巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

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正教会ワールドで現在進行中の「ベール論争」についてーー個人的所感

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出典

目次

 

ケライディス女史、口火を切る

 

ギリシャ系アメリカ人の正教歴史家キャサリーン・ケライディス女史が、フォーダム大学正教研究センターの発刊する機関紙Public Orthodoxyに数か月前、以下のような記事を載せ、それをきっかけに正教ワールド内でベール論争が持ち上がっています。

 

 

この記事の中で、ケライディス女史は、フーコー的新歴史主義の視点から、「米国内の外国人嫌い(xenophobia)やアメリカ社会同化への重圧および抑圧、及び正教会内での女性の自由と解放のため、渡米後、ベールを止めるという勇断をした祖母の世代の苦闘」を‟顧みず”、無神経にも正教会内でベールを被り続けている女性たち(特に90年代以降の白人の改宗者女性たち)のあり方を激しく批判した上で、ベール着用を止めるよう全世界の女性たちに呼びかけています

 

彼女のフェミニズム理論のすごさは、教会の女性がベールをする・しないというのはもはやチョイスでさえなく、「ベールを脱ぐ」という‟正義”以外のいかなる行為も、彼女の考えによれば、「自尊の見せびらかし;a display of self-aggrandizement」という悪に他ならず、従って、この悪は何が何でも教会から駆逐されなければならない、と主張している点にあります。

 

新歴史主義的フェミニズム

 

新歴史主義的フェミニズムの視点においては、歴史や事物は「権力者 vs 周縁化された被抑圧者」という基本構図を軸に解釈されていきます。この点に関し、スティーブ・ゴールデン氏は次のように述べています。

 

「・・フーコーの影響と個人的選択は不幸なものでしたが、彼によって新歴史主義にもたらされた影響というのもまた由々しきものがあります。新歴史主義は、マルクス主義思想に負うところ大です。マルクシズムは、主として経済と階級関係を軸にした政治思想体系です。これが実践のレベルに移されると、社会主義や、ひいてはカール・マルクスの推進した、コミュニズムへとその経過を辿っていきます。

 

 実践面においてマルクス思想は、再三再四、失敗してきましたが、文芸理論の分野におけるマルクス派は、現在でも全米の英文学科内でその生命線を保ち続けています。

 

 文学や歴史を読むにあたり、マルクス主義理論は経済や社会階級に注目し、そういった要素が、テキストの中の権力均衡にいかなる影響を及ぼしているのかをみようとします。そういったマルクス主義理論と同じように、新歴史主義もまた、権力の行使に注目します。しかしながら、新歴史主義者たちは、それよりももっと社会問題や、周縁化された諸グループ、そして当時(キリスト教会などのように)権力を行使していた諸機関などに目を向けようとします。」(引用元

 

ケライディス女史の場合ですと、ここでいう「権力者/抑圧者」は、移民たちに同化を迫り、外国人差別をする「メインストリーム米国社会」であり、一方の「被抑圧者」は、そのような社会で周縁化され抑圧されてきた(彼女の祖母を代表とする)「移民女性たち」です。

 

そして彼女によれば、祖母たちはその米国社会で生き延びるため、そして教会女性の自由のため、ベール慣習を止めるという勇断を為し、それにより私たち後代の女性のための解放の道を拓いてくれたのです。

 

ギリシャ人正教徒が感じる白人改宗者たちへの違和感

 

しかしながら、90年代に入り、主として白人女性たちが正教会に流入してくるようになりました。これら新参者たちは、祖母の世代の犠牲や苦闘など一瞥もせず、教会の中で(そしてひどい場合には教会の外においても)ベールを被っています。その事についてクライディス女史は次のように述べています。

 

「アメリカ人の改宗者女性たち(その大部分が白人)が髪をベールで覆っている姿を見るとーー特に彼女たちが教会の外でもベールを被っている姿を見るとーー私は、非常に憤りを覚えます。こういった女性たちは私の祖母たちや叔母たちの通ってきた経験や勝ち取ってきた勝利について無感覚です。・・多くのアメリカ人改宗者たちは、ぞくぞくするような冒険ライブ・アクションを自分も演じてみたいという願望に駆られ、東方教会の典礼にやって来る傾向が強いのです。ビザンティン帝国や帝国ロシアを舞台にした地下牢やドラゴンの世界に惹かれて。。」

 

この部分に関してですが、ギリシャ正教社会に住む者として、私は、cradle Orthodox(生まれながらの正教徒)であるクライディス女史が新参者たちに対し抱いている違和感それ自体は、なんとなく理解できるような気がします。

 

90年代以降の「白人改宗者」というのは、その大部分が聖公会やエヴァンジェリカルからの改宗者でしょう。こういった西方諸教会出身の改宗者たちの中には、確かに、アンチ西洋メンタリティー****に突き動かされつつ、現実離れした夢の「東方世界」を米国の東方正教会に投射し、そこに想像上の「オリエンタル理想郷」を見い出そうとしている場合が少なからずあるのかもしれません。

 

また、彼女は、そういった改宗者たちが往々にして、自分たちcradle Orthodoxのことを「信仰の情熱に欠けた人々」と見下しているという旨を書いておられますが、この部分も、私は女史の言わんとしていることがなんとなく分かるように思いました。

 

私自身も最初にギリシャ共和国に来た時、「正教徒というのは霊的に生き生きしていない。ボーン・アゲインしていない。」と感じました。でも時の経過と共に分かってきたのは、私たちエヴァンジェリカルの感覚でいう‟霊的に生き生きしている”というのと、正教の人々の‟霊的に生き生きしている”というのは、その表れ方が違うのだということです。

 

正教の人々の中にも、‟霊的に生き生きしている”信徒はたくさんいます。でも往々にしてそれは私たちが考えるような仕方では外面に現れていないのだということに気づかされたのです。クライディス女史はそこら辺の感覚の違いや誤解から生じる改宗者の言動に傷つけられたような思いをされてきたのかもしれません。もしそうであるのなら、それはとても不幸なことだと思いますし、申し訳なく思います。

 

「抑圧の象徴」としてのベール

 

さて、話を本題に戻しましょう。新歴史主義的フェミニズムの視点では、ベールは、「権力者 vs 被抑圧者」および「女性の自由と解放」という社会学的枠組みの中で解釈され、その是非が問われています。つまり、それは徹頭徹尾、水平的な視点horizontal perspective)で捉えられているということです。

 

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水平的なライン

 

そしてこのフラットにして水平的な観点で計る時、ベールは往々にして「抑圧の象徴」になり、それを脱ぐことがイコール「女性の自由と解放の象徴」と描写される傾向が強いと思います。

 

しかし実際には、こういった水平モデルではどうにも説明のつかない「例外事情」がこの世界には幾多も存在しています。実例をいくつか挙げましょう。

 

例外その1ーーレザー・シャー・パフラヴィーのベール禁止令(1936年)

 

1936年1月8日、西洋化政策を進めていたパフラヴィー王朝イランの初代皇帝レザー・シャー・パフラヴィー(رضا شاه پهلوی)は、公的場でのベール禁止令(=キャシュフェ・ヘジャーブ;کشف حجاب)を布告しました。

 

この政策は、主として西洋化していた知識人層に歓迎された一方、ベール着用を重んじる保守的なムスリム女性たちにとっては最大の試練の時となりました。

 

ヘジャーブ禁止令後のイラン女性の写真(出典

 

実際、1941年のレザー・シャー退位までの5年間、公共の場でベールをする女性たちは官憲たちに殴られたり、チャードルを引き裂かれたりする暴力を受け、その結果、ベール女性たちはほぼ家に監禁状態となり、自殺者も出ました。*1

 

(数年前、私は、この時期に、ベールを着用する「自由」を求め、一族で隣国イラクに宗教亡命した一家の娘さんに出会い、彼女からお話を聞く機会を持ったことがあります。)

 

さて、1979年、イラン・イスラム革命が勃発しました。そうしますと今度は振り子が完全に振り切れ、アヤトッラー・ホメイニー率いるイスラム保守政権が、公的場でのベール着用を強制する法律を施行させました。

 

下のBBCチャンネルを観ていただくと、その振り子の振り切れ具合が、写真やビデオで鮮やかに対照されています。(最後のシーンでは、若い女性が鞭打ち刑や投獄を覚悟で、ヘジャーブを脱ぎ、道端の高台に立って、『私はベールを被らないという自由を求める』という決死の意志表示をしています。)

 

 

レザー・シャー政権下では、「被抑圧者」はベール女性でした。それが一転してホメイニー政権下では今度は非ベール女性に代わりました。

 

前者にとっての「自由」は、公の場でベールを被ることでした。それとは対照的に後者にとっての「自由」は、公の場でベールを被らないことでした。

 

そしていずれの場合も、女性たちは「自由」を求め、闘い、耐え、ある人々は自分の信条を貫くために命さえ失いました。一人の女性にとっての「抑圧の象徴」が、別の女性にとっては「自由の象徴」なのです。

 

例外その2ーー反政府(武装)組織モジャヘディーンのイスラム・フェミニスト女性戦士たち

 

さて別の事例もみてみましょう。反政府(武装)組織モジャヘディーン(Mojahedin-e Khalq ; سازمان مجاهدين خلق ايران)は、1965年に組織された反イラン・イスラム共和国政権の組織です。

 

2003年までは基地がイラクにあり、サダム・フセイン政権の援助を受けていましたが、ブッシュ政権下のイラク侵攻後、本拠地をパリに移しました。(2018年、アルバニアに移転。)2012年までは米国によって国際テロ組織と指定されていました*

 

この党の三大イデオロギーは、①社会主義、②フェミニズム、③イスラムであり、幹部司令官の大半が女性です。そして頭首のマリアム・ラジャビー女史は、米国のフェミニスト政治団体から支持されてきました*

 

さて、西洋フェミニスト理論家の多くが主張するように仮にベールが「抑圧の象徴」なのだとしたら、反政府社会主義組織であり、戦闘的フェミニズムを推進しているこの団体こそ、まず真っ先にベールを廃絶していてしかるべきではないでしょうか?しかし、事実はその反対で、この組織は現在に至るまで、厳格なベール着用を党員たちに要求しています。

 

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サダム・フセイン政権の保護下、イラクの基地で軍事指揮を執っていたマリアン・ラジャヴィー最高司令官(出典

 

モジャヘディーンの党員たち(出典

 

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徹底したイデオロギー教育を受け、この運動に人生を捧げ切っている若い党員たち(出典

 

社会分析モデルでは計り切れない

 

これらの実例から何が言えるのでしょうか。それは、ーーイスラム教徒であれ、キリスト教徒であれーー「ベール」というのが、新歴史主義的フェミニズムの ‟水平的” 社会分析モデルでは計り切れないなにかである、という事実ではないかと思います。

 

それは宗教的・政治的操作や乱用にさらされやすい外的シンボルであると共に、ある女性たちにとってはそれこそ命をかけてでも尊守したい、あるいは破棄したい、と決意させる精神的/霊的次元を持つ内的シンボルでもあるのです。

 

「神」抜きのベール論

 

そしてここに、キャサリーン・ケライディス女史が見落としている最大の抜けがあると思います。つまり、垂直的次元(vertical dimention)における考察です。

 

彼女のベール論には、「神の存在」が完全に抜け落ちています。彼女のベール駆逐論は、実質上、宗教的な装飾を施したマルキスト的無神論を基盤に展開されています。

 

そしてこれと同じ原理が、「抑圧されてきた女性に対する解放」という観点から展開されている昨今の女性牧師是認論の背後にも潜んでいます。この点に関し、私は以前、次のように書きました。

 

「あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている(マタイ16:23b)ーー。

『イエス・キリストが ‟差別されている人たちの解放” を願って祈り行動したように、これまで差別され周縁化されてきた弱者なる女性たちを牧師として受け入れるべきだ』という大義は、この世の大義であり、『人の義』ではあっても、『神の義』ではないと私は考えます。そして、キリスト教会内で、この両者が巧妙に入れ替わる時、人のことを思う善と義が、『神の義』を押しのけて王座に就き、こうしてロゴスの支配ではなく、人の義による支配、つまりヒューマニズムによる支配が、神ご自身を『周縁化』『差別化』させるべく働いてきます。」*2

 

周縁化されキリスト教会から駆逐されようとしている神は、1コリント11章において、①創造の秩序*、②御使い*、③自然*、④歴代教会の慣習*ゆえに、女性は公的礼拝の場で頭を覆わなければならないと命じておられます。(そして男性はかしらであるキリストの栄光が聖所からこの世界に顕現され輝き出でるべく、頭を覆ってはいけません。1コリ11:4、7参)。

 

↓ 京都市にあるコプト正教会聖体礼儀の様子。姉妹たちは、聖書と聖伝を尊守し、ベールを被っておられます。

 

「人の義」が、「神の義」を押しのけ王座に就く時、そして神の教会から‟垂直的”次元が駆逐され、すべてがフラットで水平的対等主義に移行していく時、真空化された垂直空間は、時代精神(Zeitgeist)ーーそれがコミュニズムであれ、社会主義であれ、相対主義であれ、世俗主義であれ、全体主義であれ、独裁主義であれーーの統治をもろに受けていくようになると思います。

 

ローレンス・ファーレー長司祭のレビューに関して

 

本稿を終える前に、ケライディス女史の論文に対するローレンス・ファーレー長司祭のレビューに関しても一言感想を述べさせてください。

 

ファーレー長司祭は、Orthodox ChristianityサイトおよびAncient Faith Ministiesサイトの中で、次のような応答記事を書いておられます。

 

 

ファーレー長司祭は、ていねいな言葉遣いながらも、基本的にPublic Orthodoxyサイトの世俗主義への迎合、およびケライディス女史のラディカル・フェミニズムを批判しておられます。しかしながら、長司祭は、ご自分の教区の中にいるベール女性、非ベール女性、そのどちら側の気分も害したくないという二重の配慮ゆえに、逆に足をすくわれている感が拭えません。

 

彼は、正教内へのラディカル・フェミニズム流入を警戒しつつ(対ケライディス女史)、それと同時に、「ベールを被る、被らないというのは完全に女性一人一人のチョイスです。ベールを被ることによって慎み深さや聖所への崇敬を表すことができるかもしれませんが、そうしないからといって、あなたに慎み深さや聖所に対する崇敬の念がないということにはなりません」という部分を強調することによって、教会内のベール派・非ベール派両方を是認しようとしておられるように見受けます。

 

そのため、皮肉なことに、ファーレイ長司祭は、ベールに関する1コリント11章の神の掟(創造の秩序)を、「慎み深さ」や「聖所への敬意」の問題に置き換えることにより*3、結局は、ケライディス女史と同じ ‟文化的” ‟水平的” 地盤に立つ羽目になり、(彼自身の意図に反し)、ジレンマに陥ってしまっているのかもしれません。

 

そのためココのコメント欄では、ある正教会司祭の妻が「ファーレイ神父、あなたの見解に完全に不同意です」と反対しておられ、ココのコメント欄では、別の正教徒の方が、「初代教会の教父たちはベールが個々人のチョイスであるとは誰も言っていません。彼らは皆、それが神の命令であることを明記しています。ああ、現在のわれわれは初代教会からどれほど隔たってしまっていることでしょうか?数多くの教父たちは、ベールを被らないことは深刻な罪だと述べています。彼ら教父たちは皆、間違っていたのでしょうか?」と嘆いています。*4

 

それに対し、(文化・時代を超越した「創造の秩序」の原理から論じておられない長司祭は)「いいえ。教父たちは間違ってはいません。しかし、彼らはあくまでも当時の文化の枠組みの内でそれらを語っていたのです。」とプロテスタント的コメントをしておられます。

 

正説がオプショナルなものになる時

 

私は、これらのやり取りを読みながら、「正統性(正説)がオプショナルなものとなる時、遅かれ早かれ正統性は追放・排斥されていくようになるだろう。」という故リチャード・ノイハウス神父の格言を思い出さずにはいられませんでした。

 

「皆が頭衣を被っていた時代には、あなたもそれを被っていました。しかし女性たちがそれを取り外している場所や時代にいることに気づく時、あなたもまたベールを脱ぐのです。そう、それ以外のいかなる選択肢も、それは、自尊の見せびらかしに他ならないのです。」(ケライディス女史)

 

ここには「この世と調子を合わせろ!*5」という強烈にして有無を言わせぬ時代精神の叫びがあり、〈寛容〉という名の〈非寛容〉があります。

 

ケライディス女史の記事には800を超えるフェイスブックでのシェアがあります。この勢いでいくと、何千年にも渡りベールを尊守してきたロシア正教会においてでさえも、もしかしたらベールを被ることがタブー視される時代が現実に来るのかもしれません。そんな予感がしました。*6 

 

ー終わりー

*1:文献: Hoodfar Homa (fall 1993). The Veil in Their Minds and On Our Heads: The Persistence of Colonial Images of Muslim Women, Resources for feminist research (RFR) / Documentation sur la recherche féministe (DRF), Vol. 22, n. 3/4, pp. 5–18, Toronto: Ontario Institute for Studies in Education of the University of Toronto (OISE),  Milani, Farzaneh (1992). Veils and Words: The Emerging Voices of Iranian Women Writers, Syracuse, New York: Syracuse University Press, pp. 19, 34–37, Paidar, Parvin (1995): Women and the Political Process in Twentieth-Century Iran, Cambridge Middle East studies, Vol. 1, Cambridge, UK; New York: Cambridge University Press, pp. 106–107, 214–215, 218–220.参照

*2:引用元

*3:

*4:その方のコメントの一部分を引用します。The perspective of live and let live is totally inconsistent with the patristic view of head coverings, which was very outspoken and strict. According to many many Fathers, not wearing one is a serious sin. Were they all wrong?Also – it would be very helpful indeed if the Church would teach about modesty as a virtue generally, even apart from head coverings. I think part of the covering controversy is that it seems totally arbitrary – why wear a head covering in Church, but not out (the perspective on head coverings somehow being a psychological marker for entering a holy space, while nice, has not been the explanation for the behavior for most of Christian history). For example – if it’s not modest to enter Church without a covering, then why is it modest to to be uncovered at work or at the mall? Or vice versa- if it’s not immodest to have hair uncovered when out, then why is it not immodest in Church?

*5:ローマ12:2と比較してみてください。

*6:訳注:「ロシア正教も今後、西洋と同様、世俗主義の問題に直面するようになるでしょう」というジョン・ミルバンク氏の言葉を思い出しました。ココ