巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

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フランシスコ教皇のために「道を備えた」人物ーーカルロ・マルティーニ枢機卿の思想と神学について(by ジュリア・メローニ記者)【グローバル性革命とザンクト・ガレン・マフィア】

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入念な「地ならし」出典

 


(執筆:ジュリア・メローニ記者)拙訳

 

2018年3月9日(Crisis Magazine):

 

2012年に亡くなる前、カルロ・マルティーニ枢機卿は不気味な言い回しで自らのことを「反教皇(ante-pope)」、「聖なる父のための先駆者及び備え人」と自称していました。

 

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カルロ・マルティーニ枢機卿出典

 

マルティーニはヨハネ・パウロ二世及びベネディクトに対する敵対陣営の統率者でした。彼は「カトリック教会は200年、時代に乗り遅れている」と嘆いていたことで有名なイエズス会士です。

 

Night Conversations with Cardinal Martini』の中で彼は、教皇パウロ六世回勅「フマーネ・ヴィテ」によって引き起こされた‟甚大なるダメージ”のことについて述べ、「フマーネ・ヴィテ」に対する嫌悪感を表しています。曰く、「教会はこれまで十戒の内の第六戒や罪について発言‟し過ぎた。中絶は究極的に言って‟ポジティブ”である」と。

 

 

マルティーニは「聖霊からのサプライズに対してオープンでいる」ことを勧める夢想家として自分のことを見ていました。ーーほら、預言者ヨエルは、「その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る」と言っていたではありませんか?

 

マルティーニ枢機卿はこの聖書箇所における若い‟預言者たち”とは教会を批判する者のことだと考え、‟方針変更”を実施に至らしめる‟強固なる中間世代”であると想像しました。

 

マルティーニは言いました。ーー2005年の教皇選出のための‟下準備”に当たり、自分と仲間たちは、セクシュアリティーおよび姦淫を犯した者たちの聖体拝領に関し次期教皇が‟回答しなければならない新しい諸回答”について話し合いをしていたと。

 

というのも、マルティーニはザンクト・ガレン・‟マフィア”*1のリーダー格であり、ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿の下に、‟より一層モダン化された”教会を望むアンチ・ラッツィンガー集団の統率者だったからです。

 

オースティン・アイヴェレイ著『偉大なる改革者(The Great Reformer)』によると、ベルゴリオ枢機卿はマルティーニの言説からしばし引用し、(二人のそのイエズス会士が2001年に再びつながった後)彼によってザンクト・ガレン・グループに紹介されました。

 

ベルゴリオ枢機卿は、‟劇的闘争”のただ中にあって、2005年コンクラーベで二位となりました。ザンクト・ガレン集団は(伝えられるところによれば)その次の年に談合を中止し、長年パーキンソンズ病を患っていたマルティーニは、2012年に亡くなりました。

 

しかし彼の死の直後に公表された激烈なる最後のインタービュー記事の中で、彼は軽蔑の念に駆られています。

 

ーー教会は‟疲労”しており、その典礼様式は‟大げさで気取っている”。‟若い教会”を夢見ていたマルティーニは今、無数の灰を凝視しています。灰の下の燃えさしが燃えるのを自分はどんなに熱望していたことだろう!あの‟スピリット”を広めようと勇み立っていた男たちはどこに行ったのか?‟識別力”を盛んに説き、ユーカリストを‟複雑な家庭状況”にある人々にもたらそうとしていた男たちはどこに行ったのか?

 

「我々は意気阻喪しているのだろうか?勇気ではなく恐れに尻込みしているのだろうか?」彼は叫びました。

 

アイヴェレイが記しているように、ベルゴリオ枢機卿はーーイエスを‟聖具保管室に縛り付けてきた”教会の灰の下で燃えさしが燃えるようにとーー、すぐにエレミヤの嘆きを引用し始めました。

 

数カ月後、教皇に就任したフランシスコ法王は、直ちにマルティーニを‟預言的人物”--‟教会全体の父”--として称賛し、シノドスに‟フォーカスする”彼のアジェンダを歓迎しました*

 

1999年、マルティーニは、教会を、永続的協働性(“permanent” synodality)ーーつまり、永続的革命(permanent revolution)ーーに急進させるという夢を見ていました。

 

こうして、分散化し‟協働的(synodal)”なものとされた教会は、結婚、セクシュアリティー、悔悛慣習、司祭独身制、教会の中の女性の役割、エキュメニズムに関し、変更を助長していきます。

 

それゆえに、操作された家族大会において、ザンクト・ガレン集団の同胞であるカスパー枢機卿は、姦淫を犯した人々や(王に対しては中絶合法化を嘆願し、性的虐待の犠牲者たちに対しては許しの大切さを説いていた)別の一群の人々に対する聖体拝領許可を強硬に押し進めつつ、「憐みの胎(“the womb of mercy”)」を吟唱していました。

 

指導的立場にあるマルティーニ派弟子であるブルーノ・フォルテ大司教は、純潔を犯す種々の罪の‟肯定的(“positive”)”諸側面に関する中間報告書を作成しました。フォルテ大司教は後に、「フランシスコ教皇は、カスパーの提案を肯定すべく‟結論を引き出す”という約束をした。なぜなら、‟明白に”言ってしまうと、‟大変な混乱をもたらすから。”」と笑いながら言っています。

 

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ブルーノ・フォルテ大司教(Archbishop Bruno Forte)

 

「ヴァチカン・シノドスの操作?」の論考によると、家族シノドを操作したと言われているロレンゾ・バルディッセーリ枢機卿は、今年の青年シノドを、「家族シノドのテーマの継続(continuation of the subject of the family)」と呼んでいます。

 

彼は言います。ウェブ上での調査やフェイスブック上で教会の‟禁止諸事項”を嘆いている若者たちは、まさしくキリストが‟断ち切りたい”とお望みになっている事を驚くべき形で預言していると。

 

「サムエルやエレミヤの時代のように、若者たちは御霊に示され、時のしるしを見分けるすべを知っている」とシノドスの事前文書は述べています。この文書は、マシュー・マクカスカーが指摘しているように、モダニズムに汚染されており、それは「諸教理は‟体験”から来るのであり、それゆえに‟進化”しなければならない」と異端的見解を主張しています。

 

モダニストたちはーー聖ピオ十世が警告していたようにーー次のように主張しています。「真理というのは、人間自身と同様、不変ではない。それは彼と共に、彼の内で、彼を通し、進化していくのである。」

 

バルディッセーリ枢機卿を交えたシノドの事前企画セミナーの席で、一人の若い‟預言者”が立ち上がり、彼女の深遠なる‟体験”を語り、トランスジェンダー主義のような事項に関する‟ラディカルな”見解を持つ人々に対し、教会はなんど‟閉鎖的”であることだろうと嘆きました

 

またバチカンによって公表された別の紙面において、彼女は、‟自分を迎え入れてくれる人を探そうと自分自身の宗教を作り出す必要があった”14歳の若者のことを激賞しています。

 

別の若い預言者は次のように公表しました。「教皇は‟カオス状況を作り出すよう”にと私たちに依頼しており、その事を今まさに私たちは行なっています。」*2

 

実際、フランシスコ教皇は若者たちーー特に、‟不可知論者”、教会から‟疎遠になっている人”、‟無神論者”--が、ヨエル3:1-2の成就として、教会を‟批判”するよう強く勧告しています

 

「年寄りは夢を見、若者たちは預言をするーー。つまり、それらの預言により、彼ら若者たちが具体的な事柄を前進させていく、ということです」とフランシスコ教皇は説明しています。

 

彼は再びマルティーニを引用しています。なぜならアンチ教皇(マルティーニ)もまた、これら全てのことを夢見ていたからです。「Night Conversations」においてヨエルの預言を大々的に取り上げつつ、マルティーニは‟我々が待ち望んでいるものは”、‟若者たちの制約なき諸資質を介して” 激発してくるだろうと予測しています

 

教会は「若者たちに何も教えることはできません」と彼は言います。「教会ができるのはただ、彼らが自らの内なるマスターの声に耳を傾けることができるよう助けてあげることだけです。」若者たちに教示を受けるというのが今や、新しい‟牧会原則”です。

 

それらはマルティーニの‟燃える石炭”でした。左翼政治と共に‟世界を救済するために働きつつ”、‟セクシュアリティーに対する、より抑制のない形でのアプローチ”でもって新しい‟出発”をするという石炭。

 

マルティーニは、「回勅フマーネ・ヴィテ」の‟誤り”を認めることのできるような教皇を夢見ていました。ーー回勅を撤回する必要のない教皇を。なぜなら彼はただ単に‟新しい回勅を書けばそれでいい”からです。

 

2014年、フランシスコ教皇は、教会が避妊のテーマを‟再び取り上げる”ことができるかとの質問を受けました。なぜなら「マルティーニ枢機卿は今がその時だ」と信じていたからです。

 

教皇は答えました。「それらは全ては、回勅フマーネ・ヴィテをいかに解釈するかにかかっています。」ーーそして現在、彼の擁するトップ格の神学者の一人*3は論じています。ーーすなわち、ある状況においては、「Amoris laetitia(愛の喜び)」の下、‟避妊が要求される”と。

 

脱構築されたプロ・ライフ・アカデミーのメンバーの何人かは、中絶により子供を殺すことを擁護しつつ、「私たちはもはや‟内在的/本質的に悪である”という脆弱な言葉を脱皮したのです」と言っています。ーーなぜなら、フランシスコ教皇が「時は空間よりも偉大である」と言っているからです。

 

同じく堕落したヨハネ・パウロ二世学院の新しいディレクター(⇒マルティーニと共に本を書き、ラディカルな‟影のシノドス”を組織したディレクター)は、ひそかに回勅フマーネ・ヴィテを「再解釈(re-interpret)」すべく協議しています

 

「教会の中があまりにも平安になり過ぎたら」とアンチ教皇は説きました。その時は「地にインスピレーションという燃えるたいまつを投げ入れることを望んでいたキリストのことを思い出しなさい」と。

 

こうして一たび、アンチ教皇のたいまつが回勅フマーネ・ヴィテを焼き尽くし、内在的悪という概念自体を焼き尽くす時、永続的革命が燃え盛り、いよよ前進していきます。

 

マルティーニがルターのことを‟偉大なる改革者”と呼び、‟神をカトリックにすることはできない”という発言をしたのもなるほど頷けます。

 

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出典

 

また、

ーなぜ翌年のアマゾン・シノドスが、既婚の神父や女性助祭を認めるようクルセードする予定であるのか

ーなぜドイツにおいて、プロテスタント教徒がカトリック教会で聖体拝領を受けるがままに人々は放置しているのか

ーなぜ高名な某バチカン主義者が「エキュメニカル・ミサ」の準備が整いつつあると言っているのか

ーなぜ聖ピオ十世がモダニストのことを糾弾し、「彼らモダニストの諸原則によれば、改革されるべきでない事項は教会の中に皆無なのである。」と叫んでいたのかーー、

なるほどその理由が納得できます。

 

ーーーーー

と、その時、不吉な強風が吹き、積もっていた灰が一掃されーー、そこにアンチ教皇の‟ユートピア”が現出してきました。このユートピアでは、誰もが、‟誰もに受け入れられ透明”です。

 

すると、預言者たちが夢見る者と共に叫んで言いました。「教会があなたたちに良心の咎め/罪責感を持つようにと説いていた時代はもう、とうの昔に終わった」と。

 

こうして娘や息子たちはーーフルトン・シーン大司教によって糾弾されていたロジックを用いつつーー、「地獄は存在しない。罪も、審判者も、裁きも存在しない。だから、とどのつまり悪は善であり、善は悪なのだ*4」と預言します。

 

見よ、古のアンチ教皇が夢見ていたことが今や実現するのです。

 

ーーー

私たちは心を合わせて祈り、修復のために尽力しつつ、声を上げなければなりません。そう、「今」がその時です。

 

ー終わりー

 

新世界秩序の教皇(エリザベス・ヨール弁護士)


*1:訳注:ザンクト・ガレン・マフィアについては以下の記事をご参照ください。

*2:訳注:

*3:Pontifical Academy for Lifeのメンバー

*4:訳注: