巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

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自然と恩寵ーーフランシス・シェーファーの「アクィナス観」とR・C・スプロールの「アクィナス観」、どちらがより妥当なのかな?

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目次

 

はじめに

 

R・C・スプロール師が生前、講義の中で次のような事を言っていました。「フランシス・シェーファーは私の友人でーーただ一つの点を除きーー私たちは互いに同意していました。その一点とは、自然と恩寵に関するシェーファーの『トマス・アクィナス観』です。この点に関してだけは、私は彼にはっきりと反対していました。」

 

近年、注目されるようになってきているジョン・ミルバンク率いるラディカル・オーソドクシー陣営内でも、やはり、自然と恩寵に関するトマス・アクィナスの解釈のことが中心課題の一つになっているように思われます*

 

もしも13世紀のイタリアにタイムスリップできるのなら、私はアクィナス氏に面会を申し込み、尋ねたいです。「アクィナスさん、コメ スタ?さて、いろいろな人々が、自然と恩寵に関するあなたの見解についての解釈をしています。それでお伺いしたいのですが、その中の誰(どの陣営)が、あなたが真に言わんとしていたことをより忠実に表現できていると思いますか?フランシス・シェーファーですか、R・C・スプロールですか、それともジョン・ミルバンクですか?それともみんなある程度、的外れなことを言ったり誤解したりしていますか?チャオ。」

 

下にご紹介する記事の筆者スティーブ・ダン氏は、「アクィナス観においては、シェーファーよりもR・C・スプロールの見解の方が妥当だと思う」という立場を採っています。私はどちらの見方がより妥当なのか、未だ判断のつかない段階にありますが、20世紀の福音主義教会ではシェーファーの見解が優勢であったらしいということだけは知っています。

 

ーーーーーー

Steve Dunn, Where Francis Schaeffer Got Aquinas Wrong, 2013(抄訳)

 

フランシス・シェーファーの見解

 

シェーファーは、中世時代に関する議論にさしかかると、「人間は神に反抗し、それゆえ堕落した。しかし、、堕落は全体ではなく一部に影響を及ぼしただけであった*1」というトマス・アクィナスの見解(であると仮定されているもの)を取り上げています。そしてアリストテレスと普遍/個別に関する主題にさしかかった際、シェーファーは次のように述べています。

 

「トマス・アクィナスは、個的事物に関するアリストテレス的強調ーー個別ーーを中性の哲学にもたらし、これがルネッサンスの人本主義的諸要素およびそこから生み出される基本的問題のお膳立てをした。」*2

 

シェーファーはここで、アクィナスは「キリスト教をアリストテレス化した」(もしくは「アリストテレスのキリスト教化」)という誤りを犯したと評価していますが、それは、神学と哲学の「古典的綜合」としての〔アクィナスによる〕アリストテレス哲学包含を誤表したものだと思います。

 

アクィナスによる「自然ー恩寵」の区別

 

R・C・スプロールは著書「思想がもたらす諸結果(The Consequences of Ideas)」の中で次のように述べています。

 

「おそらくトマス・アクィナスほど、プロテスタントの批評家ーー特に福音主義界の批評家たちーーによって汚名を着せられ、誤解され、誤表されてきたローマ・カトリックの思想家は未だかつて存在しなかっただろうと思う。*3」。そして、シェーファーのアクィナス批判に関し、スプロールは続けてこう言っています。

 

「トマスの犯した重大なる誤りは、自然と恩寵を彼が『分離』したことにある、というのが広く受け入れられた定説になっています。しかしこの非難は、紛れもないナンセンスです。これほど真相からかけ離れた告発はありません。『トマスは、自然を恩寵から切り離した』と責めることにより、私たちは、彼の哲学全体の主眼点--特に、キリスト教信仰の擁護という点に関することーーを見失ってしまうことになります。」*4

 

シェーファーは、"より高次なもの"である恩寵のことを「創造主なる神、天および天的事物、不可視的なものと地上におけるその影響*5」と説明しています。そしてもう一つの存在、"より低次のもの"である自然は、「被造されたもの、地上および地上的事物、可視的かつ、因果律の宇宙の中で通常起こること*6」であると説明した上で次のようにコメントしています。

 

「トマス・アクィナスの〔負の〕影響により、この世界および世界における人間の立場には、以前よりも卓越性が付与されるようになった。アクィナスの教えによってもたらされた否定的結果というのは、個々の事物ーー個別ーーが、独立したもの、自律したものとみなされるようになり、その結果、個別に付随する意味が喪失され始めたことにある。」*7

 

アクィナスの大著『神学大全』の中で、伝記作家ディアルメイド・マククロックは次のように書いています。

 

「『神学大全』では、存在および神のご性質に関するもっとも抽象的問いが取り扱われているのと同時に、『日常生活を私たちはどのように捉えていくべきなのか』、『神のご計画の一部として私たちはどのように生きていくべきなのか』等、非常に実際的な議論にまでテーマが及んでいます。こういった問いや区別を考察し、結論に向かいつつ、本書は神によって造られた地上的および天的被造物に関する調和した見解を提示しています。、、そしてトマスは、この調和を理解するに当たり、理性の使用に諸制限を置いています。」*8

 

上記の説明は、シェーファーのアクィナス分析とはほぼ正反対のことを言っています!自然と恩寵に関するアクィナスの見解は、両者が別々の真理領域にあったということではなく、また、「二重真理説」というイスラム教的構築の影響下にあったということでもありません。そうではなく、自然と恩寵という諸機能の間には区別があるということです。

 

「二重真理説*9」に関係していたイスラムの哲学者アベロエス (イブン・ルシュド)やアビセンナ(イブン・シーナー)等は、(神学と哲学,啓示と理性,信仰と認識の)それぞれの真理が互いに矛盾することがありうると考えていました。ですから例えば、哲学において真であることは、神学においては偽であるかもしれないし、その逆のケースもあり得るということです。これに関し、スプロールは、「こういった知的統合失調症は、すさまじい勢いで自然と恩寵を分離する」と述べています。*10

 

上記の見解とは対照的に、トマスは、哲学と神学は「真理探究において互いに相補的役割を果たしている。恩寵は自然と破壊せず、かえって自然を完成させる*11」と信じていました。彼の諸見解を箇条書きにしてみると次のようにまとめられるかもしれません。

 

アクィナスは信仰への哲学的アプローチを採用している。

アクィナスは信仰を、神についての諸命題に関するものとして捉える傾向があった。

アクィナスは信仰と証拠と関連させている。

アクィナスの信仰観は、神学的であり、その中でそれは神ご自身に関連している。*12

 

最後に、アリスター・マクグラスの言明を引用して、この記事を終わりにしたいと思います。

 

「アクィナスは信仰に対し、強固に知的アプローチを採っており、信仰を、確実な知(scientia)と意見(opinion)の中途にあるなにかとして取り扱っています。アクィナスにとり、確実な知(scientia)というのは『自明的に真であるなにか』もしくは『自明的に真であるなにかから引き出されるものとして立証され得るなにか』としての意味を持っています。*13

 

確実な知の場合、真理は、人間知性の側に同意を求めますが、その理由は①それが自明的に正しいから、もしくは、②それが非常に力強く説得力あるロジカルな議論によってサポートされているため、合理的精神はことごとく確信しないわけにはいかないからです。他方、信仰の場合、人間理性にそれを受諾させるだけの証拠は十分ではありません。それゆえ、(知識のより低次形態としての)信仰のコモンセンス的理解は、トマス・アクィナスの著述の中にしっかりと基礎づけられているように思われます。」*14

 

ー終わりー

 

12 Thomas Aquinas(1) - YouTube

13 Thomas Aquinas(2) - YouTube

Why study Thomas Aquinas with Simon Oliver - YouTube

*1:Francis Schaeffer, How Should We Then Live? (Crossway Books: 1976), p.52.

*2:同上。

*3:R.C. Sproul, Consequences of Ideas (Crossway: 200) p. 67

*4:同上。

*5:Schaeffer (1976), p. 55

*6:同上。

*7:同著,p.55.

*8:Diarmaid MacCulloch, Christianity: The First Three Thousand Years (2009) p. 413.

*9:【二重真理説】神学と哲学、哲学と理性、信仰と認識のそれぞれの真理が互いに矛盾することがありうるとする二元論。 13世紀のラテン・アベロイズムがその典型とされる。しかしその代表者シジェ・ド・ブラバンは,哲学とはアリストテレス研究であって,それが信仰と矛盾していてもかまわないと主張したにすぎない。この一派は 1270,77年にパリ司教 E.タンピエによって異端とされた。 14世紀には哲学の厳密性を求めたドゥンス・スコツスが,神の存在や霊魂不滅などの命題を,論証しえないが信仰のうえでは真なるものとして二重真理説の傾向を示した。その立場を明確に打出したのはオッカムで,彼とともに中世的な哲学が終る。なお,教会内部ではあくまでも異端とされるこの立場の最近の例は,A.ロアジらの近代化運動にみられる。(参照

*10:R.C. Sproul (2000), p. 68.

*11:同著,69.

*12:Taken from Alister McGrath, Introduction to Christian Theology (Blackwell Publishers: 2001) p. 241.

*13:以下は、トマス・アクィナス『神学大全II』第12問第13項山田昌注釈(13)ーー「確実な知」scientiaとは、知性によって自明的に直観される「第一原理」prima principiaから必然的に帰結してくる知識の体系であり、それは客観的にかつ必然的に真である。これに対し「意見」opinioは、主観的に真と思われていることがらであって、scientiaのような客観的確実性を持たない。「信仰」fidesはscientiaとopinioとの中間に位する認識であって、信ずる人自身が自ら直観したことを信ずるのではなく、誰か直観した人(預言者、使徒、キリスト)の認識を真実として、同意をもって受け取るのであるから、scientiaとしての性格を欠いている。しかしそれは第一真理にかかわるものであるから、単なる主観的なopinioでもない。信仰と知との関係については、第2・2部1問5項において論じられる。

*14:同著,pp. 238-239.