巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

「フラタニティ」の偽福音

 

見よ。「キリストの代理人」が

十字架に架かりしキリストを、

キリスト教会から

駆逐・排斥しようとしている。

 

キリスト不在のキリスト教会。

そこでは、

キリストの御人格(ペルソナ)に代わり、

メイソン流「フラタニティ(友愛、兄弟愛)」が

結びの帯となる。

 

今後は「フラタニティ」がわれらの合言葉。

新しき福音。

これさえあれば、万事うまくゆく。

 

さあ、神も悪魔も皆を等しく愛し、

皆と「友愛」関係を結ぼうではないか。

それが「フラタニティ」憲章第一条なのだ。

 

「フラタニティ」は、

すべてを包含してくれる。

ああ、それは

慈しみ深き地母神そのものではないだろうか。

彼女の内で、

正統と異端は融合し、

やがてひとつの新しい実体が

産み落とされる。

 

だからもう、

キリストの贖罪とか、

御子を通し御父に至る唯一なる道とか、

十字架の道とか、

そういう排他的な物言いをしてはいけない。

それは「フラタニティ」精神に反する

愛なき原理主義なのだから。

 

 

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ああ、「黒」を「白」と偽り、

「白」を「黒」と同化させようとする

卑しき偽りの霊。

その甘言に、

そのレトリックに、

騙されてはならない。

 

笑顔の下に潜む

おそろしき憎悪と非寛容。

 

キリスト教の法衣に身を包み、

キリスト教の用語を用い、

彼らはナザレの神人キリストを

貶めてはばからない。

 

キリスト不在の「キリスト教会」なるものは存在しない。

かしらをもぎ取られた胴体が

生命活動を停止するように、

キリストが追放された教会は、

教会生命を終える。

 

 

 「フラタニティ」の偽福音は、

教会を覆い尽くすのだろうか。

 

それとも、ここから

史上空前の大逆転劇が

始まるのだろうか。