巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ③ 用語定義・聖書の歴史的形態・ジョン・N・ダービーについて(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

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Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists,

Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986, chapter 1

(目次はココです。)

 

「ディスペンセーション主義者」という用語について(THE TERM “DISPENSATIONALIST”)

 

「ディスペンセーション主義者(Dispensationalist)」とはどういう意味なのでしょうか。この語は、ディスペンセーション主義者たち自身によって一つ以上の用いられ方をしています。

 

そのため、その使用の多様性が少々混乱を生じさせています。ですから、分かりやすさのために、新しく、しかも完全にニュートラルな称号をご紹介したいと思います。――ディスペンセーション神学者(D-theologians)です。

 

ディスペンセーション神学者という時、私が意味しているのは、一般的な福音主義神学に加え、J・N・ダービーおよびC・I・スコーフィールドの特徴的な預言的体系を奉じておられる方々のことです。

 

代表的なディスペンセーション神学者として挙げられるのは、ルイス・シュペリー・シェイファー(Lewis Sperry Chafer)、アルノ・C・ゲベレイン(Arno C. Gaebelein)、チャールズ・C・ライリー(Charles C. Ryrie)、チャールズ・L・フェインバーグ(Charles L. Feinberg)、J・ドワイト・ペンテコステ(J. Dwight Pentecost)、ジョン・F・ウォールヴード(John F. Walvoord)などです。

 

こういった方々の間にも、所々、重要な神学的見解の違いがありますが、主要な目的においては、上記の方々はおおむね、このグループを代表する基準としての役割を果たしているといって差し支えないと思います。これらの人々が共通して持っているのは主として、「イスラエル」と「教会」のパラレルかつ別箇の役割および定めという特有の見方です。

 

そしてこの見解に沿って、特有な聖書解釈のスタンスが採られ、「イスラエル」のことが言及されている箇所と、「教会」のことが言及されている箇所の間に注意深い区別がなされます。「イスラエル」のことが言及されている箇所はその性格において「地上的」であり、「字義的(“literally”)」に解釈されなければならないとされます。1

 

さて、ディスペンセーション神学者は、一般に「ディスペンセーショナリスト」と呼ばれていますが、その理由はこれらの人々が、神の人類に対する取り扱いの歴史をいくつかの特徴ある時代に分割しているゆえです。

 

そして、その各時代において、神はご自身の全体的計画の中における特異な局面(段階)を為しておられるとされています。さらに、それぞれの時代は「ディスペンセーション(経綸)」ないしは特定の局面を表象しており、それぞれの経綸の中で神は、独自の方法をもって、世界を統治され、人間の従順/不従順を試しておられるとされます。

 

しかし「ディスペンセーショナリスト」という語は、ディスペンセーション神学者のことを総称するのに最も適切な用語とは言えないでしょう。なぜでしょう?

 

と言いますのも、キリスト教会のすべての教派、そして歴代にわたるすべての教会は、(時にそういった時代区分に対する意識がおぼろになることはありつつも)実質上、この世界の神のご統治における特定の時代ないしは「ディスペンセーション(経綸)」を信じてきたからです。ですから、異なる時代間に対する区分認識は、ディスペンセーション神学者だけに限ったものではありません。

 

しかしながら、ディスペンセーション神学者のある人々は、「ディスペンセーショナリスト」という語を時には広義の意味で用い、ある時には狭義の意味で用いておられ、そのことで少々混乱が生じています。

 

広義の意味においては、それは、世界の神の統治においてそれぞれ特定の時代が存在することを認める人すべてを含みます。それゆえ、フェインバーグによれば(1980年、p69、シェイファーより引用、1951年、p 9)次のようになります。

 

1)動物犠牲を捧げるよりはむしろキリストの血潮に信頼を置く人は誰であれディスペンセーション主義者である。

2)神が永遠の相続地としてイスラエルに約束された土地に対するいかなる権利も権原(title)も放棄する人は誰であれディスペンセーション主義者である。

3)第7の日ではなく、週のはじめの日を遵守する人は誰であれディスペンセーション主義者である。

これは本当に広義な語使用です。しかし他方、別の箇所において、ディスペンセーション神学者の人々は、――私たちが一般にディスペンセーション神学者と呼ぶところの――自分の陣営にいる人々だけを指し示すべくこの語を狭義に用いています。例えば、シェイファーを引用した直後、彼は次のように続けています。

 

「その〔シェイファーの〕立場の正当性は、反ディスペンセーション主義者であるハミルトンが、彼の構想の中において、①モーセ以前、②モーセ時代、③新約聖書という三つの経綸を設定していることからも充分に裏付けられます。」

 

ここでハミルトンは「反ディスペンセーション主義者」と呼ばれていますが、その実、彼はシェイファーの定義する広義な意味における「ディスペンセーション主義者」の基準を満たしています。

 

それゆえ、ここにおける「反ディスペンセーション主義者」というのは、ディスペンセーション神学者たちに反論しているという事における、狭義の意味合いで用いられています。術語におけるこのような意味の移り変わりはたしかに私たちの助けにはなりません。(参照:Fuller1980, 10)。

 

一つの用語に対して二つの意味を持たせるという事が生み出す弊害は、教会史について議論をする上での、正確さの欠如ないしは、明瞭なコミュニケーションの欠如です。

 

何人かのディスペンセーション神学者は時に、ディスペンセーション神学の新規性を最小限に抑えようと、過去の教会史の中で、各時代に区分がなされていた事実を多く列挙しています。(例、ライリー1965、65-74、フェインバーグ1980、67-82)。

 

その一つとして、これらの人々は、これまでに存在したすべての前千年王国説支持者たちを、彼らの霊的祖先(前任者)とみなしています。すべての前千年王国説支持者は、千年王国がこの時代とも永遠の状態とも区別された時代であるということを認識しています。

 

そして、一般的に言って、彼らは、堕落以前と堕落後の状況の間に、それから旧約聖書と新約聖書の間に、皆に広く受け入れられている区分をも認めています。それゆえ、すべての前千年王国説支持者は、特定の贖罪的各時代ないしは「ディスペンセーション(経綸)」を信じているわけです。

 

そのため、彼らはディスペンセーション神学者の霊的祖先と捉えられているのです。しかし、経綸についてのこのような考え方を用い、さらに広範囲な捉え方が発生してきます。

 

例えば、アーノルド・D・エフラート(Arnold D. Ehlert)は、ジョナサン・エドワーズ(や、ジョナサンに類似するような人たち多数)を、『ディスペンセーション主義の文献史』(1965)の中に含めています。しかしながら、ジョナサン・エドワーズは後千年王国説支持者であり、しかも、彼はいわゆる「契約」神学者です。

 

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Jonathen Edwards

 

言ってみれば、彼はディスペンセーション神学のいわば対極側の陣営の住民として分類されるでしょう。しかしジョナサン・エドワーズは、著書『贖罪の歴史』の中で、贖罪的各時代についてのテーマにとりわけ繊細な注意を注いでいます。それで、そこの部分をベースに、ジョナサン・エドワーズやその他多くの人々は、『ディスペンセーション主義の文献史』の中に含められているのです。

 

ですから、実際には、そのような経綸(贖罪的各時代ないしは神の統治における各時代)に対する信奉は、ディスペンセーション神学者の特徴的形態としての特有性とはほとんど無関係ということになります。(Radmacher 1979, 163-64)。

 

それではなぜそもそもこういう主題が取り上げられるのでしょうか。それはなぜかと言いますと、ディスペンセーション神学者は、特定の経綸の内容や意味――特に教会時代および千年王国期の経綸――についての特有な見解をそこに持っているからです。

 

ですから重要な点は、ディスペンセーション神学者たちがそれらの経綸について言っている内容であって、経綸が存在するという事実ではないのです。

 

それゆえ、教会史についてのライリー、フェインバーグ、エフラートの見解は、正しいには正しいのですが、大方において、それらは的を外しているといえます。

 

そしてこれらの人々は、「ディスペンセーション神学は教会史において新奇な教えである」と言っている人々に対してしっかりした回答を与えていません。

 

これに関して、一つ譬えを挙げましょう。仮にあなたがある一群の人々に対し、「あなたがたは罪に関し、新奇な教えを説き広めています」と彼らを非難したとしましょう。そしてもしも彼らがその回答として、「罪に対する解決としてのキリストの復活」という主題に関する過去の教会史の事例を持ち出し、それらと彼らの立場の持つ多くの共通性を指し示したとしたら、あなたはどう思いますか。

 

なにかそれと似たようなことが実際ここで起こっています。反対者たちは、「イスラエルと教会がパラレルかつ別々の役割と宿命を担っているというディスペンセーション神学のその基本教義が新奇なものである」と批判しています。それなのに、何人かのディスペンセーション神学者たちは、「経綸という思想は新奇なものではない」という事実を指摘することでそれに応答しようとしているのです。

 

私はこういった議論が高次のレベルに進まないことを残念に思います。おお、ディスペンセーション神学者であられる私の兄弟たちよ、これまでの長い思想史の中で、イスラエルと教会がパラレルにして且つ別々の役割と宿命を担っていたことを証明する良い弁証をなさってください。もしもそういう証拠が挙げられるなら。そしてお願いですから、「ディスペンセーショナリスト」という用語を操作することで議論の地盤をはぐらかさないでください。

 

また、仮に歴史的立証が不可能であったとしても、それはそれで、比較的最近発見された真理として、その真理のために立ってください。依然としてあなたは、あなたの信じるその真理が歴代の教会において漠然と意識されていたものであると述べることができますし、それが「単なるイスラエルの直線状の継続ではないという意識である」と述べることもあるいはできるでしょう。

 

しかし今また、本題に戻りましょう。ここで議論されているのは、ディスペンセーション(経綸)が有るか無いかではないのです。というのも、もちろんそれは有るからです!

 

またここで議論されているのは、経綸がいくつ存在するのかという「数」の問題でもありません。現に、より詳細な区分を導入すべく、各人それぞれが望むままに多くの経綸を設定することができます。

 

それゆえ、厳密に言って、「ディスペンセーショナリズム」というのは、ディスペンセーション神学者の特異性(特徴)を呼びならわす呼称としては不正確で混乱を招く用語であると言わざるを得ません。

 

しかしディスペンセーション神学者の特徴を言い表すための用語はやはり必要です。明瞭さを考慮した場合、彼らの特定の神学はおそらく(その最初の提唱者の名にちなんで)「ダービー主義(“Darbyism”)」と呼ぶことがあるいはできるかもしれません。

 

もしくは、イスラエルと教会の別箇の宿命・定め・目的(destinies)というその主要教義の一つにちなんで)「二重天啓(目的地)主義(“dual destinationism”)」、あるいは、イスラエルのための意味と教会のための重要性の間に解釈学的分離を設ける原則にちなんで、「受信者分岐主義(“addressee bifurcationism”)」と呼ぶことができるかもしれません。

 

しかしながら、現在までのところ、私たちは「ディスペンセーション主義」および「ディスペンセーション主義者」という用語を用いざるを得ないようです。

 

とはいえ、これでも全体像は捉えられていません。と言いますのも、多くの現代ディスペンセーション主義者の方々は、上述したようないわゆる「古典的」形態のディスペンセーション神学を大幅に修正しています。(詳しくは本書の第3章をご参照ください。)

 

これらの人々はイスラエルと教会が二つのパラレルな目的(destinies)を持つ二つの神の民であるとは捉えておらず、「別々の受信者(distinct addressees)」という解釈学的分離も実施していません。

 

しかしながら、それでも依然として、これらの人々はディスペンセーション主義者と呼ばれることを望んでいます。彼らがそう望む理由は、彼らが過去に受けた知的訓練が古典的ディスペンセーション主義であったからというだけでなく、イスラエルが神の目に依然としてユニークな国家的そして民族的グループであるという見解を保持しているからでもあります(ローマ11:28-29)。国家的イスラエルは依然として、千年王国期にアブラハムの土地の約束の成就を享受することが予期されています。

 

さらに、これらの人々が古典的ディスペンセーション主義の人々と共に信じているのは、この世からの教会の携挙は、マタイ24:21-31および黙示録に記されている大患難に先立つという事です。

 

ですから今日、私たちは、複雑なスペクトルを帯びたさまざまな信仰に直面しています。ラベル付けしたどんな体系もすべてを把握することはできません。しかしながら便宜上、私は「古典的ディスペンセーション主義」という用語を、ディスペンセーション神学者たちの神学を表すものとして用いようと思います。

 

そして「修正ディスペンセーション主義」という語は、単一の神の民を信じつつも、依然としてディスペンセーション主義者と呼ばれることを望んでおられる人々の神学を表す際に用いようと思います。

 

しかし両者間の境界線は曖昧です。座標軸にして、一つの極を「古典的ディスペンセーション主義」、もう一方の極を「非ディスペンセーション主義的前千年王国説主義」とした場合、その中間部分には両者の隙間を埋めるような、多種多様な立場的スペクトルが存在します。

 

 

聖書の歴史的形態(THE HISTORICAL FORM OF THE BIBLE)

 

次に、私たちは、ディスペンセーション主義の方々が答えようとこれまで尽力してきた大きな問いに対し感謝すべきだと思います。私たちは皆、聖書の歴史的形態を考慮しなければなりません。聖書は何世紀という時の経過の内に書かれました。そして聖書の全ての箇所が同じ仕方で私たちに適用されたり、語られたりしている訳ではありません。

 

例えば、現在、私たちはレビ人たちの動物犠牲のシステムをどのように理解したらよいのでしょうか。エルサレムの神殿や旧約の諸王を私たちは自分たちとどのように関連づけて理解することができるのでしょうか。こういった事は現在にあっては過ぎ去った過去のことです。なぜなら、キリストの死と復活によってある決定的な遷移が行われたからです。これはどのような種類の遷移だったのでしょうか。

 

さらに、(キリストの死と復活ほど劇的ではないかもしれませんが)それでも尚、目覚ましい種類の事が、福音書に記述されている出来事の中ですでに始まっていました。そうです。バプテスマのヨハネが「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」(マタイ3:2)と宣言したのです。そしてこのヨハネの出現期に危機が到来しました。イスラエルおよび全人類に対しての神の関係のどんな種類の変化が、ここに伴っているのでしょうか。

 

真剣な聖書の読者であれば誰でも、こういった問題に取り組まざるを得ないでしょう。そしてこういった問題はけっして容易ではありません。なぜなら、ここには「連続性」と「非連続性」という両方の要素が包含されているからです。

 

神は唯一であり、救いに当たってもまた一つの道しか存在しません(連続性)。しかし、キリストの到来は、過去との断絶および、既存の諸形態の途絶・変化をも含んでいます(非連続性)。

 

倫理的な諸問題もここで持ち上がってきます。もしも聖書の中のある要素が直接的には私たちに関係しないのだとしたら、自分たちの倫理的規範として私たちは何を受け取ればいいのでしょうか。旧約聖書や福音書や使徒行伝の中の掟や行動モデルはどのくらい私たちにとって妥当なものなのでしょうか。どの掟が今日にも適用されるべきもので、どの掟がそうではないのでしょうか。聖書の中の模範をどのくらい私たちは模倣すべきなのでしょうか。もしもあるものがもはや実践しなくてもよいものとされるなら、(それに隣接する)すべてを拒絶することを私たちはどのようにして避けることができるのでしょう。

 

こういった問いは、キリスト教神学が歴史に重きを置かなくなる時にはいつでも、より困難なものとされます。ディスペンセーション主義的時代区分は、19世紀に初めて勃興しました。

 

この時期、大方の正統派神学――特に組織神学――は、聖書的啓示の歴史的・漸進的性格を十分に取り扱うことをしていませんでした。

 

組織神学は聖書全体がそれぞれ特定の主題について何と言っているかを取り扱います。しかしこの点で、つまり、その統一性の中において全聖書のメッセージを見ていくという過程で、組織神学は、異なる時代や時期に与えられる神の言葉の多様性や力学的性質を軽視してしまうきらいが時としてあります。

 

ディスペンセーション主義は、ある部分において、そういった各時代間に存在する相違や多様性に取り組もうという試みの一環として勃興したと言っていいと思います。そしてそれは、神の御言葉それ自体の中で衝突もしくは矛盾とも映りかねないような相違性に、一貫性を持ち且つ明瞭な関係性をもたらそうと試みました。

 

他の論者の方々がすでにディスペンセーション主義の発展経緯についての詳細論文を書いておられますので(Fuller 1957, Bass 1960, Dollar 1973, Marsden 1980)、ここで彼らの論点を繰り返す必要はないと思います。

 

しかしディスペンセーション主義がその草創期より、応答しようとしてきた二つの点についてここで触れたいと思います。

 

ディスペンセーション主義は、①恵みによる救いの純粋性の是認、そして②キリストの再臨に対する待望の刷新運動として興りました。

 

そしてこの二点は、ディスペンセーション主義の最も顕著な時代区分の最初の提唱者であるジョン・N・ダービーの生涯の内にもパワフルな形で顕れています。

 

ですからダービーは重要です。彼が重要なのは、ディスペンセーション主義の創始者としてだけでなく、今日に至るまでディスペンセーション主義者の持つ強い関心・懸念となっているいくつかの要素を表象する人ともなっているからです。

 

ジョン・ネルソン・ダービー(1800-82)

 

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John Nelson Darby

 

ダービーの生涯は、彼自身の個人的生活における純潔性および、共同体としての教会生活における純潔性に対する二重の関心によって特徴づけられています。

 

彼の人生の中である決定的な変化、つまり「解放」が起ったのは、彼が足のけがで療養を余儀なくされていた時期でした。ダービーはその時の事を手紙の中で次のように描写しています([n.d.] 1971, 3:298; quoted by Fuller 1957, 37-38; 1980, 14)。

 .

「孤独の中、相反する思いが私の中で増していった。しかし魂の懸命の働きにより、御言葉が私の上に完全なる統治をするようになった。自分は天においてキリストと結ばれているのだという理解に至った時(エペソ2:6)、そしてその結果、神の前における私の場所が主ご自身によって代表されてあるのだという理解に達した時、私はこう結論づけざるを得なかった。すなわち、律法の要求の眼前で、6、7年余りに渡り、自分を疲労困憊させていたこの呪われた「自我」――この「自我」がもはや神との間にあって問題ではなくなったのだということを。」

 

ダービーはこのようにして、罪びとに対する神の恵み、そして救いの確信および神との平和の土台としてのキリストの御働きの十全性について、以前に増してずっと深く感謝するようになりました。このような経験により人は根本から揺るがされるでしょう。こうしてダービーは、律法からではない、真の聖さ、真の義を得たのです(ピリピ3:9)。

 

これに深く関連して、教会および公同の純潔性についてのダービーの見解にもまた変化が起こされました。上述の手紙をダービーは次のように続けています。([n.d.] 1971, 3:298; quoted by Fuller 1957, 38)

 

「その後私の中で明確になったのは、神の教会とは、キリストと一つに結ばれている人々だけで構成されているということだった(エペソ2:6)。一方、外面的に『キリスト教国』と見られるものは、実はこの世に過ぎないのであり、『教会』とはみなされ得ないのだ。」

キリストの崇高なご性格およびキリストとの一致に対する彼の評価の裏面として、ダービーはその当時の目に見える教会に対して非常に否定的評価を下すようになりました

 

しかし彼のその結論には確かにそれなりの正当な理由がありました。ジェームス・グラント(1875, 5; quoted in Bass 1960, 73)は、ダービーが生きた当時の教会の、低俗にして霊性に欠ける性格について次のように述べています。

 

「当時、宗教的な事に関する人々の心はかなり乱れており、英国国教会の中の優れた人々の多くが教会を去り、また去りつつありました。なぜなら、そこには全く霊的生活が欠けており、また不健全な教えが蔓延していたからです。その結果、多くの霊的な人々は、社会の上位層にいた人々よりもより霊的と考えられていた、教会統治の諸教理や原則を受容する傾向にありました。」

 

ダービーは教会に対する自分の見解を、彼のキリスト論の上に直接的に打ち建てました。そしてそれには大きな魅力がありました。「キリストに結ばれた真の教会こそ天的であり、それは地上的堕落にある既存状態〔の教会〕とはまったく関係がない」と彼は考えました。

 

ダービーは、後にプリマス・ブラザレンと呼ばれるようになった教会刷新運動に加わりました。この運動は、彼と同じく聖めに対する願いを持っていました。こうしてダービーは瞬く間に、この運動の主要な指導者の一人になりました。

 

彼の貢献はキリストに対する熱意から始まったといえます。しかしながら、それはやがて彼自身の考えに服従しない全ての人に対する無差別な拒絶という形を取るようになっていきました。

 

「神は私たちに言われた。(主がそうなると宣言しておられるように)教会が完全に堕落する時、私たちはこれら全ての堕落状態を拒否し、その中にいる人々を拒否しなければならない。そして御言葉に立ち返らなくてはならない。」(Darby [n.d.] 1962, 20:240-41 [Ecclesiastical Writings, no. 4, “God, Not the Church …”]; quoted by Bass 1960, 106.)

 

そしてここから発してついに、ダービーは、〔プリマス〕ブラザレンだけがキリストの御名の中で集っている信者だと言い始めるに至りました(Bass 1960, 108-109)。「堕落した教会の回復は不可能である。なぜなら、このディスペンセーションは崩壊状態にあるからである」(Bass 1960, 106)。こうしてダービーに同意しないプリマス・ブラザレンの何人かに対し破門戒規が出されました。

 

終末論におけるダービーの特有な思想は、キリストとの一致に関する彼の理解、および彼の教会観に起源していると思われます。ダービーは次のように言っています([n.d.] 1971, 3:299; quoted by Fuller 1957, 39)。

 

「私のキリストとの一致という意識は、現在における天的な栄光の分け前を自分に与えるものとなった。一方、この章〔イザヤ32章〕は明らかに対応する地上的分け前を示している。」

 

①「キリストの天的なご人格」、そして②律法による行ないとは別の「恵みによる救いの現実」というこの二点により、ダービーは、キリストと結ばれている自分自身の状況と、イザヤ32章に描かれているイスラエルの状況との間に、圧倒的な距離感を感じたのでした。

 

イスラエルと教会は、天と地ほど、そして律法と恵みほど違う。――これは確かにパワフルな訴えです。

 

もちろん、ダービーも現在のディスペンセーション主義者も、自分たちは諸教理を、単なる神学的推論の上ではなく、あくまで聖書の上に打ち建てようとしているということを強調しています。

 

しかしながら、神学的推論が重要な確証的影響を与えているという事もまた同時に言えます。現在のディスペンセーション主義者は所々でダービーと異なっているかもしれませんが、同じ訴えが今日に至るまでこれらの人々の間に残存しています。

 

不幸なことに、ダービーは、彼が知覚した距離や相違というのが一通り以上の方法で解釈し得るのだということに気づくことができませんでした。そしてダービーは、主としてそういった相違を――天と地、そして、二つの領域に住む二種類の民の間に存在する――「垂直的で」固定的な区分として解釈しました。

 

彼はこういった相違が主として歴史的なもの、つまり、「水平的なもの」であり、さらに、――地上的予型的用語で表現された『御約束のことば』と、最終的なリアリティー(神のご臨在のリアリティー、イエス・キリストの中において人間の元に来る天国の到来)の用語で表現された『成就のことば』との間に存在するものであるかもしれないという可能性について考えてみたことはなかったようです。

 

ダービーは、聖書の非歴史化された理解、つまり、贖罪的各時代の間に存在する相違にほとんど目を向けようとしない聖書理解に対して反動を起こしました。

 

しかしながら、私の判断では、ダービーは、彼が反動したところの諸問題から完全には自由になれていなかったと思います。彼は依然として御約束から成就へと至る歴史的漸進に関わる諸変化の重要性を十分に考慮することができていませんでした。

 

それゆえ、ダービーは、パラレルな二つの神の民の、パラレルな宿命(destinies)の間に、擁護しがたい「垂直的な」二元論を据えるよう余儀なくされたのです。

 

しかし、少し先走りし過ぎてしまったようです。ここでぜひとも留意したいのは、ダービーは自分が見た相違――実際に聖書の中に存在する相違――に対して全く正当な取り扱いをしたいと願っていたことです。

 

また終末論に関するエペソ2:6の重要性、ならびにイスラエルに対する理解についても、そういった部分を正当に取り扱いたいと彼は望んでいたのです。こうしてダービーのエペソ2章(やその他の箇所の)理解から、教会とイスラエルの間の厳密な区別が生じました。

 

「教会は天的であり、イスラエルは地上的です。」ダービーは言います。[n.d.] 1962, 2:373 [“The Hopes of the Church of God …,” 11th lecture, old ed. p. 567]; quoted in Bass 1960, 130)

 

「〔キリストとサタンの間の〕大いなる戦いは、地上的なもののために行なわれる、、、それはユダヤ人の内にあり、もしくは教会のために、、、それは天的な場所にあります。」

 

ここから解釈、釈義に対する二分法的アプローチが導き出されました。ダービーは言います。([n.d.] 1962, 2:35 [“On ‘Days’ Signifying ‘Years’ …,” old ed. pp. 53-54]; quoted in Bass 1960, 129)

 

「第一に、預言の中で、(彼らの歴史の中における異邦人の挿入句を除いて)ユダヤの教会ないしは国が関与する時、つまり、言及がユダヤ人に対し向けられている時、私たちは平易にして直接的な証をそこに見い出そうとします。なぜなら、地上的な事がらは、ユダヤ人に妥当な分け前だからです。

 そして、それとは反対に、言及が異邦人に対し向けられている時、つまり、その中に異邦人が関わっている時、私たちはそこに象徴を見い出そうとします。なぜなら地上的な事がらは彼らの分け前ではなく、彼らにとっての啓示システムは象徴的なものでなければならないからです。

 それゆえ、言及が、存続するからだとしてのユダヤ人教会に対し向けられている時、私は彼らを、神が地上において直接的に取り扱った民として、そこに、平易にして、コモンセンスな、そして字義的言明を見い出します。」

 

最後にもう一つダービーの引用をしたいと思います。以下の引用から明らかなのは、ダービーの頭の中で、

①(教会の純潔性に対する懸念としての)キリスト論と、それから

解釈学的分岐(hermeneutical bifurcation)

という二つの要素が密接につながっていたということです。

 

「預言は、それ自体、適切に地上に適用され、その目的はではない。それは地上において起こるべき事柄についてのものである。そしてこれを理解しないことでこれまで教会は判断を誤ってきたのである。

 私たちは自分たち自身が、自分の内部に、そういった地上的祝福の成就をすでに持っているとこれまで考えてきた。

 しかし実際には私たちは、天的祝福を享受するよう召されているのである。教会の特権は、天的な場所においてその分け前を得ることであり、その後に、地上的人々の上に祝福が注がれるのだ。

 教会は、地上的な民が拒絶されている間、なにか完全に隔たったもの――一種の天的なエコノミー(経綸)――であり、これらの地上的民は、彼らの罪のために現在捨てられており、国々の間から追放されており、、、こういった国々の間から、神はイエスご自身との天的栄光を共に享受する人々をお選びになるのである。

 主は、ユダヤ人によって拒絶され続けているが、主は全き天的なパーソンとなられた。これは特に、使徒パウロの著述の中において見い出される教理である。

 もはやユダヤ人のメシアではなく、高く上げられ、栄化されたキリストである。そしてこの至高な真理に対する理解が欠けていることで、教会はこれほどまでに弱体化しているのである。」(Darby [n.d.] 1962, 2:376 [“The Hopes of the Church of God …,” 11th lecture, old ed. pp. 571-72]; quoted in Fuller 1957, 45.)

 

よって、ダービーの中では、以下の事が互いに密接に結びつけられていることが分かります。

① 律法と恵みの間における鋭利な区分。

②「地上的」な神の民/「天的な」神の民、「イスラエル」/「教会」の間における鋭利な垂直的区分。

③ 預言の「字義的」解釈の法則:預言成就を、地上的レベル(ユダヤ人)と提携させる。

④ その結果として生じる、この成就の時を待望する強い前千年王国説への強調点。

⑤ 既存の教会に対する否定的にして分離派的評価。

 

前千年王国説に基づく力点・強調点(④)は、ダービーの区分法が、米国で確実な地歩を得る最初の主要な入口になりました。しかし分離派的な強調点である⑤を除く他のすべての強調点もまた、またたく間に、米国ディスペンセーション主義を特徴づけるものになっていきました。

 

その後、分離派的強調点が米国で優勢になるのは、――根本主義が米国の諸教派のメインストリームを統制する希望を失いつつあった――1920-30年になってからです。(Mardden 1980参照)

 

Chapter 1 Footnotes

  1. I realize that such a description may strike many D-theologians as inaccurate. They would want to characterize their approach to interpreting all parts of the Bible as uniformly “literal.” But, as we shall see, such was not the way that Darby or Scofield described their own approach. While Darby and Scofield affirmed the importance of “literal” interpretation, they also allowed symbolical (nonliteral) interpretation with respect to the church. Of course, in our own modern descriptions we are free to use the word “literal” in a different way than did Darby or Scofield. But then the word “literal” is used in a less familiar way, and such a use has serious problems of its own (see chapters 8 and 9).
  2. It should be noted that Feinberg sees covenant theology as having the “dual hermeneutics” (1980, 79). Since both dispensationalism and covenant theology must deal with the distinctions between epochs of God’s dominion, each is in fact bound to have certain theological distinctions and dualities. Those dualities flow over into the area of hermeneutics. What matters is the kind of dualities that we are talking about. My terminology is intended to capture the distinctive duality of dispensationalist hermeneutics, without being evaluative or prejorative.