巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

『典礼憲章』の「行動的参加」の神学について(by レジモン・ヴァルギース、南山大学)

第二バチカン公会議 典礼憲章/神の啓示に関する教義憲章(第2バチカン公会議文書公式約改訂特別委員会〔監修, 翻訳〕)

 

目次

 

『典礼憲章』の「行動的参加」の神学について(レジモン・ヴァルギース、Varghese,Rejimon、南山大学人文学部キリスト教学科講師)

『南山神学』37 号(2014 年 3 月)pp. 149-168.(出典

 

はじめに

 

教会刷新という大きな目標を目指して、教皇ヨハネ 23 世(在位 1958-63 年)の招集により 1962 年に始まった第 2 バチカン公会議が、教皇パウロ 6 世(在位1963-78 年)によって引き継がれ、1965 年に閉会した。

 

この刷新という概念は、教皇ヨハネ 23 世によって用いられたイタリア語のアジョルナメント(aggiornamento)、すなわち「現代化」及び「今日化」に由来する。もともと本教皇はこの用語を 1917 年の教会法の刷新に当ててのみ用いたが、後に教会全体の刷新の方針として第 2 バチカン公会議の開催に際して用いた*1

 

教会のあらゆる面におけるこの刷新が*2*3、本公会議において典礼刷新をもって始められた。したがって、本公会議が言っている聖なる典礼は教会生活のすべての活動の中で重要な位置を占めるというこの教えは教会の通常教導権(magisterium ordinarium)のものである*4

 

教会の典礼祭儀への「行動的参加」は、本公会議によって最初に公布された公文書、『典礼憲章』(1963 年 2 月 4 日)、のキーワードであり、度々用いられている表現になっている *5。しかし、本憲章のどこにも「行動的参加」はどういう意味であるかについての定義は見当たらない *6

 

それに、この「行動的参加」の様々な側面に視点をおき、この概念を解釈している神学者もいる*7。したがって、『典礼憲章』が勧めるこの「行動的参加」は正確にどう理解すればいいのかという問題が残る。

 

教会の典礼刷新は突然『典礼憲章』によって始められたわけではない*8。『典礼憲章』自体もまた第 2 バチカン公会議で一夜にして作成されたものではなく、その背後には、トリエント公会議(1545-63 年)以来、幾世紀にも亙って行われてきた、典礼についての歴史的見地からの研究による典礼祭儀の「二義的なものとされた」重要な要素の「新たな」再発見がある。

 

本論文で典礼研究のその発展と再発見の内容を簡単に紹介した上で、『典礼憲章』の語る典礼の本質から生じる「行動的参加」の最も根本的となる要素は一体何であるかを明らかにしたい。まず第 2 バチカン公会議以前の教会の典礼の実践と「行動的参加」の萌芽から始めたい。

 

1.第 2 バチカン公会議以前の聖なる典礼の実践と「行動的参加」の萌芽

 

教皇ヨハネ・パウロ 2 世(在位 1978-2005 年)は、1998 年の回勅『信仰と理性』(Fides et Ratio)の中で、T.アクイナス(1225-74 年)の思想に関する最近の歴史的研究成果が第 2 バチカン公会議に大きな影響を及ぼしたと述べている *9

 

全く同じことは 20 世紀のカトリック典礼神学者たちについても言える。彼らも歴史的研究という新しいアプローチを取り入れて典礼学を研究した *10

 

20世紀の半ばころに、フランスやドイツの一流のカトリック神学者たちによって始められたいわゆる「ヌーヴェル・テオロジー」(Nouvelle Théology)が、トリエント公会議以来第 2 バチカン公会議までに続いたマーヌエル神学(manual-theology)を生み出した支配的なスコラ神学を批判した。

 

彼らが行った典礼神学の研究は頻繁に「典礼運動」と言う曖昧な名称で表される傾向がある。しかし、より正確に言えば、それは典礼神学の源泉である聖書及び本来の典礼祭儀、教父神学の復興(biblical, liturgical, patristic theological revival)であったと言っておきたい。

 

彼らのそのような新しい立場からの研究が教会の典礼の本質や本性を知るために役立ち、『典礼憲章』の中に反映されていることは否定できない。実は、典礼神学の歴史的研究は 20 世紀に入ってからだけでなく、その以前から既に始まっていた*11

 

1.1.第 2 バチカン公会議以前の教会の典礼実践

 

原始キリスト教時代に、典礼祭儀は主に共同体の行為であった。司教はミサを祝い、共同体もその身分に応じて共に祝っていた*12 。ミサ祭儀は共同体の一致の源泉であると理解されていたと同時に、ミサに与ることはキリストの父なる神への奉献に参与することであると強調されていた。

 

しかし、トリエント公会議以来第 2 バチカン公会議までの 4 世紀の間、ミサに関するこの理解は薄くなっていく一方であった。その原因を理解するために、トリエント公会議はどのような文脈の中で行われたかをまず知っておく必要があるだろう。

 

トリエント公会議直前のカトリック教会は、典礼を含むあらゆる面において決して望ましい状態にあったとは言えない。典礼の実践に関する変化がスコラ神学を強固しようとした時代から始まっていた。11 世紀頃の聖別されたパンとブドウ酒の実体変化に関する議論に対して、スコラ神学はその変化を哲学的理性と表現を用いて説明し、理解していた。

 

スコラ神学はプラトン主義よりもアリストテレス主義を用いた当時の思考のため、秘跡の事効性(ex opere operato)と有効性(validity)と効力(efficacy)を満たす必要な最小限のことに集中されていた。

 

結果的に、それは典礼礼拝の行為におけるしるし(sign)や象徴(symbol)の性質は軽視されることになった。宗教改革の時代にそのような考えがもっと固まってしまった *13

 

スコラ神学の観点から、ミサ聖祭は何よりもまず教会の名のもとで司祭が父なる神にささげる教会の正式な礼拝であった。この礼拝に一般信徒の参与は望ましいものではあったが、ミサの有効性と効力に関して必要とは見なされなかった*14

 

13 世紀からの信心業の発展の原因がこの背後にある。この時代に、免償(indulgence)を金銭で買えるような手段で信者は自己の救済を確実にしようとしていた。そして、原始典礼の本質や構造から外れた多くの様相がミサに混入していた数多くの信心ミサもあった*15。そのような事態に対する刷新を求める宗教改革者や教会内からも教会全体の改革を望む声があった。

 

M.ルター(1483-1546 年)は『バビロニア捕囚』という論説の中で、ミサに対するカトリック教会の理解は聖書にも健全な理性にも基づいていないと言ってその理解を攻めた*16

 

ルターは、ミサは奉献(opus)であって、私たちはそれを父なる神に捧げるという当時のカトリック教会の教えを拒否した。彼によると、ミサに宥めの価値を与えると、それは全人類の救いのために捧げられたキリストの唯一の奉献の完全性(ヘブライ人への手紙 10:11-18)を認めないことになる*17。むしろ、ルターにとってミサは神から私たちに対する恩恵(beneficium)であった *18

 

この時代に、教会の刷新を具体化しょうとしてとられた手段はトリエント公会議であった。すなわち、(1)教理や典礼に関する宗教改革者による異端の神学に対してカトリック教会の教理を正しく定義すること;(2)キリスト者の信仰生活に徹底的な刷新をもたらすことがこの公会議の目的であった *19

 

しかし、結果的にこの公会議で教会の典礼を刷新するよりも典礼に関係する乱用が規制されることになってしまった。したがって、本公会議以後の際だった特徴は、典礼法規の異状な発展であった。要するに、何が神学的、典礼的に正しいかというよりも、何が法的に正しいかという考えが固まってしまった。

 

同公会議の決定に基づく規範版の典礼書(教皇ピオ 5 世によって承認された 1579 年の『ローマ・ミサ典礼書』)によってミサの厳格な統一化と典礼法規を強調されたことは、法によって規定されたことを規定通りに行うことが典礼的であると見なされていたからであろう。

 

トリエント公会議の第 22 総会で決議された第 1 条及び第 2 条の中で、司教たちは、ミサは奉献(sacrifice)であると主張し、内的にミサは十字架上のキリストの唯一の奉献に関連すると断言した*20

 

しかし、本公会議の中でミサ(エウカリスティア)は秘跡と奉献として別々に取り扱われ、強調され*21 、そしてその主張がその後のカテキズムの中でも継承されていたため*22、カトリック信徒はエウカリスティアのこの二つの要素(秘跡と奉献)はエウカリスティアの神学と祭儀において内的に相互に関係づけられていると理解するよりも、別々のものであると考えるようになった。

 

秘跡的にミサに参加するよりも、聖変化されたホスチアを眺めることが優先的になっていたことの背後には、エウカリスティアができごと(event)ではなく、礼拝の対象(object)とする理解があった *23

 

ミサに参与することはキリストの奉献に与ることであり、ミサはキリストのからだである教会の行為であると理解されなくなった。同公会議の第 25 総会において、典礼刷新が教皇権に託された*24

 

教皇シクストゥス 5 世(1585-90 年)によって 1588 年に設立された礼部聖省(The Sacred Congregation of Rites)から出された典礼法規の詳細の指示に従って、典礼は注意深く規制されたため、信徒が典礼の中で祝われる神秘に与る余地はほとんどなかった*25

 

当時の法律的考え方のため、広範囲における司祭による個人ミサの執行に当たって、司祭だけが不可欠の存在と見なされ、共同体の参加は重視されなくなった *26

 

この時代にミサは人々が理解できる言語ではなく、ラテン語で祝われていたため、信徒によるミサ理解もなく、本性あるべき仕方でミサに与ることはなかった。ミサ祭儀の間に信者がロザリオやミサの信心の祈りを唱えたりすることは稀ではなかった。

 

聖体におけるキリストの現存があまりにも強調されるにつれて、司祭はキリストの奉献をしたが、他方信徒にとってミサは礼拝の対象となる司祭の「聖体作り」の行為に過ぎなかった。このようなわけで、聖体拝領する信徒もかなり少なくなり*27、聖体拝領したとしてもそれはキリストの奉献に与ることという意味よりも、ほとんど信心業になっていった*28

 

なぜなら、聖体の授与はミサ祭儀の中で相応しいと指定された時(主式司祭の聖体拝領後)に行われていたわけではなかった。当時の教会建築と信徒自身による自分の至らなさの思いは、彼らのミサへの参加を一層消極的にさせてしまった。秘跡的にミサに参与すべきことは信徒の意識から既に消えていた*29

 

以上の信心業が、信仰生活の源泉であり頂点である典礼、とりわけミサ祭儀とはほとんど関係なく、実質的にそのような典礼理解や実践が第 2 バチカン公会議まで引き継がれていたのである。トリエント公会議の司教たちは教理を強固することに専念したとすれば、第 2 バチカン公会議の司教たちはミサの中で祝われるキリストの過越の神秘に行動的に参加することに信徒を駆り立てることに努力した。

 

18 世紀からの典礼研究のお陰で、教会の教導権は典礼の本性が要求する信徒のあるべき参加はほとんどない単なる形式的、法的な典礼祭儀に気づき、典礼祭儀はむしろキリストと教会の共同的行為であることに「目覚め」、典礼の刷新を促すようになった。

 

1.2.第 2 バチカン公会議までの「行動的参加」の萌芽

 

典礼刷新への呼びかけは既にバロック時代から始まっていた *30。イタリアやフランスでは典礼の原点となる古代の資料の研究が行われるにつれて、教父時代の典礼祭儀が共同体の行為であることが浮き彫りにされ、信徒が典礼により積極的に参加するよう勧められた。さらに、ピストイアの司教会議(1786 年)は初代教会の典礼に立ち戻るよう勧め、個人ミサやすべての複祭壇のミサの禁止を決定した。

 

しかし、ローマが決めた典礼法規に合わない典礼は不適法であるという考えのもとで、ローマの権威によってこの初期段階の典礼刷新のすべての動きは廃止されてしまったのである。しかし、ドイツでは会衆の参加が音楽を通して成功を収めた。司祭は義務付けられた通りのラテン語のミサを執行しているので、会衆の歌う祈りは規制の対象にならなかった。

 

古典主義が強くなった 19 世紀に、啓蒙時代の熱狂のため、切望していたフランスを元気付けるために、 ソレム修道院の院長 P.ゲランジェ(1805-75 年)は、信徒にキリストへの希望を蘇らせることができると信じ、啓蒙時代以前の典礼を復興させようとした *31

 

したがって、彼はラテン語のグレゴリオ聖歌を復活させ、典礼暦にあった祭儀と霊性を強調した*32。信心業がまだ盛んな頃、1830年代のフランスでゲランジェは典礼神学に対して歴史的神学的なアプローチを取り入れ、典礼の研究と教育に力を入れた。彼個人の中世を恋い慕う傾向と彼が生きた時代(ロマンチシズム)の限界にも関わらず、ゲランジェは典礼を秘義と理解し、教会生活におけるキリストの過越の神秘の重要性を強調した。

 

彼によれば、過越の神秘の秘跡的祝いであるミサ祭儀こそが、その神秘に入り、体験できる本源と手段である*33。将来に典礼学(liturgical science)となるこのアプローチは典礼研究にとって重要な転換点となった*34

 

19 世紀の後半に、カトリック神学者がミサへの個人的なアプローチを問うようになった。20 世紀の前半に聖書、教父、歴史、典礼の研究が進められた。「共同体」(quhal、 assembly duly summoned)の概念の研究の成果に基づいて、典礼共同体は礼拝のために実際に集る地域キリスト教共同体であることが明らかにされた *35

 

神のイニシャティブに対する信徒の応答は典礼をその目的に達成させると理解したカトリック神学者たちがミサをそれぞれの国の言語で祝うよう、そしてミサ中信徒は信心業よりも若しくは信仰心をもってただミサを「観る」よりも行動的に参加するよう呼びかけた。20 世紀に至り、典礼刷新とに関して教皇からの促進があった。

 

真のキリスト教の精神を育成するために、信者による典礼への「行動的参加」は欠かせないものだと信じた教皇ピオ 10 世(在位 1903-14 年)の司牧者としての魂が典礼刷新の正式な第一歩となった。教会音楽に関する 1903 年の自発勅令“Tra le sollecitudini”の中で、教皇は教会の最高の権威として初めて正式に「行動的参加」(partecipazione attiva)というイタリア語の用語を導入した*36

 

キリストの神秘の祭儀はキリスト者の生活にとって重要な源泉だと確信した本教皇は、典礼への積極的参加を促した*37。ミサの中で聖体拝領することによってその行動的参加が完成されるので、1905 年に教皇は常習的に聖体拝領するように勧め*38 、さらに 1910 年に初聖体を受けるに相応しい年齢制限を引き下げた*39

 

ベネディクト修道会の L.ボードァン(1873-1960 年)は教皇ピオ 10 世の 1903年の自発勅令によって触発され、典礼は選り抜かれた少数の信者だけのためのものでなく、すべての神の民のためにあるのだと認識した。

 

したがって、1909年にメヘルン大司教区のカトリック大会で行った有名な演説の中で、キリスト教信仰と生活を深め育てるための有効な手段として教会生活と礼拝への充全や「行動的参加」を呼びかけた。彼の書いたたった一冊の本の中で、典礼祭儀への信徒の「行動的参加」の権利はキリストの神秘的からだである教会と信徒の祭司職の神学とに関連づけられた *40

 

原始キリスト教の礼拝を広範囲に研究したベネディクト修道会の O.カーゼル(1886-1948 年)は秘跡についてスコラ神学よりも教父神学に基づく説明を取り入れ、発展させた*41。秘跡の祭儀を秘義(ミュステリウム)と理解したギリシア教父たちの説明を用い、秘跡の祭儀は恩恵を与える以外に、復活されたキリストの救いのわざを現存させる儀礼であるとカーゼルが論述した。

 

この観点から、カーゼルにとってミサ祭儀におけるキリストの過越の神秘へ信徒の参与を強調することは重要であった。信徒の「行動的参加」によって、はじめてキリストによる救いは現実のものになると彼が主張した。神聖な行為、つまりキリストの救いのわざに対するこの参加は想起的(anamnetic)、秘跡的(sacramental)であるとカーゼルは説明した。カーゼルのこの理解は、カトリック神学界の中で典礼祭儀に対してより参加様式的解釈の必要性を喚起した。

 

J.ユングマン(1889-1975 年)のミサの各部分の歴史に関する研究の正確性は最近疑われるようになっているけれども、彼はミサ祭儀は歴史を通じて変化を遂げてきたと論証し、また当時の状況を歴史的に相対化し、ミサ祭儀の将来の変化が可能であると学問的に主張した*42

 

ミサへの参加に関する重要な宣言と教会生活におけるミサの役割は教皇ピオ12 世(在位 1939-58 年)によって取り上げられ、強調された。1943 年の回勅『教会はキリストのからだ:その神秘』(Mystici Corporis Christi)の中で、教皇はミサ祭儀の中でキリストは教会をご自分の奉献に一致させ、教会の頭とするキリスト名において(in persona Christi)行動する司祭を通して信徒はキリストを捧げるのであると述べた*43

 

使徒パウロのキリストのからだの思想 *44による教会論をこの回勅の中で試みた教皇は、「キリストのからだ」の思想によって教会の救済史的生命活動を考える時、信徒の参加は教会の活動のあらゆる領域において重大なものとなると述べた。

 

同教皇の 1947 年の回勅『メディアトル・ディ』(Mediator Dei)が公布されるまで、典礼は様々な立場(聖書学的、本来の典礼的、司牧的、教父神学的、宗教学的、歴史的)から研究されていた期間であった。本回勅は二つの観点から非常に重要である。

 

まず、教会の最高の権威が第 2 バチカン公会議までの教会の中に起こってきた典礼研究を取り上げ、その成果を高く評価し*45、その研究の「基本線、根本方針を公に認め、教会全体に奨励した最初の公文書」である*46

 

次に、本回勅は第 2 バチカン公会議の『典礼憲章』の基礎となった公文書である。その二つの理由で、本回勅は典礼刷新のマグナカルタ(Magna Carta)として知られている。教皇ピオ 12 世は同回勅の中で信徒の典礼祭儀への参加の必要性を強調し、典礼祭儀を次のように説明している。

 

「教会の祭礼とは、われわれの救い主、教会のかしらが天の父にささげ、またキリスト信者の共同体がその創造者に、そしてキリストを通して永遠の父にささげる公の礼拝のことである。一口に言えば、教会の祭礼とはイエズス・キリストの神秘体の、すなわちそのかしらと枝体との公的な礼拝全体のことである*47。」

 

本教皇は、この公的な礼拝(行為)は教会(共同体)がキリストの祭司職を継続することによって実行され*48、洗礼によってキリストのこの祭司職の継続が可能になると述べた。

 

「洗礼の沐浴によって、キリスト者は、全体として、祭司キリストのからだの一員となり、魂にいわば刻まれた『刻印』によって、神への礼拝に任じられ、各自の役割に応じて、キリスト自身の祭司職に参与しているのである*49。」

 

本教皇によると、キリストの祭司的生活はご自分の祈りと自己奉献の生き方であって*50、教会の典礼祭儀とはキリストのこの祭司職を実行することにほかならない*51

 

さらに、本教皇は司祭の祈りに応答する祈りや歌、また奉献の心を行動に表す行為、聖体拝領などによって信徒の参加の内的要素は外的に行動として表現されるのであると教えた。そしてそのように実践することを奨励した *52

 

そのために、「典礼はキリスト者の状況と必要に基づいて設け(中略)新しい祭式を発展させ、新しい儀式と式文によって豊かに」ならなければならないと主張した*53

 

本回勅の中心思想である信徒の共通祭司職に基づく「行動的参加」の必要性を主張することによって、本教皇はさらなる典礼刷新を促した。本教皇のこの確信によって、既存の典礼祭儀に信徒の参加を呼びかけるだけでは不十分で、典礼そのものが刷新されなければならないという機運が高まってきた。

 

かくして本教皇はピオ 10 世以来モットーとされてきた「行動的参加」の必要性を神学的に強め、実践への道を示した。

 

2.『典礼憲章』の「行動的参加」の神学

 

『典礼憲章』の中で、聖なる教会が「典礼そのものの本質から求められている」信者の典礼祭儀への「十全」、「意識的」、「行動的」参加を望み *54、神の祭司的民として、洗礼に基づくこの参加は全会衆の「権利と義務」であると教えている*55。したがって、典礼の本質とは何であるかをまず取り上げ、明らかにしたい。

 

2.1.典礼の本質

 

『典礼憲章』は、典礼祭儀において教会を第一義的典礼執行者であるキリストの次に位置づけている *56。ここでは、教会はキリストのわざである典礼祭儀に加われ、可視的な形において典礼祭儀が教会の働き(work)や活動(activity)となると説明されている。

 

この観点から『典礼憲章』は、典礼祭儀がキリストと教会の共同的行為であると主張している。「典礼祭儀はすべて、司祭キリストとそのからだである教会のわざである」*57

 

この教えは聖アウグスティヌス(354-430 年)のことばで置き換えれば、典礼祭儀は totus Christus(全キリスト)の行為であると表現することができる。すなわち、頭であるキリストとその肢体である共同体を含む全教会のわざを指す。

 

『典礼憲章』の他のところでも典礼祭儀は共同体の行為であることが教えられている。位階的・共同体的行為として典礼行為は個人的な行為ではなく、教会の祭儀である。教会は「一致の秘跡」、すなわち司教たちのもとに一つに集められ秩序づけられた聖なる民だからである。

 

そのため、典礼行為は教会のからだ全体のものであり、これを表し、これに働きかけるが、そのからだの個々の成員には、身分、職務、実際の参加の違いに応じて、異なるしかたで関係する*58

 

上記で強調されているのは、典礼行為は叙階の秘跡の恵みを受けた司教だけの孤立した行為でなく、むしろその司教を含む典礼祭儀の全会衆の行為だということになる。

 

「行動的参加」への召集と典礼行為は「教会のからだ全体のもの」だという発想は、『典礼憲章』の教会についての新しい理解によるのである。すなわち、典礼祭儀は全会衆の行為(action)だから、「教会のからだ全体」という表現は普遍なる教会を指すのでなく、特定の場所に典礼祭儀のために集う集会を指すのである。

 

要するに、ミサ祭儀において司教を囲む共同体(episcopal eucharistic assembly)のことである *59。典礼祭儀はキリストと教会の行為なので、それは教会の他のどの行為よりも聖なる行為である *60

 

キリストは教会をご自分と一致させたことによって典礼祭儀は共同的行為となっている。したがって、典礼祭儀に与る共同体はキリストを通して父なる神に相応しい礼拝を捧げることができる。神に正しく栄光が帰せられ、人間が聖化されるこのような偉大なわざにおいて、キリストは、自らの最愛の花嫁である教会をつねにご自分と結びつけてくださり、教会は自らの主に呼びかけ、主を通して永遠の御父に礼拝をささげる *61

 

典礼祭儀は、キリストと教会の行為であることこそが典礼祭儀の固有の性格及び本質である。しかし、この本質から必然に生じる「行動的参加」、つまり、どのように典礼祭儀がキリストと教会の行為となるのかを明らかにするために、キリストの祭司職の特徴をまず明白しておく必要がある。

 

2.2.キリストの祭司職の特徴

 

旧約聖書は唯一の神への奉仕として祭司職と礼拝を肯定的に表現している*62

 

そのため、『ヘブライ人への手紙』は、キリストを祭司の一人(a priest)としてでなく、むしろ唯一の祭司及び大祭司として表している*63。したがって、キリストの祭司職は primum analogatum であると言える*64。そうすると、洗礼によってキリストの祭司職に合体されるキリスト者は一義的にでなく、類比的に祭司である。模範であるキリストから祭司であるとは実際に何のことかを学べる。

 

具体的にキリストの祭司職は、教皇ピオ 12 世が『メディアトル・デイ』の中で教えている通り、キリストの祈りと自己奉献の生き方を指す。アクイナスによると、奉献が礼拝の最高の行為だから、祭司職を特定する行為は奉献である*65

 

イエスが父なる神に捧げた根本的な奉献は、十字架上で血を流した奉献だけでなく、すべてをかけて神の御旨に従って生きたご自分の全生涯を含む*66

 

大祭司としてイエスが父なる神に捧げた奉献の誉と栄光は子としてのイエスの従順にある。この卓越した従順によって「神の子」は苦難の僕としての身分を自ら選んだのである。「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪をおかされなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです」 *67

 

この聖書箇所が「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコ 10:45)というイエスのことばと一致する。

 

聖書によると、真の唯一の祭司、しかも大祭司、であるキリストは、私たちと共に、そして私たちのためにご自分を父なる神に受け入れてもらうように奉献された *68

 

キリストの祭司職の永久性がご自分の永遠の命への復活と昇天から生じる*69。しかし、何のためにキリストの祭司職が存在するのだろか。

 

2.3.「行動的参加」ーーキリストの祭司職に与ること

 

『典礼憲章』の中で教会は人間的(可視的なもの)と神的(不可視的なもの)なイメージとして表現されている*70。 同様に、典礼祭儀も外的及び内的な要素を有する。

 

ユングマンによると、第 2 バチカン公会議の教父たちは典礼祭儀の外的な要素で表現される内的な行動的参加を強めるように努力した *71

 

ここでは、内的参加が外的参加より重要だという意味ではない。なぜなら、秘跡に関してこの両側面が重要だからである。キリストの祭司職に与るという内的参加は典礼祭儀における外的参加の要素である、ことばやしるし(応唱、答唱、詩編唱和、交唱、聖歌、種々の行為すなわち動作と姿勢、沈黙)でしか示すことができない。

 

典礼はまさしくイエス・キリストの祭司職の行使と考えられるもので、典礼において、人間の聖化が感覚的なしるしによって示され、それぞれのしるしに固有のしかたで実現される。そして、イエス・キリストの神秘体、すなわちその頭と部分によって、完全な公的礼拝が果たされる*72

 

『典礼憲章』が『ペトロの手紙一』2:9 に基づいて、洗礼によってキリスト者が「王の系統を引く祭司」に合体されると教えている*73。キリストの祭司職は唯一、神秘であり、かつ他のどの祭司職よりも神聖なので、その祭司職に与ることしかできない。信者の祭司職の意味と権威がキリストの祭司職に由来する。 *74

 

キリストは唯一の祭司であっても、洗礼によってキリストのからだに合体され、キリストを通して聖霊の交わりの中で父なる神を礼拝する信者は真にキリストの祭司職に与るのである。『ペトロの手紙一』には以下のように書いてある。

 

「この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい*75。」

 

『ヘブライ人への手紙』13:15 によると、私たちはキリストを通して神を礼拝する。上記の二つの聖書箇所から次のように言うことができる。キリストの祭司職に与ることによって、私たちはその祭司職を通して、キリストの唯一の奉献と共に私たち自身のすべてを賛美のいけにえとして神に捧げる。これは、『典礼憲章』が語っている「ただ司祭の手を通してだけではなく、司祭とともに汚れのないいけにえをささげて自分自身をささげる」という「行動的参加」の根本的な意味である*76

 

結論と展望

 

司祭にしても信徒にしても、基本的に『典礼憲章』の語る「行動的参加」とはキリストの唯一の祭司職に参与することに他ならない。したがって、キリストによって、キリスト共に、キリストのうちに父なる神に相応しい礼拝をささげることができる。

 

キリストの信仰と子としての身分はキリスト個人のものである。キリスト者はキリストにおいて神の子となるのである。同様に、本質的にキリストの祭司職はキリストご自身の唯一の、参与不可の、個人的なものである。

 

キリスト者は直接にキリストの祭司職に与ることはできない。したがって、信者は一体どのようにキリストの唯一の祭司職に与ることができるだろうか。これは聖霊の役割を取り入れて発展させるべき今後の課題である。

 

*本稿は、「2013 年度南山大学パッヘ奨励金 I-A-2」に基づく研究成果である。

 

ー終わりー

 

*1:本小論の中で引用や言及される第2バチカン公会議の公文書の和訳は、第2バチカン公会
議文書公式訳改訂特別委員会、『第二バチカン公会議公文書 改訂公式訳』(カトリック中央協議会、2013 年)に基づく。

*2:この刷新の内容は第 2 バチカン公会議のそれぞれの 16 の公文書の中で見られるが、高見三明大司教はそれを簡単に次のようにまとめている。第 2 バチカン公会議「十六の公文書は、信仰と教会に関するほぼ全領域を網羅しており、信仰の基準である神の啓示、すなわち聖書と聖伝、信仰生活の源泉であり頂点である典礼、教会そのもの、教会を構成する人々、教会に与えられた福音化の使命、世界における教会の役割などについて基本的な教えを述べています。」高見三明・長崎大司教、「『第二バチカン公会議公文書 改訂公式訳』(カトリック中央協議会発行)のお勧め」『年間第 5 主日 A 年:聖書と典礼2014. 2. 9』、(典礼文監修カトリック中央協議会、オリエンス宗教研究所発行、2014 年)、7 頁。

*3:管理人注:「聖書と聖伝」についてのカトリックとプロテスタントの近年の対話と理解の深まりに関する文献:Hans Boersma, Heavenly Participation: the weaving of a sacramental tapestry, Part 2. 7. Congar and Vanhoozer on Scripture and Tradition, p.130-136.

*4:「典礼が教会の活動が目指す頂点であり,同時に教会のあらゆる力が流れ出る源泉である。」『典礼憲章』、第 10 項。 「典礼は、キリストの神秘と真の教会のまことの本性を信者が生き方をもって表し、他の人々に明らかにするためにきわめて有益である。」『典礼憲章』、第 2 項。

*5:「行動的参加」という用語そのものは『典礼憲章』において 15 回用いられている。『典
礼憲章』第 11;14;21;23;27;30;41;48;50;79;113;121;124 項を参照。この用語に当たる意味内容の表現や説明も本憲章の他の箇所にも見られる。さらに、この用語は第 2 バチカン公会議の他の公文書、特に『教会憲章』の中でも用いられている。『教
会憲章』、第 10 項及び第 11 項を参照。

*6:『典礼憲章』の固有特性は、「戒律的憲章」だということである。「憲章」として永久的規則であって、「戒律的」として典礼の実践に関して配慮すべき気質を含む。この気質は、勿論、教会の教えに基づいている。しかし、この教えは定義されずにただ教えられてい
るばかりだけれども、教会の通常教導権の声明の特徴を有する。Josef Andreas Jungmann, “Constitution of the Sacred Liturgy,” trans. Lalit Adolphus, in Commentary on the Documents of Vatican II, vol. 1, Herbert Vorgrimler ed. (New York: Herder and Herder,1966), p.8.

*7:Frederick R. McManus, Liturgical Participation: An Ongoing Assessment (Washington, District of Columbia: The Pastoral Press, 1988); Jozef Lamberts, “‘Who Should
Communicate?’, Or the Act of Communion as the Summit of Active Participation,” Le Questions Liturgiques 69 (1988): 193-205; Mary Collins, Contemplative Participation: Sacrosanctum Concilium Twenty-five Years Later (Collegeville, Minnesota: The Liturgical Press, 1990)を参照

*8:後述の通り、典礼刷新は第 2 バチカン公会議以前からそれぞれの教皇、たとえばピオ 10世やピオ 12 世によって徐々に始められていた。

*9:「この教皇[レオ 13 世]の呼びかけがいかに多くの喜ばしい結果をもたらしたかは、よく知られているところです。聖トマスと他のスコラ学者の思想研究は、新しい飛躍を遂げました。歴史的研究は大いに促進され、その影響で、当時までほとんど知られていなかった中世の哲学者たちの宝が再発見され、新しいトミスムの学者たちが現れてきました。歴史的方法論の利用によって、聖トマスの著作についての知識は飛躍的に進歩し、数多くの研究者たちが、当時の哲学的および神学的論争にトマス的伝統を勇気をもって導入してきました。その思想や研究に第二バチカン公会議が多くを負っている」。教皇ヨハネ・パウロ二世『信仰と理性』久保守訳(カトリック中央協議会,2012 年)58 項

*10:高見三明、「総序」、第 2 バチカン公会議文書公式訳改訂特別委員会、『第二バチカン公会議公文書 改訂公式訳』(カトリック中央協議会、2013 年)、17 頁。

*11:この研究の発展の経緯について、Virgil C. Funk, “The Liturgical Movement (1830-1969),” in The New Dictionary of Sacramental Worship, ed. Peter E. Fink (Collegeville, Minnesota: The Liturgical Press, 1990), pp. 695-715; Nick Wagner, Modern Liturgy Answers: the 101 Most-asked Questions About Liturgy (Mumbai, Pauline Publications, 1996), pp. 9-12;高見三明、「総序」、13-18 頁;国井健宏『ミサを祝う:最後の晩餐から現在まで』(オリエンス宗教研究所,2009 年)、107-121 頁を参照。

*12:Joseph M. Powers, Eucharistic Theology (New York: Herder and Herder, 1967), p. 15.

*13:Jungmann, “Constitution of the Sacred Liturgy,” p. 23.

*14:Robert Cabié, The Church at Prayer: The Eucharist, vol. 2, ed. A. G. Martimort, trans. Matthew J. O’Connell (Collegeville, Minnesota: The Liturgical Press, 1986), pp. 176-177; Iréné Henri Dalmais, “Theology of the Liturgical Celebration,” in The Church at Prayer: Principles of the Liturgy, ed. A. G. Martimort (Collegeville, Minnesota: The Liturgical Press, 1987), p. 229; David N. Power, The Eucharistic Mystery: Revitalizing the Tradition (Crossroad, New York: 1995), p. 292.

*15:国井健宏『ミサを祝う:最後の晩餐から現在まで』、107-111 頁

*16:Timothy F. Lull, ed., Martin Luther’s Basic Theological Writings (Minneapolis, Fortress
Press, 1989), pp. 267-340.

*17:ルターは当時の司祭主義(clericalism)、金銭上の強欲(avarice)、 そして自分が目指す福音的刷新(evangelical reform)のためにもミサは奉献であることを拒否した。Kevin W. Irwin, Models of the Eucharist (Mahwah, New Jersey: Paulist Press, 2005), pp. 221-223. カトリック枠組みの中で,ミサの宥めの価値はトリエント公会議に先立つ神学と信心によって理解されていたが,ミサの中で信者は聖体拝領することは珍しかった。Irwin, Models of the Eucharist, p. 222.

*18:Lull, ed., Martin Luther’s Basic Theological Writings, 294 ff.; R. C. D. Jasper and G. J. Cumming, eds., Prayers of the Eucharist: Early and Reformed (Collegeville, Minnesota: The Liturgical Press, 1975), pp. 191-194.

*19:H. J. Schroeder, trans., The Canons and Decrees of the Council of Trent (Rockford, Illinois: Tan Books and Publishers, Inc., 1978), p. iii.

*20:“. . . in the mass a true and real sacrifice . . . is offered to God. . . .” “If anyone says that by the sacrifice of the mass a blasphemy is cast upon the most holy sacrifice of Christ consummated on the cross; or that the former derogates from the latter, let him be anathema.” Schroeder, trans., The Canons and Decrees of the Council of Trent, p. 149.

*21:Schroeder, trans., The Canons and Decrees of the Council of Trent, Sessions 13, 21, and 22;
Irwin, Models of the Eucharist, pp. 225-228.

*22:John A. McHugh and Charles J. Callan, trans., The Catechism of the Council of Trent
(Rockford, Illinois: Tan Books and Publishers, ind., 1982), pp. 213-218, 254-258.

*23:Irwin, Models of the Eucharist, p. 225.

*24:Schroeder, trans., The Canons and Decrees of the Council of Trent, p. 255.

*25:Cabié, The Church at Prayer: The Eucharist, pp. 176-177.

*26:秘跡の有効性についてトリエント公会議が第 7 総会の第 8 条と第 10 条の中で次のように教えている。“If anyone says that by the sacraments of the New Law grace is not conferred ex opere operato, but that faith alone in the divine promise is sufficient to obtain grace, let him be anathema.” “If anyone says that in ministers, when they effect and confer the sacraments, there is not required at least the intention of doing what the Church does, let him be anathema,” Schroeder, trans., The Canons and Decrees of the Council of Trent, p. 52.

*27:だから、ラテラノ公会議(1215 年)で司教たちは少なくとも一年に一回、特に復活節に、信徒が聖体拝領するように布告した。トリエント公会議の第 13 総会の第 9 条の中でこの教令は改めて強調された。Schroeder, trans., The Canons and Decrees of the Council of Trent,p. 80.

*28: James F. White, Roman Catholic Worship: Trent to Today (Collegeville, Minnesota: Liturgical Press, 2003), p. 37.

*29:Irwin, Models of the Eucharist, pp. 224-225.

*30:国井健宏『ミサを祝う:最後の晩餐から現在まで』、113-116 頁。

*31:Wagner, Modern Liturgy Answers: the 101 Most-asked Questions About Liturgy, pp. 9-10.

*32:ゲランジェの人生、著作及び神学についてのバランスとれた詳細な取り扱いに関して、Cuthbert Johnson, Propser Guérger (1805-1875): A Liturgical Theologian: An Introduction to His Liturgical Writings and Work (Rome: Studia Anselmiana, 1984)を参照。

*33:同上,370-371 頁。

*34:1975 年に教皇パウロ 6 世は、ゲランジェを“the Author of the liturgical movement,Auctor illius spiritalis motus”と 名付けた。同上、14 頁.しかし、典礼運動への彼の貢献
の価値と重要性に関して学者の間に意見が分かれている。彼は主に伝統主義者と批判されている。R. Kevin Seasoltz, The New Liturgy: A Documentation, 1903-1965 (New York:Herder and Herder, 1966), pp. xxiv-xxvi; John Fenwick and Bryan Spinks, Worship inTransition: The Liturgical Movement in the Twentieth Century (New York: Continuum, 1995),p. 19; Funk, “The Liturgical Movement (1830-1969),” p. 696; Daniel P. Grigassy, “The Liturgical Movement,” in The New Dictionary of Theology, eds. Joseph A. Komonchak et al., (Wilmington, Delaware: Michael Glazier, Inc., 1987), p. 586.

*35:Louis Bouyer, Liturgical Piety (Notre Dame, Indiana: University of Notre Dame Press,
1954), pp. 23-37.

*36:Pius X, Tra le sollecitudini, Acta Sanctae Sedis 36 (1903): p. 331.

*37:“It being our ardent desire to see the true Christian spirit restored in every respect and
be preserved by all the faithful, we deem it necessary to provide before everything else for the sanctity and dignity of the temple, in which the faithful assemble for the object of acquiring this spirit from its foremost and indispensable fount, which is the active participation in the holy mysteries and in the public and solemn prayer of the Church,” cited from the English translation in Seasoltz, The New Liturgy: A Documentation,1903-1965, p. 4.

*38:Pius X, Sacra Tridentina Synodus, Decree issued by the Sacred Congregation of the Sacraments at the direction of Pius X, Acta Sanctae Sedis 38 (1905): pp. 400-406.

*39:Pius X, Quam Singulari, Decree issued by the Sacred Congregation of the Sacraments at the direction of Pius X, Acta Apostolicae Sedis (1910): pp. 557-583

*40:Lambert Beauduin, Liturgy the Life of the Church, trans., Virgil Michael (Collegeville, Minnesota: The Liturgical Press, 1926), pp. 1-7.

*41:オード・カーゼル、『秘儀と秘義:古代の儀礼とキリスト教の典礼』小柳義夫訳(みす
ず書房:1975 年);Funk, “The Liturgical Movement (1830-1969),”p. 696; Fenwick, Worship in Transition, pp. 26-28

*42:Joseph A. Jungmann, The Mass of the Roman Rite: Its Origins and Development, trans. Francis A. Brunner, vols. 1 and 2 (New York: Benziger Brothers, Inc., 1950 and 1955).

*43: “For in this Sacrifice the sacred minister acts as the vicegerent not only of our Savior but of the whole Mystical Body and of each one of the faithful. In this act of Sacrifice, through the hand of the priest, by whose word alone the Immaculate Lamb is present on the altar, the faithful themselves, united with him in prayer and desire offer it to the Eternal Father a most acceptable victim of praise and propitiation for the needs of the whole Church.” Pius XII, Mystici Corporis Christi, Acta Apostolicae Sedis 35 (1943): pp. 193-248, English translation in The Papal Encyclicals 1939-1958 (Ann Arbor: The Pierian Press, 1990), 82 項。

*44:『コリントの信徒への手紙一』6:15-29;『コロサイの信徒への手紙』1:18;『エフ
ェソの信徒への手紙』5:21-32。

*45:ピオ十二世,『メディアトル・デイ』小柳義夫訳(あかし書房,1970 年)、第 4-5 項。

*46:土屋古正、「解説」ピオ十二世、『メディアトル・デイ』小柳義夫訳(あかし書房,1970年)、1 頁。

*47:ピオ十二世、『メディアトル・デイ』、第 20 項。

*48:同上、第 2-3 項。

*49:同上、第 87 項。

*50:同上、第 2 項。

*51: 同上、第 22 項。

*52:同上、第 23-24 項。

*53:同上、第 22 項。

*54:『典礼憲章』、第 14 項。

*55:同上。

*56:同上、第 7 項。

*57:同上。

*58:同上、第 26 項。

*59:同上、第 42 項を参照。

*60:同上、第 7 項。

*61:同上。

*62:『創世記』14:18。

*63:『ヘブライ人への手紙』,5:5-10,6:20,7:1-17。

*64:Benedict M. Ashley, “The Priesthood of Christ, the Baptized, and the Ordained,” in Donald J. Goergen and Ann Garrido, eds. The Theology of Priesthood (Collegeville, Minnesota: The Liturgical Books, 2000), p.141

*65:Thomas Aquinas, Summa Theologiae III, q. 82, a. 1, trans. Fathers of the English Dominican Province (New York: Benzinger Brothers, Inc., 1947).

*66:Paul Philibert, “In Conclusion: Ordained Leaders for the Body of Christ,” in Donald J. Goergen and Ann Garrido, eds. The Theology of Priesthood (Collegeville, Minnesota: The Liturgical Books, 2000), p. 214.

*67:『ヘブライ人への手紙』4:15。

*68:同上、5:5-10,6:20,7:1-17

*69:同上、7:23-24,4:14。

*70:『典礼憲章』,第 2 項。

*71:Jungmann, “Constitution on the Sacred Liturgy,” pp. 13-14.

*72:『典礼憲章』第 7 項。

*73:同上、第 14 項。

*74:Ashley, “The Priesthood of Christ, the Baptized, and the Ordained,” p. 152

*75:『ペトロの手紙一』2:4-5。

*76:『典礼憲章』第 48 項。