巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

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古典的カトリシズムにおける従来の「自然法理解」は浸食されつつあるのだろうか?【キリスト教倫理と自然法】

Pope FRancis wears a rainbow cross 1

Pope Francis wears a rainbow pectoral cross(2018年10月17日、青年大会にて*1

 

倫理諸問題を巡り、ここ数十年、次から次にキリスト諸教派、諸教会の要塞が陥落し、倫理的大惨事が引き起こされている根本原因の一つは、(プロテスタンティズムだけでなく)、いわゆる ‟修正版カトリシズム” の中にも、本来の古典的カトリシズムの伝統の中に堅固に据えられている「自然法」理解を曖昧にぼかそうとする不穏なる動きがあるからではないかと考え始めています。今後、この点に関し、祈りつつ、考察を深めていけたらと願っています。

 

参考のために、いくつか引用文を挙げておきます。

 

カール・E・ブラーテン氏(ルター派の神学者;シカゴにあるルーテル神学校組織神学教授):

 

「宗教改革の二翼を代表する、ルター主義およびカルヴァン主義は、自然法理論において、明瞭な形で堅固な足場を保持してきたわけではありません。実際、この二翼は、『自然法の完全拒絶』と『自然法の条件的受容』という二極の間を不安定な様で行きつ戻りつしています。」*2

 

パトリック・コフィン氏(カトリック弁証家):

 

「福音主義の思想家の方々はしばし、『自然法』というプールに足を浸そうと試みます。失礼のないように申し上げたいと思いますが、彼らは世界観や自然観、そして目的論(teleology)という観点で、『確かにここには重要な何かがある』ということを悟っている様にみえます。しかしながら、彼らは同時にそこにローマ主義の匂いをかぎつけ、それで、またそそくさとソラ・スクリプトゥーラ*3に戻ろうとします。その結果、彼らの間には、態度における一種の曖昧さが見受けられるように思います。譬えて言うなら、舞踊会には誘いたい、でも相手と結婚はしたくない、といったどっちつかずの態度です。」 *4

 

テイラー・マーシャル氏(New Saint Thomas Institute学院長、カトリック弁証家)*5

 

〔現代カトリック教会、自然法、倫理のトピックに関連し〕「皆さん、私たちは目覚める必要があります。・・ですから、『伝統的リトルジーに戻る必要がある』『伝統的神学に戻る必要がある』『伝統的神学教育に戻る必要がある』というだけでは不十分なのです。私たちが直視しなければならないのは、何十年にも渡り、私たちは、いかにして人間として生き、考え、行動するのかということを学ぶ機会を文字通り、はく奪されてきたということです。」 *6

 

ティモシー・ゴードン氏(カトリック弁証家)

 

〔ルターの自然法理解に関連して〕「フランシス・ベーコンやルネ・デカルトを含めた近世の科学哲学者たちは、形式因(formal cause)、目的因(final cause)の解消という点で最も直接的に責めを負っていると思います。

 

 とはいえ(教皇ベネディクト16世がRegensburg Addressの中で暗示しているように)ルターの宗教改革は、キリスト教および西洋を‟脱ヘレニズム化*7”させ、『信仰』と『理性』*8を敵対関係に対置する上での最初の決定的ステップを踏みました。

 

 ルターによって導入されたプロテスタント世界観は、(特に宇宙の目的に関する問いに関する)物の見方を再構成しました。ですから、ルターが、‟完全に暗くされた人間の知性および束縛された奴隷意志”という思想を普及させ始めたほぼ同じ時期に、西洋が、自然に関する知覚可能性(intelligibility of nature)を信じなくなったのも、決して偶然ではないのです。

 

 形式因は常に、目的因(telos, 事物の認識可能な目的ないしは目標)密接なつながりを持っています。モダニティーは同時にこの両者を廃棄してしまったために、今日存在する因果は、ーー作用因(efficient cause)および質料因(material cause)というーー二つのがさつな形態においてのみ存在しています。そしてこれら二つのがさつな因果形態だけを是認する近代性の主張は、一般に、物質主義的実証主義(materialistic positivism)と呼ばれています。

 

 そして現代世界の大いなるアイロニーは、その二つの構成要素ーー①ルターの宗教改革及び、②初期啓蒙主義ーーという二つの推定上の敵が、『自然の知覚可能性および目的は、過ぎ去りしカトリック時代の遺物としてのみ語られねばならない』という点で同意しているように見えるーーその事ではないかと思います。」*9

*1:Pope Francis's Agenda for Youth Synod 2018 (Dr Taylor Marshall #170) - YouTube.

*2:

*3:

*4:引用元

*5:追記:テイラー・マーシャル氏は、ラテン語ミサに通っておられますが、なぜシカゴ大司教のブレーズ・J・キュピック枢機卿がラテン語ミサを忌み嫌っているのか、その思想的/政治的背景について分析しています。倫理問題におけるキュピック枢機卿のリベラル・アジェンダが、典礼問題(⇒ラテン語伝統ミサ反対&ミサ・イノベーション案)とどのように相互につながっているのかの説明を聞き、目から鱗が落ちる思いがしました。ココ

*6:引用元

*7:

*8:

*9:引用元