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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

キリスト教礼拝のあり方はそもそも誰が、何を基準に決めるのでしょうか。――私の探求

礼拝

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Puritan Worship(引用元

 

キリスト教礼拝のあり方はそもそも誰が決めるのでしょうか。神(ロゴス)でしょうか、それとも、人間でしょうか。そして何を基準にそれらは決定・是認・導入、あるいは拒絶されるのでしょうか。また、導入されたものが、信者の良心につまずきを与える時、個人や教会はどのような対応をすることが望ましいのでしょうか。

 

自分の人生の中、そして周囲で起こっているさまざまな出来事を通し、私の中でこういった素朴な問いが芽生えてきました。

 

具体的な事例を一つ、二つお分かち合いしたいと思います。少し前に、親愛なる姉妹からお便りをいただきました。

 

この姉妹はA教会に通うに当たり、(主を心から愛し、真摯に奉仕されている牧師ご夫妻を敬愛しつつも)主日礼拝で上演されているフラダンスなどのパフォーマンスに内心、「うーん、これはどうなんだろう?」と良心のつまずきを覚え、苦悶しておられるとのことでした。

 

またこれは自分に関わる事例ですが、ある無楽器派の兄弟姉妹の方々は、(有楽器派である)私たちと共なる公同礼拝を望みつつも、神の前における彼らの良心ゆえにそうすることができずにおり、(おそらくその不一致のことで非常に残念な思いをしておられると察しています。)

 

もちろん事例①と②は、かなり性質の違う問題ではありますが、一つ共通しているのは、聖書は両者(フラ、楽器)の上演・使用を「禁じてはいない」ということです。

 

つまり、聖書は「礼拝の中で(元々ハワイの異教神に捧げられていた)フラダンスを踊ってはいけない」とは禁じておらず、また「礼拝賛美の際、楽器を使用してはいけない」と禁じてもいません。そしてこれまでの私は、「そういう風に聖書が禁じていないのだから、それは許されていると思う」という立場でいろいろな問題を考えてきたと思います。

 

*フラダンスの起源:フラの起源については諸説ある。ある伝説によれば、女神ラカがモロカイ島の聖地カアナにフラを生んだという。別の伝説では、ヒイアカが、姉の火山の女神ペレの荒い気性をなだめるために踊ったのが始まりだという。どちらにしろ、古代のハワイは無文字社会であった為、フラの正確な起源は解らない。

ハワイが西洋と接触する1778年以前からのフラは宗教儀式と緊密に結びついたものであり、パフと呼ばれるサメ皮の太鼓の伴奏で行われるダンスは、神に捧げられる最も神聖なものである。

1820年にハワイにやってきたプロテスタントのアメリカ人宣教師たちは、フラを異教の踊りとして断罪し、禁止している、、フラの儀式的・祈祷的側面は20世紀に入るまで守られており、フラの練習と実演は、女神ラカに捧げるものであった。引用元

 

気づきと挑戦

 

しかしながら、宗教改革前夜の教理史を調べていく中で、私はそのような自分の立場・見解が(宗教改革者たちの観点からみれば)もしかしたら、中世カトリック教会のスタンスにむしろ近いのかもしれないという、実に思いがけない挑戦を受けたのです。

 

例えば、宗教改革の先駆者であるジョン・ウィクリフは、「聖書が命じていないことは、禁じられている。」(quod scriptura non iubet, vetat. )というRegulative Principle(「規制原理」、以下RP)に立ち、「聖書が禁じていないのだから許されている」とそれまでカトリック教会で是認されていた聖画やイメージの使用、そしてミサ時の楽器使用などを論駁し始めました。

 

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John Wycliffe(1320s-1384)

 

「ウィクリフは著述全体を通し、『新しい企画・手法(innovation)や真新しいものへの愛着が、キリスト教および教会の一致と統合を脅かしている』と訴えています。」

Stephen Lahey, John Wyclif, Oxford University Press(2009), p.154.

 

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「規制的原理(略RP)」は、一言で言いますと、「聖書が命じていないことは、禁じられている。」(quod scriptura non iubet, vetat. )という原理です。ただし、これは何についても適用されるものではなく、これからお話ししますように、信仰の事柄と、礼拝と教会政治の本質に関わる事柄に適用されるものです。

 

 これは、ローマ(カトリック)教会などの、「聖書が禁じていないことは、許されている。」(quod scriptura non vetat, permittit. )という原理に対立するものです。引用元

 

このRPの原理は、引用文にも明記されているように、「信仰の事がらと、礼拝・教会政治の本質に関わる事がら」に絞って適用されるものです。ですから、たとえば、「新約期の人々は自家用車を持っていませんでしたよ。ということは、RPの原理でいけば、私たち21世紀のクリスチャンは車を持ってはいけないという事になるじゃありませんか。」というような質問はナンセンスなものだということになります。

 

モーセが、主なる神に示された型どおりに幕屋を作った際、彼は「イスラエルの民がどんな種類の天幕に住むべきか」については一切何も言いませんでした。また使徒がテサロニケの信者たちに、ユダヤの諸教会を模範とするよう勧告した際にも、彼はテサロニケの教会の人々の日常の食事や履くサンダルの種類などを真似るよう勧告していたわけではありません。

 

同様に、RPの原理は、神の宿る場所についてのものであり、その意図する領域を越えて拡大解釈されてはなりません。

 

二番目に、RPは、「内容」を問題にしているのであって、「状況」を問題にしているのではないことを覚える必要があります。ですから例えば、集会を5時にするか、6時にするかという選択は、彼らの裁量に任せられている事がら・状況であり、愛餐の食事に小麦を使うか、ライ麦を使うかといったことも、アディアフォラ(adiaphora:命じられてもおらず、禁じられてもいないこと)です。

 

神はそういった状況的な事がらについてはこれを私たちの自由裁量に任せておられます。そして最善をもって主の群れに仕えていくことができるよう、主は私たちに知恵を与えてくださいます。

Finny Kuruvilla, King Jesus Claims His Church, p.277

 

スコットランドの宗教改革者ジョン・ノックスもRPの原理に立ち、次のように言っています。

 

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 John Knox(1514-1572)

 

キリスト教において、人間の頭脳によって考案されたあらゆる礼拝方法、神賛美、ないし奉仕は――主ご自身の明確な掟がない限り――偶像礼拝である。

Alexander Taylor Innes, John Knox, Oliphant Anderson & Ferrier (1896), p.67.

 

ウェストミンスター信仰基準第21章には、その当時の改革者たちが命がけで勝ち取った信仰と良心の自由、そして「聖書のみ」、「神中心の礼拝」に対する彼らの情熱が次のように活写されています。

 

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 ピューリタン礼拝

 

しかし、このまことの神を礼拝する正しい方法は、神ご自身によって制定され、またご自身が啓示したみ心によって制限されているので、人間の想像や工夫、またはサタンの示唆にしたがって、何か可視的な表現によって、または聖書に規定されていない何か他の方法で、神を礼拝すべきでない (*)。

  

*申命12:32(13:1)、マタイ15:9、行伝17:25、マタイ4:9,10、申命4:15-20、出エジプト20:4-6、コロサイ2:23 引用元

 

また、RPの原理に立っていたのは、改革派の信仰者たちだけではなく、(当時カトリックからもプロテスタントからも迫害されていた)再洗礼派の人々もまた、そこに堅く立っていたことを知りました。オランダ再洗礼派の指導者であったメンノ・シモンズは、ルターらに同意して次のように書いています。

 

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 Menno Simons(1496-1561)

 

ルターはこう書いています、、、信仰の事がらについて神によって命じられていないことは禁じられています。創世記12章に関しルターはまた次のようにも言っています。「我々は、神の御言葉からの明白な理由づけなしのどんな教えをも受け入れるべきではない。」

 

ダニエルはこう書いています。「神の言葉の裏付けなしの礼拝行為は、偶像礼拝です。」フィリップ・メランヒトンは、著書 『教会の司法権と権威(Jurisdiction and authority of the church)』の中で、「神によって明白な御言葉で制定されていないあらゆる礼拝形態は、誤り、且つ間違っている」と述べています。

 

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Philip Melanchthon(1497-1560) 

 

私たちが聖書を注意深く読み、熟考するなら、いかに神が明瞭に「自分自身の選択による宗教のあり方を制定してはならず、主がお命じになられた通りにあなたは事を為さねばならない」ということを私たちに命じておられるのかが分かります。自己義と自己流の宗教により、イスラエルは主によって激しい懲罰を受けました。

Menno Simons, The Complete Works of Menno Simons, John F. Funk and Brother (1871), Second Part, p.269

  

ジョン・ノックス、ウィクリフ、ルター、メランヒトン、メンノ・シモンズ、、、こういった改革者たちのRP姿勢は「強硬」すぎるのでしょうか。それとも、それを「強硬」あるいは「ちょっと行き過ぎ」と感じてしまう自分の方こそ、宗教改革の本来のエートスからすでに逸脱し(あるいは「ゆるみ」)、〈現代版〉中世カトリックとの間を未だにうろうろしている妥協者なのでしょうか。

 

私は今、それを自分に問いつつ研究しています。でも、やはり冷静に宗教改革史を直視するなら、礼拝に対する、彼らのいわゆる「強硬」な姿勢があったからこそ、聖画や彫像、十字架・ロザリーの使用、聖水、聖徒の遺物、聖職者のガウン、法衣帽、香の煙など、「聖書が禁じていないのだから、許されているんですよ」と当時の礼拝場で愛好・支持されていた各種のアイテムに、主の「光のメス」が入れられたのだと認めざるを得ない気がするのです。みなさんはどう思いますか?

 

おお主よ、私の心をあなたの光で照らし、この点におけるあなたの御心をどうぞご教示ください。

 

あなたのさとしは、とこしえに義です。私に悟りを与えて、私を生かしてください。(詩篇119:144)