巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

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マルティン・ルターの『小教理問答書』に驚き、感動!

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ルターの『小教理問答書』を使って聖書の学びをする大人や子どもたち(出典

 

目次

 

ルターの『小教理問答書』を発見!

 

皆さんは、マルティン・ルターの書いた『小教理問答書』という本をご存知ですか?私は知りませんでした!それで、『ベイカー福音主義神学事典』をひもとき調べてみると、この小冊子は、ルターの失意落胆の年(1529)に執筆されたものだということが分かりました。

 

前の年にルターは同僚たちと、地方の諸教会を巡回したそうですが、その時に目の当たりにした惨状に彼は大きなショックを受けました。牧師も信徒もみことばに無知で、学校も荒れ放題でした。「これはいかん!なんとかせねば」と思ったルターは、巡回後、誰にでも分かるやさしい言葉で、モーセの十戒、主の祈り、使徒信条についての教えを記しました。

 

また私が興味を持ったのは、洗礼および聖餐にかんするルターの中庸な立場についてでした。ベイカー事典の中でM・A・ノール師は次のように解説しています。

 

「洗礼と聖餐のセクションでは、ルターは、カトリックのサクラメント主義と、プロテスタントの単なるシンボリズムを調停しつつ、神学論文の中でその見解を発展させていきました。」*1

 

伝統諸教会側やプロテスタント内部からの宗教改革批判の中で多く見受けられるのが、「プロテスタンティズムは、聖餐を単なるシンボリズムの次元に引き降ろし、その結果、礼拝(聖礼典)から本来の深遠さが抜け落ちてしまった。そして礼拝は、聖礼典中心ではなく、次第に単なるレクチャー・ホールのように霊的に薄っぺらなものになっていった」という非難です。

 

それで、その薄っぺらさをどうにか他のもので補おうと、プロテスタント諸教会の多くは、感情を高揚させ心を満たすような現代ミュージックをその空白部分に導入していったと論者たちは指摘しています。本来聖なるサクラメントの中でしか与えられない霊的満たしの聖空間を、「音楽」で置き換えようというイノベーションなのだと思います。

 

そして現在、その人間的イノベーションがもたらした痛ましい惨禍を私たちは目の前に見ています。その意味でも、聖礼典に関するルターの中庸な立場から、私たちは多くの貴重な洞察を得ることができるのではないかと思います。

 

マルティン・ルターの小教理問答書(by エルッキ・コスケンニエミ師、フィンランドルーテル福音協会)

 

著者: エルッキ・コスケンニエミ(フィンランドルーテル福音協会、神学博士)

翻訳: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)

引用元

 

小教理問答書 その成立と内容について

 

マルティン・ルターの小教理問答書ほど、北欧の人々の生活に強い影響を及ぼした書物は他に類を見ません。本というものは、それ以前に書かれた本の影響の下に成立し、後の時代の本に影響を与えるものです。ルターの小教理問答書は教会を改革したプログラムの実例です。

 

この本は宗教改革時代のキリスト教会が抱えていた大問題を解決するべく執筆された書物です。当時の教会が直面した問題とそれを解決せんとする試みは、キリスト教を名目上の国教としている西欧諸国においても、海外伝道の現場である非キリスト教国においても、今もなおその現代性を失ってはいません。

 

小教理問答書が書かれることになったきっかけ

 

ルターの教理問答書は、北ドイツのルター派の地域における緊急の必要に迫られて執筆されました。昔からビショップ(教区長、監督)は自分の教区の教会を定期的に監察して回るのが習わしでした。しかし、宗教改革が拡大するとともに、彼らカトリック教会の指導者は安全と思われる地方に引きこもりました。その結果、教会を監察する者が誰もいなくなってしまいました。

 

ザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒは、ルターの要請に応えて、宗教改革の実行者たちがメランヒトンの指導のもと地方の各個教会を一通り監察して廻るように勅令を出しました。この監察旅行は1526年に始められました。それで明るみになった教会の惨状にルターは愕然としました。その経験については、小教理問答書の序文で触れられています。

 

よく知られているように、ルターの時代のビショップ(教区長、監督)は、管轄すべき教会のキリスト教徒の信仰を養うことはそっちのけにして、この世的な雑務に関心を集中していました。ルターはこのたいへん遺憾な状況を嘆息しました。しかし彼はそこであきらめるのではなく、キリスト教の核心を小冊子にまとめあげました。

 

この本には、十戒、使徒信条、主の祈り、洗礼、懺悔(ざんげ)、聖餐についての教え、幾つかの祈り、家訓とすべき聖書の箇所が含まれていました。当時の新発明である活字出版の技術は、この本を大量に印刷して配布することを可能にしました。

 

ルターはこの本によって、キリスト教について教える責任を家庭や家長である父親に委任したとも言えます。実際、小教理問答書は人々の間で熱心に使用され、その後の国民教育のあり方そのものを刷新しました。大筋では、まさにこの本のおかげでルターは宗教改革者になった、と言ってもいいすぎではありません。

 

小教理問答書の先駆けとなった本たち

 

小教理問答書は素晴らしく革新的な書物でした。しかし、その誕生の背景には、ルターの少し以前の時代にも、またそのはるか昔にも、彼の教理問答書の先駆けともみなせる書物群が存在していました。

 

イエス様がこの世に生活しておられた時代には、ユダヤ人たちは、パレスティナ以外の場所でも様々な国民の間でばらばらに生活していました。ただでさえ自分の子どもや若者を教育することは難しいものです。ましてや、周囲にいる同世代の者や学校の友人などがユダヤ人の教えとは異なる生き方をしている場合には、なおさらです。ユダヤ人は異教徒の儀式には参加しなかったので、礼拝はいつも問題となりました。しかし、礼拝だけではなく、特に家族や性に関する道徳観もまたユダヤ人と異教徒の間では異なっていました。

 

周囲の異教的な環境に呑み込まれないためには、ユダヤ人は自国民の生き方について定期的に教え続けるしかありませんでした。それで、この目的のために信仰生活の教科書が書かれました。これらの教科書のうち、特にエジプトのユダヤ人の間で使用されていた教科書は今も現存しています。

 

ユダヤ人たちが自分の子どもたちを教える際に用いたこの方法を、最初期のキリスト信仰者たちは驚くほど速やかに自分たちの教えにも取り入れました。新約聖書の成立後間もなく書かれた、通称「使徒の教え」、と「バルナバの手紙」と呼ばれる二つの作品の内容を比較してみると、今は失われて現存していないユダヤ人たちの教理問答書がところどころそのまま引用されていることがわかります。

 

周囲の異教的な環境に呑み込まれないための最良な方法は自分たちの教えを規則的に教え続けることであることを、最初期のキリスト信仰者たちも明確に自覚していたのです。

 

中世のカトリック教会でも、キリスト教についての様々な教本が使用されていました。それらはギリシア語で教本を意味する「エンケイディオン」という名で呼ばれました。ルターの小教理問答書の本当の書名が「エンキリディオン、小教理問答書」であることからわかるように、ルターもカトリック教会の伝統に従って教理問答書を執筆したわけです。

 

カトリック教会の教本の典型的な内容は、十戒、使徒信条、主の祈りから構成されており、それらに加えて、アヴェマリアが含まれていることもありました。1522年から、ルターの小教理問答書が発行された1529年までの期間に、およそ30種類の教理問答書が発行され、その多くは版を重ねました。ルター自身もすでに1516年に教理問答をテーマとした説教を行っています。

 

このようにルターは教理問答書のもつ長い伝統に従いながら、一方ではその伝統を革新したのだ、と言えます。ルターによれば、十戒、使徒信条、主の祈りこそがキリスト教の核心であり、キリスト信仰者なら誰もが十分に習熟しているべき内容でした。聖礼典についての教えを追加したのは、それについてドイツの民衆が十分な教えをカトリック教会から受けていなかったからです。

 

ルターが牧会にあたった民衆の信仰理解の不十分さに対する深い危惧の念と、活字出版という当時の新技術が提供した新たな伝道の可能性とが相まって、ルターのこの小冊子は非常に強い影響力をもつ本になったのでした。

 

一家に一冊、小教理問答書

 

中世カトリック教会の伝統に根ざしつつもまったく新しいタイプの家庭礼拝のあるべき姿を、小教理問答書は提示しました。こうして信仰生活の訓練の場は日常生活や家庭になったのです。 新約聖書から選りすぐられた一連の聖句は、様々な立場で生きている人々の生活を具体的に指導するためのものでした。

 

「家訓」の対象は、両親、子ども、召使、主人、夫、妻などでした。歴史的には、小教理問答書はまず壁掛け用が作られ、その後で本になったのです。神の実在に目覚めた若きルターは、当時の伝統に従い、修道院に入りました。しかし、教理問答書を執筆する時点でのルターは、キリスト信仰者が信仰と神様から受けた召し(信仰を実践する仕方)とを、自分の仕事場や家庭において実践していくように、指導しています。こうしてキリスト信仰者の日常生活は「聖なる礼拝」という側面をもつようになりました。

 

家庭でのキリスト教信仰の実践には、両親、特に父親に課せられた新しい役割が含まれていました。小教理問答書は、例えば十戒について、「家の主人がその家に属する者たちに対して単純に教えなければならない場合の説明の仕方は、以下の通りです。」、という説明で始めます。

 

ルターの指示によれば、父親は子どもや召使が毎朝、十戒、使徒信条、主の祈りを唱えるように教えなければならないし、キリスト信仰者の名を冠する者が知っておくべき事柄を家人が身につけているか、毎週チェックしなければなりません。信仰の基本的な内容は、おのおのの家庭で日々反復練習されるべきものとなりました。それまで教会の牧師や教区長らが平気でないがしろにしてきた信仰教育の役割を、一家の父親が引き受けることになったのです。

 

教理問答書が北欧に与えた影響

 

教理問答書は国民教育のあり方をまったく刷新するものでした。教理問答を家庭で教えなければならなくなったので、それを実践するために一般の民衆も読み書きを覚える必要に迫られました。この変化は速やかに北欧全域に及びました。

 

ルター派の信仰を国教として受け入れたスェーデン王国でも、教理問答書は各家庭に当然あるべき本になりました。当時スェーデンの一部だったフィンランドでは、1600年代にこの小冊子は確固たる地位を占めました。

 

ルター派の正統な教えを守ることを教会が特に大切にした時代には、教区長らが教理問答書の内容を一般の民衆が習得するように、粘りつよく指導し監督しました。学びを怠った人は罰を受けました。どのくらい読み書きできるようになったか、また聖句をちゃんと暗唱したか、ということについては、堅信式を受ける前の信徒を主な対象として毎年行われた地方の学習集会で、牧師たちが試問を行いました。

 

1900年代の半ばまでは、多くのフィンランド人は小教理問答書のかなりの箇所を暗記していたものです。教理問答書の学びを大切にするこの伝統は、フィンランドのルーテル教会で若者が堅信礼前に参加を義務付けられている信仰の学びの集まり(堅信キャンプなど)にも、今なおある程度は受け継がれてきています。

 

教理問答書のギリシア語名には、「上の方から何かが響いてくるようにする」、といった意味が含まれています。これは特に小教理問答書の性格をよくあらわしています。神様の真理は、神様のくださった十戒と、私たちが告白する使徒信条と、主の祈りの中にあるからです。なぜ教理問答書を教えるのかというと、この本が確実な真理、神の真理を内包しているからです。

 

真の教理問答書とは何か

 

一個人にすぎないルターの書いた本をキリスト教信仰の中心に置くのはおかしいのではないか、という批判をルター派は受けることがあります。

 

しかし実際、ルターの小教理問答書は聖書の核心を含んでいるのです。その核心とは、十戒、新約聖書が凝縮されたものとも言える使徒信条、主の祈り、聖礼典です。ここで次のようなことを自らに質問してみるのがよいかもしれません。もしも小教理問答書の内容がキリスト教で教えられるべき信仰の核心ではないとしたら、一体どんなことが信仰の核心だといえるのでしょうか。

 

カトリック教会やプロテスタント諸教会では、それぞれ信仰の核心とされる内容にばらつきがあります。このばらつきは、偶然の事情による場合もあれば、教義的な違いによる場合もあります。ルター派である私たちの教会で教えられるべき信仰の中心事項とは、一体何なのでしょうか。

 

同じ教会の説教を一年間通して聴いた人は、その教会で何が一番重要視されているか、気がつくかもしれません。教会で「世論調査」を行えば、教会員がキリスト教について一番大切だと考えていることが何か、浮かび上がってくることでしょう。こうした調査研究を通じて、実際の教理問答の内容、つまり、教会で実際に教えられ学ばれていることが何かわかるはずだ、というわけです。

 

小教理問答書のほかにもっと重要な内容がキリスト教にはあるはずだ、と考えるキリスト教徒は多いことでしょう。しかし、こうした一般意見に基づく「教理問答」の内容が、ルターの小教理問答書とも聖書自体ともかけ離れたものであるのは、ほぼ明らかです。

 

小教理問答書は、信仰の核心を定義しそれを教会の会員皆に教える試みだと言えます。そして、この試み自体、教会のすべての牧師や説教者が取り組むべき大きな課題です。

 

教理問答書を毎日使用する大切さ

 

教理問答書を継続して使用することは、たんにそれを暗記するということにはとどまりません。暗記は手段であって、最終的な目標ではありません。子どもの場合も大人の場合も、信仰生活においては、聖句や教理問答書を暗記することからはじめて、少しずつその内容の理解を深めていくというプロセスを踏むものです。

 

ルターは大教理問答書の序文で、キリスト教の基本をまとめた教理問答書をその外見の単純さのゆえに軽んじたりしないように読者に忠告し、自らは生涯子どものように教理問答書の内容を日々学び続ける意志を表明しています。聖書を熟知していた神学教授であったルターはこれほどまでにキリスト教の基礎を反復練習することを大切にしていたのです。

 

信仰の核心はどのキリスト信仰者にとっても十分に把握されているわけではないので、信仰生活の最重要項目を深く学ぶ鍛錬をたゆまずに続ける必要があります。小教理問答書という小冊子は、それを使い込むことで、キリストという扉を開いて、読者を信仰の宝物庫の中に導き入れてくれる本なのです

 

教理問答書と私たち

 

世界の教会は実に様々な状況の中に置かれています。北欧では国民教会の霊的あるいは社会的な影響力は次第に弱まってきています。一方で、海外伝道の場では、大勢の人々が信仰に導かれる場合もあります。ただ、彼らはまだしっかりとした信仰の基礎を学ぶ機会に恵まれているとはいえません。キリスト教の基本が国民の心に根付くには幾世代にもわたる信仰教育が必要だからです。

 

キリスト教信仰の実質を失いつつある西欧社会においても、海外伝道の場である非キリスト教国においても、教理問答書が誕生した歴史的状況から学ぶべき姿勢が必要でしょう。ルターの小教理問答書は、当時の教会が直面していた信徒教育という大問題に応えようとし大成功を収めた革新的な試みだったのです。

 

教会の未来を左右するのは子ども、若者、家庭です。将来を担う世代と一緒になって信仰の核心をしっかりと見据えて、それを日々たゆまずに学び続けていくという姿勢が大切なのです。

 

ー終わりー

 

マルティン・ルターの小教理問答書

十戒について
使徒信条について
主の祈りについて
聖なる洗礼
聖餐の礼典
懺悔、祈り、家訓

*1:Walter A. Elwell, ed., Evangelical Dictionary of Theology, Second Edition, 1984("Luther's Small Catechism"の項).