読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

現代に生きるツィンツェンドルフたち――神のvisionに捉えられた男性たちの苦闘と前進

男性リーダーシップの回復

f:id:Kinuko:20170301185725p:plain

 ツィンツェンドルフ伯爵(1700 – 1760)

 

前に書いたモラヴィア兄弟団のアンナ・ニッチマンの伝記の中で、私はツィンツェンドルフ伯爵のことに少し触れました。

 

教会史上もっともユニークかつオリジナリティーと創意と善意に富む伝道者の一人であったツィンツェンドルフ伯爵。たしかに神学的には少し偏ったところがあったり、実務面などでもちょっとボーっとしていたふしが見られますが(笑)、とにかく心と頭のスケールが大きくて発想がおもしろく、センチメンタルな夢想家でありながら、でもちゃんと実践の人でもあり、私は個人的にこういう人、すごく好きです。

  

また、彼は祖国モラヴィアでも、それから新大陸のペンシルベニアでも、多種多様なクリスチャンたちが共に愛の内に一致することができるよう、苦闘しつつ、そこに向かって努力を続けた人でした。

 

少し前にR・B・カイパーの「キリストの栄光のからだ」をご紹介しましたが、ツィンツェンドルフ伯爵は、①教会の「一致」と「多様性」、②「一致」と「分離」そして、③見える一致への切望と努力、という難題に果敢にタックルしました。(でも残念ながら、ペンシルベニアでの彼の努力は、結果論だけで言うと、いわゆる「挫折」に終わりました。でもgood tryだったよと私は彼にねぎらいの言葉をかけてあげたいです。)

 

そしてこの現代にも、ツィンツェンドルフのような神の男性たちがいます。彼らは神より与えられたvisionに完全に捕縛されており、彼はそれが大半の人々の冷笑・嘲り・怒り・中傷・嫉妬を買うことを百も承知でありながら、それでも日々それを宣言し、それに生き、それと共に泥の中、火の中を転げまわつつ、前進しようと前を向いています。

 

彼の中で燃え盛るこのvisionは、時に、「聖書信仰」を表明する同胞信者のもっとも残酷にして悪魔的な言葉や行ないによって大きく傷つけられ、血を流します。キリストの贖いによる人間性の回復を祈り求める彼には、これでもかこれでもかと人間性喪失の闇と地獄と狂虐が襲いかかります。

 

しかしそれでも彼はこの重ぐるしい霧の中を一人前進しなければなりません。なぜなら、この神の器の内に力強く働いておられる御霊が、深いうめきをもって、死の陰の地に住んでいる者たちの上に(イザヤ9:2)永遠の御国をもたらそうとしているからです。今、いろいろな事が、こういうしもべたちの激しい苦闘と主の復活の力による再起にかかっているように思われてなりません。どうか、彼らの上に主のみこころがなりますように。

 

関連記事: