終末論的な舟を象徴する聖堂の中央(中堂)は、ドームでおおわれている。このドームは、新たな創造、キリストによって創造主と結び付いた宇宙をあらわしている。(出典)
目次
オリヴィエ・クレマン『東方正教会』(白水社)より一部抜粋
著者について
オリヴィエ・クレマン(Olivier Clément、1921-2009)。フランスの神学者。パリの聖セルギイ正教神学院で教鞭をとった。1921年に南仏の不可知論者の家庭に生まれる。長い間、無神論および東洋諸宗教の中で生きる道を模索。亡命ロシア人神学者ウラジミール・ロースキーや、ニコライ・ベルジャーエフ等との出会いを通し、キリストに出会う。後に主教ネクタリイとなるエヴグラフ・コヴァレフスキイ神父の手で領洗した。クレマンは積極的に、東西のキリスト者の再統合を推進し、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世、テゼ共同体のブラザー・ロジェなど多くの傑出した人々と友情を築き、主要な精神的テーマについて対話を行なった。2009年に永眠。87歳であった。(参照1、2)
キリストの栄光あるからだーー真の再創造
上記のことから分かる通り、キリストのみわざは、真の再創造として現れてくる。この新しい創造とは、キリストの栄光あるからだのことに他ならない。キリストはまことの神であると同時にまことの人でもあり、キリストにおいて両性は完全に結合し、キリストにあって、神と人との《エネルゲイア》は相互に浸透し合っている。これがペリコーレーシス(相互内在性)の本来の意味である。
神の本質そのものは、人と混じり合わないが、神の本質から溢れ出るエネルゲイアは、われわれを光で満たし、われわれに生命を授ける。
存在論的には、これは人の意志に神の意志が結びつくことであり、神の本質から溢れ出てくる神の光と生の力は、キリストの人性に浸透し、鉄を焼く火のように、人性を変質させる。「キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。」(コロサイ2:9)。
キリストの「からだ」は、わけへだつ、外在的な空間に打ち勝って、聖母マリアの肉体を傷つけることなく、そこに宿られたが、そのキリストの「からだ」は、復活後ひそかに弟子たちの前にあらわれた「からだ」と同一のものである。
しかし、この天上の神人は、堕落したわれわれの状態を、すべて自分のうちにも分かち持っていなければならない。それは、神人が堕落したわれわれを造り変え、一人一人を神性によって満たすためである*1。
また、だからこそ神人は、その本性に反して、人間界にまでーー受難、十字架へとーー降りて来られたのである。キリストの栄光が、肉体と衣服を貫いてあらわれたのは、タボル山*2においてだけである。
しかし、堕落したわれわれの地獄の底に一旦ふれると、逆にキリストの神化した人性の方が、辱められた人性をそのまま内に含み込んでしまう。そして、ついには十字架すら造り変えられ、変容する。こうして、われわれの十字架は、主の十字架とひとつになり、新しい生命がわれわれの元に訪れてくる。
キリストが復活し、昇天された後、栄光ある主のからだはーーわれわれの肉体や地上の肉体と同じように造られた「からだ」ではあるがーー神父と聖霊と共に天上に坐している。
そして、聖霊降臨の後は、この新しい天、新しい地となられた*3輝かしい主のからだは、教会の《秘跡》において、またキリストのからだである教会において、再びわれわれの元に顕れてくる。すなわち、それは聖霊により、聖体をいただく信徒の集まりのうちに顕れ、われわれは神のからだと同じからだを持つものとなり、「われわれの集まりは天上のものとなる*4。」
聖体としての教会は、従って、栄光あるキリストのからだ、それ自身来たるべき世界の光に満たされたからだの、不可視的な顕れである。このように、宇宙はすでにキリストにおいて造り変えられた。しかし、この変容は、人間の自由意志を尊重するため、なお秘められたままになっている。
宇宙の状態は、人間のありかた、すなわち各人と神との関係、および人間相互の関係に依存している。従って、完全な人間キリストにおいて、また教会の持つ神秘的な生命においてーーキリストが世界の終末までわれわれと共にあるのは、この教会の神秘的な生命を通してであるがーー、宇宙ははじめてその太初の姿に復帰し、再び神の奇跡として顕れ、神を讃えるものとなる。
しかし人間が、とりわけキリスト教徒が光輝くキリストの尊いからだを受け入れない限り、宇宙は、人間の愚かさで曇り、氷結してしまうだろう。
正教会の宇宙論
正教会の宇宙論は、教会論の中に含まれると言ってよい。従って、比喩的に言うなら、宇宙論は、「栄光あるキリストのからだの自然学」とでも定義できよう。
ギリシアの教父たちは、物質についてダイナミックな理論を発展させていた。つまり物質は、「純粋に精神が捉える*5」さまざまなものの集合体であるとしていた。
従って、物質についてはさまざまな状態を考えることができ、そのいずれの状態も人間の実存によっていろいろに捉えられる。そのため、この世の堕落した不純な分裂した物質も、聖性により、栄光ある十字架を通して、輝かしいキリストのからだと同じような性質をもつ物質、すなわち精神に内在し、聖霊より生命を与えられた精神的な性質をもつ物質に造り変えられる。
しかし、大多数の信徒には、この物質の変容は隠されたままで、まだ完全には経験されていないーーやっと心の石が溶け始めたといったところである。
しかし完全な聖人になると、からだは光輝き、堕落した自然を奇跡によって癒し、本来の活き活きとした姿に立ち返らせることができる。もともと事物というものは、子どもや詩人がうまく言い当て、聖人が明らかにしているように、本質的に奇跡なのである。
神の光を受けた東方キリスト教の苦行者の前では、獣たちも、のんびりと安らいでいた。聖イサーク(350頃ー440)の言う通り、苦行者の身体には、堕落前のアダムと同じ芳香がただよっていたからである。
サロフの聖セラフィム(Серафим Саровский, Seraphim of Sarov;1759-1833)
もっとも、それほど神聖な心を持っていなくても、夜を徹して小さな祈りのともしびが心の内に灯る限り、悪魔を追い払い、苦しみをやわらげ、心に平安をもたらすことができる。
近代文化は、科学と技術とによって宇宙のエネルギーを開発し、支配することに熱中してきた。しかし、19-20世紀のロシアの宗教哲学者たちは、ここに述べたような典礼的、終末論的な宇宙論の内に、近代文化が復興する道を見い出した。
たとえば、セルゲイ・ブルガーコフは、人間の生命と大地の生命との相互関係を扱った、紛れもない神学の書『経済哲学』*6で、人間と大地との正しい関係を、ミサの聖体において啓示しなければならないと説いている。そして、ブルガーコフは変容という真の生態学への道を預言し、切り拓いている。
右がセルゲイ・ブルガーコフ、左はパーヴェル・フロレンスキー(出典)
神のエネルゲイアの遍在
正教会の宇宙論も、究極的にはこの神のエネルゲイアという考えを基準にしている。この宇宙論は、前にも触れたように、神の受肉以来、宇宙は光栄あるキリストのからだであるという、教会論的な宇宙論である。
正教会では、バントデュナモス(全能)の神は、原因としてではなく、現にあるものとして宇宙に遍在していると考えられている。「本質をとりまく美」、「神性の流れ」、三位一体の輝きは、もろもろの存在と事物の奥底に潜み、宇宙を「燃える柴」に造り変える。あるいは、もし罪深い人間が宇宙で愚かなくわだてをしていなければ、宇宙は造り変えられていたかもしれない。
神をあらわすミサは、このようにみじめに堕落した宇宙を、再び透明なものにする鍵である。聖でないものは何もない。なぜなら、あらゆるものに神のエネルゲイアが溢れ出るだろうから。
その時、すべてのものが聖なるものとなり、栄光の環に向かって開かれる。主の御名は馬の鈴の上にも刻まれ、主の宮の中のなべも祭壇の前の鉢のようになる(ゼカリヤ14:20)。
ー終わりー