巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

「CCM賛美に問題があるのなら、ワーシップの部類は全てNGなのでしょうか?」というご質問を受けて。――礼拝賛美についての一考察

目次

 

 

先日の記事に関し、親愛なる姉妹の方から、次のような真摯なご質問を受けました。

 

「私の母教会もワーシップによる賛美のみを歌っていたので、私は讃美歌を全く知らないのです。ワーシップは全て駄目なのでしょうか?ワーシップの部類は全てNGだと思われますか?やはり讃美歌を覚えて賛美歌のみを歌った方がいいのか思案しています。けれど旧約聖書のどこかに『新しい賛美を歌え』というような言葉があって、ワーシップの中にもセーフのものもあるのではないかとも思います。その線引きはどのようにしたらいいのか教えて頂けたら嬉しいです。」

 

はじめに

主に喜ばれる礼拝がどのようなものであるかを探求していらっしゃる兄弟姉妹のみなさんと共に、このように共に問題に向き合い、考察し、タックルすることができる恵みを感謝します。

 

このテーマだけに限りませんが、私たちは一人一人、背景も、育ってきた霊的環境も、受けてきた教えも異なり、その多様性や(人としての)限界性ゆえに、なかなか全体的・包括的・永遠的な視点でテーマを捉え、理解し、見解の一致をみることがむずかしい有限の存在であることを自分自身、痛感します。

 

しかしながら、その有限性ゆえにこそ、私たちはより一層、お互いの存在やperspectivesを必要としており、こうして私たちはキリストのみからだの中で、愛のうちに補い合いつつ、より一層近くされ、結び合わされ、成長していくことができるのではないかと思います。

 

賛美の本質 

 

「ワーシップは全て駄目なのでしょうか?ワーシップの部類は全てNGだと思われますか?」というご質問ですが、私個人としてはワーシップの部類が全てNGだとは考えていません。そして姉妹のおっしゃる通り、「新しい賛美を歌え」という主の掟は今日性を持つと信じます。また西洋の讃美歌の多くは、敬虔な信仰者の深い献身と霊性から生み出され、正統教理の教えに富み、これまで世界中の教会で何百年と歌い継がれてきたキリスト教会の豊かな霊的宝庫だと思います。

 

しかしながらその一方、例えば、ハ音調中心の西洋讃美歌は、へ音調を好む中東圏(それから東方世界)の信仰者たちの心には届きにくいという現実的な問題があり、神の御心はむしろ、それぞれの文化圏に息づく新生したキリスト者たちが(古今東西キリスト教会の)過去の壮大な霊的遺産から賛美の泉を汲みつつさらに、詩篇の御言葉通り、主に向かって「新しい賛美」を歌っていくことなのではないかと思います。

 

例えば、下はアラム語の賛美ですが、こういった賛美は中東圏の求道者やクリスチャンの心の琴線に深く触れているようです。

 


それからこちらはロシア系、教会スラブ語による賛美。東方ビザンツ世界の賛美は、西洋賛美とはまた違った旋律です。

 


 

そうすると、問われる根幹は、「現代ワーシップ」VS「古い(西洋)讃美歌」というよりはむしろ、「キリスト教賛美の本質は何であるか?」という命題を突きつめ、また祈り求めていくことではないかと思います。以前の記事でも引用しましたが、あるキリスト者の方がその本質について次のような深い洞察をされています。

 

賛美とは、父なる神が求めている「霊と真理による礼拝」から生まれる「実」であると私は考えています。それゆえ、霊的礼拝の核であり、根源であり、命である「キリストの十字架」から派生する賛美は、おのずとCCMの音楽性を取り入れた賛美がもつベクトルとは完全に異なるものだと思っています。

 

例えば、ガラテヤ6:14「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私の世界に対して十字架につけられたのです。」の御言葉が啓示している霊性と、多くのCCMが私たちに提示する霊性にどのような調和があるのか、私にはそれを見いだすことができません。

 

聖霊は、賛美として歌われていた多くの詩編のその旋律を記録に残さず、み言葉そのものを残すことを選ばれました。それは賛美が、神のみ言葉から直接溢れ出る霊性から派生するものであることを意味していると思います。世俗の音楽性に「聖句を貼り付けた」賛美とは、本質的に異なるものだと信じます。

 

コロサイ3:16「キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。そして知恵をつくして互いに教えまた訓戒し、詩と賛美と霊の歌によって、感謝して心から神をほめたたえなさい。」

 

ここでは、「心から神をほめたたえる」賛美が、「キリストの言葉が豊かに宿った心」から生まれることを啓示しています。引用元

 

踊り

それから、賛美の中の「踊り」についてもついでに触れておきたいと思います。例えば、短期宣教で中東圏の教会に派遣されてくる方々が、「Worship danceや賛美フラダンスなどを披露するのはどうですか?」と訊いてこられる時があります。

 

これは踊りの種類やそれを上演する人々の霊性にもより、一概に良いとも悪いともいえないと思いますが、一つ言えることは、中東圏では、何千年と続くスーフィズム(イスラム神秘主義)の長い歴史と伝統もあり、divine reverent dance(敬虔な踊り)とsensual dance(世俗的・肉感的踊り)を峻別する感覚の育っている人が結構多いのではないかということです。

 

例えば、下のショート・ビデオは、スーフィーたちによる有名なsama' danceです。「天の舞」という意を持つsama' danceは、トルコを中心に、イラン、クルディスターン地域で(公式・非公式に)上演されています。イスラム圏の宗教文化、そして人々の宗教メンタリティー理解の一環としてご参照ください。

 

(*イスラム諸国のスーフィー迫害について。歴代、スーフィやスーフィの礼拝所はイスラム政権による弾圧の対象になってきました。トルコ共和国では、1925年、スーフィたちが新しい世俗秩序に反対したことから、全てのスーフィ―院および集会に禁令が出されました。またイラン・イスラム共和国では、アヤトラー・ホメイニー師の『イスラム統治体制("governance of the jurist")』(→シーア派最高法学者が同時にまた国家の政治指導者になるべきだという政治宗教理論)をスーフィーたちが支持しないということで、これまで繰り返し、彼らは弾圧の対象となってきました。参照 ココの第七項)

 


 (2017年2月14日追記。中東出身の牧会者で、これまで海外からの短期宣教チームなどの受け入れもしてきた方に、worship danceや賛美フラダンスについて今日、直接質問してみたのですが、この方のこれまでの牧会経験によれば、「80-90%の中東圏の信者や求道者は、キリスト教会の中で上演されるこういったダンスにつまずきを覚えていると思います」とのことでした。今後、この宗教文化圏に宣教に行かれる方々のご参考になればと思って追記することにしました。)

 

線引きと識別

 

「ワーシップの中にもセーフのものもあるのではないかとも思います。その線引きはどのようにしたらいいのでしょうか?」という部分についてですが、この問いを考える上で一つの重要な命題が私たち一人一人の前にもたらされると思います。それは、「音楽というものは、はたしてamoral(道徳性に無関係のもの)か、それとも moral(道徳性に関係あるもの)か?」という問いです。

 

そして、この命題に対し、前者の立場にYesと言うか、後者の立場にYesと言うかで、線引きや音楽のジャンル・楽器の選択*1などにも違いが出てくると思います。

 

立場① Yes, Music is Amoral(=音楽は道徳性とは無関係である)の代表的見解の一例

 

音楽とは手段であって、メッセージではありません。もしも音楽がメッセージを伝達するという理由で、音楽がmoral(道徳性のあるもの)だとしたら、私たちは「それでは言語はmoralだ」と前提しなければならないでしょう。そうすると、ある言語は善であって、別のある言語は悪ということになってしまわないでしょうか?音楽の意味は、それを聴く者によって音楽にもたらされます。「音楽には生来的メッセージが包含されている」と主張する人々は、そのメッセージがすべての時代、すべての場所で、すべての人々に合意されてはじめて妥当とされるのです。引用元

 

*この立場の代表する指導者の一人として、サドルバック教会のリック・ウォーレン師を挙げることができると思います。賛美の音楽性に関し、ウォーレン氏は次のように言っています。

 

「ワーシップは、歌のスタイルや音量やスピード云々をまったく問題にしていません。神様はあらゆる種類の音楽を愛しておられます。なぜなら、神様がそれらすべてをお造りになられたからです。早いテンポの賛美、遅いテンポの賛美、けたたましい賛美、ソフトな賛美、古い賛美、新しい賛美・・・・あなたはそれらを好んでいないかもしれません。しかし神様はそれらを好んでおられるのです!」(リック・ウォーレン「パーパス・ドリブン・ライフ」)

 

サドルバック教会 


 

立場② Music is Moral(=音楽は道徳性と関係がある)の代表的見解の一例

 

音楽は、道徳性と関係があります。意味をもたらすために、音楽は歌詞を必要とはしません。歴代の音楽家たちは皆、このことを熟知しています。もしも音楽の意味がただ歌詞からだけ来るのだとしたら、それなら詩の朗読でもそれに代用できるということになります。

 

すべての音楽には同じ意味があるのでしょうか。もしそうなら、なぜ人々はこれほどまでに自分の好みのスタイルの音楽にこだわるのでしょうか。また、もしも音楽が意味を含んでいるのなら、なぜ私たちはその意味を、amoral(道徳とは関係のない)領域に制限しなくてはならないのでしょうか。あるものには良い意味があり、あるものには悪い意味が内蔵されているのでしょうか。

 

音楽は良いあるいは悪い意味を持ち得ない――それは本当でしょうか。誇り高い作曲家は、なんら意味を持たない音楽を手掛けるでしょうか。道徳性に関係のないamoralなものは、良くも悪くもありません。

 

作曲家の大半はなにか「良いもの」を作曲しようとしていると言って差し支えないでしょう。「音楽というのが意味を伝達しようとしている」という事実が暗示するの何かというと、作曲家がそれを「ことば(language)」だとみなしているということです。伝達能力は善であり、それゆえことば(language)は善です。しかしながら、ことばを通してコミュニケートされるものは、良いものである場合もあれば、悪いものである場合もあります。

 

そして意味には倫理性が含意されます。音楽は一つの手段として意味を持ちます。そして手段としての音楽は、意味を運びます。それゆえ、音楽は道徳性に関係あるもの、つまりmoralです。引用元

 

みなさんはどう思いますか?音楽は、道徳性と関係のないものなのでしょうか。それとも関係のあるものなのでしょうか。

 

歌詞がどんなに聖書的であっても、ある種類の音楽ジャンルはその音楽そのものの性質ゆえに拒絶されるべきものなのでしょうか(立場②)。

 

それとも、ロックであれラップであれ、若者伝道や魂の救いのためになら、教会礼拝の場にそういった種類の音楽を積極的に取り入れていくべきなのでしょうか(立場①)。*2

 

*1)楽器の選択についですが、教団・教派の中には、礼拝賛美の中に楽器を一切取り入れず、アカペラだけの賛美形態をとっている無楽器派の教会もあります。私自身はこの立場を採っていませんが、この見解に立つ兄弟姉妹の聖書的弁証には敬意を払っています。参考までに無楽器派の方々の弁証記事をいくつか挙げておきます。

-Foundation for Reformation: The Regulative Principle of Worship(ココ

-Biblical Worship (ココ

-Why Not Instruments In Worship?(ココ

-Biblical Singing in Worship(ココ

-Why Instruments of Music Should Not Be Used in Christian Worship(ココ

-Is It Scriptural To Use Instrumental Music In Worship?(ココ

 

*2)本ブログは②の立場に立っています。

 

先日、礼拝賛美に造詣の深い、ドイツ在住のキリスト者の方とこういったテーマについてじっくり話し合う機会をいただきました。この方は現代アメリカCCMはもちろんのこと、その他さまざまな時代のさまざまなジャンルの賛美に広く深く通じた方で、私はこの方に、どのように多様性あるCCM賛美一般を考え、また線引き・識別してゆくことができるのか助言を請いました。

 

そうするとこの方は次のように回答してくださいました。「日本のエヴァンジェリカル界は全体としてここ数十年、現代アメリカCCM一辺倒になっており、これまで2000年に渡りキリスト教会が生み出してきた深く豊かで多様な霊的賛美を知る機会自体に乏しい環境に置かれていると思います。

 

私は日本の若い兄弟姉妹のみなさんに、歴史的にも、地理的にも、もっともっとさまざまな種類の『聖なる賛美』に触れてほしいと願っています。そうする中でより深い霊性が育まれていき、その中から新しい世代に向けての豊かな賛美が生み出されていくのではないかと期待しています。」

 

おわりに

 

「霊的礼拝の核であり、根源であり、命である『キリストの十字架』から派生する賛美」が主の聖所の中に響きわたる時、この地上において、主の聖さ、美しさ、力強さ、栄光、誉、権勢が輝き出で、人々はそこに主の豊かなご臨在をみるのだと思います。

 

CCM賛美のあり方に関しては賛否両論あり、これからもこの論争は続いていくと思います。私たちは提示された命題に対し、誠心誠意取り組み、その結果、導かれた結論や立場を告白することに躊躇してはならないと思いますし、「多様性を認める寛容」という表看板の下に、誤を誤と指摘せず、ご愛想主義に安住する秘かなる自己愛の余地を残してもいけないと思います。

 

しかしその一方、自分と同様に誠心誠意このテーマに取り組み、その結果、自分とは異なる結論に導かれた兄弟姉妹の見解やあり方に対して、偽りのない敬意を払うことを忘れてはいけないと思います。

 

マルティン・ブーバーが、「本来盲目的なものは憎しみである」と言った後で、次のような印象深い言葉を残しています。「ひとは、存在の一部分だけを見るとき、憎むのである」と。キリストのからだの分裂や仲たがいの大半は、もしかしたら、こういった相手の「一部分だけを見る」行為から生じる肉的憎悪を因としているのかもしれません。

 

このテーマに関して私たちがどういう立場や見解を採っていようと、その中心にあるのは、「霊と真理による礼拝」を捧げたいという私たち礼拝者の切なる願いであり、主に対する愛であると思います。その意味で私たちは皆、一致しており、そしてこれからも愛による一致の内を歩んでいくことができると信じます。May God bless you all! アーメン。

 

 

↓ は、このテーマに関し、複数のキリスト者の方々が意見を述べておられ、自分にとって非常に為になるビデオでした。

 

追加資料

Music and Your Church(音楽と教会)

(豪州タムウォース・バイブル・バプテスト教会牧師故グラハム・ウェスト師による講義シリーズ)

要約

These five messages expose CCM for what it really is, an unbiblical form of rebellious, counterfeit worship. The last message offers practical advice to parents and pastors on how to guide their young people through the musical maze of subtle and not so subtle dangers.

 

1) Does God Accept You Just the Way as You Are?(神様は〈ありのままの私〉を受け入れておられるのでしょうか?)

2) If They Took Away the Music Would You Still Follow Jesus?(もしもあなたの好みのクリスチャン音楽が取り去られても、それでもあなたはイエスに従いますか?)

3) The Moral Power of Music in the Moulding of Man(人間形成における、音楽の持つモラル・パワーについて)

4) Southern Gospel, Rock 'n' Roll, and the Charismatic Connection(サザンゴスペル、ロックンロール、そして、カリスマ運動――それらの相関性について)

5) Developing Your Young Musicians(若い音楽奉仕者の育成について)

 

The Rhythm of Rock(ロックのリズム)

(豪州タムウォース・バイブル・バプテスト教会牧師故グラハム・ウェスト師による講義シリーズ)

要約

These five videos will help bring clarity to the whole area of music discernment. They teach about a unique kind of syncopation that Pastor West calls “beat anticipation.” Each video builds on the previous one, analysing, illustrating and defining this rhythmic device in precise musical terms. Clear illustrations of how beat anticipation engenders sensual body movements are given.

 

1) The Slippery Slope That Leads Disorientation(方向感覚喪失へと向かわせる下り坂)

2) The Sensual Rhythm That Drives Musical Disorientation(音楽の領域における方向感覚喪失へと人々を駆り立てる肉感的リズムについて)

3) Understanding the Key to Reorientation(方向性感覚の回復の鍵)

4) Defining Beat Anticipation(ビート・アンティシペ―ションを定義する)

5) Rhythm Through Time(リズムについて)

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 関連記事

 

追加資料2

 

 

David Cloud, Replacing Hymns with Contemporary Praise Musicより一部抜粋

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MAJOR ELEMENTS OF THE CONTEMPORARY WORSHIP EXPERIENCE

 

Having studied Contemporary Christian Music since the 1970s, I have identified six elements of the music that work together to create the sensual experience sought by contemporary worshipers. These are as follows:

 

* Syncopated dance rhythm(シンコぺートされたダンスのリズム)

* Unresolving chords(宙に浮いた音楽コード)

* Sensual vocal techniques(肉感的ボーカル・テクニック)

* Electronic modulation(エレクトロニックな転調)

* Rise and fall in intensity(激しい上がり下がり)

* Repetition(反復)

 

Syncopated Dance Rhythm(シンコぺートされたダンスのリズム)

 

Irwin Silber, a communist who desired the see social degeneration that would overthrow the “old order,” observed that rock music has this power and it lies in its backbeat rhythm.

 

He wrote: “The great strength of rock & roll LIES IN ITS BEAT. It is a music that is BASICALLY SEXUAL, unpuritan” (Sing Out, May 1965).

 

I can concur with this statement, along with thousands of others who have been “transformed” by the power of rock & roll music. It was the “beat” of rock that reached into a Christian home and captured my heart and soul as a teenager in the early 1960s.

 

I can testify that the influence was indeed “basically sexual, unpuritan.” And the heavily syncopated rhythm, the rhythm that literally grabs the body and encourages it to move in a modern dance fashion, is a MAJOR part of the contemporary worship experience.

 

The heavily syncopated rhythm is what has always made rock & roll sensual party music. That's its very essence. John Makujina says, “Rock's danceability is due predominately to its emphasized syncopated rhythms” (Measuring the Music).

 

The very name rock & roll was a euphemism for fornication. Since the 1950s, the phrase “let's rock” has meant “let's party, let's drink, let's get high, let's do as we very well please.”

 

Rock music has always been about living as you please and thumbing your nose at authorities. It was summarized by the Rolling Stones in 1965: “I'm free to do what I want any old time.”

 

And by The Animals: “It's my life and I'll do what I want/ It's my mind, and I'll think what I want.” And by the Mamas and Papas: “You got to go where you want to go/ do what you want to do.” And by the Isley Brothers: “It's your thing/ do what you want to do.”

 

And this licentious anti-God philosophy has been driven by the heavy dance syncopation.

 

Graham West, a pastor in Australia who has a background in writing, recording, and producing pop music, says, “When you take away the accent from where the strong beat should fall the human body is instinctively inclined to move into the gap and mark where the missing accent should be” (video presentation “The Rhythm of Rock”). 8

 

Some common types of syncopated dance rhythm are

1) the back beat,

2) the silent beat,

3) the staccato beat, and

4) beat anticipation.

 

The backbeat, which rockers and social commentators have identified as “sexy,” has been the chief characteristic of worldly dance music since the beginning of the 20th century.

 

It was the rhythm that drove ragtime, the blues, boogie woogie, jazz, big band swing, and honky tonk or Western swing.

 

Fifties rocker Bill Haley said: “I felt that if I could take a ... tune and drop the first and third beats and accentuate the second and fourth, and add a beat the listeners could clap to as well as dance this would be what they were after.” Indeed, it was! The backbeat drove a virtual revolution. The backbeat emphasizes the offbeat, such as one-TWO-three-FOUR.

 

The backbeat is in contrast to the straight or march beat, which has the emphasis on the first beat or every beat equally:

one-two-three-four, one-two-three-four or ONE-two-three-four, ONE-two-three-four

 

The silent beat is another type of syncopated dance rhythm. By simply dropping a beat, a sensual rock effect is created

Da Da Da Da, Da Da Da Da vs.

Da Da - Da, Da Da - Da

 

In the staccato beat the notes are clipped.

Da Da Da Da, Da Da Da Da vs.

Dop Dop Dop Dop, Dop Dop Dop Dop

 

Beat anticipation, as Graham West explains in his video presentation The Rhythm of Rock, is a type of syncopation that falls at the end of a phrase and is unresolved; it is as much a major element of rock as the backbeat.

 

It can create the jerky rock feel even when the other types of syncopation aren't present. It leaves the listener anticipating something that is not there and the body wants to fill in the gap.

 

Beat anticipation is a major part of contemporary worship music, and fundamentalist churches that are “adapting” contemporary worship songs are typically buying into the beat anticipation, not understanding that they are actually performing soft rock ballads.

 

They think that since they don't have drums and a bass guitar thumping out a heavy backbeat that they have removed the rock from Christian rock, but nothing could be farther from the truth. (We give examples of the previous types of dance syncopation in the video series “Music for Good or Evil,” which is available from Way of Life Literature.)

 

The sensual dance rhythm of rock music has addictive, transformative power.

 

Dan Lucarini, a former contemporary worship leader, led churches from using traditional hymns to a contemporary worship program, and in the book Why I Left the Contemporary Christian Music Movement he describes how he did it.

 

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The key was starting out with “soft” rock, which acts as an addictive, transformative influence on the congregation.

 

He writes: “The rock was softer, but it still contained the rock rhythm that undeniably appeals to our flesh. The listener soon develops a craving for it. JUST LIKE AN ADDICT, THERE IS NO TURNING BACK. What happens over time is a steady slide down the slippery slope away from all traditional music into the latest, edgiest contemporary styles.”9

 

Graham West issues the same warning: “Once you begin listening to soft rock, you begin sliding down that slippery slope to the more aggressive forms of rock.

 

SOFT ROCK BEGINS TO ORIENT THE WHOLE WAY OF PERCEIVING MUSIC AROUND RHYTHM and away from melody. Your musical interest will change. Hymns will seem dull in comparison to your newly acquired tastes.

 

It's a progression I've seen over and over again in the lives of Christians. IT'S A DOWNWARD SPIRAL. It happens in the lives of individuals; it happens in the lives of families; it happens in the lives of churches.

 

"There is a GRAY AREA OF IGNORANCE ABOUT THE POWER OF POP SYNCOPATION. And the devil, taking advantage of this, being not only the master musician but also the master of subtlety, comes along to a strong fundamental church or a Bible college and he offers his wares of CCM rock ballads. It sounds great.

 

There's no drums, no wild electric guitars, no obvious back beat, just the piano or guitar and the singer. And it's almost the same as the songs that they used to sing, except the rhythm kind of trips a little bit. But that's O.K. because it's exciting, and the young people love it.

 

The problem is that when the rhythm does that little trip it means that the music contains a basic, distinctive rhythmic feature of all rock & roll since its inception in the 1950s. In this way, before you've even known it, you've been deceived by the subtle strategy of Satan.

 

This is the blind spot that Satan is using to his advantage. He knows that once a church accepts rock ballads, complete capitulation is almost inevitable.

 

“In the case of vigilant, serious-minded Christians, he has to start them up at the very top of the slope with very gentle rock so that the conscience doesn't scream out, 'This music is wrong!' Just as long as he can get you started, he has won, because just like a drug pusher he knows that his users will want more and more of that sensual rhythm” (Graham West, The Rhythm of Rock).

 

Many churches that are adapting CCM think they are removing the “rock” from Christian rock, but they are actually just toning it down to “soft rock.” (See Analyzing Lancaster Baptist Church's Music)

 

Unresolving Chord Cadence(宙に浮いた音楽コード)

 

Another major element of the sensual contemporary worship experience is the unresolving chords.

 

Contemporary worship music tends to use a chord cadence other than the “perfect” or “authentic” cadence, which is used by the old hymns and which resolves back to the first tone.

 

A “weak cadence” or an “imperfect cadence” does not resolve in this way. It is always more “feely.” In the video series Music for Good or Evil we give audio examples of this.

 

Pastor Tim Kelly of Maine has taught music theory for almost 25 years and was previously deeply involved in the pop, rock, new country rock, rap, R&B music culture. He makes the following observation about contemporary praise music:

 

“The emphasis is on the IV chord. The V chord is always called the dominant chord in music, but in CCM it is avoided as often as possible. It doesn't resolve.

 

Music works like this: You have a question (phrase) and then an answer (phrase). There is tension and then release 10 (resolve).

 

Contemporary praise music seems to present questions with no answers, no absolutes. It is wispy and draws on the emotions, with no intellectual purpose or guide. This is the philosophy of the Devil.”

 

Sensual Vocal Styles(肉感的ボーカル・テクニック)

 

Related image

Amy Grant 

 

Another major element of the contemporary worship experience is the sensual vocal techniques that have been borrowed from the morally corrupt pop music field.

 

There is the BREATHY STYLE, in which the microphone is held extremely close to the singer's mouth. This gives a feeling of intimacy and sexuality.

 

Elvis Presley and other pop sex god “crooners” used this technique to great effect, and contemporary Christian musicians follow this pattern.

 

Then there is SCOOPING AND SLIDING, by which instead of hitting the note cleanly and directly, there is a slide from above or below its true pitch. It adds a great sensuality to the music.

 

The 1950s book How to Sing for Money said, “Scooping is a common practice ... as a swing effect.”

 

Thus, the scooping technique was created as part of the commercial dance music scene, and it works with the syncopated rhythm to create the sensual atmosphere that dancers desire. It is a technique that fits the night club, the bar, the gambling den. But it has been adapted by contemporary Christian musicians and Southern Gospel performers.

 

These styles are not only sensual; they draw attention to the singer, which is another major element of both secular pop and contemporary Christian music.

 

Electronic Modulation(エレクトロニックな転調)

 

Sometimes contemporary praise is performed with acoustic instruments only, but typically it incorporates fullblown and very loud electronic instruments with reverberation, echo, feedback and other types of electronic modulation. This is used to intensify the sensuality of the music and to create a mystical atmosphere.

 

The Rise and Fall of the Intensity of the Music(激しい上がり下がり)

 

A contemporary worship experience typically involves a dramatic rise and fall in the sound level and intensity of the music. This is used to create an emotional roller coaster.

 

One minute your body is twisting and jerking to ear splitting rock & roll and the next minute you are immersed in a near trance-inducing atmosphere in which the music is toned down and less physically demanding but more mystical.

 

Repetition(反復)

 

CCM has been called 7/11 music — seven words sung 11 times. Actually, the repetition can be much more extensive than that. In Kevin Prosch's song “Signs and Wonders,” the words “signs and wonders, healings, deliverance” are repeated at least 20 times and the words “the kingdom of God is here” are repeated at least 25 times.

 

At the 1996 Heart of David conference, they sang Prosch's “Praise the Lord, Oh My Soul” for 20 minutes, and they sang another song for over three hours! This music is indeed transformational. By yielding to it, the CCM crowd is carried along into a “tangible experience.”

 

When combined with the syncopated, body-jerking rhythms, the electronic modulation, the unresolving chord progression, the rise and fall of the intensity, 11 and the sensual vocal styles, the repetition can have a hypnotic effect on those who yield themselves unreservedly to the experience.

 

We have seen that the transformative power of contemporary worship music lies both in its enticing philosophy of "liberty" and in its sensual, addictive music.

 

WARNINGS ABOUT ADAPTING CONTEMPORARY PRAISE MUSIC INTO FUNDAMENTALIST CHURCHES

 

I want to give three warnings about this. 

FIRST, it is a bad example and a potential bridge to CCM. To adapt from the field of CCM gives people the idea that CCM is safe. Churches that borrow from CCM are probably not spending a lot of time warning about it.

 

SECOND, it can create an appetite for sensual, worldly music. Those who borrow from CCM, listen to CCM. If the music people in a fundamentalist church are adapting songs from CCM, they are doubtless listening to it. That is a dangerous thing, because the rock music that permeates CCM is very sensual and addictive. It creates an appetite for the profane and spoils one’s appetite for the sacred.

 

We agree with Dan Lucarini, former contemporary praise leader, when he says: “I am now convinced that God will not accept our worship when it is offered with music styles that are also used by pagans for their immoral practices. ... He is a jealous God. If you grasp this principle alone, it will change for ever the way you lead a worship service” (Lucarini, Confessions of a Former Worship Leader, p. 57).

 

To borrow from and adapt from the field of CCM is a dangerous thing, because the rock music that permeates CCM is very sensual and addictive.

 

THIRD, it is disobedience to God’s command to separate from error. The Word of God says, Now I beseech you, brethren, mark them which cause divisions and offences contrary to the doctrine which ye have learned; and avoid them (Romans 16:17).

 

Separation from error is God’s prescription for spiritual protection. The overwhelming majority of Contemporary Christian Music is produced by Charismatics, and the Pentecostal-Charismatic movement is unscriptural and spiritually dangerous in the extreme.

 

PLENTY OF EXCELLENT SACRED MUSIC AVAILABLE

 

There is an absolute wealth of sacred music available, both old and newer. There is no reason why Bible believers should dig around in the bin of CCM in an attempt to find something wholesome. We do not need to borrow things from the worldly crowd. (See the Way of Life article “Suggested Sacred Music Recordings.”)

 

For CDs available in the UK, see for example the sixty hymns in the Redemption Hymnal, Kingsway Music; Hymns Triumphant, Sparrow Recordings.

 

Also, the Isaac Watts, Charles Wesley, Fanny Crosby, Philip Bliss, Ira Sankey and other great hymns are available in the Hymn Makers series, Kingsway Music. 12 (*For more information we recommend The Pentecostal-Charismatic Movements: History and Doctrine (book), Contemporary Christian Music: Some Questions Answered and Some Warnings Given (book), and Dangers of Contemporary Worship Music (DVD), which are available from Way of Life Literature. )

 

"Experience has shown that once CCM is introduced (usually with the more moderate “door opener” songs and along with the overhead projector and the “Nashville” sound of a guitar) it does not remain static, but soon becomes a substantial part of a church’s music program.

 

For many it has been a hotline back to the music of their pre-conversion days. And notably, a survey of the above songs and of CCM generally will show that far less is said about the Sacrificial Death and Blood of Christ. At Bethel we do not use CCM, but seek to develop an appreciation for the great traditional, revivalist hymns." (Jack Moorman www.bethelbaptistlondon.org)