巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

教会の生ける聖像(icon)ーークリスチャン・ベールの神学的重要性について

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出典

 

The Theological Significance of the Christian Veil(カトリックサイトVeils by Lilyより拙訳)

 

(9:43からベールに関する説明が始まります。)

 

以前にブライダル・ベールの意味についてお話しました。皆さんご存知のように、聖パウロは1コリント人への手紙において、ベールというものが、「女性は男性の権威の下にある」ということを示す可視的しるしであるということを明示しています。*1

 

今日、夫の権威に恭順するという考えはタブー視されています。しかし、一たび、私たちが、ーー花嫁のベールが、夫の愛あるケアに彼女が恭順することを示しているーーということに気づくなら、そのような否定的な考えは消えるはずです。

 

それは、キリストに似た夫のリーダーシップに対する彼女の信頼を表象し、また、彼女が優しい配偶者、同伴者として彼につき従っていく道を選び取っている様を表象しています。

 

またベールは、夫がその聖なる器(約櫃;ark)である彼女という人間を大切に取り扱うべく特別に聖別/任命されていることを表象しており、それは実に神秘的で美しいなにかです。

 

しかしこの概説だけでは、なぜ小さい女の子たちもベールを被っているのか、説明がつきませんよね?

 

Photo credit: Jerry Naunheim Photography, St. Louis, taken at the recent Confirmations and Mass at St. Francis de Sales Oratory

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また、なぜ乙女やシスターたちがベールを被っているのか、そのことにも説明がつきません。

 

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ですから当然、ベールという神秘的シンボリズムは、‟ある特定の女性とある特定の男性の関係”ということをはるかに凌駕したなにかであるのです

 

それはどういう意味なのでしょうか。祭壇の前に額ずくベールの女性たちを私たちが見る時、そこにはいかなる種類の神秘が提示されているのでしょうか。

 

これは非常に深遠なる神秘です。ーーそうです。聖母マリアのように、全てのカトリック女性は、一人の女性として、教会の生ける聖像(icon)であるのです。ですから、彼女が私たちの主の現存の中で、自らの頭をベールで被う時、それは、ーー教会とキリストという婚礼関係をはじめとする、あらゆる婚姻関係を表象する可視的しるしなのです。

 

教会とキリストの関係は、非常に深い神秘です。ですから、祭壇の前に私たちが一人のベール女性を見る時ーー彼女が6歳であろうと60歳であろうとーーそれは、私たち全てに、キリストと教会の間の婚姻関係を可視的に表象しています

 

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出典

 

ベールは、夫の愛あるケアに対する花嫁の恭順を表しています。ですから、カトリック女性のベールはまた、キリストの愛に溢れたご統治に対する、教会の全き恭順を示す可視的しるしでもあります

 

ベールは可視的説教であり、可視的信仰告白です。またベールは、主の御前で、「この御方こそ主であり、私たちはイエス様を愛し、この御方に従う覚悟ができております」ということを公的に宣布するものです。

 

そしてベールは、ーー「私は誰にも従わない」という反逆精神が浸透している世俗文化のただ中にあってーー従順を表明する対抗文化的信仰告白なのです。ですから、どの時代でもそうですが、特に現代のこの時代において、ベールは深遠なる神秘として重大な意味を持っています。

 

ー終わりー

 

↓キリスト教とユダヤ教それぞれの観点からベールの意味を探求するドキュメンタリー

*1:訳注。1コリント11章3-16節