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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

川の慰め――エミー・カーマイケルの信仰詩

 

時が時を数えつつ、二年という歳月が過ぎ、

人生の流れを共にした人が、

すべてを変える海の方へ 

彼女の祖国へと急ぎながら

去っていった。

 

彼女は今も、私にとっての彼女自身でいてくれるのかしら?

それは可能?

 

私の兄弟、私はあなたにとって、以前のままでしょうか。

それとも私は別の人に変ってしまったのでしょうか。

 

おお小川、二年前と変わらず、あなたはそのままです。

そして、あなたの心奥の色彩も。

 

琥珀色、海緑色、トルマリン色、、

 

それでも もう、

岩も小石も 二年前と同じではありません。

 

でも私はけっして盲目ではありませんでした。

浸食する緑の土手で

私はよく喜びの内に見ていたのです。

――日に照らされ、希望に満ちた麦わらのような

あなたの黄色い光を。

 

それなのに、私たちが知っているあの土手は

六か月前に滑落してしまいました。

 

あなたの小島の周りで育ちゆく

小さな花々、牧草、シダ状の苔。

あなたは戯れに、輝くにわか雨を

そこにいっぱい注ぎかけます。

それが昔ながらのあなたのやり方なのです。

 

でも、、そこも同じではありません。

あの小島は少しずつ、そして絶えず変わっていっています。

 

おお私の小川、私はあなたを知っています。

あなたは気まぐれ屋さんなのですか?

 

あの時と同じあなたが今います。

あなたの声を知っています。それはあなた自身の声です。

あなたの泡立つ音も。

 

ああ、あなたは私を失望させてばかりいます。ですから、どうか今、

あなたが今も変わらずあなたであることを、

私に示し、私を安心させてください。

 

「そう、わたしはわたしである。

愛によってお前が確かめたところの『わたし』である。

だが、御言葉のごとく、わたしの内にあるすべては

常に新しくされ、新しくされ続けているのだ。

そしてそれは、

お前と人生の流れを共にし、

二年前にお前から離れていった

彼女のことにおいてでさえ、

そうではないだろうか?」

 

Amy Carmichael, River Comfort(私訳)

 

 

わたしたちの前にあるのは川の姿です。川岸に立ち、水の流れを眺めてみてください。時が流れ、水が流れます。それは尚も同じ川であるのでしょうか。そうです。でもそれは同じ水でしょうか。いいえ、そうではありません。つい今しがたあなたの前を通り過ぎた水は、今同じ川の別の部分を流れています。そして新しい水がすでにその場所を満たしています。

 

新しい水が古い水にとって代わったのです。こうして何時間も、何年も、そして何世紀も、このプロセスが続いていきます。

 

ひとつの川。代わり続ける水。生きていて、よどむことのない水。常に大きなひとつの川であり続けるものの中に、絶えることのない変化が存在します。恵みが恵みにとって代わる(=恵みの上にさらに恵みを;grace for grace)。・・・絶えず新しく、常に古く、いつも同じでありつつ、絶えず新鮮で、何時間も、何年も、キリストによって。。。アーメン。

 

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