巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

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黙示録2章のニコライ派に関し一般に信じられている〈神話〉についてーー「語根にかかわる誤謬(root fallacy)」の事例

ニコライ派ーーキリスト教内における権力とコントロール(ヘブル的ルーツ運動に関与するMidrash Monthlyのサイトより)Nicolaitan | Midrash Monthly

 

目次 

 

はじめに

 

架空のお話をします。

 

関東地方に、剛治猛(ごうじたけし)という中年男性が住んでいました。彼は元々プロテスタント教会の牧師をしていたのですが、その後、独自の教義を作り上げ、次第に彼の集団はカルト化していきました。人々は彼の名にちなんで、この新興宗教団体のことを「剛治派」と呼ぶようになりました。

 

さて500年後、ある外国人の教会史家が、「21世紀における日本異端史」の研究を始め、その過程で、この「剛治派」グループの存在に気づきました。彼は和英辞典で懸命にこの派の名前の意味や語源を調べ、次のことを発見しました。

 

=力が強いこと、勇ましいこと、堅い。

=治める、政事を行なって世の中を治める、刑を決める、罰を決めて罪人を取り締まる。

 

こうして、彼は、『21世紀における日本異端史』の中の、「剛治派」の項に次のような解説を記しました。

 

【剛治派(ごうじは)】

プロテスタント系新興宗派。もともと「剛治」という言葉は「剛」と「治」という二語からなり、強力なパワーによって世を支配し、人を懲罰刑にする強権制を示すことばである。従って、教団指導者だけが重要で、信徒は奴隷同様とみなす考え方および抑圧行為がこの派の特徴である。

 

私たち日本人の常識からしたら、人の苗字の語源と連結させる形で、その人の創設した教団の特徴が語られているというのはやはりあり得ない話だと思います。例えば、創価学会の初代会長の名前は牧口常三郎ですが、これなども、想像力をたくましくすると、次のように「解説」することができると思います。

 

=牧場、牧する、〔比喩的に〕魂をケアする。

=消化器系の開口部。人や物の出入りするところ。物事の初めの部分。

 

【牧口派(まきぐちは)】

法華経系の在家仏教の団体。もともと「牧口」という言葉は「牧」と「口」という二語からなり、他の誰に先立ち、率先して魂をケアする高潔なる人格性および宗教性を示すことばである。

 

それでは【ニコライ派】はどうでしょうか?黙示録2章にある「ニコライ派」は、ニコラオス(Nicolaus)という執事の教えに由来しているというのが大筋における初代教会の見解です。それではまず、みなさんと一緒に初期クリスチャンの文献を少し読んでみたいと思います。

 

初代教会の証言

 

例えば、リオンの監督エイレナイオス(2世紀)は、ニコライ派およびニコラオスについて次のように説明しています。

 

「ニコライ派というのは、あのニコラオス(Νικόλαος)ーー使徒たちによって執事職に初めて任命された7人の内の1人ーーの追従者のことを指している。ニコライ派の人々は、抑制のない放縦に身をゆだねた生活を送っている。こういった人たちの性格はヨハネの黙示録の中に明確に描き出されている。そこから分かるのが、彼らは、姦淫を行なったり、偶像に捧げられたものを食べたりすることに平気であるということだ。」Irenaeus, Ante-Nicene Fathers, vol.1, p.352.

 

アレクサンドリアのクレメンス(2世紀)はニコラオスについてこう言っています。

 

「ニコラオスに追従していると言っている者たちは、彼の格言を引用し、『肉体は乱用されてしかるべきである』といってそれを悪用している。しかしその尊い人物〔ニコラオス〕が実際に意味していたのは、快楽や情欲を抑制する必要があるということだったのだ。」Clement of Alexandria, ANF, vol.2, p.373.

 

それからヒュッポリトス(3世紀)はこう述べています。

 

「ニコラオスはこういった邪悪な人々の蔓延の元凶となっている。彼は使徒たちによって執事職に任命された7人の内の1人であった。しかし、彼は正統教理から逸脱し、生活や食べ物のことに関し人々に無関心を吹き込んでいた。こうしてニコラオスの弟子たちが聖霊を冒涜し続けるに及んで、ヨハネは黙示録の中で、彼らのことを不品行を行なう者、偶像の神に捧げた物を食べさせる物として叱責した。」Hippolytus, ANF, vol.5, p.115.

 

ニコラオスの具体的教えや、ニコライ派の人々がどのくらいニコラオスのオリジナル教説を採用していたのかについては、一次資料をもってしても確実には断定できず、蓋然性の域を出ませんが、少なくとも、初代教会の著述家たちが一様に、ニコライ派とニコラオスを何らかの形で関連づけていたということだけは言えるのではないかと思います*1。(詳しくは巻末資料)

 

現代の実例

 

そうなりますと、やはり次に挙げるような語源スタディーによる「解説」は、【剛治派】や【牧口派】と同様、かなり釈義的に飛躍があるように思います。

 

実例1

「ニコライ派について二度言及されている、、これらは、今日にいう、マインドコントロールされたカルト集団である。もともとニコライという言葉は、ニカオスとラオスという二つの言葉からなり、講壇に立つ役職についた人々が他の会衆と自分たちを区別するための階級制度を示すことばである。指導者だけが重要で、他は奴隷同様とみなす考え方。このようにニコライ派の人々は人々を支配し、働きを独占しようとする。」(引用元

 

実例2

「ギリシャ語は、二つの言葉から成っています。一つ〔ニカオス〕は、『征服する』あるいは『勝利する』を意味し、もう一つ〔ラオス〕は、『一般の人』、『世俗の人々』、『平信徒』を意味します。ですから、『一般の人々を征服する』、『平信徒の上で勝利する』を意味します。『ニコライの者たち』は、一般の信者たちよりも自分を一段と高く見なす者たちの群れを言っているに違いありません。これは疑いもなく、カトリックとプロテスタントによって受け継がれ、確立された聖職者階級制度でした。主はこれらのニコライの者たちのわざと振る舞いを憎まれます。ですから、わたしたちも、主の憎まれるものを憎まなければなりません。」(引用元

 

実例1も実例2も、ニコラオスというギリシャ語の語根スタディーから結論(推論)を導き出しており、D・A・カーソン師およびダニエル・B・ウォーレス師は、この種の釈義的誤りを、Root Fallacy(語根にかかわる誤謬)というカテゴリーに分類しています。(詳しくはココ

 

尚、上記の両実例で描き出されている「確立された聖職者階級制度」という結論の直接的・間接的リソース元は、サイラス・スコフィールド(1843-1921)による『スコフィールド引照・注解付き聖書』です。スコフィールドは、黙示録2:6の注釈部分に次のように記しています。

 

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サイラス・スコフィールド(1843-1921)

 

6節

ニコライ派

「ニカオ『征服する』と、ラオス『人々』もしくは『平信徒』に由来している。ニコライ派のセクトには古代権威が存在していなかった。もしこの語が象徴的なものなら、これは祭司的秩序、もしくは『聖職者』という観念の最初期の形態についての言及であり、後に、マタイ23:8で言われている平等な兄弟としての関係を、『聖職者』と『平信徒』に分割させるに至った。

*〔ニコライ派〕黙2:15、〔対比〕1ペテロ5:2、1ペテロ5:3、マタイ24:49.

以上『スコフィールド引照・注解付き聖書』(出典

 

歴代の教会的解釈の伝統にはない、こういった新解釈について、ダニエル・R・ジェニング師は次のように述べています。

 

 「現代の解釈者の中には、〔前述した初代教会の伝統とは〕別の提案をしている人々もいます。彼らはニコライ派(Νικολαϊτῶν; Νικολαΐτης)というギリシャ語の構成に注目し、「これは、二つのギリシャ語で成り立っている合成語である。つまり、『征服する』と意味するニカオと、『人々』を意味するラオスの二語であり、ラオスは『平信徒』のことを指している」という憶測を立てています。

 

 それゆえ、この解釈によると、ニコライ派というのはニコラオスとは一切関係がなく、その代りに、『平信徒を支配する者たち』なのだとされています。そしてこの解釈は、否定的な意味合いにおいて、会衆の上に権力を行使しようとする牧師たちのことを描き出すものとして用いられており、それによると、ニコライ派の人々は、実に横柄で高圧的かつ権威主義的な牧師たちであり、彼らは教会の会衆制に従おうとしていなかったのです。

 

 『ニコライ派』という言葉に対するこのような適用の仕方にはいくつかの問題があります。まず第一に、初期キリスト教徒の著述家の中でこの見解を持っていた人は皆無であり、彼らは皆一様に、ニコライ派はニコラオスという執事となにがしかの関連性を持つという考えにおいて一致していました。

 

 二番目に、こういった初期キリスト教徒の著述家の多くは、ギリシャ語を母語としたのですが、〔ネイティブ・スピーカーである〕彼らの内、ニコライ派という語を二つの構成語に分解して解釈を施した人は誰もおらず、また、『ニコライ派の人々は、牧師に対する会衆的権威に対し抵抗していた個々人のことであった』といった主張もしていませんでした。

 

 三番目に、たといニコライ派という語が、いわゆる『平信徒』と『征服』という二語で構成された合成語であったとしても、今度は逆に、『それは、(神による権威を与えられている)牧師の権威を強奪することによって教会を不法占拠しようとしていた"平信徒"のことを意味していた」という解釈もまた可能です。』」

Daniel R. Jennings, Ancient & Medieval References To The Nicolaitanes, Final Thoughts

 

結語

 

本稿で取り扱ってきたニコライ派に関する新解釈は、語根にかかわる誤謬(root fallacy)の一つの典型ではないかと思います。しかしこれの真の深刻さは、一つの単語に対する誤解釈が、教会論や歴史観にも影響を与え、それらを歪めてしまうことにあると思います。

 

実例2は、ウィットネス・リーによる黙示録注解(回復訳聖書の注釈)からの引用でしたが、「『ニコライの者たち』は、一般の信者たちよりも自分を一段と高く見なす者たちの群れを言っているに違いありません。これは疑いもなくカトリックとプロテスタントによって受け継がれ、確立された聖職者階級制度でした。主はこれらのニコライの者たちのわざと振る舞いを憎まれます。ですから、わたしたちも、主の憎まれるものを憎まなければなりません。」というリーの断定表現は、彼(or 彼の群れ)の独自の教会観(地方召会)の断片を反映しているように思われます。*2

 

〔一次資料〕ニコライ派に関する古代および中世文献

 

1.新約聖書の中での言及 New Testament References

2.ニコラオス(1世紀)Nicolaus (1st Century)

3.リオンのエイレナイオス(120-202)Irenaeus Of Lyons (c.120-202)

4.アレクサンドリアのクレメンス(d.215)Clement Of Alexandria (d. c.215)

5.偽テルトゥリアヌス(3世紀初期?)Pseudo-Tertullian (Circa Early 3rd Century?)

6.テルトゥリアヌス(160-230)Tertullian (c.160-c.230)

7.偽ヒュポリトゥス(2世紀)Pseudo-Hippolytus (2nd Century)

8.ローマのヒュポリトゥス(d.236)Hippolytus Of Rome (d. c. 236)

9.ペッタウのヴィクトリヌス(2-3世紀)Victorinus Of Pettau (2nd-3rd Centuries)

10.カイサリアのエウセビウス(260-337)Eusebius Of Caesarea (c.260-c.337)

11..ニッサのグレゴリウス(d.387) Gregory of Nyssa (d. c.387)

12.バルセロナのパスィアン(310-391)Pacian Of Barcelona (c.310-391)

13.サラミスのエピファニウス(311-403)Epiphanius Of Salamis (c.311-403)

14.ミラノのアンブロシウス(339-397)Ambrose Of Milan (339-397)

15.使徒たちによる規約集(4世紀後半)Constitutions Of The Holy Apostles (Late 4th Century)

16.偽アンティオケのイグナティウス(4世紀後半)Pseudo-Ignatius Of Antioch (Late 4th Century)

17.ヒエロニムス(340-420)Jerome (c.340-420)

18.ヒッポのアウグスティヌス(354-430)Augustine Of Hippo (354-430)

19.ヨハネ・カシアン(360-435)とアボット・ピアムン(4世紀)John Cassian (c.360-c.435) & Abbott Piamun (4th Century)

20.ゲラシスス1世(d.496)Gelasius I (d. 496)

21.賢者ゲルダス(500-570)Gildas The Wise (c. 500 – 570)

22.カイサリアのアンデレ(7世紀)Andrew of Caesarea (7th Century)

23.ベーダ・ヴェネラビリス(672-735)Venerable Bede (c.672-735)

24.ダマスカスのヨハネ(676-770)John Of Damascus (c.676-c.770)

25.コンスタンティノープルのフォティウス(810-897)Photius of Constantinople (c.810-c.897)

 

〔補足〕ウォッチマン・ニーの「ニコライ派」解説

 

ウォッチマン・ニーもまた、ジョン・ネルソン・ダービー及びサイラス・スコフィールド系譜の古典的ディスペンセーション主義聖書解釈の影響を受け、ニコライ派について次のような解説をしています。

 

 「『ニコライ派』という語は、原語では二つの語で構成されています。最初の語は「ニコ」であり、これは征服する、制圧するという意味です。二番目の語は、「ライタン」で、これは人々とか、一般人という意味です。そしてこの二語が組み合わさり、「ニコライ派 ‘Nicolaitans’」という語が形成され、これは、「人々を征服する者たち」ないしは「一般民衆を制圧する者たち」という意味です。

 

 それゆえに、ニコライ派というのは他でもない、「教会の中で他の兄弟たちを抑圧し、コントロールし、征服しようとしている人々」のことを指します。なぜなら、彼らは教会の中に見い出されるからです。そしてニコライ派の教えは、「教会の中にはヒエラルキーがなければならず、聖職者の地位と平信徒の地位の間には区別がなければならない」と言っています。

 

 単語の意味に関して言えば、ここにはまた他の重要な点があります。黙2:14-15にはバラムの教えとニコライ派の教えのことが一緒に言及されています。バラムはヘブライ語の単語であり、ニコライ派はギリシャ語の単語です。

 

 前にみてきたように、ギリシャ語で「ニコライ派」は、人々を征服する者という意味合いがありますが、ヘブライ語の「バラム」という語にも類似の意味があります。「バラム」という語は、「人々を貪り破滅させる者たち」という意味があるのです!バラムがバラクをそそのかし、イスラエルの民をこの世に誘惑したように、ニコライ派も教会組織を、世的共同体に変質させたのです。」

Watchman Nee, Collected Works, Vol. 4: The Christian (2), Chap. 5, Sect. 6.

 

関連記事:

 

*1:因みにリチャード・ボウカムは、Theology of the Book of Revelation(1993)の中で次のように述べています。「『ニコライ派』というのは彼らがニコラオスの追従者であることを示しています。」

*2:ウィットネス・リーの著述は、ジョン・ネルソン・ダービー(1800-88)、ヘンリー・アルフォード(1810-71)、マーヴィン・ヴィンセント(1834-1922)、W・E・ヴァイン(1873-1949)、ケネス・ウースト(1893-1962)、ゲルハルト・キッテル(1888-1948)等の注解者たちのことに言及しています。詳しくは以下の資料をお読みください。LSM’s Recovery Version of the NT footnotes contain 13 references to John N. Darby (1800-1888), 15 references to Henry Alford (1810 – 1871), 18 references to Marvin Vincent (1834--1922); 3 references to Johann Albrecht Bengel (1687 – 1752), 1 citation of Kenneth Wuest (1893 – 1962), zero references to W. E. Vine, D. M. Panton, R. Govett & G. Kittel. LSM’s English publications have over 600 references to John N. Darby (1800-1888), approx. 125 citations of David Morrieson Panton (1870 – 1955), over 100 references to Henry Alford (1810 – 1871), over 100 citations of George Hawkins Pember (1837--1910), approx. 80 references to Marvin Vincent (1834--1922), over 70 citations of Robert Govett, (1813 – 1901), 23 citations of Kenneth Wuest (1893 – 1962), 10 references to Gerhard Kittel (1888 – 1948), 10 references to Fredrick Lewis Godet (1812—1900), 5 references to W. E. (William Edwy) Vine (1873 - 1949) [W. E. Vine’s Expository Dictionary of NT Words was first published ~1940] There are 2 references to Johann Albrecht Bengel (1687 – 1752) in LSM’s publications. We note that LSM’s publications also have 19 references to The Two Babylons by Alexander Hislop (1807–65), first issued as a pamphlet in 1853, expanded in 1858, and finally published as a book in 1919. [This is a discredited work, which ought to be entitled “Hislop’s Fables,” nevertheless LSM continues to cite it as an authoritative source.] The life-spans of these author give an indication of the publication dates of their works—weighted by frequency, the mean date would fall in the 19th-century! Only Wuest’s works & Panton’s writings were first published in the post-World War 2 era! W. Lee’s use of these sources is illustrated by the following quotes: “We have to learn to use the appropriate reference books and concordances. For example, Strong's Exhaustive Concordance of the Bible has numbered and identified more than 5,600 Greek words which are used in the New Testament. At present, almost all the Bible expositors and those who pursue the truth use this book. The Theological Dictionary of the New Testament written by Gerhard Kittel and the New Testament word study of Henry Alford both contain deep analysis on the meaning and usage of every significant word in the New Testament. We have to know how to use these reference books.” [W. Lee, Truth, Life, the Church, & the Gospel—The Four Great Pillars in the Lord's Recovery, Chap. 8, Sect. 4] “We need to study every word of every verse. For this, we need the Greek text. Even if we do not know Greek, we can use reference books, such as Strong's Exhaustive Concordance of the Bible, Young's Analytical Concordance to the Bible, Vine's Expository Dictionary of New Testament Words, Vincent's Word Studies in the New Testament, an interlinear Greek and English New Testament, and a Greek dictionary. We can also compare different versions, such as the American Standard Version, Darby's New Translation, the Amplified Bible, and Wuest's Expanded Translation. These references will render much help to us.” [W. Lee, Crucial Elements of God's Economy, Chap. 1, Sect. 4] “To study a book of the Bible word by word and according to different topics, we need the help of reference books such as Greek and Hebrew lexicons and concordances. The best two concordances are Strong's Exhaustive Concordance of the Bible and Young's Analytical Concordance to the Bible. Vine's Expository Dictionary of New Testament Words is a great help to us. Wuest's Expanded Translation, the Amplified Bible, and Vincent's Word Studies in the New Testament also are helpful.” [W. Lee, Crucial Principles for the Christian Life & the Church Life, Chap. 8, Sect. 5] “The Greek word for truth is aletheia. In studying this word, I consulted a number of lexicons & concordances. I was especially helped by the article on truth in Kittel's Theological Dictionary of the NT.” [W. Lee, Life-Study of 1, 2, & 3 John, Jude, Chap. 9, Sect. 2](出典).