聖書のワード・スタディーをする際に注意すべき事:その⑦ 言語と精神構造(メンタリティー)を連関させようとする(by D・A・カーソン)
D.A.Carson, Exegetical Fallacies, Chapter 1. Word-Study Fallacies, p.25-66(拙訳)
小見出し
ヘブライ的思考とギリシャ的思考?
近年、この種の誤謬から多くの出版物が生み出されています。例えば、言語学的に精通した人々のぎっしり詰まった部屋の中で、『ギリシャ思想と比較したヘブライ思想(Hebrew Thought Compared with Greek)*1』といった書名を試しに挙げてごらんなさい。その瞬間、多くの顔に、うめきにも似た苦悶の表情が浮かぶのをあなたは目の当たりにすることでしょう。
↓邦訳
この誤謬の抱える核心部分は何かと言うと、それは「どの言語も、それを使う人々の思想プロセスを強く拘束しているため、彼らはある種の思考パターンをせざる得ないのであり、他者から遮断されている」という前提にあります。それゆえに、言語と精神構造(メンタリティー)が混同される結果が生じています。
『Theological Dictionary of the New Testament(キッテル新約聖書神学辞典)』の根本問題
『Theological Dictionary of the New Testament(キッテル新約聖書神学辞典)』などは、その中でもとりわけ、この種の誤謬の責めを負っています。
そしてこの点におけるジェームス・バーの貢献には目覚ましいものがありました。バーは、著書『Semantics of Biblical Language(聖書言語の意味論)*2』の中においてだけでなく、ヘブライ思想およびギリシャ思想における時間の観念を比較する詳細研究を通し、この神学事典の破綻ぶりを、ものの見事に暴き出したのです。*3
この点に関してはすでに多くの指摘がなされており、一連の問題は、シルヴァの著作の中によくまとめられていますので*4、おそらくここで多くを述べる必要はないと思います。
ですが、いわゆる「ヘブライ的思考」とか「ギリシャ的思考」の性質とかいったものに関する言明を聞く際、ーーもしもそれらの言明が、当該言語の言葉の持つ意味的限界についての洞察を基盤としてなされているのだとしたらーー、その時、あなたはそういった吹き込みを警戒し、疑ってかかるべきです。
シルヴァはある保守系教科書の中から、悲劇とも喜劇とも言いかねる、なんとも悲痛なる実例を挙げています。それによると、(ヘブライ語というのは、ある種の「伝記的適合性」があるとした上で)、この教科書は、次の引用句を満足げに記載しています。
「ヘブライ人は像(絵;pictures)の中で思考していました。そしてその結果として、ヘブライ語の名詞は、具体的かつ鮮明なものとなったのです。中性形などというのは存在しません。なぜなら、セム系の人々にとって、すべては生きているから(alive)です。」*5
これを聞いて、ある人は思うことでしょう。「それでは、他の諸言語の中の、中性形の実体はみな死んでるってこと・・・ですか?」ーー例えば、τὸ παιδίον とか、das Mädchenとか、、、、
私がまだ神学生だった時分、非常にまじめな面持ちで次のように言ってこられた方がいました。
「ギリシャ語というのは、主が新約聖書の啓示を提供する上で、著しく適切な言語でした。なぜなら、ヘブライ語と違って、ギリシャ語には過去時制、現在時制、未来時制の区別があり、それゆえに、新約啓示の時制的位置を取り扱うのが可能とされたのです。つまり、新約記者たちは、過去に神が何をなさったのかを振り返り、現在、神が何をなさっているのかを把握し、未来において神がなさろうとしていることを予期することができなければならなかったからです。」
しかし、、、イザヤの時代のおける契約共同体もまた同様のニーズを持っていたのではないでしょうか?古代ヘブライ人は、自分たちの言語に二つしか時制がないために、過去、現在、未来を区別することができずにいたのでしょうか??
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*1:T. Boman, Hebrew Thought Compared with Greek (London: SCM, 1960).
*2:Barr, The Semantics of Biblical Language.
*3:James Barr, Biblical Words for Time (London: SCM, 1969).
*4:Silva, Biblical Words and Their Meaning, 18-34.
*5:同著、21, citing Norman L. Geisler and William E. Nix, A General Introduction to the Bible (Chicago: Moody, 1968), 219.