巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

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私たちが解釈(hermeneutics)をする上で是非とも知っておきたいこと(by ジェン・ズィンマーマン、トリニティー・ウェスタン大学)

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目次

 

Jens Zimmermann, Hermeneutics: A Very Short Introduction, Oxford Academic (拙訳)

 

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Jens Zimmermann, Trinity Western University, Canada Research Professor, Humanities

 

1. Hermeneutics(解釈学)という語はどこから来たのか?

 

Hermeneuticsという語は、古典ギリシャ語(hermeneuein=(意味を)説明する、解釈する、翻訳する)に由来し、その後、ラテン語'interpretari'に翻訳されました。(英語のinterpretationはですから、ラテン語interpretariに由来しているわけです。)

 

そのため、英語圏の人々にとっては、interpretationという語の方がhermeneuticsよりもずっと馴染みがあると思いますが、両者は基本的に同じ意味です。

 

2.今日、hermeneutics(解釈学)は何を意味しているのか?

 

今日では大別して、二種類の意味を持つようになってきています。つまり、①活動および、②哲学の一分野、としてのあり方です。活動としての解釈学は、成文もしくは口語コミュニケーションを理解し、解釈のための妥当な諸規則を確立しようとする試みのことを指しています。

 

他方、哲学の一分野としての解釈学は、それよりも深い処まで行き、「そもそも『理解する』ということの本質は何だろうか?」という事を探求していきます。ですから例えば、解釈のことを研究している哲学者たちは、言語、母語、諸伝統、条件等が、私たちがテキストや人生全体を理解する上でどのような関わりを持っているかということを考察しています。

 

3.知覚の性質

 

解釈学は、私たちが、「まず対象物を見」、その後、「意味でそれらを被うこと」によって世界を知覚しているわけではないということを示唆しています。そうではなく実際には、私たちの「見る」という行為すべてが、ーー私たち自身の個人的歴史や文化的伝統をベースとしつつーー、世界をある仕方で組み立てているのです。*1

 

私たちの職業がある仕方で世界を見るあり方(=世界観)に影響を与えていることすらあります。ですから例えば、自然科学者たちは世界を定量化可能な客体(物体)、因果律、そして数学的な観点で見る傾向があります。

 

4.知識というのは関心によって突き動かされている(interest-driven)

 

西洋文化はこれまで、客観的知識のことをなにか中立的で公平無私なものであると考えるよう条件づけられてきました。しかし解釈学の思想家たちはそれとは反対のことを提示しています。そして実際、科学においても人文科学の分野においても、知識の追求は、個人的コミットメント、創造的な想像、そして情熱に基づいていると彼らは論じています。

 

5.地平の融合(fusion of horizons)

 

「地平の融合」というこの解釈学的用語は、ーー自分たちにとってなじみのないものを、自分たち自身なじみある文脈に統合するーーという理解の営為における本質を表しています。ですから私たちがなにかを理解する時、私たちは誰か他の人の見解を、自分自身のそれと融合させます。そしてこの出会いの中で、私たちは変化を経験します(transform)。なぜなら、この過程を通し私たちの精神は拡大されるからです。*2

 

6.伝統(tradition)は良いもの

 

西洋文化圏では、啓蒙主義の時代以来、「伝統というのは批判的思考とは逆のものである。」と、伝統を否定的に捉えるよう条件づけられてきました

 

しかし実際には、伝統というのは①発見のための最初の道具/手段を私たちに提供し、②何が知るに値することなのかということを私たちに教えるという意味で、非常に大事なものです。もちろん私たちは伝統に縛られたり、八方塞がりになったりしたくはありません。しかし、私たちは解釈のために伝統が果たしている妥当な役割を認識する必要があると思います。*3

 

7.言語の力

 

「言語は私たちの用いる単なる道具ではなく、むしろ、言葉、シンボル、概念などが媒介物(medium)となり、その中で思想が形成されていく」ということを解釈学は示しています。

 

8.解釈学的循環(hermeneutical circle)

 

解釈学のことをよくご存知でない方も、「解釈学的循環」という言葉はどこかでお聞きになったことがあるかもしれません。それでは「循環」とはどういう意味なのでしょう?これが意味するのは、とどのつまり、解釈とは、犬が自分のしっぽを追いかけているようなものーーそういうことなのでしょうか?いいえ、そうではなく、これは、「すべての理解は、文脈に依拠している」ということを示唆しています。*4

 

9.解釈学は相対主義ではない 

 

おそらく解釈学にかんする最も一般的な誤解ーーそれは、「あらゆる知識にかんする解釈的性質を主張する解釈学は客観性を破壊する」というものでしょう。しかし解釈学は相対主義ではありません。「世界を多くの異なる方法で見ることができるというのが解釈学の真髄だ」というのは、「世界を〔自分の見方に応じて〕自在に作り上げる」というのとイコールではありません。

 

解釈学は相対主義ではなく、ーー自分たちの事象理解において個人的関与がいかに重要な要素になっているかーーということを見る批判的リアリズム(critical realism)です。ですから、私たちが世界を構築(construct)するのではなく、むしろ世界がーー私たちの展望の角度をベースにーー自らを私たちに開示してくるのです

 

10.解釈学は、原理主義に対する解毒剤

 

最後に、解釈学は、原理主義への解毒剤です。原理主義(fundamentalism)というのは、私たちの最も深遠なる諸確信であってさえも言語伝統や歴史を通しそれらは仲介(mediated)されているという事実を認めることに対する不能性のことを意味しています。そしてその意味において、宗教人だけでなく、科学者や無神論者たちもこのカテゴリーにはまり込んでしまう可能性を持っています。*5

 

ー終わりー

 

関連記事

 

*1: 聖書解釈の三類型

*2: 

*3:

*4:訳者注:福音主義界では現在、この解釈学的循環にまさる概念として「解釈学的らせん」という捉え方が支持されているようです。詳しくは、以下をご参照ください。

*5:①世俗主義ファンダメンタリズムについて

②プロテスタント・ファンダメンタリズムについて

③正教ファンダメンタリズムについて