎ取られていきました。そして5年前に、私はもう一行たりとも神学を読むことができなくなりました。神学論文や著書を読もうとしても、活字が意味をなしてきませんでした。ほとんど信仰を失いかけました。

 

しかし6カ月前、その状態に変化が生じてきました。そして突如として、また神学を読みたいという願望が出てきました。自分の精神を覆っていた雲が少しずつ消えゆき、--少なくともほんの少しだけーー他人の言っている神学的省察や議論が意味をもって自分に聞こえてくるようになりました。私の脳は未だ、以前のようなレベルでの機能は果していませんが、ついにまた、神学を楽しめるようになりました。

 

それではなぜこのブログを始めたのでしょうか?それは、東方正教の信仰に関する私の神学的省察や黙想をみなさんとお分かち合いするためです。正教徒になって以来、私は一つのことを学びました。それは正教というのは神学的にーーほとんどの正教徒がそうだと認める以上にーー実は、より多様性を持っているということです。(正教徒の多くはそれを認めたがりませんが。。)

 

全地公会議によって確立された境界線ははっきりしており、明確に定義されていますが、その他の神学的諸事項や問題に話が及ぶと、正教の神学者たちはしばし互いに意見を違わせ、時にはかなりけんか腰になっています。

 

正教クリスチャンが「ほら、教父たちは~~のように教えています。」と前置きする時、しばし私たちが耳にするのは、教父たちが実際に教えていた内容ではなく、正教会が権威を持ち教えている内容でもなく、それらはむしろ、「無謬のドグマ」というレトリックの下に覆い隠された、一介の人間の非常に誤りやすく、そして時として無知な意見である場合が多いのです。

 

この「教父たちは~~と言っている」の、エヴァンジェリカル・バージョンは「聖書は~~と言っている」であり、カトリック・バージョンは「教会は~~と言っている」です。

 

いずれのバージョンにしても、先制して一方的に議論を閉じるべく、それらの権威が持ち出される時、それはかなりストレスを催すものになり得ます。カトリック教会には、教義的論争の調停役として教皇がいます。(ですが、カトリック神学に馴染みのある人は皆、カトリック神学者たちがそれこそあらゆるトピックに関し、良心のとがめを覚えることなく大胆に教皇と意見を違わせていることを知っています。)

 

それでは正教会の中では誰が権威を持って代弁してくれるのでしょうか。他の正教司祭たちと同様、私にも自分のお気に入り正教神学者たちがいます。名前を挙げますと、アレクサンデル・シュメーマン、ジョン・ズィズゥーラス、ジョン・メイエンドルフ、ヒラリオン・アルフェイェフ、カリストス・ウェア、ジョン・ブレック、ジョン・ベール、ポール・エンドキモフ等です。

 

ーーにもかかわらず、私は複数の正教会司祭たちから、「おお、こういった神学者たちは信用おけませぬぞ。彼らはプログレッシブであり、ヘテロドックス(非正統的)であり、モダニストであり、エキュメニストです」と忠告されました。おお困りました!

 

とにかく一つのことだけは確かです。そう、私の書くことや言うことは正教会を代弁するものではないということを!それゆえ、わがブログ名は “Eclectic Orthodoxy” です。

 

正教信仰に関する私の理解は、(伝統的正教の方々からはやや疑いの目でみられている)正教神学者たちから強い影響を受けています。いや、それだけではありません。正教理解において、私はまた、今日に至るまで、西洋の神学者たちからも影響を受け続けています。

 

以下に挙げる西洋神学者たちは、過去35年以上に渡り、公同的信仰に関する私の神学的理解に決定的影響を及ぼしています。--トーマス・F・トーランス、ロバート・W・ジェンソン、E・L・マスコール、ロバート・ウィルバーフォース、マーティン・ルター、カール・バルト、ジョセフ・ラッツィンガー、スタンリー・ハワーワス、ジョージ・リンドベック、ハーバート・マクキャブ、そしてその中でも最も重要なのが、C・S・ルイスです。

 

それで、私はまず教父文書を読み始めることにしました。さあ、手始めは、ナジアンゾスのグレゴリオス(神学者グリゴリイ;Άγιος Γρηγόριος ο Θεολόγος)です。なぜ聖グレゴリオス?なぜなら、彼こそ正教徒中の正教徒、真正なるオーソドックスだからです。

 

正教会においては、ナジアンゾスのグレゴリオスは、大バシレイオス(Βασίλειος Καισαρείας)ヨハネス・クリュソストモス(Ἰωάννης ὁ Χρυσόστομος)と並んで、三成聖者(Οι Τρείς Ιεράρχες)の一人とみなされています。

 

また彼は「神学者」という称号も授与されており、この称号は彼を含め、使徒ヨハネおよび聖シメオン、この三人にしか与えられていません。尚、カトリック教会においては、聖グレゴリオスは、東方の四大教会博士の一人に数えられています。

 

彼の著述は、①三位一体の教理、②聖霊の神性、③キリストのペルソナの位格的一致、④テオシースに関する教会の教義形成に決定的な影響を及ぼしています。ですから正教信仰のイロハを学びたいのなら、神学者グレゴリオスほどに最良の教師はいるでしょうか。

 

それからブログを再開することにしたもう一つの理由ーーそれは自分の正気を保つためです。4カ月前の2012年6月15日、次男のアロンが自殺によって命を失いました。彼の死により、私も妻も子供たちも粉々になりました。6月22日、私は司祭として息子の葬式を執り行い、埋葬のための祈りをしました。

 

アロンの死により私の存在の根幹までもが変わり、深い深い傷が彫り込まれました。今もまだ何が起こったのか理解できていない気がします。一日の大半、私は悲しみと嘆きに圧倒されています。でも興味深いことにただ二つのことがいくらか自分にとっての心の小休止になっているようです。一つは愛犬ティリエルを連れて散歩すること、そしてもう一つは神学文献を読むことです。

 

それで、聖グレゴリオスを引き続き読んでいます。ーー自分のために、そしてわが愛する息子アロン・エドワード・キメルのために。追憶よ、とこしえまでも。

 

Fr Aidan (Alvin) Kimel