巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

ポスト近代と新歴史主義、同性愛、そして聖書解釈(by スティーブ・ゴールデン)

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The Influence of Postmodernism, Part 4: New Historicism | Answers in Genesis

 

目次

 


新歴史主義

 

新歴史主義は、1980年代に勃興しましたが、この用語自体が、いくつかの諸理論(例:文化的唯物主義)をカバーする傘カテゴリーとなる傾向が往々にしてあります。新歴史主義も、文化的唯物主義も、ほぼ同時期に現れ、どちらの分野の批評家たちも、

 

1)人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティー、それから、

2)権力を行使してきた諸機関(例:キリスト教会、君主制など)が、いかに社会に特定のイデオロギーを押し付けてきたのか、そしてそれが、いかに今日の私たちのテキスト理解に〔負の〕影響を及ぼしてきたのか、

 

という点に注目しています。尚、本稿で、新歴史主義という語を用いる際には、文化的唯物主義の分野も含めることにします。 

 

新歴史主義が、他のポストモダン理論と違っている点は、これが過去およびテキストの文化的文脈を取り扱っている事です。しかしながら、彼ら批評家たちの、歴史に対する見方・捉え方・分析方法というものにはやはり、私たちを躊躇させるものがあります。ベッドフォードのセント・マーティン出版社は、大学書籍を扱う出版社として有名ですが、彼らは新歴史主義の特徴を次のようにまとめています。

 

 「彼らは、従来の歴史批評家たちに比べ、『事実・出来事中心』という観点に乏しいといえます。その理由としては、おそらく、『本当に起こった出来事についての真実が、はたして純粋にないしは客観的に知られ得るものなのか否か』という点で彼らが不信を抱くに至ったからかもしれません。また彼らは、歴史を、現在に向け発展しつつある、線状かつ漸進的なものとは捉えない傾向にあります。さらに彼らは、歴史を、明確かつ持続・一貫性をもった各時代精神(zeitgeist)から成る「特定の諸時代」という観点でも捉えない傾向にあると言っていいでしょう。それゆえ、彼らの間には、『文芸テキストというものには、単一ないしは容易に特定できるような歴史的文脈というものは内蔵されていない』と主張する傾向が強いわけです。」*1

 

要するに、新歴史主義者は少なくとも私たちの大半が理解するところの「歴史」に対する不信感を抱いています。そして彼らの不信感の大部分は、今日の社会というものが実は、「ある特定の時期においてある事がらは~~だった」という事を信じさせるべく、条件付けられたものであるという彼らの見解から生じています。

 

ミッシェル・フーコーの苦悩の人生

 

フランスの哲学者であり歴史家でもあるミッシェル・フーコー(1926–1984)は、ポストモダニズムの代表格の一人です。

 

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フランス哲学が絶頂期にあった当時、大学生であったフーコーは、フリードリヒ・ニーチェを初めとする主要な哲学者たちから多大な思想的影響を受けました。そして後年、そのフーコーの思想が、新歴史主義が発展していく過程で主要な影響を及ぼしていくことになります。*2

 

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「すべての事は、われわれの解釈次第だ。ある時期に優勢を誇る解釈――それがどんな解釈であれ、それは権力による機能であって、真理によるものではない。」フリードリヒ・ニーチェ)

 

しかしながら、フーコーの人生は苦悩に満ちたものでした。英国レスター大学の歴史学講師であるジョン・コーフェイ氏は、フーコーの人生を次のように要約しています。

 

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John Coffey 

 

 「1948年、ミッシェル・フーコーは自殺未遂を図りました。当時、彼は有名校エコール・ノルマルの学生でした、、、彼は首都にある、非合法のゲイ・バーに夜間、足しげく通っていましたが、その事に関しての罪責感に苦しめられていたようでした。彼の父親は厳格な人で、以前にも息子を最も統制の厳しいカトリック学校へ送り出していましたが、その父が、精神病院に息子を検査入院させるべく取り計らいました。しかしそれでも死への囚われは彼から離れず、自分を首吊りする様をジョークにしたり、こうして彼はさらなる自殺未遂を重ねました。ホモセクシャル、自殺行為、精神錯乱といった青年期のこれらの体験が、その後のフーコーの知的発展の決定的要素となっていきました。後年の彼の著作群で取り扱われているテーマは、彼自身のこういった経験から生み出されたものです、、、フーコーの知的キャリアは、社会によって、『周縁化され』『収監され』『抑圧され』ている人々に代わっての、彼自身の、生涯に渡る十字軍遠征となっていきました。」*3

 

フーコーの「十字軍遠征」と、新歴史主義が為そうとしていることの間のパラレル関係については、後述していきますが、ここでまずフーコーの人生の終わりの事に触れておこうと思います。

 

1984年6月、フーコーはエイズに感染しました。コーフェイ氏は次のように結語しています。「エイズ感染の恐れがますます明らかになっていく中にあって、彼はそれでもあえてバスハウスへの頻行をやめようとはしませんでした。そうする事により、狂気、性的倒錯、拷問、死といった観念に取りつかれていた己の人生に、それにふさわしいクライマックスをもたらそうとしていたのかもしれません。」*4

 

換言していうと、実のところ、フーコーはエイズに感染したがっていた可能性が大であり、こうして、意図的に自らを感染し得る状況に置くことで、(倒錯した意味において)自らの人生を有意味なものにしようとしていたのだと考えられます。

 

フーコーと新歴史主義

 

フーコーの影響と個人的選択は不幸なものでしたが、彼によって新歴史主義にもたらされた影響というのもまた由々しきものがあります。新歴史主義は、マルクス主義思想に負うところ大です。マルクシズムは、主として経済と階級関係を軸にした政治思想体系です。これが実践のレベルに移されると、社会主義や、ひいてはカール・マルクスの推進した、コミュニズムへとその経過を辿っていきます。

 

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コミュニスト政権下のブルガリア(引用元

 

実践面においてマルクス思想は、再三再四、失敗してきましたが、文芸理論の分野におけるマルクス派は、現在でも全米の英文学科内でその生命線を保ち続けています。

 

文学や歴史を読むにあたり、マルクス主義理論は経済や社会階級に注目し、そういった要素が、テキストの中の権力均衡にいかなる影響を及ぼしているのかをみようとします。そういったマルクス主義理論と同じように、新歴史主義もまた、権力の行使に注目します。しかしながら、新歴史主義者たちは、それよりももっと社会問題や、周縁化された諸グループ、そして当時(キリスト教会などのように)権力を行使していた諸機関などに目を向けようとします。

 

そして、ここにおいてフーコーの思想が力を発揮するのです。彼は著書『監獄の誕生―監視と処罰(Naissance de la prison, Surveiller et punir)』の中で、多くの人々の考えとは反対に、拷問や公開処刑が現代刑務所に取って代わることとなったのは、全く肯定的なことではないと主張しています。これに関し、コーフェイ氏は次のように要約しています。

 

「フーコーによれば、現代の刑務所というのは、ただ単に人々の身体に働きかけるだけではない。それは、彼らの精神をもコントロールしようとしているのである。囚人たちは専門家によって分類され、監視員の下に置かれ、観察され、操作される。さらに、刑務所というのは、現代社会の縮図である。つまり、われわれは皆、監視員の下に置かれており、官僚制によって分類され、逸脱や異常が見い出された際には監禁されるのである。」*5

 

フーコーは特に、パノプティコンと呼ばれる建築の構想図に批判的でした。これは、18世紀にジェレミー・ベンサムによって設計された建築物であり、学校や、監獄、その他の諸機関の中に秩序を保つべく造られました。この建築物は円形になっていて、中心部に監視塔が配置され、そこを中心に円状に独房が配置されていました。そして、監獄に対して光が入るために、囚人からは、監視員が見えない一方、監視員は囚人を観察できる仕組みになっていました。

 

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ベンサムは、理論上、囚人たちが時には、まったく監視されていない状態にあることも可能だと考えていました。なぜなら、監視員がそこにいるのかいないのか、囚人たちには知る由がなかったからです。こうして彼らは、あたかも常時、監視員に見られているかのように、行動し(*ポストモダン用語では、「演じ "perform”」)ることを余儀なくされることになります。

 

そしてフーコーによれば、これは、社会の他の側面においても見ることのできる抑圧形態の象徴なのです。「フーコーは、普遍的規範というのが、実は権力者による抑圧の道具に他ならないということを自分は暴露すると主張しました。」*6

 

新歴史主義者たちは。フーコーのこの思想から霊感を受け、歴史の中にそういった抑圧の諸形態を見い出そうとし始めました。抑圧の諸形態ーーそこでは人々が、あるイデオロギーに沿って演じ行動することを余儀なくされているとされています。

 

人々はそのイデオロギーに同意しているか否かに拘らず、それを演じなければならない。なぜなら、彼らの上に置かれた権力者たちが常に彼らを監視しているから。。このようにして、新歴史主義者たちにとって、万事は「権力」に帰着するのです。

 

権力者とは誰か?

 

新歴史主義者にとって、鍵となるのは「権力」です。しかしそれは、私たちが普通想像するような権力とは異なる場合も往々にしてあります。

 

例を挙げてみましょう。あなたの友だちから一通の手紙が届きました。

Q「それは誰が書いたものですか?」

A「私の友です。」

そうすると、〔彼らの理解によれば〕あなたの友だちは手紙の上に置かれた「権力」であるということになります。

 

それでは次の質問です。

Q「あなたはこの手紙の内容の正確さに信頼を置いていますか?」

(例外的なケースもあるでしょうが)おそらく信頼を置いているでしょうね。

 

Q「手紙の中になにか隠れた意味を見い出そうとしていますか?」

多分、そんなことはしないでしょう。通常、手紙の意味は明らかであり、その意味解読のためにわざわざ専門家を呼ぶ必要もありません。

 

それでは、今度は、その友だちが、刑務所の中から手紙を送ってきたと想像してみてください。その刑務所では、すべての手紙は監視員によって検閲されます。再び、質問します。

 

Q「誰がこの手紙を書きましたか?」

そうです、あなたの友だちです。しかし今回、彼はある種の情報をあなたと共有することはできないということを知りつつ、手紙を書いています。彼は常に監視されており、囚人としての「演じ」をしなければならないからです。

 

Q 「その場合、手紙の中のすべての情報をあなたは信じますか?」

おそらくそうはできないでしょう。むしろ手紙の中に隠された意味を何とか見つけようとするはずです。

 

そして、もしもこの手紙を新歴史主義者が読むなら、彼はこう言うでしょう。「手紙の上に置かれている『権力者』は、あなたの友だちではなく監獄制度です。なぜなら、その制度が彼のコミュニケーションを統制してきたからです」と。

 

後者の例においては、こういった新歴史主義的読み方は、手紙理解にあるいは有益かもしれません。しかしながら、実際のところ、新歴史主義において、そういった事例は例外中の例外です。なぜなら、彼らは脚本、著作、その他、ほとんどどんなテキストにおいても、その読み方を適用させ、そして言います。「ここには、これまで人類が見過ごしてきたある意味や、歴史が存在するのだ」と。

 

そしてこう続けるでしょう。「このテキストが書かれた当時の諸事情により、権力者が『作者本人』ではなく、権力をもったある『制度』であるような、そのような状況が生じてしまったのです」と。

 

さらに、彼ら新歴史主義者をそのような見方に駆り立てる要因は、「その作者の言葉が完全に信頼のおけるものではないということを立証するれっきとした証拠ゆえ」というよりはむしろ、ある特定グループの人々に対する、その人自身の私情(同情心)である場合がほとんどです。

 

オハイオ州立大学ユダヤ学メルトン研究所の准教授であるD・G・メイヤーは、新歴史主義を突き動かしている真の動機について次のような洞察をしています。

 

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David G. Myers

 

「彼らの研究の目標は、画家の意図を、彼ら学者自身の同情心と一致させることにあります、、、同情心は、デザインと同じだけの重要性をもった(そして同等の存在論的地位をもった)事実として扱われています。はたしてそのデザインが何かと食い違ってはいないのかと自問し確かめる努力はなされず、単に、「それは、そうあらなければならないのだ」という解釈の前提として取り扱われるだけです。すなわち批評家は、自分の感じ方によって、それがそうだと知っているのです。」*7

 

新歴史主義者はそういった感情に突き動かされるケースが多いのですが、メイヤー氏がいみじくも指摘したように、そういった方法では客観的な歴史評価はもたらされません。

 

新歴史主義と聖書解釈

 

聖書解釈の分野において、ある聖書学者たちや指導者たちは、自覚してかせずか、新歴史主義者たちと類似の歴史観を受容しています。しかしながら、すべての信仰者が受け入れる必要がある基本事実というのは、聖書がその原写本において誤りがなく(そして今日私たちの手にあるものは、きわめて正確である)ということです。ですから、どんなに歴史が再解釈されようとも、こういった再解釈は聖書の明瞭なことばの意味ないしは効力に変更を加えることはできないのです。

 

個人的信奉がいかに聖書解釈に影響を与えているかを示す一つの実例を挙げます。退職した聖公会司祭であり著名な作家でもあるジョン・シェルビー・スポングは、パウロ書簡に提示されている歴史を、「同性愛サポート」という自らの趣向に基づいて読み直そうと試みています。

 

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彼の聖書分析の目標はだいたい次のようなものです。曰く、「パウロ書簡が書かれた当時、権力をもっていた宗教機関(例:律法の専門家であった律法学者たち、統治権力側に就いていた一部のパリサイ人たち)は、同性愛者たちを抑圧していた。さらに言えば、パウロ自身も同性愛者であったのだが、彼はその願望を抑制しようとしていた。それゆえに、パウロは強いられる形で、ゲイ行動に反対する発言をしなければならなかったのである。」

 

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「然り。私は確信しています。タルソのパウロがゲイ男性であったことを。彼は、深刻に抑圧され、自己嫌悪に苦しみ、非常に禁欲的で、掟に縛られていました(それらの掟によってこの志向を抑えようと望んでいたのです。)彼は〔同性愛行為を〕到底受け入れられないものと考え、それを全く自らのコントロール下に置いていました。実際、そのコントロール力は非常に強靭なものであったため、パウロ自身、自分についてのこの事実に向き合う必要性がなかったのです。しかし抑制は人を殺します。それは抑制している人を殺すにとどまらず、場合によっては、抑制している人の内に見いだされる防御的怒りが、これに挑戦する人、脅す人、あるいは、彼が深く恐れているそのこと〔=ゲイ行為〕に生きている人を殺しかねないのです。」*8

 

スポングは知ってか知らずか、フーコー的聖書の見方を採用しています。(前述のパノプティコンの項を参照)。つまり、

①使徒パウロは同性愛行為に力強く反対の声を上げている。

②同性愛行為は律法によって断罪されている。そしてそれはパリサイ人や律法学者たちによって監視されている。

③それゆえ、パウロ自身もおそらくゲイであったに違いないが、彼は異性愛者の役割を過度に「演じて」いた。なぜなら、彼は常に、宗教権威によって「監視」されていたからである。

 

使徒パウロが同性愛者であったとか、パウロが同性愛行為に参入することに同情心を抱いていたとかいうテキスト証拠は皆無です。実際、パウロはある時点で結婚していたかもしれないという指摘もなされています。

 

しかしながら、先にメイヤー氏が指摘したように、スポングは、今日の同性愛行為について彼がそうだと「感じる」あり方ゆえに、〔自らの主張する内容を〕「知っている」と考えているのです。さらに、スポングは、聖書が神のみことばであることを信じていない旨を認め、次のように言っています。

 

「私は聖書が神のみことば(*大文字の "Word")であるとは見ていません。私は聖書のみことば(大文字の"Word")を、聖書の言葉(小文字の"words")を通して聞くものとして理解しています。この両者には非常に大きな違いがあります。」(*下のVTR6:45~の発言)

 

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パウロの言葉は、神のみことばではありません。それらはあくまでパウロの言葉です。両者には大きな違いがあります。ジョン・シェルビー・スポング*9

 

結語

 

多くの人が自らのアジェンダでもって、キリストのことばを解釈しようとしています。新歴史主義が、公認された文芸評論として認められるよりはるか以前に、C・S・ルイスは、そのように「非適格な意味」による聖書解釈がもたらす結果について次のように洞察力ある指摘をしています。

 

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C.S.Lewis

 

 「そうなると、私たちは次のような結論を出さざるを得なくなるだろう。つまり、キリストのことばの真の意味は、

①キリストと同時代に生き、同言語を話していた人々に隠されており、

②世界に遣わすべく主ご自身が使者としてお選びになった弟子たちにも隠されており、

③後に続くあらゆる時代の人々にも隠されていた。が、ついに私たちの生きるこの時代に到って初めてその意味が発見されたのだと。

 もちろん、こういった事を信じがたいとは思わない人たちもいることも私は知っている。ちょうど、プラトンやシェークスピアの真の意味が、奇妙にも彼らの同時代や後継者たちにはずっと隠されていたところが現代に入り、一人か二人の教授たちによって見事に全容が明かされたと主張する度胸のある人々が存在するのと同様に。

 しかし私としては、そういった釈義メソッドを神聖なる事がらに適用することはできない。そういった釈義はすでに、自分の世俗研究の中で軽蔑と共に拒絶してきた。

 どんな理論であれ、そのベースを、いわゆる福音書から抜け出した「歴史的イエス」なるものに置き、キリスト教の教えに刃向かってくるようなものは、疑わしいとみるべきである。

 これまで実に多くの歴史的イエスたち(Jesuses)が登場してきた。リベラル派イエス、霊師イエス、バルト派イエス、マルクス主義イエス。。。そしてこれらはいずれもそれぞれの出版社目録に載っている安っぽい収穫物であるにすぎない、、、こういった幻像の内に、私は自分の信仰や救いを見い出したくない。」*10

 

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C・S・ルイス自身はイエスのことのみを言及していますが、引用文の文脈は、キリストの御言葉だけにとどまらず、聖書全体の御言葉にも当てはめて考えることができるでしょう。

 

もし私たちが聖書の各聖句を、その自然的な文脈および様式の中で読みつつ、真剣に取り扱っていかないのなら、私たちがその中に真理を見い出す望みは絶たれてしまいます。新歴史主義やその他のポストモダン的考え方の影響により、聖書は誤った解釈のプレイグラウンドと化しています。なぜなら、人は、自分自身の思想を聖書の中に読み込もうとする傾向があるからです。

 

新歴史主義の諸要素は、同性愛理論やジェンダー学といった、他の多くのポストモダン思想の領域にも浸透していっています。ミッシェル・フーコーをはじめとする新歴史主義者たちが、周縁化されてきたと彼らの考える人々に対する情熱をもっている事はたしかですが、悲しいことに、罪により、自分が守るべき・正当化するに値するものと捉える、その観点自体が人の内で損なわれてしまっています。ヤコブは、この世で私たちが守るに値するもののいくつかについて次のように述べています。

 

ヤコブ1:27

父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。

 

マルコ12:30-31には、私たちが神を愛し、隣人を愛しなければならないことが記されています。同性愛行為、中絶といった行為を是認することは、その二つの掟の両方共を破る行ないです。罪深い言動の内にあえて参与し続ける人は、「周縁化された人々」という特別な地位を受けるに値しません。

 

上記のようなロジックをさらにワンステップ推し進めるなら、こうなるでしょう。ある連続殺人者が、監獄で無為に人生を浪費している、「周縁化された」殺人囚仲間たちを釈放すべく、大量殺人行為に対する彼自身の同情の念を聖書の中に読み込もうとするのは、はたして妥当なことでしょうか。

 

真の愛と同情は、罪との対峙および、未信者への福音宣教を私たちに強います。神は私たちにご自身の御言葉をくださいました。そして聖書のシンプルなみことばは明瞭です。私たちが個人的アジェンダや感情に訴えることなく、御言葉をそのまま素直に受け取るなら、その時、聖書の真理が取り間違えられるようなことはありません。

 

(執筆者:スティーブ・ゴールデン)

 

関連記事:

 

*1:“Definition of the New Historicism,” Bedford/St. Martin’s, bcs.bedfordstmartins.com/virtualit/poetry/critical_define/crit_newhist.html.

*2:訳者注:エスター・L・ミークも、著書 Longing to Know, The Philosophy of Knowledge for Ordinary People の中で、「ニーチェの思想が、ポストモダニズムの先駆け的存在であることが認識され始めると同時に、最近再び、彼の著作が人気を博すようになってきています」と記しています(3章註8)。

*3:For a more detailed biography of Foucault, see Stanford Encyclopedia of Philosophy, s.v. “Michel Foucault,” plato.stanford.edu/entries/foucault.

*4:Stanford Encyclopedia of Philosophy, s.v. “Michel Foucault,”

*5:Stanford Encyclopedia of Philosophy, s.v. “Michel Foucault” 

*6:Stanford Encyclopedia of Philosophy, s.v. “Michel Foucault,” 

*7:D. G. Myers, “The New Historicism in Literary Study,” Academic Questions 2 (Winter 1988–89): 27–36; available online at dgmyers.blogspot.com/p/new-historicism-in-literary-study.html.

*8:John Shelby Spong, The Sins of Scripture: Exposing the Bible’s Texts of Hate to Reveal the God of Love (New York: Harper Collins, 2005), p. 140.

*9:筆者注:下のビデオは使徒パウロがゲイであったか否かについてのディベート。スポング氏 VS ホワイト氏。収録時間約7分。

スポングの「感情に突き動かされた」聖書解釈は、今日いわゆる「周縁化されている」グループ(つまり、同性愛を実践している人々)に対し有利な計らいをするべく為されているのは一目瞭然であり、それにより、パウロの言葉は信用できないものにされています。

*10:C.S. Lewis, The Weight of Glory (New York: HarperCollins, 1980), pp. 87–88.