巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

ミサの「犠牲的性質」と「アド・オリエンテム(Ad Orientem)」の間の深く密接な関係を知り感動!

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典礼の一つ一つに込められた意味。

 

プロテスタント時代から私は、「なぜステージに立つ私たち賛美チームは十字架の方向を向かないで会衆の方を向いているのだろう?プレイズ&ワーシップの空間がコンサートやショーにならないためにも、本来なら奉仕者も含め、皆が十字架の方を向くべきではないだろうか?」と悩み考えていました。そしてその事を同信の姉妹たちにも打ち明けていました。

 

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バプテスト教会の礼拝風景出典

 

そのため、初めてギリシャ正教会の典礼をみた時に、司祭たちが会衆と同じようにイエスの十字架像の方向を向いている姿に「わぁー、すごいなぁ」と素直に感動しました。でもその時は、(万人祭司主義の教理の観点から)伝統教会の祭司制自体を非聖書的なあり方だと考えていましたので、それ以上、追究することはありませんでした。

 

その後、私はある研究者の助手として使徒教父文書の編集の手伝いをしていたのですが、その時に、使徒教父たちが「東の方角」を向いて祈ることに特別の強点を置いていることに気付き、驚いて研究者の方に書き送りました。

 

「どうして教父たちは東の方角にこれほど重要性を見い出しているのでしょうか?日本や中国などの極東には『風水』という思想があり、北の方を向いて寝たらいけないとか、そういう因習があって、私はそれらをいずれも異教的なものと斥けていました。それで正直、教父たちの『東』へのこだわりにちょっと驚いてしまったのです。でも考えてみれば、旧約聖書の民数記などを読んでも、それぞれの部族が東、西、北、南のどの方角に配属になるのかは決して瑣末なこととして扱われていないように思います。古代教会のユダヤ教との連続性*1という観点においても、とても興味深いです。」

 

ロバート・タフト師は著書『東方教会及び西方教会における聖務時祷』の第2章でその事を次のように解説しておられます。

 

「アレクサンドリアのクレメンス(150~215年頃)は、『雑録』*2で、東に昇る太陽が象徴する、世の光、義の太陽というキリストの主題による、初期のキリスト者の祈りの位置づけの慣習を証言している。

 

『暁は誕生の日のイメージである。光はそこから増していく。光は初めにそこで暗闇の中から輝き出る。同様に、暗闇に包まれていた者たちに、真理の知識の日が明けたのである。そこで太陽の運行に従って、東に昇る太陽に向かって祈られる。』

 

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アド・オリエンテム(出典*3 

 主題と結びつけ、東に向かって祈るという習慣は、3世紀以降、キリスト教の一般的な伝統となっていく。・・・オリゲヌス(185~254年頃)も『祈りについて』*4で、「真の光が昇る方を向いて」と、東に向かって祈る習慣について書いている。

 

 夕と朝に教会ではイエスの死から生への過越が思い起こされる。この祈りの位置づけの習慣はクレメンス、オリゲヌス、テルトゥリアヌスによって証言されており、キリストを義の太陽、世の光と擬する象徴論や主の再臨への終末論的な期待と結びついていた。「稲妻が東から西へひらめき渡るように、人の子も来るからである。」(マタイによる福音書 24:27)・・・様々な礼拝の細字規定、例えば東を向いて祈ること、両手を挙げて祈ること、どこで跪くか、どこで立つかといったことは、独りの場合でも、何人かで共にいる場合でも、同じように守られていた。*5」(引用元

 

また、ミサの犠牲的性質を巡るカトリックとプロテスタントの見解の違いを省察し、カトリック神学者であるローレンス・フェインゴールド教授の論考を熟読していく中で、これまでもやもやとしてよく分かっていなかった点に新たな洞察が与えられました。

 

 

ルターは、『ミサが犠牲である』という側面と『ミサが交わりと祝宴である』という側面は相容れず、矛盾していると考え、前者の側面(つまりミサの犠牲的側面)を拒絶しました。*

 

正教会/カトリック両方の論者たちの説明を読み、初代教会から続くこのアド・オリエンテム(東の方を向く)という祈りの位置づけが、終末論的な意味を持って理解されていると共に*、それがミサの犠牲的性質と密接な関係を持っていることを教えられ、「なるほど、そうなんだ。それは今まで全く知らなかった!」と驚きと発見の喜びで飛び上がらんばかりでした。

 

15世紀の典礼。アド・オリエンテム。出典

 

確かにミサが(人々にではなく)神に対して奉献される犠牲であるという古典的カトリック/正教理解が真であるなら、その時、アド・オリエンテムは非常に深遠な意味を持ってくると思います*6。このVTRの神父は、「司祭と会衆が共に、やがて東から*7再臨される主の方向を向くという典礼行為は、私たち礼拝者が共に世の終わりを見つめているという黙示的意味を持っている」と解説しておられます。

 

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主の再臨を待望しつつ世の終わりを一心に見つめるーー。マラ・ナタ。出典

 

ヨーゼフ・ラッツィンガーも著書『The Spirit of the Liturgy(典礼の精神)』の中で、アド・オリエンテムの重要性を次のように強調しています。

 

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ベネディクト十六世(ヨーゼフ・ラッツィンガー)

 

「司祭が会衆の方に向くという形式により、共同体は自己閉鎖的(self-enclosed)円形になります。その外的形態において、それはーー前にあるものや上にあるものに対しもはや開かれておらずーー、それ自身の内に閉鎖された形になっています。皆が一同に東の方角を向くというのは、‟壁に向かっての祝祭”でもなく、司祭が‟人々に背を向けている”という意味でもありません。・・シナゴーグの会衆が共にエルサレムの方角を向いていたのと同様、キリスト教典礼においては、会衆は共に ‟主の方向” を向いているのです。」*8

 

「キリスト教伝統のどこにも、食卓を執り行うに当たり、‟会衆の方を向かなくてはならない” という発想は出てきていません。食卓の共有的性格はそれとはむしろ正反対の性質を強調しています。実際、すべての参加者は食卓の同じ側についていたのです。」*9 

 

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典礼は地上における天国ーー。アド・オリエンテム。出典

 

古代教会の典礼理解を探求していく旅路は驚きと発見に満ちています。聖体拝領の「犠牲的性質」という真理の側面に少しずつ理解が及ぶと、そこから次には「アド・オリエンテム」の持つ深遠な意味が開示されてきました。

 

先日、私は、神の愛の宣教会のシスターに紹介していただき、某カトリック教会のローマ典礼に生まれて初めて足を運んでみました。「15年位前のバプテスト教会の雰囲気にそっくりだなぁ」というのが正直な感想でした。正面にテーブルはありましたが、「この教会の聖餐理解は(50年前と比べて)おそらくものすごくプロテスタント神学に接近しているのではないか」と思わせる動きが随所に見られました。

 

ミサの「犠牲的性質」という側面のプロテスタント化現象と、「アド・オリエンテム」の喪失には、もしかしたら相関性があるのかもしれないーー、ぼんやりそんな事を考えながら帰途につきました。

 

G・K・チェスタートンが、「そもそもなぜフェンスがそこに建てられたのかを知らないうちに、それを取り外そうとしてはならない。ーー決して。」という格言を遺していますが、古代教会から脈々と流れている典礼の伝統の中にはそれこそ無限の宝が詰っているのだろうと思います。先人たちの智慧に学びながら、これからも探求を続けていきたいと思います。

 

ー終わりー

*1:

*2:Clement, Stromata VII,7,49:6-7

*3:

*4:On Prayer, 32章

*5:Clement, Stromata VII,7,40:1

*6:↓アド・オリエンテムの意味を解説するVTR.

*7:マタイ24:27参照。

*8:Joseph Ratzinger, The Spirit of the Liturgy

*9:下の記事の中でのラッツィンガー引用文。The Download—Popes Say Mass Ad Orientem