巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

聖書の霊感と権威(宇田進師 他)

目次

  

聖書論への基本的アプローチ(宇田進師)

 

聖書学の研究においても一般に「歴史的方法」と呼ばれている方法が用いられる。その場合、その根柢にどのような世界観、どのような哲学的前提があるかを十分見極めることが何よりも重要である

 

というのは、たとえばドイツの神学者E・トレルチが提唱した歴史的方法の場合を見ると、その根柢に人間中心主義的な世界観がすえられていたために、聖書の超自然的要素や神的歴史はすべて切り取られ、結局、聖書のうちでも現在と「類比」を持つものだけが認められるという結果を招いた。

 

神学が真に聖書的であるためには、聖書をありのままに受け取らなければならない。つまり、聖書自身の用語で聖書を受け入れ、聖書そのものの基盤に立ち、聖書自身の見地から研究し、その成果を提示すべきなのである。私たちは聖書を無理に異質の哲学思想の中に押し込めてはならない。

 

宇田進「神学入門」/『新聖書事典』(いのちのことば社)より *1

 

エルンスト・トレルチ「歴史的方法」

 

『新約聖書講解』で知られているアードルフ・シュラッターは、かつて正しい観察に基づかずに「ある種の予断」をもって聖書にアプローチした近代の「神学的合理主義」の誤りを厳しく批判したことがある。*2

 

我々は、その具体的な一例をエルンスト・トレルチ(1865-1923)が提唱した「歴史的方法」に見ることが出来る。この方法は、トレルチが1900年に著した「神学における歴史的方法と教義学的方法について」("Uber historische und dogmatische Methode in der Theologie")の中で明らかにされている。

 

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エルンスト・トレルチ(Ernst Troeltsch,1865-1923)

 

トレルチは、特に啓蒙主義以降に発達を見た近代歴史学の諸前提を全面的に受け入れ、その上にキリスト教神学を打ち建てようとした。啓蒙主義の中心をなしていたのは、「自律性(Autonomie)」の精神である。

 

この立場は、歴史的研究に対して、いかなる教義的な外的前提も拒否する。つまり、従来のキリスト教神学が認めてきた諸前提や特異性を拒否するのである。そして歴史的研究は、自然科学的な方法に似て、経験的・アポステオリなものなので、キリスト教を前もってユニークなものと見なして考察することを許さない。

 

トレルチはこのような近代の自然主義的な見方に立って、「批判」(Kritik)、「類比」(Analogie)、「相関関係」(Korrelation)をその三原則とする「歴史的方法」を提唱したのである。

 

第一の「批判」の原則について、トレルチは、数学的認識の必然性に比べると、歴史的認識においては蓋然性の判断があるのみであるから、その度合いを高めていくために歴史的認識の土台となるべき伝承や記憶は常に歴史的批評にさらされ、実際問題としてそれらは繰り返し破壊され、変更され、修正されねばならないと考える。この点、聖書といえども例外ではない。

 

第二の原則は、過去の出来事と現在の出来事との間に見られるべき「類比」の主張である。言い換えるならば、歴史的認識とは、この類比を手がかりとして、ある未知のものをすでに知られたものから解釈していくということである。この類似の概念は、宗教史学派の方法において決定的な役割を果たすようになった。

 

つまり、類比の原則は、キリスト教のみを超自然的なものと見なし、他宗教をすべて人間精神の自然的産物と見なすことを許さなくしたのである。

 

第三の原則は「相関関係」である。これは、人間の歴史におけるすべての現象は、相関関係の中にあるというものである。すなわち、歴史は相互に働い合い交渉し合いつつ織られていくのである。従って、先行条件もなく、事後結果も生み出さないような、全く孤立した出来事は歴史の中に存在しないという原理である。

 

この原則に立つと、通常の歴史の因果律からはずされ、先行の歴史的条件からは説明し得ない「奇蹟」というようなものは、歴史から完全に締め出される結果となるとトレンチは結論する。

 

このようなトレンチの歴史的方法に関して、ヴォルフハルト・パネンベルグは、それが神学にとって破壊的となり、伝統的なキリスト論の諸教理(キリストの神性、復活)を通用しないものとし、キリストを一人の宗教的偉人にしてしまうと共に、歴史的方法が本質的構造的に「人間中心主義的な世界観」と一つでなければならないという誤った前提あるいは予断に基づいている事実を適切に批判している。*3

 

R・K・ブルトマン「聖書の非神話化論」「実存論的解釈」

 

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ルドルフ・カール・ブルトマン(Rudolf Karl Bultmann,1884-1976)

 

もう一つの類似したケースとその問題性を、我々は、近年、「聖書の非神話化論」と「実存論的解釈」を提唱したR・K・ブルトマンに見ることが出来る。

 

以下、宗教社会学者ピーター・バーガーのブルトマン批判*4に言及しつつ検討する。

 

ブルトマンのパラダイムの出発点は、「現代意識に参与することが必要だと考え・・・現代の世俗性に拠って伝統を再解釈すること」*5であると言える。

 

この立場はトレルチの「批判」「類比」「相関関係」の原則などを内容とする近代の歴史学的方法をはじめ、近代哲学の認識論に基づく現代的な知的手段を採用すると共に、より根本的な選択に踏み切らざるを得なかった。それは「権威の交換」*6と呼ばれる一大選択であった。

 

すなわち、「現代意識とそれがもち込んだ範疇とが宗教的反省にとって唯一の妥当性基準となる」*7という選択に踏み切ったのである。

 

現代の世俗化状況に敏感なブルトマン的パラダイムは、聖書自身の認識論的前提と、現代の世俗性の認識論的前提ーー「たとえば、科学的認識は確実なものであり、真理であることを保証する」「実在しているものは人が見ること、とらえることのできるものである」「この世界には奇跡はなく、デーモンもおらず、いかなる超自然的な領域もありえない」*8といった想定ーーとの間の「ギャップ」と、宗教意識に対するこの世の世俗性の「認識論的な圧力」*9とをいち早く察知し、「認識論的な取引」*10に出たと言える。

 

このようなプロセスの中で起こったことは、「多くの妥協*11であると共に、「宗教的敬虔をあらわしていた一定の外装の放棄」*12と、イエスの奇蹟などの「超自然的な装飾を剥ぎ取る」*13ことであった。

 

ところで、このようなブルトマン的パラダイムの根底には、次のような問題性をはらんだ想定が潜んでいると考えられる。その一つは、「この世俗性は、それに先立って存在したいかなる世界観に対してよりも優越したものであるという認識論的な想定への飛躍*14である。

 

言い換えれば、「それは、人間は時代が下がるほど、それまで知らなかったか、知られていても不十分であった真理認識の方法をより多く見い出すという想定である」*15

 

これに対しバーガーは宗教社会学の観点から、「この想定が正当であるという根拠は、たいていの場合、全然示されないのである」*16と指摘している。

 

もう一つの想定は、「ある点については、現代人は過去の人間に比べて、認識の面で劣っていることがありうるという考えはない」*17という自信に満ちた判断である。

 

だがしかし、以上のような想定に基づくブルトマン的パラダイムは、ついにはケリュグマ(福音)全体を、人間実存の「歴史性」(Geschichtlichkeit)というハイデッガー的概念*18に還元することにより「超越の喪失という貧困化*19を刈り取り、「結局キリスト教の告知には、ひとにぎりの実存主義的人間論が残るだけになってしまう」*20

 

つまり、端的に言うと、ケリュグマは、この世の文化的哲学的所以以上の何物でももはやなくなってしまい、ある意味で現代人に受容されやすくなるが、皮肉にも誰もそれを特別に欲しないものになってしまうという、福音宣教の本来的意図に逆行する運命をたどらざるを得なくなるのではないだろうか?

 

そもそもあらゆる宗教における中心的経験は、「人間の日常生活の現実の中に侵入してくる別の現実の浸透の経験」*21であると考えられる。「このような相互浸透の相における世界観をすべて無効としてしまうことは、事実上すべての宗教体験そのものの否定*22に帰着するであろう。

 

ブルトマンが立脚点としている近代的世俗性のコスモスは、「いかなる超自然的なものも、かなたの世界も、またそのような世界からの来臨も含まないコスモス」*23である。だが、「このコスモスを信じるのであれば・・・そのありうべき帰結の一つは、これ以外の異なるコスモスに基づくような比喩の使用を断念することである。」

 

そして「現代人はリアリティーに対する一定の有効な洞察を獲得した一方で、彼はまた同じ様な有効性のある別の洞察を失った」*24と言える。

 

考えてみると、「歴史は、一つの意識構造を生み、そして他を消滅させるということを繰り返している。どの意識構造も慎重に受け止められ、そしてそれに即して、可能な限りの洞察をもって理解されねばならない。

この意味において、現代意識は歴史的有効性のある多くの構造の中の一つなのであるーーそれ以上のものでも以下のものでもない。このような見方は、現代人が何をもはや信じられないか、というような必然的言い方をすべて排除させる」*25と言えるのではないだろうか。

 

また、最近では、ゲーアハルト・マイアーも、合理主義に立った歴史的・批評的研究方法は、聖書に対する近代の学問的解釈の唯一妥当性を主張することによって、実質的には教会の一般的地平から聖書を取り上げてしまい、「主のことばを聞くことの飢饉」(アモス8:11-12)を招来するような形で聖書を教会に与えたという意味において、「教会に新しいバビロン捕囚をもたらした」*26と警告している。

 

聖書観の構築ーー聖書の「自己証言」に基づいて

 

ここでは、以上のような警鐘の意味するところを慎重に吟味しながら、以下の点を考慮しつつ、基本的には聖書の「自己証言」に基づいて聖書観の構築に当たる方法が妥当であると考える。

 

①一般社会に目を留めると、すべての人は、例えば法廷において、自己証言の権利を与えられている。また、人間関係における相互理解においても、ある特定の人に関する真相とか真実というものは、その人自らが口を開いて初めて明らかになる場合が多いということは、我々の経験するところである。

 

②歴代の教会は、聖書の権威を立証する際に、共通して聖書の自己証言に依存してきた。聖書の権威の問題は、キリストの神性、信仰義認、代償的贖罪などの教理と並ぶ、もう一つの主要な教理である。

 

歴代の教会は、これらの諸教理の立証をなすに当たっては、みな共通に聖書に向かった。例えば、キリストの代償的贖罪に関する情報は、聖書のほかにない。聖書の権威の問題の場合も、同じように聖書自身の証言に向かわざるを得ないと考えたわけである。

 

③かつて宗教改革者のカルヴァンは、人々に聖書を神の言葉であると信じさせ、その神的権威を確信させるのは、教皇を中心とする教会の権威とその決定によるとしたカトリックに対して、もしそうならば神の永遠不変の真理が人間の決定に依存することになるが、事実はむしろその逆で、聖書の著者は神であるので、たとえてみると、砂糖はそれ自身で甘いことを示すように、聖書はそれ自身で神の言葉であることを証するということを、ギリシャ語の「アウトピスティス」をもって訴えたことはよく知られているところである*27

 

以上、宇田進「啓示と聖書」/『実用聖書注解』(いのちのことば社)より

 

霊感とは

以下、宇田進「啓示と聖書」『実用聖書注解』の要点を整理(by 安黒務師)

 

①霊感とは

ー「聖書はすべて、神の霊感による」(Ⅱテモテ3:16)・・・聖書論全体の基本的宣言

ー霊感とは、「聖書原典を記した聖書記者たちに与えられた聖霊の超自然的影響」であり、それによって彼らの文書が神的信頼性と神的権威とを帯びるものとなった。

 

②神の霊感による

ー(ギ)セオプニューストス(セオス「神」とプネオー「息を吐く」)

ー not 聖書が人間的著作者の中への神的な「吹き込み」(in breathing)の所産 but 聖書は「神によって吹き出された」=神の創造的息の所産

 

③霊感の働き

啓示(revelation)・・・歴史における出来事(行為)と言葉とによる神御自身と救いの計画の開示・伝達の現実

照明(illumination)・・・神の啓示(聖書)の意味を理解し、それを悟らせ、確信へと導くために信仰者の心と理性を啓明する聖霊の働き

霊感(inspiration)・・・啓示的文書としての聖書の形成に対してなされた聖霊の働き。霊感の機能は、神の啓示的文書としての聖書を純正にして信頼できる形で形成した。

  

十全霊感

 

①霊感の範囲

 

A. 歴史的見解

ー 霊感は「創世記から黙示録まで」の聖書正典全体

ー価値論的な視点-歴代志とローマ書には価値の度合いに差 but ともに霊感された書物

 

B. 旧約聖書全体

ーパウロ「聖書はすべて」(Ⅱテモテ3:16)

ー「預言」(Ⅱペテロ1:19-21)-霊感に結び付けている、「律法」(ヨハネ10:34-35)-神的権威の強調

ー「モーセおよびすべての預言者」(ルカ24:25-27)-聖書全体の意

ー「律法と預言者と詩篇」(ルカ24:44-45)-聖書と同一視

当時読まれていた一つのまとまりを持った文書の全体が念頭にあった

ー以上のことにより、「律法」と「預言者」=旧約聖書全体

 

C. 新約聖書

 ーパウロの文書の扱い(Ⅱペテロ3:16)-ペテロはパウロの文書を聖書と同一視ーヨハネの文書の扱い(Ⅰヨハネ4:6,黙示録22:18-19)-ヨハネが彼自身の文書を聖書と同一視

ー以上のことにより、新約の記者たちは、聖書は旧約の時代から彼ら新約の時代にわたって続いて書き記されてきているとの自覚

 

②十全霊感

・部分霊感(partial inspiration)-霊感はある特定の書、ある特定の部分

・十全霊感(plenary inspiration)-聖書全体に働いた聖霊のわざ

 

③啓示の漸進性

ー神の啓示内容-神の救済の歴史の展開

ー潜在的段階→顕在的段階へ、約束→成就、部分的→全体、不完全→完全

累進的(cumulative)、漸進的(progressive)な進展過程

 

言語霊感 

①言語霊感

ー思想霊感・・・聖書の中の思想だけが霊感されているという説

言語霊感(verbal inspiration)・・・「神が我々に語ろうとし、事実語られるのは、聖書のみ言葉を通してであり、それ以外ではないので、言語霊感以外の霊感観は考えられない」(ジェームズ・スマート)思想と言語は不可分一体である。

 

言語霊感の正しい理解のための留意点(シェッド、カイパー、ラム、パッカー、エリクソン)

 

ー言語霊感を主張する場合、意味(思想)から切り離された個々別々の単語、独立した一つ一つの言葉に対する霊感とか、あたかも天のコンピューターから一語一語が機械的に電送されてきたかのような形の霊感を意味してはいない。

 

ー超越的な永遠の真理を伝達する上での人間の言語に関する近代の懐疑主義的見解と、聖書の宗教における言語観についての基本的視点を確認しておくこと。

 

近代の懐疑主義的見解

☆カント「純粋理性批判」

ー信仰と確実な認識の切断、信仰の立場と理性の立場の峻別

ー確実な理論的認識-現象の世界に限定

ー神や霊的世界-確実な理論的認識は不可能

ー懐疑主義的傾向→論理実証主義、分析哲学、構造言語学の言語観

(F.ソシュール)

 

☆A.J.エイヤー

 「超越的な神の性質を記述しようとしているいかなる文章も字義上の

意味をもちえない」「神についての発言はすべて無意味である」

 ー言語はすべて象徴的なもので、字義通りの真理を表現できない

 ー言語はすべて、可視的世界の感覚的経験から由来するものである故

に、霊的・超越的世界の事柄には不適当

 

☆P.ティリッヒの思想の影響→「神の死の神学」

 ーキリスト教神学における不可知論的傾向

 ー神と人間との間の真理伝達の不確実さの風潮

 「神が存在されるとしても、もはや神がいかなる方であるかを知ることはできない」

 

☆聖書における言語観

 1.神はまさに言語を用いて語られた。

 2.創世記最初の数章

 3.言語のもつ豊かな機能(パッカー)

 

有機的同流

①not 「天から降ってきた神の託宣」「仮現的な(docetic)聖書)」but・・・

「有機的同流」「二重著作性」

・神的側面と人的側面-相互の関与、両者の協動(Ⅱサムエル 23・2)

・主の言葉の伝達と文書化における預言者の主体的関与

 ・諸資料の収集と選別、諸伝承の価値判断、自ら最終的な決定

 ・聖書の「人間性」

 ○カルヴァン-「神はご自身をわれわれ人間に適合(順応)させた」(accommodatio Dei)

 

類比の関係-「人となられた言葉」(受肉のキリスト)と「聖書となった神のことば」

 1.聖書の神性と人間性

 2.聖書は全く神的であり、神の言葉である。同時に、全く人間的であり、人間によって書かれた言葉である。

 ○H.バーフィング「また、我々は聖書における弱くかつ卑しいしもべの形態を認めなければならない。しかし、キリストにおける人性が弱くかつ卑しいものでありながら、一切の罪から離れていたように、聖書もまた汚れなしで生まれたのである。」

 

聖書は神のことばである

1.「直接的同一性」を認める立場・・・福音主義の伝統

2.「全く人間の書」とみなす立場・・・自由主義の伝統

3.「第三の道」・・・両者に認められる真理契機をひとつの新しい形で綜合(K.バルト)

a. バルトの聖書観の輪郭

・ 「聖書は神の啓示に関する証言」=バルトの聖書観の根本命題

 b.聖書の可謬性の容認

・聖書-not 神託の書物、直接的伝達の器官 but 証言(誤りを犯す人間)

・歴史的文献的批評の適用

  

c.聖書は「神のことば」である

 ・言語霊感-伝統的方法の拒否

・行為主義(activism)、現実主義、出来事主義(actualism)

・信仰による出来事、神の奇跡-秘儀的・神秘的説明に帰着

 

聖書の無謬性・無誤性

1.聖書の信頼性の問題

 

a.聖書の信頼性

・旧約の詩人の告白(詩篇119・86,160,172)

・箴言30・5-6

・救い主(ヨハネ17・17)

・改革者カルヴァン「神から来るものは、ことごとく神聖・かつ不可侵な真実である」(キリスト教綱要Ⅲ・2・6)

・教会の歴史-古代の教父、中世のスコラ主義者、16世紀の宗教改革者、17世紀の正統主義者、近代の福音主義諸教会・・・聖書の霊感・権威・信頼性に関して驚くばかりの一致。

 

b. 無謬性(infallibility)、無誤性(inerrancy)の問題-J.I.パッカー

 ・「無謬性」の使用について

 ・「無誤性」の使用について

 ・カトリック側*「聖書の教授にあたって従う規範」

 ・「無謬性」と「無誤性」は、使われた時の文脈によってニュアンスの違いは認められるが、実質的には同義的、互換的なもので、「信頼できる」「全く正しい」「誤ることがあり得ない」「誤りがない」が両者に共通した意味である。

 

2.無謬性・無誤性の意味の理解

 

無誤性を巡る議論

①バルトの立場-無誤性は論外の事柄

②福音派の立場

 ー無誤性論は不毛な論議とかんがえる動き

 ー無誤性を重要視(大多数)・・・無謬の聖書=「認識上の橋」

 

3.福音主義諸教会の理解-「聖書のみ」の大原則

・聖書中に見出される問題は問題として認めつつ

ローザンヌ誓約第二項「旧新両約聖書全体が、神の霊感による、真実で、権威ある唯一の書き記された神のことばであり、それが証言するすべてにおいて誤りがなく、信仰と実践の唯一の無謬の規範である」の告白に同意

・聖書の無誤性に関するシカゴ声明

 

・注意事項の慎重な吟味と聖書の生成に関する一層の研究

 

聖霊の内的証明

人間の応答

 ・聖書自身-神のことば

 ・人間の応答-信仰や服従を快くささげようとはしない

 ・人間の状態-罪のゆえに、心は暗く、理解力は歪められ、意志は悪に隷属

 

聖霊の内的証明

 a.教会の証言-聖書の数々の卓越性

 b.聖霊の内的証明

カルヴァン-キリスト教綱要Ⅰ・7・4「預言者の口を通して語りたもうこの同じ御霊も、預言者らが神から委託されたところを、忠実に伝えているのを確信させるように、われわれの心のうちに突き入ってきたもう必要がある」「神のみがその語りたもうみ言葉についてのふさわしい証人」「この御言葉も、御霊の内的な証しによって封印されぬうちは、人の心のうちに信頼をかちとることはできない。」

 

パウロ-Ⅰコリント2章「神のあかし(1)」は「十字架につけられたキリスト(2)」であり「隠された奥義としての神の知恵(7)」と規定される。この福音は「説得力のある知恵のことば」によらず「御霊と御力の現われ(4)」であった。「御霊によって私たちに啓示されたのです(10)」

*人間の反応

 

 

 

【追加資料】「聖書信仰の問題の根底にあるのはやはり権威の問題」(鞭木由行師/聖書神学舎校長)

 

鞭木由行「キリストの権威と聖書信仰」/『聖書信仰とその諸問題』聖書神学舎教師会〔編〕p221-230一部抜粋

 

帰納的論証

 

教会が誕生してから約1800年間、教会は聖書の権威を固く信じて歩んできました。しかし、18世紀から発展してきた歴史的批評学のもとで、聖書の権威に疑問の目が向けられるようになり、聖書信仰は弱体化し、否定されるようになりました。

 

その方法や主張はさまざまでも、その根柢にはいつも人間の権威、あるいは人間理性の権威が聖書のそれにまさるという考え方がありました。

 

一方で教会は、その権威を守り、主張するためにさまざまな弁証を積み上げてきました。その古典的方法論は、帰納的論証であったと思います。

 

聖書の持つ道徳的卓越性、歴史的記述の正確さ、世界に与えた影響力の大きさ、多様性の中の驚くべき統一性等、聖書自体が持つ無比の権威を主張して、それによって聖書を弁護してきました。

 

これらの証拠は、聖書が自ら証明していることであり、それ自体、今日でもなお有効かつ強力なものである。そればかりか、19世紀以降、聖書の歴史的記述の信頼性を示すさまざまな客観的考古学的証拠が提示されるようになってきました。

 

例えば、聖書の歴史的信頼性を破壊しようと企てた考古学者ウィリアム・ラムゼーの研究です。彼は、小アジアの実地調査の結果として、「彼(ルカ)が事実を述べたくだりは信頼できるだけでなく、真に歴史的感覚を備えた最も偉大な歴史家の一人である」ことを認めるようになりました。

 

また、最初は聖書の懐疑的であった偉大な考古学者、言語学者であったウィリアム・オールブライトも、同様の貢献を旧約聖書に対して行ないました。

 

前提的方法論

 

しかし、そのような事実の積み重ねによってすべてが立証されることはできず、もう一方では、聖書を弁護するために演繹的方法も試みられてきました。

 

たとえば、信仰告白として「私たちはこう信じる」と宣言するような信仰告白的方法です。自分はこう信じるという宣言が出発点なので、弁証的証拠による議論を求めることはしません。

 

前提的方法論はその代表的な方法で、ゴードン・クラークやヴァン・ティルなどによって広く受け入れられるようになりました。

 

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ゴードン・クラーク(Gordon Haddon Clark, 1902-1985)

 

聖書は、最高の権威を持つ書物として、聖書は「アウトピスティス(autopistis)」であり、それ自身が至高の権威を持っているということを前提として議論しました。

 

最初に「聖書は神のことばである」と断じ、次には「聖書は神のことばであると自ら主張している」「だから、聖書は神のことばである」と展開していきます。

 

これは一種の循環論法ですが、聖書が唯一至高の権威と承認するのであれば、多かれ少なかれ、そのような議論の方法を展開せざるを得なかったと思います。

 

唯一至高の権威を認めれば、それが出発点にならざるを得ず、また唯一の思考の権威はそれよりも劣るものによって証明されることはできないので、それ自身で自己証明する以外に方法がないからです。

 

ですから、これが唯一矛盾のない、統一性のある議論となるのです。しかいs、これだと他の宗教において同様の主張がなされた場合(たとえばイスラム教の正典コーラン)、それ以上反論できなくなってしまう弱点が残されています。

 

そこで、同様の方法をとりながら、しかし、単なる循環論法に終わらない形で聖書の権威と無誤性を論じることはできないかと考えました。

 

そしてそれは、聖書の権威についての「聖書の自証」というだけではなく、私たちの主イエスの権威ある証言を通して、聖書の権威を論じることです

 

どのような方法をとるにしても、聖書信仰の問題の根底にあるのはやはり権威の問題です。新約聖書の記述を見わたすと、そこに展開されているのは、私たちの主イエス・キリストの至高の権威であることに気づかされます。

 

この至高の権威に基づいて、キリスト論的に聖書の権威を論じたいと思います。聖書の教理はどれひとつをとってみても、個別に存在することはできません。

 

特に聖書教理は、どのような聖書観を持つかによって決定されます。今日、聖書の権威が揺らぐ状況のなかで、その背後において生じているのは、実は、主イエスの権威の問題ではないかと思います。

 

そこで、ここでは最初に主イエスの至高の権威を改めて確認したうえで、主イエスが聖書についてどのように主張されたかを考え、そこから聖書独自の、唯一の権威を考えたいと思います。(中略)

 

信仰の出発点としての至高のキリスト

 

私が主イエスの権威について繰り返し主張するのには、もちろん、わけがあります。聖書信仰を考える時、最終的にはそれは権威の問題だと気づかされるからです。私たちの聖書信仰の出発点は何でしょうか。

 

それは歴史的にいつごろから聖書信仰ということが言われるようになったのかという問いではなく、私たちの信仰上の出発点はどこなのかという問題です。

 

ある意味で、これは私が信仰を持つ以前から考えさせられてきたことでした。それは、「私はどうしたら確実な知識を得ることができるのか、確実な知識はどのように成立するのか?」という問題でした。

 

信仰を持つ以前は、それは純粋に思考上の問題でしたが、主の救いにあずかった今は、信仰ゆえにすでに確固たる確信の上に立っている者として、どこに信仰の出発点を置いたらよいのかという課題でした。

 

それが最終的に私にとって明確になってきたのは、キリストが「アウトセオスである」という、カルヴァンの主張に出会った時でした。カルヴァンは、『キリスト教綱要』1篇13章25節で、三位一体について論じる中でこう言っています。

 

「絶対的な意味で『神性』というのはそれ自身で存在する、と私たちは言う。そのことから同様に、御子は、神であるので彼自身において存在していると私たちは告白する。」

 

ここでカルヴァンは、父なる神だけではなく御子もそれ自身において神(アウトセオス)であることを断言しています。御子はご自分が神であることに関して、ほかに何も必要としないお方です。

 

そうであれば、このお方以外のどこから出発することができるでしょうか。今日、私たちは聖書信仰の問題に関しても、この主イエスの至高の権威ということを教会の中に回復する必要があると考えています。

 

なぜならこのことが、福音主義信仰の出発点であると考えるからです。そのことはヴァン・ティルが語った「聖書の語る自己証言的キリスト(The self-attesting Christ of Scripture)」から出発することと同じことではないかと思います。

 

この点については、使徒たちが証ししているように、私たちも同じ結論に到達します。キリストの至高の権威を主張することが使徒たちのやり方でした。

 

福音書記者たちは、主の誕生を語る時、主は聖霊によってマリアに宿ったと言い、また公生涯の初めにおいて「『これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞きなさい』という声」(マタイ17:5)がして、キリストに聞き従うことが命じられ、主は生涯の間、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」(ヨハネ14:6)と宣言されました。

 

そして、十字架の復活と昇天において、最も鮮やかにその至高の権威を現されたのです。

 

このような主の権威は、教会において、もっと明白に主張されるべきです。今日の教会の問題は、聖書観の問題にしても、キリストに十分な権威が帰されていないところにあります。福音主義は聖書とキリストによって成り立っており、そういう意味で、福音主義とは聖書主義であり、キリスト中心主義です。

 

キリスト中心主義とは、三位一体論を根拠に、三位一体の中でキリストがアウトセオスであることを承認することです。その権威は絶対的であり、決して人間的な証明を必要としていません。

 

自明のキリストであり、論証の余地のない、論証の必要のないキリストであり、キリスト自身が自らを明らかにしている、そのようなキリストです。キリストがだれであるのかということは、キリストがご自分について主張されたこと、つまり、キリストご自身の自己同一性によって(who Christ is depends on Christ's self-identification)決められるべき問題です。

 

もしキリストが、自分で語っておられるようなお方であるなら、今や人間の思弁はすべて排除されます。なぜなら、神はご自分を指して誓うことしかおできにならないからです。

 

パウロは、このようなキリストの至高の権威を主張しています。それが、宣教者パウロの宣教方法でした。たとえば、パウロはこう言っています。「イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです」(1コリ2:2)。ただ十字架のキリストを宣教しました。

 

この世の知恵としての議論や弁証を展開したのではありません。パウロは、一方的に宣言しています。人間的な知恵による論証を積み重ねたのではない。

 

「しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリシャ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです」(1コリ1:23-24)。

 

だから、パウロの出発点はキリストです。有無を言わせず、権威を持ってイエス・キリストを宣言することがパウロのやり方でした。新約聖書は、主イエス・キリストの至高の権威について主張しています。

 

キリスト教を語るとは、キリストの絶対的な、最終的な権威を伝えることにほかならないでしょう。そのような初代教会の範に比べると、今日の伝道は、著しくキリストの権威において後退した福音宣教に陥っていると思われます。

 

【追加資料2】A・ティーセルトンによるE・トレルチの「歴史的方法」批評〔英文〕

 

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Anthony C. Thiselton, The Two Horizons: New Testament Hermeneutics and Philosophical Description, chapter 9. Historical Method in Ernst Troeltsch, 1980.

 

A comprehensive discussion of hermeneutics and history would be expected to include a consideration of Dilthey, who comes chronologically before Troeltsch.

 

The present study does indeed include a later discussion of Wilhelm Dilthey. But so close is the connection between Dilthey’s work and Bultmann’s view of history and hermeneutics that it will be more convenient to allow a direct comparison between these two thinkers by reserving our section on Dilthey (together with Collingwood) until our consideration of Bultmann.

 

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ヴィルヘルム・ルートヴィヒ・ディルタイ (Wilhelm Dilthey,1833 –1911)

 

The connections between Dilthey and Bultmann turn not only on their common concerns about “life,” but also on their relationship to Kant, their concern about the present significance of history, and their assumption that throughout history, as H. N. Tuttle expresses it, “all men think, feel, will as we ourselves would in a like situation. *28

 

This last verdict, as we shall see, is very different from that which would be expressed by Troeltsch, who insisted that the problem of historical distance cannot be solved so easily.

 

Ernst Troeltsch (1865-1929) believed that the rise in the nineteenth century of critical historical consciousness and rigorous historical method had profound and far-reaching effects for traditional Christian belief.

 

Christian origins, he argued, must no longer be viewed in terms of unique supernatural divine acts in history, but as a historical phenomenon viewed in.the context of its own times.

 

In his attitude towards the New Testament, Troeltsch stood on the opposite side of the gulf from Albrecht Ritschl and Martin Kahler. Ritschl had insisted that while judgments of fact concern the scientist, judgments of value concern the theologian.

 

The New Testament and especially the message of Jesus fall under the category of value. Similarly Martin Kahler asserted that the faith of the Christian cannot be said to depend on the conclusions of historical scholars.*29

 

Ernst Troeltsch declared, however, that “it is merely a figure of speech when one says that simple faith cannot be made dependent upon scholars and professors."*30

 

If Jesus is a historical fact, he is, like all historical facts, inescapably subject to the methods of historical research, and faith waits upon the results of historical science. Such a position, Braaten comments, is as clearly opposed to K&hler’s as it is possible to conceive.*31

 

Borrowing Pannenberg’s kind of language, we might say that Troeltsch refuses to place Jesus in a ghetto of salvation-history, but places him on the stage of universal religious and historical consciousness. In this respect Troeltsch embodies the outlook of the History of Religions School at the turn of the century.

 

In the opening section of this chapter, on “the pastness of the past,” we claimed that D. E. Nineham’s approach to the historical interpretation of the New Testament very accurately reflected Troeltsch’s perspective.

 

We suggest that this similarity becomes evident at three distinct points. First of all, Troeltsch believed that the rise of the historical-critical method constituted one of the great advances of human thought, and entailed a revolution in the consciousness of Western man.

 

The historian’s attention to “facts ,” together with his awareness of the problem of context and historical relativity, meant that man’s intellectual life could never be the same again.

 

In his article on historiography, he notes that primitive man was content with the recollections of his family and clan, and that “the beginnings of history are found in religious traditions legends, myths and tales” in which “recollection is embedded in a vas; romanticism."*32

 

The Greeks were ready to move beyond this stage, but, according to Troeltsch, Christianity kept the clock back for fifteen hundred years, by its attempt to view all history within the framework of a supernaturalist theology. Hints of a new spirit came with the Renaissance; and then more fully with the Enlightenment, until eventually “modem historical reflection” emerged in the nineteenth century.*33

 

It is not to criticize or to undervalue Troeltsch’s approach to point out that this very attitude towards history is itself a product of its times, thereby demonstrating the inescapability of historical relativity.

 

For, as Herbert Butterfield points out, the end of the nineteenth century and the beginning of the twentieth stand “on the crest of what might be called a great wave of historical thinking. ” He adds, “Perhaps it is not going too far to say that the wave has been receding ever since.“

 

Thus at this particular point in time, near the turn of the century, Lord Acton was arguing in many different ways that “the historical revolution of the nineteenth century was a bigger event, a bigger change in the character of human thought, than that ‘revival of learning’ which we associate with the Renaissance."*34

 

E. Nineham’s claims may be a little less sweeping than those of Troeltsch or Lord Acton, but he insists that there is “an important element of novelty in the task of the New Testament interpreter today, ‘because he is doing his work in an historical age.’ *35

 

“It is like what I think Nietzsche meant when he said that in the nineteenth century mankind developed, or recognized, a sixth sense, the historical sense.“*36

 

To talk about historical consciousness as a sixth sense is to make a far-reaching claim. Secondly, Troeltsch believed that the application of rigorous historical method to Christian faith and Christian origins was in conflict with a supernaturalistic Christian theology as a matter of basic principle. Van A. Harvey makes the point clearly.

 

He writes, “The problem was not, as so many theologians then believed, that the Biblical critics emerged from their libraries with results disturbing to believers, but that the method itself . . . was based on assumptions quite irreconcilable with traditional belief.

  If the theologian regards the Scriptures as supernaturally inspired, the historian must assume that the Bible is intelligible only in terms of its historical context and is subject to the same principles of interpretation and criticism that are applied to other writings.

  If the theologian believes that the events of the Bible are the results of the supernatural intervention of God, the historian regards such an explanation as a hindrance to true historical understanding." *37

 

There is a sense in which this is axiomatic for all biblical criticism. Questions about the language and literary character of the New Testament can only be answered in terms of Troeltsch’s principle that the historian’s task “is to explain every movement, process, state and nexus of things by reference to the web of its causal relations."*38

 

However, Troeltsch insists that even the theological subject-matter within the New Testament that claims to be unique or to represent an intervention of God must be interpreted exclusively in terms of “the web of its causal relations.”

 

For Troeltsch himself it was a matter of principle that “once the historical method is applied to Biblical science . . . it is a leaven that alters everything. . . . Whoever lends it a finger must give it a hand."*39

 

It is an all-or-nothing affair, which must be applied not only to sources, theories of development, and the dating of documents, but to questions about miracles, Christology, and revelation.

 

It is indeed important for Troeltsch’s philosophy of history that the historian of religion excludes the possibility of any explanation in terms of divine interventions or unique events.

 

The causal nexus that surrounds an event is, in Troeltsch’s view, part of a wider, universal network of cause and effect. Christianity and Christian origins must be seen in the wider cultural context of religion in the ancient world.

 

In this repect we have already noted that Troeltsch stands with the pioneers of the History of Religions School. We cannot make any absolute and final claim on behalf of Christianity, Troeltsch urges, precisely because neither we nor the Christian faith can be extracted from a particular context in culture and history.

 

Once again, D. E. Nineham adopts the same kind of perspective in his fourth essay. He alludes to the questioning of belief in a unique incarnation voiced by such scholars as Don Cupitt, Maurice F. Wiles, and Harry Williams, and comments,

 

“What I should like to see would be New Testament scholars subjecting it to like questioning in their own sphere. . . . I should not be altogether surprised if those who adopted such an approach concluded that, while the events of Jesus’ career were such as to demand interpretation in terms of a unique-indeed literally finaldivine intervention given the presuppositions of certain circles in firstcentury Jewish culture, they might not have seemed to demand such interpretations given different cultural assumptions."*40

 

The key to this approach is a historical methodology which approaches its subject matter on the assumption “that all past events form a single interconnected web and that no event occurs without this-worldly causation of some sort."*41

 

These sentences could well have been written by Troeltsch. Thirdly, Troeltsch formulates a theory of historical probability in terms of a principle of analogy with the historian’s present experience.

 

Troeltsch writes, “ On the analogy of the events known to us we seek by conjecture and sympathetic understanding to explain and reconstruct the past. From this point, again, we advance to the criticism of extant traditions and to the correction of generally accepted historical representation."*42

 

Troeltsch acknowledges that on this basis historical inquiry is conditioned by the range of the investigator’s own experience, but he insists that “the purely scientific aim of historical reflection is not thereby surrendered."*43

 

The practical consequence, that no historical judgment can ever be final or absolute, was already implied first of all by historical relativity, and secondly by the fact that any historical research always remains open to correction by later discovery or judgment. Thus “the writing of history can never be exhaustive and never complete.“*44

 

The role of analogy in Troeltsch’s thought has far-reaching effects. For example, whether the historian critically rejects accounts of miracles found in the traditions of the New Testament will depend on whether he himself experiences miracles as events which occur in daily life.

 

Van Harvey brings out the sharp contrast which this implies between the outlook of the historian and that of the Christian theologian. “If the theologian believes that the events upon which Christendom rests are unique, the historian assumes (i.e. in Troeltsch’s view) that those events, like all events, are analogous to those in the present and that it IS only on this assumption that statements about them are to be assessed at all.” On this basis, the attachment of faith can be only “a corruption of historical judgment.“*45

 

On this third point D. E. Nineham is more cautious than Troeltsch. He does not explicitly commit himself to the view that analogy with present experience is the touchstone of historical probability. However, he insists that “how we see things” depends on the axioms or presuppositions of our own cultural age and society, and it is assumed that we can only adopt those of our new culture as a matter of intellectual integrity.*46

 

Whereas in Gadamer, for example, there is a two-way movement between the horizons of the text and those of the interpreter, in which the interpreter listens and is judged as well as judging, Nineham’s modern man can only remain where he is, even though he must certainly try to view the text in the context of its own times. There is no hint in Nineham of Fuchs’ insistence that “the texts must translate us before we can translate them” or that “the truth has us ourselves as its object."*47

 

Nineham illustrates that phenomenon of cultural relativity with reference to some words of T. E. Hulme. Cultural presuppositions, Hulme declares, become so much part of the mind of the people of the given culture “and lie so far back, that they are never really conscious of them. They do not see them, but other things through them.” They constitute “doctrines seen as facts."*48

 

In due course we shall compare this idea of cultural presuppositions with some of Wittgenstein’s observations in his last writing On Certainty, on what G. E. Moore had regarded as certainties of “common sense.” They are certainties, Wittgenstein argues, in the sense that they are like hinges on which all our everyday propositions turn. They perform a logical role not unlike that of the theological assertion “it is written."*49

 

Such a proposition, Wittgenstein explains, “gives our way of looking at things . . . their form. . . . Perhaps for unthinkable ages it has belonged to the scaffolding of our thoughts. (Every human being has parents.)*50

 

O Nineham’s point is that in the New Testament this “scaffolding of our thoughts” is a matter of cultural relativity. This is why he endorses the perspective earlier represented by Troeltsch that, while the historian must view ancient events in the context of their ancient culture, the historical criteria employed by the historian can only be those of his own time.

 

But was the “scaffolding” of the thoughts of the New Testament writers only culture-relative, or was it also due to theological convictions which constitute part of the distinctive Hebrew-Christian tradition of thought? Was it because of cultural patterns or theological patterns that the incarnation, for example, was conceived of as something unique?

 

Towards the very end of this study we shall undertake a form-critical examination of utterances which express this “scaffolding” of New Testament thought in the light of Wittgenstein’s remarks in On Certainty and elsewhere, partly in the hope that it may shed some light on this complex problem.

 

Our more immediate task, however, is to turn for guidance to Wolfhart Pannenberg’s masterly comments on this question.

*1:啓 示 と 聖 書参照

*2:Atheistische Methode in der Theologie, 1905.

*3:詳しくは『組織神学の根本問題』邦訳1984参照。

*4:『異端の時代ーー現代における宗教の可能性』邦訳1987.以下PBで表記

*5:PB, p.80

*6:PB, p.80

*7:PB, p.80

*8:PB, p.151

*9:PB, p.134

*10:PB, p.135

*11:PB, p.135

*12:PB, p.135

*13:PB, p.152

*14:PB, p.150

*15:PB, p.150

*16:PB, p.150-151

*17:PB, p.151

*18:

Image result for N.J. Young, History and Existential Theology

N.J. Young, History and Existential Theology, 1969及び、Anthony Thiselton, The Two Horizons: New Testament Hermeneutics and Philosophical Description, 1980参照

*19:PB, p.159

*20:PB, p.159

*21:PB, p.159

*22:PB, p.160

*23:PB, p.160

*24:PB, p.160

*25:PB, p.162

*26:『歴史的・批評的研究方法の終焉』邦訳 1978.

*27:ジャン・カルヴァン『基督教綱要』I:7:5

*28: H. N. Tuttle, Wilhelm Dilthev’s Philosophy of Historical Understanding. A Critical Anulysis (Brill, Leiden, 1969). p.11.

*29:Cf. M. Kkhler, The So-Called Historical Jesus and the Historic Biblical Christ (Eng. ed. by C. E. Braaten, Fortress Press, Philadelphia, 1964).

*30:E. Troeltsch, Die Bedeutung der Geschichtlichkeit Jesus fiir den Glauben (Mohr, Tiibingen, 1929), p. 34.

*31:C. E. Braaten, “ Introduction” in M. Kahler, The So-Called Historical Jesus, p. 27.

*32:E. Troeltsch, "Historiography” in Contemporary Religious Thinkers, p. 77 (cf. pp. 76-97)))“ At this stage there is not the slightest trace of a desire for real knowledge or of a critical spirit."((Ibid., pp. 77-78.

*33:Ibid., pp. 80-81.

*34:Ibid.

*35:D. E. Nineham, New Testament Interpretation in an Historical Age, p. 5.

*36:Ibid.

*37:V. A. Harvey, The Historian and the Believer, p. 5.

*38:E. Troeltsch, “Historiogmphy” in Contemporary Religious Thinkers, p. 83.

*39:E. Troeltsch, Gesummelte Schrifren (Mohr, Tubingen, 1913), II, 730 and 734.

*40:D. E. Nineham, New Testament Interpretation, pp. 18 and 20.

*41:Ibid., p. 18.

*42:E. Troeltsch, “Historiography” in Contemporary Religious Thinkers, p. 81.

*43:Ibid., p. 84.

*44:Ibid., p. 91.

*45:V. A. Harvey, The Historian and the Believer, p. 5.

*46:D. E. Nineham, New Testament Interpretation and the untitled essay in Christian Believing, pp. 81 and 82.

*47:E. Fuchs, “The Hermeneutical Problem” in The Future of Our Religious Past, p. 277 (Germ. E. Dinkler, ed., Zeit und Geschichte, p. 365); and “The New Testament and the Hermeneutical Problem” in N.H., p. 143.

*48:D. .E. Nineham, New Testament Interpretation, p. 6; cf. T. E. Hulme, Spcwrltrfions (Routledge and Kegan Paul, London, 1949), pp. SO-S I.

*49:L. Wittgenstein, Cert.. sects. 69, 128, 136, 144, 152, 210, 216, 343, and 655. 110. Ihid.. sect. 211. I I I. W. Pannenberg.

*50:Ibid.. sect. 211.