巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

ビガーノ大司教による第三の書簡【全訳】

Catholics faithful to tradition

「たとい聖伝に忠実なカトリック信者が一握りしかいなくなったとしても、彼らこそイエス・キリストの真の教会である。」聖アタナシオス(4世紀)

 

目次(小見出しおよび強調は読みやすさを考え、訳者が任意で付けたものです。)

 

Archbishop Viganò issues third testimony, refutes accusations of Cardinal Ouellet | News | LifeSite

 

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カルロ・マリア・ビガーノ大司教出典

 

以下、日本語拙訳。〔全文〕

 

痛みを伴う決断ーー審判者である神を前に 

 

カトリック教会の高位ヒエラルキーの中に存在する腐敗について証言することは私にとって痛みを伴う決断でした。今もそうです。

 

しかし私は一介の老人であり、もう間もなく〔地上を去り〕、自分が生前為したこと、為さなかったことに対し、審判者である神の前に申し開きをしなければならないことを知っています。そして私は魂も体もゲヘナで滅ぼすことのできる御方を恐れています。

 

審判者なる神は、御自身の無限なる憐みの内にあっても、各自が受けるに値するものに従い、それぞれを救いあるいは滅びへと宣告されます。

 

そしてその審判者から私は次のような恐ろしい問いを受けることでしょう。「虚偽と腐敗のただ中にあって、お前は、真実を知っていたーー。それなのになぜお前は沈黙を保っていたのか」と。おお、それに対し私は何と答えればよいのでしょう?

 

私の証言が、多くの高名な人々ーー教会人、同胞司教たち、共に働き祈り合った同僚たちーーの多くに動揺と衝撃を与えることを充分に承知した上で証言致しました。

 

多くの方々は傷つけられ、裏切られたかのように感じたかもしれません。またある人々は向き直って私や私の動機について非難を加えることでしょう。

 

そしてその中にあって最大の心痛は、一人の司教が同僚や高位にある聖職者たちの違法行為、性的罪、甚大なる責務怠慢に関し告発している姿を見、それにより多くの無垢な信者の方々が混乱し狼狽されるのではないかという懸念です。

 

しかしながら、自分が沈黙したままでいることにより、多くの魂が危険にさらされ、そして間違いなく自分の魂も破滅することを私は内に知っています。

 

セオドア・マキャリックの常軌を逸した異常行動に関し、私はこれまで何度も自分の上司たちや教皇に報告してまいりました。

 

セオドア・マキャリック(元)枢機卿出典

 

そして自分が以前から周知していたこれらの諸真理について公に告発することもできていたはずです。そのため、公的告発の遅れに対し、私の側に責任があるのでしたら、私はそのことを懺悔いたします。この遅れは、自分が下そうとしていた決断の重大性ゆえであり、また、長く続いたわが良心の苦悶ゆえでした。

 

自分の証言を通し、教会内に混乱と分裂を生じさせているとの非難を受けています。そういった混乱や分裂が2018年8月以前にはわずかなものであったと考える人にとっては、なるほどそういった主張は妥当なものであることでしょう。

 

しかしながら、公平無私な大半の評者たちは、長期に渡る両者の超過状態を見抜いていました。ペテロの後継者が、自らの主要な使命遂行ーー兄弟たちを信仰および健全なる倫理教理の内に堅く立たせることーーにおいて怠慢である時、その現象は不可避的になります。

 

そしてそういった諸教理に関し、矛盾し困惑させるような諸言明をすることによって、彼が危機を悪化させる時、混乱はさらにひどいものとなっていきます。

 

「沈黙」という共謀

 

それゆえに、私は口を開き、語りました。なぜなら、これまで教会の中で立ち働き、今日に至るまで甚大なる危害を引き起こし続けているものは、まさしく沈黙という共謀、これに他ならないからです。ーーそしてこの危害により、数多くの無垢な魂、若い聖職者たち、忠実な信徒たちにダメージがもたらされてきました。

 

神の前における良心の内になされた私の決断に関してですが、信仰および、キリスト、教会、そして教皇に対する愛において向上していくことができるよう、皆さまからの兄弟愛に基づいた矯正、助言、勧告、招きを進んで承りたく思っております。

 

証言の要点

 

私の証言の要点をもう一度述べさせてください。

 

2000年11月、米国教皇使節モンタルヴォ(Montalvo)大司教は、マキャリック枢機卿が複数の神学生や司祭たちと同性愛行為をしていることを教皇庁に通告しました。

 

2006年12月、米国の新しい教皇使節ピエトロ・ザンビ(Pietro Sambi)大司教は、マキャリック枢機卿がまた他の司祭と同性愛行為をしていることを教皇庁に通告しました。

 

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ピエトロ・ザンビ大司教(1938-2011)

 

2006年12月、私自身も、国務省長官ベルトーン(Bertone)枢機卿宛てに覚書を作成し、それを総務代理(Substitute for General Affairs)レオナルド・サンドリー(Leonardo Sandri)大司教に個人的に手渡し、さらなる将来的犯罪やスキャンダル防止のため、マキャリックに対し臨時懲戒処分をとるよう教皇に申請致しました。この覚書に対し返答は何もありませんでした。

 

2008年4月、リチャード・サイプ*1の執筆によるベネディクト教皇への公開書簡が、CDF長官であるレヴァダ(Levada)枢機卿から、国務省長官ベルトーン枢機卿に伝達されました。

この書簡には、マキャリックが複数の神学生や司祭たちと寝ている〔=性行為を行なっている〕ことに関するさらなる告発内容が記載されていました。

私は一カ月後にこの書簡を受け取り、2008年5月、自分自身も、第二回目の覚書を作成し、それを当時の総務代理フェルナンド・フィローニ(Fernando Filoni)大司教に届け、マキャリックに対する告発内容を報告すると共に、彼に対する制裁を要求しました。しかし、この二回目の覚書にも何ら返答はありませんでした。

 

2009年もしくは2010年に、私は司教省長官レイ(Re)枢機卿から以下の内容を聞きました。ーーすなわち、ベネディクト教皇がマキャリックに対し、公の聖務を停止し祈りと悔悛の生活を始めるよう命じたということを。教皇使節ザンビ(Sambi)は教皇の命令をマキャリックに通知しましたが、その声は、教皇大使館の廊下にまで聞こえました。

 

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Pope Benedict confirms he disciplined McCarrick, sources claim | News | LifeSite

 

2011年11月、司教省新長官ウエレット(Ouellet)枢機卿は、米国への新使節である私に、マキャリックに対する教皇の諸制限について繰り返し述べ、私自身も、それらの内容を面と向かってマキャリックに伝えました

 

2013年6月21日、バチカンでの使節たちの公的会合の終盤に、フランシスコ教皇は、米国の司教制に対する批判の意味を暗に込めた不明瞭な言葉を私に語りました。

 

2013年6月23日、私はフランシスコ教皇に彼の住居で会い、明確に説明してくれるよう頼みました。すると教皇は私に「マキャリック枢機卿のことについてどう思いますか?“il cardinale McCarrick, com'è?”」と訊いてこられました。

これはどう考えても、好奇心を装った態をなしつつ、私がマキャリックの同盟者なのか否かを探ろうとの意図の下になされた問いであるとしか受け取れませんでした。私は教皇に申し上げました。マキャリックは多数の司祭や神学生を性的に腐敗させ、その結果、ベネディクト教皇により、祈りと悔悛の幽閉生活を命じられていると

 

にも拘らず、マキャリックは引き続き、フランシスコ教皇の特別の敬意を享受し続け、教皇によってさらに新しい諸任務や聖務を授与されました。

 

マキャリックはホモセクシュアリティーを促進する司教たちで構成されるネットワークの一員であり、彼らはフランシスコ教皇に取り入りながら、司教任命の過程を操作してきました。それにより、自分たちの不正をカバーし、教会内の高位ヒエラルキーおよび教会全体においてホモセクシャル・ネットワークを強化するためです

 

フランシスコ教皇自身は、この腐敗に結託・共謀してきたか、もしくは、自分のやっていることを自覚しつつ、それに対峙し、それを撲滅することにおいて甚大に怠慢であったか、そのどちらかです。

 

ウエレット枢機卿が認めている点

 

私は、この証言が自分のなしている諸主張の真理を証し、その中のどれ一つも虚偽とされないことを神に祈ります。ウエレット枢機卿は、私が沈黙を破り、兄弟たちや高位の人々に対しあのような重大なる告発をしたことに対し私を叱責する書簡を書きました。

 

しかしながら実際には、彼の抗議は、私の決断を確証するものであり、さらに、個別にも全体としても、自分の諸主張を立証する裏付けとなっています。

 

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マルク・ウエレット枢機卿

 

ウエレット枢機卿は、私が駐米教皇使節としての職務を開始するべくワシントンに向かう前に、彼が私にマキャリックのことを話していた、ということを認めています。

 

ウエレット枢機卿は、ベネディクト教皇によってマキャリックに課せられた諸条件や諸制限を書面で私に伝達した、ということを認めています。

 

ウエレット枢機卿は、それらの諸制限により、マキャリックは旅行したり、公に姿を現すことを禁じられていた、ということを認めています。

 

ウエレット枢機卿は、ーー書面においてまず初めにザンビ教皇大使により、そして再度、今度は私を通しーーマキャリックが祈りと悔悛の生活を送るよう、司教省が彼に要求していたことを認めています。

 

それでは、ウエレット枢機卿は何に対し異議を唱えているのでしょうか。

 

それでは、ウエレット枢機卿は何に対し異議を唱えているのでしょうか。

 

ウエレット枢機卿は、次のように議論しています。ーーフランシスコ教皇は、多くの教皇大使たちと会合し、個別には数分ずつしか会話する機会を持てなかったため、その日、マキャリックに関する重大な情報をよりよく理解できなかった可能性があると。

しかしそれは私の証言ではありません。私の証言はこうです。二回目に、教皇と私的な会合の場を持った際に、私はーー自分にセオドラ・マキャリックのことを訊いてこられた教皇自身の御質問に答える形でーー当時ワシントン駐米特権大使であり、米国教会において著名な人物であったマキャリック枢機卿は、自身の配属下にある神学生や司祭たちを多数、これまで性的に腐敗させてきたと教皇に申しあげました。これを忘却できるような教皇は皆無です。

 

ウエレット枢機卿は、ーーマキャリックへの制裁処分に関しーーべネディクト教皇もしくはフランシスコ教皇によって署名された文書を、彼の書簡アーカイブの中に見い出すことができないと言っています。

しかしそれは私の証言ではありません。私の証言はこうです。アーカイブの中には、ーー出処に関係なくーーマキャリックを有罪とし、彼に関し取られた処分を実証するような鍵となる諸文書、及び、彼の状況に関する隠蔽を裏付けるようなその他の証拠が存在しています。再度この事を私は確証します。

 

ウエレット枢機卿は、彼の前任者レイ(Re)枢機卿のファイルの中に、(前述した)マキャリックへの諸制約を課した‟謁見覚書(audience memos)” を見い出すことができないと言っています。

しかしそれは私の証言ではありません。私の証言はこうです。そこにはその他の文書があり、例えば、ex-Audientia SS.miではなく、国務省かもしくは代理(Substitute)によって署名されたレイ枢機卿の覚書があるということです。

 

ウエレット枢機卿は、「マキャリックに対して取られた措置を、ーーべネディスト教皇によって命じられフランシスコ教皇によって取り消された‟諸制裁”として提示するのは間違っている」と論じています。それは確かにそうです。それらは厳密に言うと、‟諸制裁”ではなく、諸対策であり、‟諸条件および諸制約” でしょう。

しかしながら、それらが諸制裁か、諸対策か、あるいは何か別の用語であるかといったことに難癖をつけるのは、律法主義に他なりません。牧会的観点から見ると、それらは全く同一のものです

 

要約しますと、ウエレット枢機卿は、私がこれまで主張し、今も主張し続けている重要な点に関しそれらをいずれも認めており、他方、自分が一度も主張したことがなく、今も主張していないような内容に対しそれらに異議を唱えているのです。

 

ただの ‟噂” でしょうか?

 

ウエレット枢機卿が書いている内容の中で一点、絶対に否定しなければならない点があります。枢機卿は、教皇庁はただ ‟噂” しか耳にしておらず、そういった ‟噂” だけではマキャリックに対する懲戒処分を正当化するのに十分な証拠とならなかったのだと言っています。

 

しかし、教皇庁はさまざまな具体的諸事実を知っており、証拠文書も所有していることを私は証言します。にも拘らず、この件に関し責任ある立場にいる人々はそれに干渉しないことをあえて選択したか、あるいは、〔干渉しようとして〕それを阻まれてきたか、そのどちらかです。

 

マキャリックによって性的虐待を受けた犠牲者たちに対する、ニューアーク大司教区およびメタチェン教区からの補償金、ラムゼイ(Ramsey)神父の書簡、モンタルヴォ大使の書簡(2000年)、ザンビ大使の書簡(2006年)、サイプ博士の書簡*(2008年)、国務省の高官たちに対し提出された私の二つの覚書ーーこれらはいずれも、詳細に渡り、マキャリックに対する具体的陳述を述べています。これらはみな、単なる ‟噂” に過ぎないのでしょうか?

 

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Catholic bishops hide seminarian sex scandal under border crisis | Opinion | LifeSite

 

これらは公的文書であり、聖具保管室でなされたゴシップの類ではありません。報告されている数々の犯罪は非常に深刻なものであり、その中には、倒錯した諸行為をしている共犯者たちに対しサクラメント的赦免を与え、その後、冒涜的ミサ祭儀を執り行った者たちの事例も含まれています。

 

こういった諸文書は、加害者たちや彼らの保護者たちの正体、及び諸事実の時間的順序を特定しています。そしてそれらは適切なアーカイブに保管されています。それらの文書は、回復のためのいかなる臨時捜査も必要とされていません。

 

二つの劇的「沈黙」

 

私に対し公になされた抗議に関してですが、私はそこに二つの脱落、つまり二つの劇的沈黙があるのに気づきました。

 

一番目の沈黙は、犠牲者の方々の苦境に関するものです。そして二番目は、なぜこれだけ多数の犠牲者がおり、司祭制や高位ヒエラルキーの中に存在するホモセクシュアリティーに関する腐敗した影響があるのかについての根本的原因に関するものです。

 

まず一番目の点に関してですが、こういったあらゆるスキャンダルや憤りのただ中にあって、本来、福音宣教の使者として任命された人々の性的破壊行為によりダメージを受けてきた人々に対する心遣いがほとんどなされていないという現実に失望しています。

 

これは、恨みを晴らすとか、教会キャリアの変遷に不機嫌になっているとか、そういう問題ではありません。また政治に関することでもありませんし、教会史家たちがこの教皇制やあの教皇制に対しどのような評価を下すのか云々の問題でもありません。これは人の魂に関わる問題です。実に多くの魂が、これまで、そして今の今に至るまで、永遠の救いを失う危険にさらされているのです。

 

二番目の沈黙に関してですが、非常に深刻なるこの危機は、私たちが事の真相を名指しで呼ばない限り、正当に対処することができず、解決することもできません。これは、ーーその仲介者、その動機、改革を拒否するその抵抗におけるーーホモセクシュアリティーの惨事が原因の危機です

 

聖職者たちの間でのホモセクシュアリティーが大規模な疫病になっていると言っても決して誇張にはなりません。そしてこの問題は霊的な武器によってのみ根絶され得ます。

 

性的虐待を非難し、犠牲者たちのために泣くと言いながら、無数の性的虐待を引き起こしている根本原因ーーホモセクシュアリティーーを糾弾することを拒むというのは恐ろしいまでの偽善です。一連の惨劇が、聖職者の霊的生活における深刻な危機及び、それを治療するに当たって必要な諸段階を踏むことに対する失敗にある、という事実を認めようとしないのは偽善です。

 

勿論、女性たちと戯れようとする〔不品行な〕聖職者もおり、彼らもまた自らの魂および、彼らが腐敗させている魂、そして教会全般にダメージを与えていることは疑う余地がありません。

 

しかし聖職者独身制に関するそういった違反行為は通常、当事者に直接関わる個々人に制限されています。女性たちと戯れようとする聖職者は普通、他の戯れ者たちをリクルートしたりすることはなく、また、女性との情事行為を促進するよう〔共同で〕働きかけたり悪行を隠蔽したりすることもありません。

 

他方、ホモセクシャルの共謀行為を裏付ける証拠ーー根絶が非常に困難なその深いルーツーーは、私たちを圧倒します。

 

ホモセクシャル略奪者たちが、聖職者としての特権を自らの利益のために悪用しているというのは公認の事実です。しかしその危機自体を聖職権主義(clericalism)のせいだと主張するのは詭弁以外の何物でもありません。それは、手段が事実上、主要動機であるという見せ掛けです。

 

ホモセクシャル腐敗および(それが繁殖するのを許している)倫理的臆病さを糾弾することは、私たちの時代にあってはーー教会の最も高い領域の中であってさえもーー歓迎されない行為です。

 

ですからこれらの惨禍に対し人々に注意を呼びかけている自分が現在、‟教皇に対し不忠実を働く者”、‟公にスキャンダラスな反抗をする者”として非難されているのは驚くに値しません。

 

心からの嘆願と祈り

 

反抗には、教皇制を転覆させるべく他の人々をけしかける事が伴うでしょう。しかし私は全くそのような事はしていません。私はフランシスコ教皇のために毎日お祈りしています。ーー実際、歴代のどの教皇様のため以上に現教皇様のためにお祈りしています。

 

私は申し上げます。本当に心の底から嘆願します。聖なる父よ、ペテロの後継者として聖務に就く上で御自身の為したコミットメントに向き合ってください。

 

教皇は、十字架の道を行きつつ、霊的闘いの中において、兄弟たちの信仰を堅くし、すべての魂がキリストに従うよう彼らを導くという使命を受諾されました。どうか彼が自身の誤ちを認め、懺悔し、ペテロに与えられた指令に自発的に従い、改心し立ち直った後、彼の兄弟たちを力づけていくことができますように(ルカ22:32)。

 

最後になりますが、再度私は自分の兄弟である主教や司教たちーー私の諸言明が真であることを知っており、そのように証言できる人々、もしくは、証言を確実に裏付ける証拠文書へのアクセス権を持っている方々ーーに要請します。

 

あなたがたもまた二択を迫られています。あなたは今度も引き続き、闘いから退き、沈黙という共謀にてこ入れしつつ、腐敗の拡がりから目を逸らし続ける道を選ぶこともできます。

 

あなたは言い訳をし、妥協しながら、事態への直面を先延ばしすることを正当化することもできるでしょう。「今日ではなく明日、真理を語ることにしよう。明日はきっと事態が良くなっているはずだから。」という虚偽と妄想で自分自身を慰めながら、一日一日と先延ばししていくこともあるいは可能でしょう。

 

他方、あなたは口を開き、語るという選択をすることもできます。「真理はあなたを自由にする」と私たちに仰せられた主に信頼しながら。

 

勿論、「沈黙すること」と「語ること」のどちらを選ぶかは容易な業ではありません。みなさん、どうか自分自身に問いかけてみてください。ーー自分は臨終の床で、そして義なる審判者である神の前で、どちらの選択をする時、悔いることがないだろうかと。

 


+ カルロ・マリア・ビガーノ(Carlo Maria Viganò)
Arcivescovo tit. di Ulpiana
Nunzio Apostolico

2018年10月19日

北米殉教者の祭日に

 

*1:訳注:

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「今日私たちが目の当たりにしている性的虐待の問題は、氷山の一角に過ぎません。私たちがその土台にまで問題を追及していくなら、それはついにバチカンの最上階にまで達するでしょう。」故リチャード・サイプ博士、1992