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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

ディダケー(12使徒の遺訓:Διδαχή των Δώδεκα Αποστόλων)第4章 いのちの道④

Δ'

1. Τέκνον μου, τοῦ λαλοῦντός σοι
τὸν λόγον τοῦ Θεοῦ μνησθήσῃ νυκτὸς καὶ ἡμέρας (Ἑβρ. 13,7-21),
τιμήσεις δὲ αὐτὸν ὡς Kύριον (Πρβλ Ματθ. 10,40
ὅθεν γὰρ ἡ κυριότης λαλεῖται, ἐκεῖ Κύριός ἐστιν.

わが子よ。あなたに御言葉を説き明かしてくれる方のことを昼も夜も覚え、主を敬うように、この方を敬いなさい。

なぜなら、主の教えが語られるところに、主は御臨在されるからである。

 


2. Ἐκζητήσεις δὲ καθ’ ἡμέραν τὰ πρόσωπα τῶν ἁγίων,
ἵνα ἐπαναπαῇς τοῖς λόγοις αὐτῶν.

そして毎日、敬虔な聖徒と一緒にいるように努めなさい。そうすれば、こういった聖徒の語る言葉のうちに安らぐことができるだろう。

 


3. Οὐ ποθήσεις σχίσμα, εἰρηνεύσεις δὲ μαχομένους·
κρινεῖς δικαίως,
οὐ λήψῃ πρόσωπον ἐλέγξαι ἐπὶ παραπτώμασιν (Δευτ. 1,17).

分裂を起こそうともくろむのではなく、むしろ、いさかいを起こしている人々の間に和解をもたらすようにしなさい。公平に物事を裁きなさい。罪をとがめることに関しては、誰をも片寄りみてはならない。

 


4. Οὐ διψυχήσεις, πότερον ἔσται ἢ οὔ.

何をすべきで、何をすべきでないのか――、こういった事に関して、あなたは優柔不断であってはならない。

 


5. Μὴ γίνου πρὸς μὲν τὸ λαβεῖν ἐκτείνων τὰς χεῖρας,
πρὸς δὲ τὸ δοῦναι συσπῶν (Σοφ. Σειράχ 4,31).

何かを《もらう》際には手を伸ばしながら、いざ自分が《与える》側となるや、その手を引っ込めるような者になってはいけない。

 


6. Ἐὰν ἔχῃς διὰ τῶν χειρῶν σου,
δὸς εἰς λύτρωσιν ἁμαρτιῶν σου.

もしあなたに支払えるだけのお金があるのなら、自分の罪とがのための償い金を払いなさい。

 


7. Οὐ διστάσεις δοῦναι οὐδὲ διδοὺς γογγύσεις·
γνώσῃ γάρ, τίς ἐστιν ὁ τοῦ μισθοῦ καλὸς ἀνταποδότης.

その際、いやいや不平をこぼしながら支払ってはならない。というのも、あなたは、自分に報いてくださる良き報い主がどなたであるかを知っているからだ。

 


8. Οὐκ ἀποστραφήσῃ τὸν ἐνδεόμενον (Σοφ. Σειράχ 4,5),
συγκοινωνήσεις δὲ πάντα τῷ ἀδελφῷ σου
καὶ οὐκ ἐρεῖς ἴδια εἶναι·
εἰ γὰρ ἐν τῷ ἀθανάτῳ κοινωνοί ἐστε,
πόσῳ μᾶλλον ἐν τοῖς θνητοῖς.

あなたは貧しい人々から目を背けてはならない。そうではなく、――何ひとつ自分の物だと主張することなく――、すべての物をあなたの兄弟と分かち合いなさい。

もし私たちが《永遠のもの》を共に共有する者とされているのなら、《この世のもの》はなお一層のこと、共に分かち合うべきではないだろうか。

 


9. Οὐκ ἀρεῖς τὴν χεῖρα σου ἀπὸ τοῦ υἱοῦ σου
ἢ ἀπὸ τῆς θυγατρός σου,
ἀλλὰ ἀπὸ νεότητος διδάξεις αὐτοὺς τὸν φόβον τοῦ Θεοῦ.

しつけに際し、あなたの息子や娘に手を差し控えてはならず、むしろ、子どもたちの小さい時から、神への畏れを教えなければならない。

 


10. Οὐκ ἐπιτάξεις δούλῳ σου ἢ παιδίσκῃ,
τοῖς ἐπὶ τὸν αὐτὸν Θεὸν ἐλπίζουσιν, ἐν πικρίᾳ σου,
μήποτε οὐ μὴ φοβηθήσονται τὸν ἐπ’ ἀμφοτέροις Θεόν·
οὐ γὰρ ἔρχεται κατὰ πρόσωπον καλέσαι,
ἀλλ’ ἐφ’ οὓς τὸ πνεῦμα ἡτοίμασεν.

あなたは、自分が苛立っている時に、しもべや召使に命令を下してはならない。―彼らとて、『同じ神に望みを置いている』人々なのだ。

そうでないと結果的に彼らは、あなたがた両方の上に君臨しておられる神を畏れなくなるだろう。

なぜなら、神は人の社会的地位いかんによってではなく、御霊によって備えられた人々を召してくださっているからだ。

 


11. Ὑμεῖς δὲ οἱ δοῦλοι ὑποταγήσεσθε τοῖς κυρίοις ὑμῶν ὡς τύπῳ Θεοῦ ἐν αἰσχύνῃ καὶ φόβῳ (Ἐφεσ. 6,5).

そしてしもべたちよ。あなたがたは、自分の主人のことを、神を象徴するものとし、恐れと尊敬の念をもって彼に従いなさい。

 


12. Μισήσεις πᾶσαν ὑπόκρισιν καὶ πᾶν ὃ μὴ ἀρεστὸν τῷ Κυρίῳ.

あなたは、あらゆる偽善、そして主を喜ばせないもの全てに対し、これを忌み嫌わなければならない。

 


13. Οὐ μὴ ἐγκαταλίπῃς ἐντολὰς Κυρίου,
φυλάξεις δὲ ἃ παρέλαβες,
μήτε προστιθεὶς μήτε ἀφαιρῶν.

主の掟をないがしろにせず、これまでに受けた教えを――それに付け加えることもせず、また取り除くこともせず――守りなさい。

 


14. Ἐν ἐκκλησίᾳ ἐξομολογήσῃ τὰ παραπτώματά σου (Ἰακ. 5,16),
καὶ οὐ προσελεύσῃ ἐπὶ προσευχήν σου ἐν συνειδήσει πονηρᾷ.
Αὕτη ἐστὶν ἡ ὁδὸς τῆς ζωῆς.

教会では、あなた自身の犯してしまった咎・過ちを告白しなさい。やましい心を持ったままの状態で、祈りにのぞんではならない。

以上、これが《いのちの道》である。