巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

戦争の祈り(マーク・トウェイン)

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Mark Twain, The War Prayer, 1905(拙訳)

 

その頃、国は興奮と歓喜に沸き立っていた。戦争がまさに進行中であり、人々の胸は愛国心という聖なる炎で燃え盛っていたのだ。

 

楽団の行進に合わせ、ドラムが鳴り響き、爆竹の破裂音が耳をつんざく。どの人の手にも、遠くの屋根やバルコニーその至るところに愛国旗がはためいていた。

 

連日、若い志願兵たちが新しい軍服に身を包み、喜々として大通りを行進していく。そして、誇り高き父親たち、母親たち、妹たち、そして恋人たちが感極まった面持で彼らを送り出していた。

 

夜になると人々は我先にと愛国演説会に押しかけ、息もつかないほどの熱心さで演説者の雄弁に聴き入っていた。熱気に満ちた演説は数分おきに聴衆の拍手喝采によって中断された。人々の頬には涙がつたっていた。

 

教会の中では、牧師たちが国旗と国歌への献身を説いていた。熱情的な雄弁さでもって牧師たちは聴衆の心を揺さぶり、「おお主よ、われらを助けたまえ!」と戦(いくさ)の神に祈禱を捧げていた。

 

ーーー

実に喜ばしく爽快な時期であった。時として、戦争反対の意を表明したり、その大義に疑問をはさみ込んだりするような声も挙がった。しかしそんな声はたちまちの内に容赦なき怒りの警告の内にかき消され、彼らは身の安全のためすばやく姿を消し、もうそれ以上公衆の神経を逆なでするようなことはしなかった。

 

主日の朝が来た。

翌日には大規模の軍隊が前線に出ていく。教会は人で満杯だった。志願兵たちも皆そこにおり、彼らの顔は軍国青年らしい士気で火照っていた。

 

若者たちは夢見るのだった。ーー険しい進軍、機運の高まり、急速充電、きらめく軍刀、猛烈な追撃、そして敵の迅速なる降伏!そして僕らは喝采を受けつつ英雄として、輝かしい帰郷を果たすのだ!

 

家族らは、志願兵の隣に誇らしげに腰かけていた。そんな姿を見、栄誉の戦場に送り出す息子や兄たちを持たない隣人や友人たちは彼らを羨んだ。ーーああ、お国のために勝利を収め、あるいは崇高なる玉砕死の光栄に与る兵士を持てる人はなんと幸いなことかと。

 

礼拝は進行していた。旧約聖書から戦争の箇所が読み上げられた。そして最初の祈りが捧げられると、その後すぐに力強いオルガンの音が会堂に鳴り響いた。会衆は一斉に起ち上がり、高鳴る胸を抑え、目を輝かせながら、次の聖歌の祈りを斉唱した。

 

「万軍の支配者なる神!クラリオンのごとき激しい雷鳴、剣のごとき稲妻に汝はお命じになられます!」

 

その後、牧師の祈りが続いた。会衆は皆、これほどまでに熱烈真摯で心揺さぶられるような美しい祈りを聞いたことがないと思った。牧師は心を込め、慈しみ深き御父が、崇高なる青年兵たちを守り、愛国的この働きに就く彼らを助け、慰め、励ましてくださるよう祈願した。

 

そして戦いの日に、そして危険せまるその瞬間にも、神が彼らの盾となってくださり、力強い御手の中に彼らを囲い、血まみれの戦場にあっても尚、強く、確信に満ち、不屈の精神を持つことができるよう神に祈った。「おお主よ、願わくば彼らが敵を粉砕し、彼らと国に不朽の栄誉と光栄を与えたまえ!」

 

ーーーーー 

とその時、一人の見知らぬ老人が教会に入ってきた。彼は講壇に立つ牧師にじっと目を据えながら、ゆっくりと音を立てず、中央の通路を前に進んでいった。

 

長身のこの老人の体は足下までとどくローブで覆われていた。帽子は被っておらず、白髪が泡滝のように肩まで流れていた。ごつごつした彼の顔は不自然なほど青ざめており、ぞっと身震いする程であった。

 

いぶかしげに彼を見つめる会衆に注視される中、彼は静かに講壇にたどり着いた。そしてすっと壇上に上ると、説教者の横に立った。

 

牧師は横にいる彼の存在には気づかず、尚も熱烈な祈りを続けていた。「おお神、われらの地と国旗の守護者であられる主よ、われわれの戦いを祝福し、勝利を与えたまえ!」こうしてついに彼は祈りを終えた。

 

この見知らぬ男は牧師の腕に触れ、身ぶりで脇にさがるよう合図しーー、驚愕した牧師は実際そのようにしたのだった。そうした上で、老人は講壇台に立った。

 

少しの間彼は、魔法にかかったようになっている聴衆者たちを、不可思議な光沢を帯びた厳粛なる目で見つめていた。そして、ややあって、彼は深い声で次のように話し始めた。

 

「私は全能の神の使信をたずさえ、御座から来た者である。」聴衆の間にざわめきが起った。しかし老人は人々の反応を気にすることなく、話を続けた。

 

「神はご自身のしもべである、汝らの牧者の祈りをお聞きになった。さあ、主の使者である私がその祈りに込められた意味を説明した後、尚も汝らが望むならーー、その時、神はその祈りに答えてくださるだろう。

 

なぜというに、人間の捧げるその他多くの祈りと同様、先ほどの祈りも、彼が実際に声に出し祈った内容以上のものを彼は神に嘆願しているからだ。

 

神のしもべである汝らの牧者は確かに今、祈りをささげた。しかし彼は立ち止まり、自分の唱えた祈りの持つ意味について考えたことはあるのだろうか?

 

あれは一つの祈りだったろうか?いや、違う。実際には二つの祈りだった。ーー片方の祈りは実際に声に出され、もう片方の祈りは暗黙の内に祈られた。そして、すべての嘆願を聞いてくださる神の耳にその両方の祈りが届けられた。この事を深く心に留め、考えてみるがよい。

 

汝らが自分たちの上に祝福を乞い求める際にはよくよく注意せよ。なぜならその事によってわれ知らず、汝らは隣人たちの上に呪いを祈願しているかもしれないからだ。

 

例えば、『水分を必要としている我らの穀物の上に雨を降らしたまえ』と、汝らが祈ったとしよう。しかし、まさにその行為により、もしかしたら、汝らは、他の隣人たちの穀物の上に呪いを祈願しているのかもしれない。というのも、その隣人の穀物は雨を必要としておらず、逆に、雨によって台無しにされてしまうものかもしれないのだから。

 

汝らは先ほどの牧師の祈りを聞いたーーそう、声に出された方の祈りを。そして私はもう片方の祈りを言葉に表現すべく神に遣わされてきた。牧師が(そして汝らも心の中で)暗黙の内に熱心に祈っているあの祈りだ。そしておそらく汝らはよく考えず、漫然と祈っているのかもしれない。そうであることを願う!

 

「勝利を与えたまえ、おお、主なるわれらの神よ」という牧師の言葉を聞いただろう。あの一句で十分である。というのも、声に出された方の祈りの全体は、重大なるこの一句の中に要約されているのだから。

 

手の込んだことは必要ない。勝利を求めて祈った時、実のところ、汝らは、勝利に伴い付随してくる数多くの暗黙の結果のことをも祈ったのだ。ーーそう、それに必ず付随してくる事柄であり、付随して来ざるを得ない事柄を。神は声に出されていない方の祈りを言葉に出すよう私にお命じになられた。さあ、その祈りを今、聞くがいい。

 

「おお、父なる神よ。われらの若き愛国者たち、我々の心が愛してやまないこの若者たちが出兵します。どうか彼らの傍にいたまえ。彼らとともに我々もまた敵を打ちのめすべく、ーーその霊においてーーわが家という甘美なる平和の炉端を後にしつつ、戦地に赴きます。

 

ああ、主なる我らの神よ、我々の砲弾で、敵の兵士どもを血まみれの破片にするまでずたずたに引き裂くべく、どうかわれらを助けたまえ。彼らの緑地を、彼ら愛国者どもの青白い死体で覆い尽くすことができるよう、われらを助けたまえ。

 

傷を負い、苦痛に身もだえする敵兵の金切り声で銃声のとどろきをかき消してしまうべく、われらに力を貸したまえ。敵どもの貧しき家屋を爆弾の火炎嵐でことごとく焼き払うことができるよう、われらを助けたまえ。

 

彼らの無防備な未亡人たちの心を、果てることなき永劫の悲嘆で痛めつけ締めつけることができるよう、われらを助けたまえ。彼らの未亡人たちを幼き子どもたちと共に宿無しのホームレスにせしめ、彼女らにぼろをまとわせ、彼女らをして、飢えと渇きの中で荒廃地をあてもなく彷徨わしめよ。

 

彼女らをして夏の焼けつくような暑さ、冬の凍てつく寒風にもてあそばれる玩具とせしめるべく、われらを助けたまえ。魂がくずおれ、苦しみで憔悴し切ったこれらの未亡人たちが、墓場という避難所を汝に嘆願するほどまでに、彼女たちを痛めつけたまえ。そして彼女たちのその嘆願を拒絶したまえ!

 

我々は汝を愛し慕い求めています。どうか主よ、敵の望みを亡きものにし、彼らの人生を破滅させ、苦しい彼らの巡礼路を尚一層長引かせ、彼らの足取りを重くし、彼らの涙で行く道々を水浸しにし、負傷した彼らの足の傷口からとくとくと流れ落ちる血で白い雪を真っ赤に染めたまえ。

 

おお愛の源である神。苦しみ、まずしく心くずおれた心で汝の助けを求めるすべての者の忠実なる隠れ家であり友でありたまう神よ。我々は、愛の霊の内にこれらの祈りを御前にお捧げします。アーメン。」

 

ーーーーー

こう言い終わると、奇怪なるこの使者は、一人一人の目を深く見入りながら、会衆を見渡した。そうした後、彼は重々しく慎重なる口調で言った。

 

「そう。汝らはたしかに祈った。これを聞いても尚、先ほどの祈りを望む者がいるか?もしいるのなら、話してほしい!いと高き神の使者が汝のその答えをしかと聞こう。」

 

しかしながら、悲しいことに、人々はこの老人を狂人として斥けてしまった。というのも、老人が言った事は彼らには全く理解不能だったからである。

 

ー終わりー