巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

私の辿ってきた道ーージェームス・K・A・スミス師の証し(カルヴァン大学)【悩める学生の皆さんへの応援記事】

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ジェームス・K・A・スミス(1970~)。カルヴァン大学哲学科教授。

 

目次

 

James K.A. Smith, The Fall of Interpretation--Philosophical Foundations for a Creational Hermeneutic, 2nd Edition, 2012(抄訳)

 

予期せぬ出会いと目ざめ

 

本書(The Fall of Interpretation)の内容の大半は、1995年春に提出した修士論文を基にしています。私は当時24歳でした。それに先立つ5年間の間に本当にいろいろな事が起きました。

 

18歳の時に私はキリスト信仰を持ち、それから一年もしない内に、バイブル・カレッジに向かいました。牧会ミニストリーに携わる決心をしたからです。

 

しかし不思議なことに、入学した(プリマス・ブラザレン伝統の)この頑丈なディスペンセーション主義聖書学校の中で逆に私は、哲学および改革派の伝統(フランシス・シェーファーとアルヴィン・プラティンガの著述にそれぞれ異なった仕方で組み合わされていました)に巡り合ったのです。しかし当時は知る由もなかったのですが、これら二つの発見が後々人生におけるさまざまな傷をもたらし、こうしてその痛みの中から本書が生まれました。

 

イマヌエル・カントがかつて、「デイビッド・ヒュームによって自分は‟独断的まどろみ”から目を覚まさせられた」と言ったことは有名です。そして自分にとって、キリスト教神学内に存在する改革派の伝統を発見したことは、同じような覚醒コールとなりました。解釈学的に言って、それが覚醒コールだったのは、改革派伝統の内容ゆえというよりはむしろ、改革派伝統というものを発見したことにより、私は、「複数の解釈伝統が存在する」という現実に目を覚まさせられたからです。

 

信仰の入り口ーープリマス・ブラザレンの教会

 

私にとってのキリスト教信仰への入り口は、プリマス・ブラザレンを通してでした。オンタリオ南部にある小さなブラザレン集会で説教を聞いて私は信仰を持ちました。そこでは聖書預言と終末のことが熱心に語られていました。

 

そしてそこには私のガールフレンド(現・妻)の家族の愛にあふれた奉仕がありました。妻の家族は元々ペンテコステの背景を持っており、その後、プリマス・ブラザレンに移ってきていました。

 

ですから、クリスチャンになったばかりの自分にとって、キリスト教というのは、これらの「聖書の人々」を通して自分が福音と理解しているものーー、それでした。

 

そして自分の属するこの共同体の慣習、諸実践、そして集団としての自己理解といったものにより、「自分が今学び吸収しているものは、‟人間の伝統”によって歪曲されず、未ろ過にして汚れなき純粋な福音に他ならないのだ」という意識が着実に芽生えていきました。

 

自分たちのセクターもまた一つの ‟伝統” であることに対する気づき

 

しかし改革派伝統など、キリスト教世界に存在するその他のさまざまなセクターを発見していく中で、私は次第に気づくようになっていきました。ーーつまり、プリマス・ブラザレンを通して教会に参入するということにより、私は、ーー自分たちのセクターもまた一つの‟伝統”であるということに対する自己認識のないーー伝統にすでに導き入れられていたということを。

 

実際、プリマス・ブラザレンではしばし「人間の伝統*」に対する公然たる非難がなされ、それゆえ、(それに対峙するところの)「聖書に立ち返る」重要性が叫ばれていました。そしてここで含意されていた「聖書に立ち返る」とは、聖書を「解釈」するよりもシンプルに「読む」という原始主義(primitivism)でした。

 

直接性による解釈(hermeneutics of immediacy)の存在に気づく

 

要するに、私はひそかにそして無意識の内に、いわゆる「直接性による解釈(hermeneutics of immediacy)」と呼ばれているものの中に加入していました。(「直接性による解釈」は、自分自身が一つの解釈であるという事実に対しまったく無自覚です。)

 

ですから、キリスト教内に存在するこういった相違に対する最初の経験により、私は、(人が避けるのことのできない)解釈や伝統のリアリティーに対し目を覚まさせられたのです。

 

それで、、想像に難くないと思いますが、私はなにか騙されたように感じました。実際、ファンダメンタリズムから生まれてきた運動の多くは、こうしたリアリティーの諸側面を効果的に隠してきました。そしてひとたび現実の諸側面が露呈するや(この場合でいうと、‟リアリティー”というのは常に、すでに仲介mediatedされている、ということが露呈するや)、次の問いが心の中から溢れてきました。「それでは、あなたがたはこれまで何を隠そうとしてきたのか?」と。

 

この発見は、単にアカデミックなものではありませんでした。続く数年の間、私は南西オンタリオにあるあちこちのブラザレン集会で説教奉仕をしましたが、そこで実存的レイヤーが次第に複雑さを増していきました。

 

そして次のような状況が発生してきました。つまり、上に挙げたような解釈学上の洞察により、私の説教から人々は、「さまざまなブラザレンの特徴は、一つの解釈学的伝統から生み出されている実である」というような旨を聞き始めたのです。(しかも私は、「うちの教派の伝統は、比較的新しく、斬新なんです」ということも会衆の皆さんにお話していました!)。

 

そうすると、各種の集会において私はどんどん疎まれていくようになりました。長老会にも呼び出されるようになりました。一度は集会の長老たちがわが家に来られ、私と妻をジュージューグリル焼きにしましたよ。辛かった。

 

ここで問題になっていたのは、さまざまな神学的立場の内容/実体(substance)というよりはむしろ、そういった立場に付与される地位(status)に関するものでした。長老たちが気分を害された理由は、私が、「‟私たちの” 神学的立場は、もしかしたら ‟あるがままの事象” という純粋なる蒸留液というよりはむしろ、それは、解釈的伝統や慣習から生み出された実なのかもしれないと思います」というような事を言っていたことに起因していました。

 

母校のブラザレン系バイブル・カレッジの先生方からも何通か警告の手紙が届きました。その中の一人は私のことを「イスカリオテのユダの生徒」と表現していました。

 

哲学的な解釈学にも助けられる

 

このストーリーにはもう一つ別のレイヤーもあります。キリストのみからだの中に存在する一連の解釈的諸伝統に対する理解が深まっていく中で、私はまた哲学的な解釈学(マルティン・ハイデッガー、ハンス・ゲオルグ・ガダマー、ポール・リクール、そして彼らの‟ラディカル主義”バージョンである、ジャック・デリダやジョン・カプトー等)にも触れていくようになりました。

 

そしてこういった哲学的枠組みは、キリスト教界内に存在する解釈的相違との出会いの中で自分がすでに経験していたことに名前を与え、分析する上での助けとなりました。

 

以上のような道程から、なぜ、どのような形で、本書がポスト原理主義的な本であるのか、みなさん、理解していただけるかと思います。もしもこの本の中に、〔原理主義の過ちを〕暴露するような脱構築的様相があるのでしたら、読者のみなさん、どうか、それは若き日の自分のがむしゃらさと未だ癒えていない痛みの混ざったものであると御堪忍くださるよう、お願いもうしあげます。

 

さて、ここからどこに向かおうか?ーーポスト原理主義者の旅立ち

 

しかし、もちろん、ポスト原理主義者としてのあり方は多様です。というのも、仮にファンダメンタリズムからの脱却条件の一つが、自分たちの解釈学的状況性(hermeneutic situatedness)に対する認識にあるのだとしても(つまり、私たちの有限性や、いかにして世界に対面しテキストを解釈するのかにあたっての ‟伝統化(traditioning)” に対する不可避性を認めることにあるのだとしても)、その認識自体は、私たちがそこから具体的にどこに出発していくかを特定はしていないからです。

 

ポスト原理主義者は、聖書が天からぽーんと降ってきた本ではないということを認識するようになっており、また、世界に対する自分たちの ‟見方” は、解釈共同体や諸伝統によって私たちに伝承されてきたものの総体であるということを認識するようになっています。

 

さらに、そういった諸解釈は競合しており、また競合可能であるということも私たちは知るに至っています。「分かりました。ジェームスさん。で、私たちはここからどこに向かうのでしょうか?どこに向かうことができるのでしょうか?」

 

二つの道

 

① ‟イマージングな” 偽りの謙遜の道

 

ここには二つの道があるように思われます。一つは、あきらめ、媒介された現実に投降する事を通した偽りの謙遜の道です。ーーこの道は、未だにハイパー近代を引きずっています。なぜなら、それは今もって ‟手つかずの無垢なる純粋性” および ‟直接性(immediacy)” という理想に憑りつかれているからです。

 

こうして、それに欠如しつつも、未だにその亡霊に憑りつかれた状態にあって、私たちはあてもなく彷徨い、知識なく、不確かで、それゆえ臆病です。特定性というスキャンダルにしりごみし、そして自らの伝統のコンティンジェンシー(不確定性)を恥じる思いもあって、私たちはどんな主張に対しても消極的になっていきます。

 

数学的確実性を伴う、ルネ・デカルト的認識の仕方を拒絶した私たちに残っているのは結局、懐疑論者ピュロンに追従し、「われわれは何も知ることできない」と信じること以外に他に道がないように思われます。

 

② 公同性への道

 

二番目の道は解釈の普遍性(ubiquity)を認識し、それをノスタルジーや恥じらいなしに認める道です。

 

啓蒙期の理想である ‟客観性” に憑りつかれることを拒みつつも、この道は私たちに、「偽りの謙遜という旗印の下に潜む主観主義や臆病さに降参するように」とは私たちに要求してきません。

 

つまり、自分たちの具体化や有限なる特定性に憤慨することなく、また自分たちの ‟伝統” の解釈学的特定性を認めつつ、二番目のこの道は、特定性のスキャンダルを受け入れています。ーー伝統を認め、罪責感や羞恥心なく自分が特定の解釈共同体の一員であることを認めつつ。

 

まとめ

 

換言しますと、ポスト原理主義者のあり方には二通りあるということです。一つはイマージング〔・チャーチ・ムーブメント〕的なあり方。そしてもう一つは公同的(catholic)なあり方です。

 

前者は未だに直接性(immediacy)の亡霊に憑りつかれ続けており、それゆえに、ーーその特殊性の内にあるーー解釈的伝統の持つ特定性に決して心地良さを覚えることができません。

 

それとは対照的に、後者は、ニカイヤ〔信条に基づく〕伝統の持つ ‟公同的” オーソドクシーという特定性を脱批判的に*是認しており、さらにそれを示す、より特定の表現(例えば、公同的キリスト教内における特定の解釈的伝統としての、改革派や聖公会やペンテコステ派の流れ等)を是認しています。

 

イマージングにしても、公同性にしても、どちらの場合も、ポスト原理主義のスタンスを採っています。ですが、ーー今もって近代の夢想に憑りつかれているーー前者は、近代パラダイム内で自分たちが選ぶことのできる唯一他の選択肢としてリベラル主義の道筋に向かっていく傾向があります。(⇒イマージングな懐疑主義およびアンチ制度主義等。)

 

一方、後者の ‟公同的” な選択肢は、ーーそれが直接性という近代の神話に憑りつかれることを拒絶する限りにおいてーーポスト・リベラルです。それゆえ、‟公同的”な選択肢は実際、より持続的強固な形で、近代「」(post-modern)なのです。

 

ー終わりー