巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

隠れた水晶ーーL姉との出会い

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「人格への愛は、その絶えざる変化と分裂にもかかわらず、そこに同一性と統一性を観ることを意味する。愛は、客体化された世界を越えての突破と内的実存への侵入を意味する。客体は消え、『なんじ』は開かれる。」ベルジャーエフ

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昨年9月、「ソラ・スクリプトゥーラ、ソラ・フィデの教理に関する個人的告白*」を書いた頃、私は信仰および精神の危機に陥っていました。過去の崩れと現在のぐらつきは、未来を全く見えないものにしていました。ちょうどその時期、奇跡のようにL姉が私の元に遣わされてきたのです。

 

「はじめまして。私はここ数年、あなたの英語ブログをフォローしてきました豪州のカトリック信者です」と彼女は名乗り出てこられました。

 

50代のこの女性は、ウクライナ・ギリシャ・カトリック教会司祭の奥様で、なにかのきっかけに、聖書的女性像のテーマについて書いている私の英語ブログを見つけ、「瞬く間に霊的に相通じるなにかを感じ」それ以降、記事を読みつつ、次第にカトリック/正教的見解に接近していく私の霊的・神学的変遷の過程を静かに見守っておられたとのことでした。

 

まず、自分のプロテスタント・ブログを数年以上に渡り読んできたカトリック信者の方がおられたということに私は驚きました。というのも、ちょうどその時期、私はプロテスタントとしての自分の過去をどう捉えていいものか全く分からずにいたからです。

 

「全ては勘違いだったのだろうか?」「どこからどこまでが拒絶すべき部分でどこが残存可能な部分なのだろうか?」うちひしがれていたそんな自分にとり、L姉が過去の自分に注ぎ続けてくれていた優しいまなざしは、他の何にもまさる癒しの油でした。彼女の肯定的で慈愛に満ちた言葉一つ一つは、消沈し途方に暮れていた旅人の心深くに沁みわたっていきました。

 

彼女の深さ、優しさ、賢さ、敬虔さはどこに由来しているのだろう。私はL姉にこれまでの信仰の歩みを語ってくださいとお願いしました。すると彼女は控え目にご自身の生について語ってくださいました。

 

ローマ・カトリック家庭に生まれたこと、十代の頃、霊に飢え渇き福音主義諸教会をいくつか彷徨ったこと、三十代に入り、東方正教会に通い始め、ついに修道女になるべく正教女子修道院に修練者として入会したこと、しかし修道女になる最後の最後の瞬間に、神様がローマ・カトリック教会の内的惨状の痛ましい現実及び教会に対する超自然的な愛を彼女の心に注がれ、十数年の離脱と大いなる苦悶の後、カトリック教会に帰還したこと等ーー。

 

また、B神父様の立場*とは異なり、彼女は、ビガーノ大司教の証言の真実性を確信しており、現教皇体制がサタンのアジェンダをさらに推進し、教会を内側から破壊する勢力として用いられていることに非常に心を痛めているとおっしゃっていました。そしてそれと同時に私に非常に有益な忠言をくださったのです。

 

彼女は言いました。

 「これらの不祥事やスキャンダルはリアルなものです。でもね、スキャンダルの有無があなたの教会選択を左右するものになってはいけませんよ。カトリック教会のスキャンダルに躓いて東方正教会に行ってごらんなさい。まもなくあなたは、正教界においてもおぞましい倫理的スキャンダルや汚職の数々を知るに到るでしょう。

 私はこれまで、西方教会、東方教会その両方において、身の毛のよだつような不祥事を直接耳にしてきました。主人が司祭だから尚更、そういう情報が耳に入ってくるのです。富や威光がある所にはまたすさまじい腐敗もあるのです。それはある意味、人間性の現実を表しているといっていいかもしれません。

 あなたが今、大変苦しい位置にいることはとてもよく分かります。私も13年以上に渡り、正教会とカトリック教会の狭間で迷い、苦しみました。目をキリストから離してはいけません。片時も離してはいけません。日々の生活の中で何よりも主イエス・キリストとの関係を深めることに心を注いでください。最善の時に主はあなたに道を示してくださるでしょう。」

 

彼女の忠言をありがたくいただき、私は今後、教会の現状検証から一旦距離を置き、主との関係を深めることに集中しつつ、より純粋な形での教理研究にフォーカスを置いていくことにしました。

 

「真理の探求と祈りの末に、西であれ東であれ、あなたが今後どこに導かれようと、私はこれからもずっとあなたの友です。」

 

L姉は、主が私の元に遣わしてくださった天使のような存在です。この方の同伴と支えがなかったら私は道の途中で力尽き、倒れていたかもしれません。また、彼女を通し、私は東西の聖人たちのことや、教会暦*1の使い方についての基礎を学ぶことができました。

 

私はL姉を一人の人間として尊敬しています。練られ清められた彼女の人格からはキリストの香りが漂っており、それは彼女の言葉や行ないから溢れ出ています。こういう人々は表舞台にこそ出てきませんが、神の国のために永遠に至る実を結びつづけている、教会の中の〈隠れた水晶〉のような存在なのだと思います。

 

ー終わりー

 

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*1:彼女が紹介してくださったのは、米国のロシア正教会が作成しているOrthodox Calandarというスマホ用の東方暦アプリケーションです。聖人暦と日々の聖書箇所が載っているだけでなく、名前や聖句をクリックすると詳しい伝記や英語聖書を読むことができます。