巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

知識と信仰(三谷隆正)

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古代ギリシャの哲人が、「哲学は驚異に始まる」と言った。しかし驚異のうちに我を忘れて、恍惚として神羅万象を嘆美していたのでは、哲学は始まらない。それは詩の境地である。詩は我を忘れての嘆美である。

 

しかし哲学は我に帰っての省察でなければならぬ。われに帰れば、まず夢とうつつとの分野を明確にしなければならぬ。詩の境地においてならば、夢だろうがうつつだろうが、そのことは問題にならない。そのことを問題にするのは詩を離れた立場である。

 

しかし哲学は、夢と現(うつつ)との区別を問題にしないわけにはいかない。ゆえに例えばプラトンは、「想う」のと「知る」のとを区別して、哲学の主題は知ることgnosisにあって、単なる想いdoxaにないと説いた。すなわちまた、単なる想いも対象たるものは、事物の本体でなくしてその仮相に過ぎない。

 

事物の本体、実在の本質は、哲学的認識を通してのみはじめて知らるるのである。哲学はすなわち本体の学である。というのが、プラトンやアリストテレスに共通な哲学観である。また本体において、哲学の本領を説き得て簡単素朴なる正当の見解とみなしていいであろう。

 

すなわち哲学の主題は、これを対象に即して言うと、本体仮相との問題であり、これを主体に即して見ると、夢と現との問題である。すなわち前者は、実在論または形而上学(metaphysics)の問題、後者は認識論の問題である。

 

太古原始の哲学は、万有に対する詩的驚異の立場から脱却し切らない哲学であった。その表現形式においてさえ、大抵韻文体である。ゆえに、哲学的認識の主体に即して認識そのものの基礎づけに留意することをしないで、もっぱら対象そのものに没頭し、実体と仮相との分別を独断前提し、その独断的前提から出発して、しきりに形而上学的思弁を事とした。

 

しかしそうした形而上の実体をそれと認識し、その認識の誤りなきものであることを保障するものはどこにあるのであるか。いったい実体だの仮相だのという概念に如何なる客観的意義があるのか。

 

それはわれわれが勝手に造り出した色眼鏡であって超主観的妥当性に欠けるものなのではないか。そうして概念の普遍妥当性と学的認識の根拠とをいかにして固めるか。この問題に気づかるる時また、認識論の問題が、哲学の為に看過すべからざる重要問題であることに気がつく。

 

紀元前5世紀のギリシャは、この問題に気づいて居った。而もその主たる傾向は、ソフィスト学派的な懐疑論であった。すなわち学的認識の普遍妥当性を否認し、すべてが各人の主観的個別的条件に制約せられたる主観的個別的認識であって、「客観的普遍的認識はない」というのであった。

 

従って、もちろん、普遍妥当なる真理を内容とする学問などあり得ない。ゆえに、論理の説服力は、その内容の真理価に基づくべきものでなくして、ただただ、その修辞の形式の魅力にある。真実をもって迫るのでない。巧みをもって酔わすのである。

 

ゆえに、ソフィストのいうなるものは自ら誇って、「黒を白とも、白を黒ともいずれにでも言いくるめて見せる」と言った。しかしこの間にあって、ソクラテスは毅然として真理の普遍妥当性を信じて動かず、その独特の帰納法を用いて、概念を批判し分析しまた整理して、真理の学的体系を樹立するためのその基礎を堅固にしたのであった。

 

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                                    ソクラテスの死

 

ソクラテスのかくの如き態度とその軌を一つにしつつ、学的体系の組織的樹立の点からは、ソクラテスに抜きんでて遥かなるものが、18世紀後葉におけるカントの批判主義(Kritizismus)の哲学または、批判哲学である。

 

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Immanuel Kant (1724-1804)

 

カントによれば、認識の対象にのみ即して、その主体に関する省察を怠り、いかにして認識が成立し、いかにその内容が妥当するかを検査しないで、直に形而上学的な実在非実在の議論を上下するのは、いずれも独断的な態度であって、そういう態度を持する独断哲学とカントが提唱するところの批判哲学とを比較するならば、後者はなおコペルニクスの地動説のごとく、前者はトレミーの天動説のごとくあるというのである。

 

こうしてカント自身、自己の学的貢献をもって、コペルニクスのそれに比したように、独断哲学から批判哲学への転回は、哲学史上のきわめて重大な転機であったことはこれを認めなければならない。

 

由来、哲学史上の重大時期は、おおむね自我省察の深刻なりし時期である。哲学的独創の豊富さは、自我省察の深刻さに比例するといってもいい。ソクラテスがそうである。「我考ふ。ゆえにわれ在り」と叫んだデカルトがそうである。カントがそうである。聖アウグスティヌスが哲学史上にも比類を絶するの重要さを持つのも、一に『告白』の著者に特有なる、深刻精細なる自我省察に縁由する。

 

もちろん哲学の歴史は、自己省察の歴史に尽きてはいない。しかしデルフォイの神殿に掲げられたるモットー「なんじ自身を知れ」との標語は、要するに哲学の初めであり、またその終りであるが如くである。

 

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「なんじ自身を知れ」

 

そもそも知るとは、認識の客体と、認識の主体との間の関係を、隔てのない透明なるものにすること、認識という主観的雰囲気の内において、客体と主体と渾然として一に帰すること、ゆえにまた、自我化することである。自分のものにすることである。

 

その意味において、自我本位なる立場が、知の立場である。知はけっして無我的境地に立つものでもないし、忘我の域に悠遊するものでもない。忘我の境地にあって自我が、全然受動的な立場に立つ時に与えられる心明は、神秘的啓示であって、その啓示内容は、それがさらに醒めたる自我によって、意識的に自我化されるのでなければ、普遍妥当なる知識として通用するわけにいかない。

 

もちろん哲学はそうした啓示に立脚するものでない。哲学は、人智である。それは、人間が自ら起って、自ら獲得するところのものでなければならない。それは天の啓示でなくて、自我の営みであることを本領とする

 

例えば、道徳は教えて「殺す勿れ」と言う。なぜ殺してはならぬのであるか。イスラエルの民は答えて、「神がモーセを通してかく命じ給うたから」と言い、それで満足した。しかし哲学は、それでは満足しない。哲学の立場から見るならば、「神の命であるから殺しては悪い」のではなくして、「殺しては悪いのであるから、神は殺す勿れと命ずるはず」なのである。

 

イスラエルの民の、モーセ律法に対する態度は、信仰に立脚するものである。信仰の立場は信頼の立場である。ゆえにまた服従の立場である。自力に頼って、畢竟一切を自判自決自行しようとするものではなくて、とどのつまりは自己より他なるもの、自を絶して他なる者の権威に依りすがり、その他力に支えられようと願うものである。

 

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                               モーセの十戒

 

ゆえに信仰の態度は、その根柢において自意を絶したる服従でなければならぬ。自家が信頼する所の、権威者に対する無批判なる服従でなければならぬ。そうして信仰のこの態度と正反対の態度、あくまでも批判的であり、決して他在的権威に盲従することなきを本旨とする態度が、哲学および、なべての知識の態度である。

 

信と智との間に、かくの如き深刻なる心的態度の矛盾あるゆえに、信は、しばしば無知と相結んで迷信に堕し、智は、しばしば無信仰の味方して、懐疑論に停迷するのである。

 

「キリスト教はただ盲従と隷属とをのみ説く。その精神は、専制政治に至便なるがゆえに、常にその利用する所となる。真正のキリスト者は、奴隷たるべく造られてある」とルソーは言ったが、ルソーの斯言は、ある意味において正しい言葉であり、歴史的証拠によって裏書せられ得る一面を持っている。

 

たとえば、ローマ教会が、その専制主義的教権組織をもって、史上無比の大規模を完成し得たのも、信仰の持つ服従の態度が、現世的に具体的なる形をとって現われ出でたるものに他ならない。これに反し、知識の歴史は、独立自尊の歴史にして、従ってまた、反抗と批評との歴史であることを常としている。たとえば、創世記に記されたる知恵の木の実の歴史を初めとして、ソクラテス時代のアテネ、文芸復興期の欧州、18世紀以来の啓蒙時代、その日本への波及など、いづれか反抗と批評とに充ち満ちたらざる。

 

もちろん、信仰の歴史にも反抗と批評とが見い出されないのではない。むしろ深くして偉(おおい)なる信仰は、常に深くして偉なる反抗と批評とを伴っている。何人かプロテスタンティズムの包蔵する雄偉なる反抗を知らざるものぞ。しかし、信仰はその根柢において信従である。この信従のゆえに、眼醒めしめられたる知識を以て、第二次的にのみ反抗と批評とに熱するにすぎない。

 

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しかるに、知識は、批評と反抗とを第一義的任務とするものである。知識が自家より他なる権威を認めるのは、該権威を認容すべき根拠を、自家の権威に於いて固め得たからである。知識が許容する権威は、たとえば、民主共和国に於ける大統領の権威の如くである。その根拠は、究極に於いて大統領自身に存せずして、認容者自身に存する。

 

信仰の倚って立つところの権威は、これを全く異なる。神が神であり、その誡めが、侵すべからざるものであるのは、信従者自身を超越して彼の意思となんの拘わりなき権威によるものである。故に、信仰は、自家を超えて雄偉なる権威に立脚することを得るけれども、知識は、終に自家自身の権威、すなわち人智に内在する権威以外の権威に立ち得ない。ゆえに看よ。信仰に基づくその第二義的反抗は、知識によるその第一義的反抗ないし批評にまさりて、遥かに勇猛強力である。

 

知識の倚って立つ権威が、いかに自我内在的である事を殊に明確にしたものが、カントを太宗とする批判哲学のコペルニクス的貢献として称揚せらるる所のものである。ゆえにカントは、時空の形式を論ずるにあたっても、それが先験的(transzendental)なる直観形式である事を力説して、超越的なる実在形式ではない事をしきりに反覆した。

 

すなわち、時間と空間とが、人間の理性を以てする思惟に付随するところの、その不可欠要件であること、一切の知的経験が、この要件なしでは成立し得ないものであることを論じた。

  

しかしわれらの知的経験を離れて、超越的に時間と空間とが実在するか否か、その事はすでにわれらの思惟を絶したる世界についての消息であって、然りとも否とも返答の権限外である。

 

批判哲学は唯、われらは時空の形式なしに思惟することを得ないと説くのみであって、超越的に「時空は実在の形式なり」と断定するものでない。ゆえに物自体 Ding an sichは要するに、批判哲学の論理の及び得ざる彼岸にある

 

しからば、認識内容の真理価を決定するものは何であるか。もし物自体または真理自体が与えられたる超越的実在であり、認識はこの超越的実在をその裡にとり入れて、実在そのままの姿を模写するを以て足りるものならば、認識内容の真理価は、一にかかりて、その模写の精確さ遺憾にあるであろう。

 

しかし、実在そのものの姿を、そのものの認識以前に如何にして把握し得るのであるか。いまだ認識せざる実在の実相を標準に、現実なる認識の、現実なる内容を評価するとはいかなる事であるか。

 

超越的実在を独断するものは、ここにも亦、越ゆべからざる矛盾に逢着する。ゆえに哲学はあくまでも思惟自体の内側にふみ止まって、認識内容の真理価決定の準拠を、思惟自体の法則に於いて、見いださなければならぬ。しからば、思惟自体をいかなる法則が規律しつつあるか。

 

かりに、思惟自体を規律するところの、何らの法則なしとしよう。しからば、二と三を加えて五になると考えようと、六になると考えようと、または七になると考えようと、一方を正しいとして他方を拝することはできないはずである。そう考えなければならない。ああ考えては間違いであるという議論、そういう風にして思惟の道程を規束することは、理由なき事でなければならぬ。

 

ゆえにまた、一にして二なき真理などというものも考えられない。思惟はただ、勝手に気まぐれの道を歩く。真理も偽理もあったものでない。もちろん学問などというものは成立し得ない。すべて普遍妥当なる真理価を有するところの知識は成立し得ない。すべて真偽の問題は成立し得ない。すべてが真といえば真、偽といえば偽である。どちらともひとつに決めることはできない。否、できないということそれ自身さえ確言できない。

 

しかし、われわれが知識を追求し、学問に精進するのは、普遍妥当なる真理を欣求(ごんぐ)することを意味する。真理の一にして二ならざるべきを信ずればこそ、われらは甲論乙駁(おっぱく)して互いに相譲らない。相譲るべからずと信ずる。

 

相譲るとも可なるならば、妥協苟合(こうごう)随意たるべきものならば、真理の欣求は無意味である。真理の欣求が無意味ならば、学的精進になんの意味があるか。

 

ソクラテスの死は、犬死であるか。しかり、ソクラテスの死をして犬死に終わらしめざるのみならず、却って、これに燦然(さんぜん)たる光輝を加うるもの、そういう価値が、知識と学問との根柢でなければならぬ。この価値の故に、学的精進が有意義である。いやしくも、学に志し、または知識を尊ぶものである限り、まず求めざる可らざるものは真理である。一にして二ならざる真理である。

 

ゆえに、思惟自体に内在する真理認識の法則として、まず第一に、思惟の方向が真理欣求に向けられ、かかる方向にまで統一せられたるものでなければならぬことを、指摘することができよう。

 

そうして真理欣求の方向は、主観的には真摯なる態度それ自身に他ならないから、真理認識のための思惟の法則は、「正直一途(しょうじきいちず)」の四字に帰着するといって差し支えない。一途であるから妥協を許さず、矛盾を排斥する。

 

ゆえにまた、理路一途であることを要求する。ただこれ一途の理路を辿るのに、その出発点の異なるに従って、その辿り方もいろいろになり得る。が、大体において二つの異なる辿り方を区別し得よう。

 

一つは、ものの現にあるが如き存在相に注目して、その存在相を一貫して変らざる真理を見い出そうとするものであり、二は、もののあるべきが如き理想相に注目しつつ、それを一貫して変るべからざる当為の一路を明らかにしようとするものである。

 

前者は、存在学、後者は規範学を基礎づける。この区別は、もちろん学的方法に基づく区別であって、対象を主にした区別でない。而も、歴史的に存在する学問の分科方法は、対象の区別に基づくものが多い。ゆえに、この両種の区別間に相乖離(かいり)し、または重畳する点が多々ある。

 

しかしもし、極めておおまかな言い方を許すとすれば、大体において自然科学は、存在学的方法を辿るもの、精神科学には規範学的方法を主にするものが多いと言っていいであろう。これらの問題について精細なる攻究を遂げる事を任務とするものが、いわゆる方法論であって、真理認識のための、一般的思惟法則の検討を任とするものを認識論と言えば、真理の特殊的認識のための特殊的思惟法則の検討を任とするものが、方法論であると言えよう。

 

カントの流れを汲む現代の哲学(いわゆる新カント派)を大観するに、それは認識論に力を注ぐ哲学であると共に、その故にまた、方法論に熱心である。而も、その感化の及ぶところ広く、法律学者も芸術学者も自然科学者も経済学者も、すべて多大の興味を方法論につなぎつつある。けだし、批判哲学の立場を是認して、あらゆる独断を避けるべく留意するならば、まず精密に方法論的思索を遂ぐべきであることは言うまでもない。

 

のみならず、厳密な意味に於いて、学的に妥当し得るものは、方法論それ自身のみであるとも言い得る。なぜならば、哲学が厳密な意味において、その妥当性を主張し得るところのものは、思惟自体に内在するその自律法則であって、思惟自体に超越する他在的実質ではない。

 

ゆえに哲学的把握に耐え得る実質は、常に思惟そのものの内在的実質であって、「対象そのものに内在す」と考えらるべき、思惟自体にとりては他在的超越的なる実質ではない。ゆえに、方法論それ自身にみが、厳密なる哲学的把握の対象に耐え得る。

 

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老齢の哲学者

 

如此して、哲学はついに、認識論的ないし方法論的埒外(らちがい)を越えて出て、思惟自体を超越する実在を確証すること能くせず、哲学的思惟自体につき、その内在的法則の検討をもって満足すべきものであるならば、哲学の保証し得るところは、畢竟するに、真理認識のための当為の法則以外のものでない。なぜならば、哲学が真理について保証し得るところは、真理把握のための主観的要件に止まり、主観を超えて客観的なる真理内容は、その及び得る範囲外にある。

 

すなわち、哲学が固め得る真理内容は、真理を欣求して真実ならんことを期するものは、「これ考えざるべからず」という事だけである。さらに溯れば、真理を欣求して真実なるべし、正直一途なるべしという事だけである。そういう当為だけである。

 

それ以上の断定は、哲学的には常に独断である。カントはかつて曰く、「その自他に語るところが真であるということは、人の保証し得る限りでない(なぜなら、彼は誤るかも知れぬから)、しかしその告白し、または承認する所が誠意に出るということは、人の保証し得、また保証せざるべからずところである。なぜならば、それは彼の直接知るところであるから」と。

 

知識の歴史、殊に哲学の歴史が我らに明白に指示することは、時と処と人との相異なるにしたがい、その学説もまた甚だしく相異なることを常とし、甲論乙駁、われらをして真理はその間のいづこにひそむや、と疑わしむるものあることである。

 

多くの学問が、殊に哲学が、しばしば人を真理の確持にまで導かずして、その懐疑にまで誘うものである事は、人のよく知るところである。しかし、ここに記憶しなければならぬことが一つある。すなわち、甲論乙駁して決しないのは、真理価を認めらるべき特定思惟内容であって、おおよそ真理それ自身の価値に至っては、学問に志す限りのものが、一人も洩れなくこれを承認前提し、かつ欣求しつつある所でなければならない

 

言いかえれば、真理の貴きことについては、誰にも異論がない。ただその貴き真理の内容が、甲であるか乙であるか又は丙であるかについて、そういう特殊問題について、人々相互に考えを異にする場合が多いのである。

 

ゆえに学問の歴史の悲しむべき混とん状態にかかわらず、万代に渡って変らざる一事は、「真理欣求すべく、虚偽排斥すべし」という事である。そういう当為である。当為だけである。

 

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知識は自我化である。知識のより所は人にあり、その自我にあって、物にない。人間が人力をもって「万有を、自我の内に収めいれよう」というのが、学問の企図する所である。而も眇(びょう)たる人間の自力をもって、万有をその自我裡に収蔵せんとするがごときは、到底達成の望なき野望である。

 

ゆえにニュートンがもらしたという嘆がある。ファウストの悲劇がある。にもかかわらず、学問の本領は、人間の自力を以て立つにある。その微力をもって、万有の無限大なるに対するにある。

 

ゆえに、学問がその企図するところを果たし得よう、如実に究極の大真理を把握し得ようという事の保障は、ついに見い出されない。しかし唯、われらの態度が真理を把握するにふさわしきものでなければならぬ事、すなわち虚偽を悪(にく)みて、真理を喜ぶものでなければならぬ事、その事は明々白々にして確実堅固である

 

ここまでは哲学的理論をもって到達し得る。哲学上の理想主義は、真理へのこの欣求に立ち、ここから出発する。と同時に、哲学的論理は、この欣求に到り得るだけであって、この欣求を導いて確実なる把握に到達せしめ、当為を越えて如実に実体を掴ましむることは、哲学的論理のついに及び得ざる境である。

 

そうしてカントの批判哲学は、知識のこの限界について殊に明晳(めいせき)な自覚を持っている。この一面だけを特に強調するカントの哲学は、一種の不可知論である。もちろん、カントの哲学が不可知論以外の内容を持たぬかに考える考え方は、正当なるカント評価ではないけれども。

 

紀元第二世紀におけるキリスト教弁証家の一人アテナゴラスは、キリスト者を哲学者と区別して、両者は全然異なりとなし、哲学者はまったく真理把握の能力を欠くものであるとした。その理由に曰く、「哲学者は、神につき神から教えられようとしないで、自己に教えられようとするから」と。然るに、多くの人が自己の自力を以て、神を捕えようとする。自己の衷を探り求めて、そこから神を見い出そうとする。然し、それは徒労である。

 

もしそれが徒労に終わざるを得るものならば、神は哲学的思惟を以て把握せられ得べきである。而も、上述の如く、哲学的思惟は畢竟、自我圏内に跼踖(きょくせき)して、その外に出で得ない。神について自我の為したる思惟それ自身以外のものを捕え得ない。

 

人の思惟に余るすべての神々しきものは、終に人の思惟の把握のにある。そうして人の思惟のなるその処にこそ、信仰の領域がある。神はただ神ご自身によってのみ、悟らしめられ得る。自我に即したる眼は、神に背ける眼である。

 

どうしてその眼に神が映ろう。哲学の眼は、自我中心の眼、信仰の眼は、他者中心の眼である。ゆえに、哲学の眼の見得るところは、究極において主観の域を脱し得ない。ゆえに、哲学者のもっとも誠実なる一人は言う。「ただ誠意に出でたることを保証すべし」と。主観的なる誠意以上の保証、権威ある客観的保証はついに哲学の与え得ざるところである。なべて知識の与え得ざるところである。

 

しかるに信仰の眼は、仰いで神から真理の啓示を受ける。それは啓示であるゆえに、人間の主観を超えて、客観的に神的なる権威に立つものである

 

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これ超主観的確からしさが、信仰の持つその独特の確実性であって、人生の実験の例証するところによれば、信仰の持つこの確実性が基礎となってはじめて、一般の学的真理の基礎も固められ、学的方法による真理欣求の熱心をも加えらるるものの如くである。

 

少なくとも、私一個の小さき経験によればそうである。例えば、前に述べたように、真理欣求は、学問の為めの不可欠要件である。その事は、学的論理だけでも判る。しかしなぜ我らは、真理を欣求すべきであるか、なぜ貧困と迫害とに苦しんでまでも真理を欣求し続けなければならぬか。

 

その事は学問では判らない。虚偽の卑しむべくして、真理の尊むべきことは、哲学の基礎でありその出発点である。而も、これ基礎自身を堅固にするものは、もはや哲学自身ではない。いわんや真理欣求の当為をかえて、これを真理欣求の力にまで充実するもの、如実に欣(よろこ)びて真理を求め得しむるものは、もはや断じて哲学自身ではない。

 

哲学の歴史に注目すると、二種の顕著に相異なる傾向が、一貫して哲学史上の二大潮流を成していることに気がつく。そのひとつを観念論(Idealismus)、他を実在論(Realism)と呼ぶ。前者は、哲学的真理の内容を、哲学的思惟自体の衷にのみ求めようとするもの、後者は思惟自体を超越する実体を独断するものである。

 

(*観念論:認識の妥当性に関する説の一つで、事物の存在と存り方は当の事物についてのidea(イデア、観念)によって規定される、という考え方などを指す。

実在論:名辞・言葉に対応するものが、それ自体として実在しているという立場。 対応するものが概念や観念の場合は観念実在論になり、物質や外界や客観の場合は、素朴実在論や科学的実在論になる。 実在論の起源は古代ギリシアのプラトンが論じたイデア論にまで遡ることができる。参照

 

ゆえに、前者によれば、哲学的真理の体系は、観念の体系に他ならないけれども、後者によれば、哲学的体系は、また直に超越的実在の体系である。

 

たとえば、観念論の立場からして、「万有の第一原理は、神でなければならぬ」と説明し得たとするならば、それは神を第一原理と考えるのでなければ、万有の合理的説明はできない。「神という考えが、考えられない」ということに帰着する。すべてが思惟自身の問題である。万有を思惟するその思惟はまた、神をも思惟せざるべからずという事である。結局、そういう当為である。

 

しかしもし実在論の立場から同じ事を論ずるとすると、それは如実に神が万有の第一原理であるということである。すなわち、問題は思惟自身を超えたる実在の世界に入っているのであって、神は考えられざるべからずに止まらずして、如実に超思惟的にいまし給うのである。単なる当為でなくして厳として如実なる存在である。

 

しかるに、哲学は、思惟に出発して思惟に終わるものであって、上来反覆したように、思惟を超えたる実在を固め得べきものでない。すなわち、哲学的体系は、思惟の大体系以外の何物でもないのであって、思惟はまた決してそれ自身、直に超思惟的実味であるべきでない。

 

ゆえに例えば、哲学が万有の第一原理として神を説くことありとも、それは要するに万有の認識原理としての神を説くに止まり、厳密なる意味においての「実在原理としての神」を提示し得るものでない。

 

ゆえにまた、哲学は本来思惟自身の内側に止まるを以て満足すべきものであって、厳密なる意味においての実在論はその権限外にある。この意味においてすべて哲学は、観念論に立脚すべきものである。そうして玆(ここ)にまた、宗教と哲学、または信仰と知識との重大なる立場の相違がある。なぜならば、信仰は純粋なる実在論の立場に立つものであるから。そのことを証拠立てるために、歴史上の事実を一つ二つ捕えてみよう。

 

紀元第四世紀のキリスト教会内における重大問題といえば、アタナシウス対アリウスのキリスト論論争であったことは、人のよく知る所である。この論争におけるアタナシウスとアリウスとの間のもっとも根本的な差異は、キリスト論そのものの内容の差でなくして、むしろその因って来る動機の差にある。

 

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 アタナシウス

 

すなわち、アリウスならびにその一派の信ずるところによれば、言葉(ロゴス)となって真の叡智を我らに与え、その叡智のゆえに我らも亡びのからだから救われて、神と共に不滅なる天性を回復し得るのであった。すなわちキリストの意義は、この叡智を人に配(わか)つにある。そういう教師たるにある。

 

しかしアタナシウスにとっては、不滅の天性を回復することの方が先であって、叡智は当然それに伴い従うのである。すなわち先ず神を知り、その知に導かれて人間が神々しくなるのではなくて、先ず人間性が造り変えられて、新生を全うし得て、しかる後、神を正しく知るに至るのである。ゆえにまた、キリストの意義は単なる教師以上、如実に新しき声明の附与者たるになければならぬ。

 

教師の意義は道を伝えるにある。正しき観念を教え込むにある。この道を行くべしと示教するにある。しかし如実にその道を行くための脚力は、教師の与え得る所でない。また与うべきでもない。教えられたる者自身の自力で、教えられたる道を自往すべきであって、その自往独行を妨げないようにするのが教師の任である。

 

ゆえにもし、「キリストの意義は、教師たるにあり」と考えるならば、我らがキリストに負う所は、神と新生とについての正しき観念にあり、その観念に導かれてわれら自身が自力を以て新生命の実体を把握することになる。そうしてもし単なる教師たらば、言葉(ロゴス)が神の子として地上に出現しようと、または預言者の一人として現れるに止まろうと、とにかく正しき観念を人に示教すればいいのであるから。

 

そうして、そういう観念の正しさは、神の子がこれを教え示そうと、人がこれを宣べ伝えようと、あるいは石をしてこれを叫ばしめようと、いずれであろうと変りはない筈であるから、キリストを神の子なりと信じても信じなくても大した問題でなくなる。

 

たといイエスが神の子キリストでなかったとしても、彼の教えたる教えの優れて貴きことを誰が否定し得るか。イエスの教えたるが如き神観の正しくして真なることは、イエスの神性と人性とに拘りなく不動である。ゆえにアリウスに与(くみ)して、イエスの教えにのみ重きを置いた人々は、「イエスは神なり」と信じなければならぬ必要を感じない人々であった。

 

しかしアタナシウスにとっては、キリストの神性問題は死活問題であった。われわれは、イエスの教えによって救われるのではない。イエスの神観、そういう観念がわれわれを救うのではない。イエスにおいて如実に神が救いの実体を設備したまい、神の観念でなしに、神の実力そのものが現実にイエスを通して人の上に溢れたのである。

 

その実勢的事実が、実勢的にわれらを亡びから救い出し、われらの生命を更新し、そこから現実に新しい生活が始まるのである。この事実はイエスの神性なしには考えられないことである。もしイエスが神の子キリストでなかったするならば、われらの救いの事実もなかったことになる。ゆえにアタナシウスは決然として起った。そうして全身全霊をこめてそのキリスト論の為に戦った。

 

アリウスにとってはキリスト教は教えであった。ゆえにその態度は観念論的である。従ってまた哲学的である。ゆえに合理的にして理解され易くある。それがアリウス派の強みであった。

 

しかしアタナシウスにとってはキリスト教は事実である。教えや観念や理解でなくして、如実なるである。ゆえにその態度は実在論的にして非哲学的、また独断的である。合理的ならずして理解に難くある。ゆえにアタナシウスの戦いは苦戦であった。しかし信仰のためには極めて大切な戦いであった。とにかくにもアタナシウス派が勝を制したという一事は、信仰の為め特筆大書して祝すべき一事である。

 

〔中略〕すなわち、キリスト教の歴史における上掲二大事例は、注意すべき二つの事がらを教える。一つは「観念論の哲学」と「キリスト教」と縁の近いこと。もう一つは、この同じ二者が究極においてははなはだ縁が遠いことである。

 

この後の事実については更に説明を重ねる必要はあるまい。前者についてはアリウスやペラギウスのような考え方が、遠い昔から今日に至るまで常にキリスト教界内における一大勢力であったという事実がなによりの証明である。

 

けだし観念論の哲学は、少なくともわれらを教えるに、観念の尊貴を以てする。すなわち物力に対する唯物的屈服からわれらの精神を援け起して、当為をふりかざしてしきりに理想を高唱しつつある観念の旗下に走り参ぜしめる。道義に感激せしめ、真理の欣求に熱心ならしめる。少なくともゲーテと共に「山上の垂訓」の比類なき気高さを賞(たた)えしめ、あるいは進んでカントと共に、「天をめぐる星辰と胸の衷なる道徳律」との前に、敬虔なる思いを以て額づかしめる。

 

その意味において理想主義の哲学は人をして、マタイ伝19章16節以下に誌されたる好青年の如く、イエスの前に来って、「師よ。われ永遠の生命を得るためにはいかなる善き事を為すべきか」と問うの境地にまでは到達せしめ得るであろう。と同時に、かの青年の躓きたりしと同じ躓きに、躓かしむる機縁ともなり得る。ゆえに信仰と縁が近くもあり、また甚だ遠くもある

 

近代の理想主義の哲学、殊にカントやフィヒテのそれが、キリスト教と関連する所極めて深きは言うまでもないことである。キリスト教、殊にルッターの感化なしにカントやフィヒテが在り得ようとは到底考えられない。プロテスタンティズムの判らない人には、カントやフィヒテも判らないと私は思う。にもかかわらず、理想主義の哲学と、キリスト教とは異(ちが)う。非常に似たところもあるけれども、しかしまた、根本的に異う。知識と信仰とが異うだけ異う。

 

由来殊に、東洋には、知識と信仰とを一つに見る考え方が優勢である。すなわち、宗教の極致を悟りにおいて見い出そうとする考え方である。

 

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もちろん、そういう悟りは哲学的な知識などとは種類の違うものと考えられている。ではあるけれども、自主的であり自我化的である点において、なお知識の一種である。ゆえにまた要するに自力の営みである。故に苦行を積み、工夫をこらして精進する。精進して神を捕えようとする。

 

しかし信仰の態度は之と異なり、われ神を捕えるにあらずして神われを捕え給うのである。自我化でなくして自我放棄である。自主的でなくして依他的である。われ万有の奥義を悟り得んことを望むのでなくして、わが無明はそのままひたすら、神の聖明に依り頼みて晏如(あんじょ)たらんとするものである。

 

万物の奥義を悟り尽くして、己自身の心明をして神の聖明に等しからしめようとすること、斯くして人智を、神智の水準にまで高めようとすること、そうした矜(ほこ)りかな欲求をすて去って怡然(いぜん)たるのが信仰である

 

ゆえに「信仰」と「理解」とは違う。理解とは自主的な人智の立場からする自我化の謂である。ゆえに理解せられ得る事がらは、人智の自力を以て自判し得る事がらである。ゆえに神が理解せられ得るためには、エホバの審判は測り得べく、その途は尋ね得べくあらねばならぬ。大能の智慧は、要するに、人智の及び得るところでなければならぬ。而も、信仰は明確にこれを否定する。否定するがゆえに信仰する。信ずることは解(わか)ることではない。

 

ゆえに人生の事実の中に多くの理解に難きことがあろうとも、我らは甚だしく悲しむことを要しない。解らぬことは解らぬままに、そのままに神明に信頼したらいい。そういう信頼のみが真個の確信を我らに与える。

 

而もわれらは、幾度か神明に信頼する代わりに、自明に自恃(じじ)しようとし、信じべきことを解ろうとする。哲学の歴史も実はその半面において、そうした徒労の歴史である。しかし永き真摯なる徒労を重ねたる後、哲学は終に人智の限界を明らかにし得た。

 

殊に信仰は知識ではなく理解でない事を明らかにし得た。信仰に立とうとするものは、この事を記憶に留めて、旧き徒労を再び繰り返すことのないようにしなければならない。

 

中古の神学は、哲学を呼んでその「婢女(ancilla theologiae)なり」となした。この称呼の包蔵する悪い意味を看過するつもりはないけれども、しかし私はそこに深い意味の暗示されてあることを想う。

 

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けだし、近代の批判主義の哲学は、その透徹したる論理を以て、きわめて純粋な理論的哲学を組み立てた。その結果、哲学は、理論の純粋さにおいて、得るところ大なりしと共に、その内容において、甚だ空疎なものになった。真理到達の方法は、論ぜられて精細である。然も、真理そのものの内容は、河をへだてたる彼岸にある。

 

近頃、一部の哲学者たちは、哲学のこの空疎さ、内容なき形式論の貧しさに飽き足らずなって、しきりに、もっと実質のある哲学を求めるつつあるようである。純粋の哲学的論理を以てすれば、こうした実質への要求は、無理な要求であると私は考える。哲学が、忠実に哲学たらんとする限り、この要求に応ずるわけにいかないのが当たり前だと思う。

 

しかしこの要求自身のもつ意味は、深刻である。けだしもし、実質を求めるならば、われらは必ずや純粋に論理的に妥当なる論断以外、ある実質的に豊富なる独断的命題を前提せざるを得なくなる。而も、そうした独断的命題の、もっとも実質豊富なるものを、もっとも強固に基礎づけるものが信仰である。

 

しかして信仰による断案に立脚する学問が神学である。ゆえに、哲学は神学の婢女なりというのは、哲学は信仰の婢女なりというに等しい。しからば、現代の哲学界に存する上述の不満は、また「哲学を以て神学の婢女たらしむるに甘んぜんとするものである」と言い得ないだろうか。

 

いったい精神的といえばとにかく知的、自我内在的に考えられるのが常である。ゆえに、精神的と主観的と、大抵、同意義に解されがちである。たとえば、「神を拝するには霊を以てすべし」と言えば、人はすぐ自我のに神を探ることばかり考え、自我圏内にうずくまって、天を仰がない。しかし、「信仰は精神的でなければならぬ」、「宗教は、偶像礼拝に堕してはならぬ」ということは、信仰の拠り所は、これを個人の衷にのみ探り求むべきだとうことではないはずである。

 

そうした自我沈潜的な態度は、知識の態度であって、信仰の態度はその逆であることを私は力説し来った。而も、信仰の歴史の明白に指示するごとく、信仰は幾度かこの自我沈潜的な態度に泥(なづ)み、その度毎に、知的な合理主義的なものになり、または消極的合理主義に他ならざる神秘主義に陥ったのであった。

 

そういう神秘主義が、その思想的内容において、しばし宗教的にきわめて意味深いものを蔵するものであることを私は否認しない。しかし同時に、その心的態度に於いて、信仰の態度と根本的に異なるものを持っており、その意味において、偶像礼拝と同じだけ、あるいはより以上に危険なものであることも否み得ないと思う。

 

信仰とは自我より他なる権威への信頼を意味する。ゆえに、信仰の対象たる神は、他在的な超自我的な超越神でなければならぬ。この超越性(transcendence)は、もっとも根本的な宗教的要求である。

 

ゆえに、また信仰は、われらの衷なる思いを絶して、外なる超自我的外的権威を求めざるを得なくなる。すなわち、そうやって内在の神のみならず、超越的に実在する神を保障しようとするのである。ゆえにアウグスティヌスは、教会の権威の前に拝跪し、ルターは、聖書の中なる神の言葉に寄り縋(すが)ったのである。

 

もしわれら神を信ずるならば、万有は、彼の知ろし給うところなりと信ずるならば、単に抽象的に摂理という概念を考えるに止まるのでないならば、現実なる万有相のどこかに、殊に人類の歴史におけるどこかに、摂理の如実なる実証を読み得ないはずはない。

 

殊に数奇なる運命を重ねつつ、二千年後の今日にまで伝わり来って、その生命いよいよ旺(さか)んなる聖書の如きものにおいて、神の特別なる摂理以外の何を認め得るか。

 

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ただ空疎なる自我的内在的概念を以て満足する宗教哲学者または神学者のみが、あらゆる歴史的に具体的なる典拠を無視して、そのいわゆる内面的神証にのみ寄り頼みて晏如たるに耐え得るであろう。

 

どこか歴史的に顕著なる具体的啓示、その外在的権威に対する尊崇なしに、力ある信仰の育まれ得たためしを、私はまだ知らない。

 

しかしかくの如くして、歴史的に具体的なる典拠を尊重するのみならず、むしろかかる典拠そのものをのみ尊崇し、その文字にのみ信頼するのは、特定の経験的知識の裡に、神を拘禁するもの、すなわち、神を縛って、人の把握し得る有限界内に、閉じ込めようとするものである。

 

こうして、超越神の超越的実在を、個人内部への沈淪から守護し得るかもしれぬが、それだけでは、神の超越性は保障されない。而も、神のこの超越性を純粋に保つことは、信仰をして枯死せざらしむる為め、瞬時も欠くべからざる要件である。

 

ゆえに教会の伝統が正確を欠き、聖書の校本に異同あることは、それ自身感謝すべき事実である。なぜならば、かかる事実のみ我らを伝統から解放し、死文の彼方に活きて働きて停止するなき真生命を仰がしむるに到るのであるから。信仰の対象は聖書でもない、もちろん教会でもない。生ける神かれ自身、すべての知的把握を絶する彼自身である。この事を記憶して、自我にも死文にも囚われないようにすること、神かれ自身が、活ける霊であることを忘れないのが、霊を以て拝するということ、精神的ということである。

 

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知識は自我に出発して、自我に立脚する。ゆえに知を以て掴み得るところは、究極において、真理の主観的確実性ともいうべき半面である。すなわち、「誠実なるべし」との一事である。そういう当為である。当為のみである。ゆえにまた要するに、方法論と律法とである。

 

しかし、信仰の立場よりすれば、真理は当為であるよりはむしろ、他力の牽引である。「かく為すべし」でなくして、神われを捕えて「かく為さしめ給う」のである。われ真理を捕えるのでなくて、神これを啓示し給うのである。ゆえに、当為の実現でなくして、恩恵の受領である。既に受領である。

 

ゆえに真理は決して自我の営み造るところではない。神与え、神示し給う。もちろん、単なる私見私論でない。神に根拠して妥当なる確実堅固の真理である。この堅固さを欠くものは凡て、要するに単なる理論である。

 

しかしこの堅固さは、知識的確実さと同性質にして、その強度なるものなりと考えてはいけない。そう考えたのでは、信仰はやはり一種の知識である。宗教はいわゆる神智学である。それではいけない。

 

そもそもある命題が、知識的に確実であるということは、その命題が普遍的に妥当であるということ、言いかえれば、いつどこでも通用するということである。すなわち、非個人的なること(impersonal)がその特色である。しかるに、信仰の持つ確実さは、あたかもそれが個人的(personal)なる点にある。一般的万人的に通用するから確かなのでなくして、個人的に親しく体験し得たところだから確かなのである。

 

而も、その個人的体験が、自家一個内に内在する経験でなくして、如実に自我より他なる者の他力として、その他力である事を、殊に鮮明に強固に体験し得たるがゆえに、そのゆえに、個人的にして同時に超個人的なる体験としての、客観的確実性を持つのである。而も、この客観的ということが、知識については、「一般的ないし普遍的というと同意義であると共に、他方、人間的に自我内在的にして、超自我的権威を持つものでない」のに対し、信仰におけるその客観性は、「自我を超えたる権威に立つこと」を意味する。

 

にもかかわらず、信仰の捕え得たところは、一己の個人的に親しき体験たるに止まるのであるから、その内容につき、知的真理に対すると同じ様な意味の普遍妥当性を要求するわけにいかない。

 

すなわち、知識的には信仰とは主観的にのみ妥当するものであって、客観的に普遍的に妥当する内容を持ち得ない理である。ゆえに、信仰の内容を一般抽象的命題に変えて、その命題の普遍妥当性を要請すること、言いかえれば、信仰の内容に学説的形態を与えて、これを一個の教義にまで普遍化することは、知識的にも信仰的にも充分なる理由を持ち得ないことである。

 

これを人に即して見るならば、信仰は、畢竟われ一人の体験である。これを神に即して見るならば、神のわれ一人に対するその一面のみであって、その全貌からは去ること遠くある。ゆえに、いずれの意味においても、普遍的なる妥当価を要請し得ない。

 

例えば、アウグスティヌスは、自己一個の生活において、如何にもいっさいが恩寵の導きの下にあり、恩寵なしには何もないことを体験した。そこでこの信仰的体験から出発して、その内容を一般普遍化し、有名なる予定説の教義を作り上げた。

 

しかしアウグスティヌスが身親しく体し得たる信仰の内容は、自己一身につける親しき信仰的体験を超えたる内容である。ゆえにそれは、アウグスティヌス自身の信仰とも矛盾するような内容を含んでおったのみならず、もちろん知識的に普遍妥当なることを得るものでもなかった。

 

ゆえに凡て教養およびこれに類するものの持つ信仰的意義は、その根柢にあって之を支持しつつある所の信仰の純粋内容それ自身にある。その内容から離して見る時、教義は甚だつまらぬものである。しかしこの内容に留意して見るとき、ぎこちなき教義の中に、汲めどもつきぬ滋味の盛られてあることを悟り得る

 

まことに信仰は、その想いを言い表すべき種々なる讃美の形式を選んだ。ある者は画き、ある者は彫り、ある者は歌い、またある者はさらに無器用にして難渋なる教義の体系を樹立しようとした。而して、その基底にあって沸々たる信仰の熱火に注目する時、すべてがとりどりに優美なるまたは、豪壮なる讃美歌である。

 

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信仰の実質は、上述のごとくに個人的である。ゆえに信仰は、人々自ら身親しき体験によってこれを体することを必要とする。知識の特質は、非個人的にして一般的なるにあるがゆえに、知識のことならば、これを専門家に任せて、多衆は専門家の指図に従っておっても済む。

 

しかし信仰のことは、もちろん専門家任せにするわけにはいかない。一人一人が一々親しく恩寵(恵み)を体験しなければならない。ゆえにまた恩寵を語る者も、要するに自家の恩寵の体験を語り得るにすぎない。それを越えるものは要するに理論である。その理論また必ずしも無意味でない。しかしその意味の源は、個人的に親しき恩寵の経験以外の何物でもない。

 

頃日、宗教哲学者たちが、しきりに宗教の非合理性を説く。しかし、学者のいわゆる非合理(irrational)は、畢竟、合理的なる思惟より発して「非」の字を添加したるにすぎない。

 

そのいわゆる非合理はなお、消極的に合理的なるものにすぎない。ゆえにそういう概念を根拠に、神秘主義の哲学を築くことはできる。しかし宗教は、そこに止まってはならない。哲学が信仰のことについて確言し得るところは、信仰のことは、哲学の領域内にあらずということ、そういう消極的な断案だけである。

 

しかし、この消極的断案が、多くの主知的人物にとってきわめて意味深き断案である。自己注目、人としての精神的苦悩を経験することなしに済んでしまう人はそれでよろしい。しかしそれで済まない人にとっては、人智の限界を明確に指示して、信仰の叡智は、ついに自我の衷からは出て来ないこと、信仰の眼は、徹底的に他者注目の眼でなければならぬことを悟らしめらるる事が必要である。

 

この意味において、哲学は能く(よく)信仰の門側に侍して、その道しるべたるに耐え得る。のみならず、信仰の実在論が、哲学の観念論に強固なる保障を与える時、哲学的当為と、それに立脚する一切の学理学説が、意味深き内容と、堅固なる根柢とを以て、われらの心にその光彩を新にすることを見い出すであろう。かくして学理の攻究に没頭することの、いかに楽しくて恵まれたる労作なるかな。

 

念々自家一個の救いに没頭するの他、終いにいささかの余裕をも留めざる心の持ち主ならば即ち已む。しからずしてまた、他を思い、世を思うのゆとりある心の持ち主ならば、また学問の意義と価値とを解するに耐え得よう。学問は余裕である。殊に哲学は余裕である。そうして、その奏でる音楽は、少しく武骨であるけれども、しかし弱々しき感傷の域を超脱して、堂々として男性的である。

 

ともすれば、感傷に淫して不健全になりがちな信仰生活に対して、哲学が一服の清涼剤たり得べきを誰か否認し得る。学理のため一生を傾け尽くして、何十年の長き苦闘に耐え、かつ倦まざる学者の心魂が、いかなる熱火を蔵するものであるかを世人多くは知らない。

 

性急にして一日も待てぬのが真の熱心ではない。耐え忍びて、何十年を持久するのが真の熱心である。真理を追い求めるものにはこの長き熱心が大切である。カウパーの讃美歌に曰く、

 

♪ 汝の恩恵が、わがうちに点じ給いし

浄きほのお、聖なる志望、

そが 汝に帰るときは、

ああ、ただ待ちきれぬこころ。