巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

「ローマ16:7のユニアは女使徒でした。ですから、初代教会の初めより、女性にも権威ある地位が与えられていたのです。」という主張はどうでしょうか。

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目次

 

 

John Piper and Wayne Grudem, 50 Crucial Questions About Manhood and Womanhood | Desiring God, 2016(拙訳)

 

質問

 

Q. ローマ16:7でパウロは次のように書いています。「私の同国人で私といっしょに投獄されたことのある、アンドロニコとユニアス(別訳:ユニア)にもよろしく。この人々は使徒たちの間によく知られている人々で、また私より先に先にキリストにある者となったのです」(新改訳)。ユニアス/ユニアという人は女性ではないのですか?そして彼女は使徒ではありませんでしたか?ということは、初代教会の中で、「女性が、男性たちの上に立つ、非常に権威ある立場に就いていた」ということをパウロはぜひともこの箇所で是認したかった、ということになるのではないでしょうか。

 

回答:

それでは差し出された3つの質問を順を追ってみていくことにしましょう。

 

(1)ユニアス/ユニアという人は女性ではないのですか?

 

これについて私たちは知り得ません。証拠も決定的でなく、そのため、ある聖書はユニア(Junia)と女性の名前として訳し、別の聖書は、ユニアスと男性の名前として訳しています。

(訳者注:①ユニアと訳している聖書の例:岩波訳、欽定訳、ESV, Holman, NET訳等。②ユニアスと訳している聖書:新共同訳、前田訳、新改訳、塚本訳、口語訳、文語訳、NASB, Darby, Young訳等)

 

私たちは、デジタル化され2889人の著述家と8203の諸作品を網羅しているデータベース Thesaurus Linguae Graecae *1.を通し、紀元前9世紀のホメロス作品から、紀元5世紀に至るまでに書かれたギリシャ語の全著述作品を調べました。

 

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私たちは可能性として考えられるすべての事例を抽出すべく、Iounia-のあらゆる語形を調べました*2。こうしたコンピューター検索により、(ローマ16:7の事例以外に)私たちは3つの事例を抽出いたしました。

 

① プルータルコス(AD50-120)の『マルクス・ブルータス伝』。

 

〔ブルータスとカッシウスとの間の摩擦を描いている場面〕「、、彼らは親戚としての繋がりはあったのだ―カッシウスは、ブルータスの妹であるユニアと結婚していた。(Iounia gar adelphe Broutou sunoikei Kassios).」*3

 

② エピファニウス(AD315-403)。彼は、キプロスにあるサラミスの監督と務めていましたが、『弟子たちの目録』という書き物の中で、次のように記しています。

 

「パウロが言及しているユニアスについてですが、〔彼は〕シリアのアパメイアの監督になりました。」*4

 

ギリシャ語では、‟of whom”に当たる箇所が男性形関係代名詞(hou; οὗ )となっており、そこから分かるのが、著者エピファニウスは、ユニアスが男性だと考えていた、という事です。

 

③ ヨハネ・クリュソストモス(AD347-407)。ローマ16:7講解の中でユニア(ス)の事に言及し、彼は次のように記しています。

 

「おお、この人はなんと敬虔な女性でしょう。使徒の名称にさえふさわしいとみなされていたとは!(she should be even counted worthy of the appellation of apostle)」*5

 

以上の3事例からおおよそ知り得るのは、

1)ユニア(ス)という名は、新約聖書の時期、女性の名前として用いられていた(プルータルコス)。

2)教父たちの間では、パウロがこの名前を女性名として用いていたのか男性名として用いていたのかについて意見が分かれていた。(エピファニウスはそれを男性形として取り扱い、一方のクリュソストモスはそれを女性形として取り扱っていた。)

 

しかしながら、どちらかといえば、エピファニウスの言説の方に、より重きが置かれてよいかもしれません。といいますのも、彼はユニア(ス)についてより具体的な情報を知っているように見受けられるのに対し(「ユニアスは、アパメイアの監督になりました。」)、クリュソストモスの方は、ローマ16:7から推測でき得ること以外には何ら他の情報を提供していないからです。(しかし、エピファニウスはプリスカに関して誤った情報を記しています。)*6

 

しかしながら、おそらく上述の事例以上に重要なのは、現存する最古のローマ書註解のオリゲネス(d.AD252)によるラテン語引用ではないかと思われます。

 

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オリゲネスのローマ書註解。(上の写本は11世紀後半から12世紀前半のもの。イタリア。引用元

 

オリゲネスは、「アンドロニコ、ユニアス、ヘロディアス――彼ら全員のことを彼(パウロ)は、同国人で、私といっしょに投獄されたことがある人々だと言っています。〔Andronicus, et Junias, et Herodion, quos omnes et cognatos suos, et concaptivos appellat]」と記しています。*7

 

ここで記されているユニアスは、ラテン語の男性単数主格であり、従って――もしこの古代訳が信頼性のあるものであるならば――(古代世界で最も秀でた聖書学者の一人であった)オリゲネスは、ユニアスを男性だと考えていた、という事になります。エピファニウスの引用に加え、オリゲネスのこの引用は、ユニアス男性説の見解に多少重みを加えるものかもしれません。

 

また、新約期、-asで終わる男性の名前はめずらしいものではありませんでした。例えば、アンデレ(Andreas, Ανδρεας, マタイ10:2)、エリヤ(Elias, Ηλιας, マタイ11:14)、イザヤ(Esaias, Ησαιας, ヨハネ1:23)、ザカリヤ(Zacharias, Ζαχαριας, ルカ1:5)などを挙げることができます。

 

A・T・ロバートソンは、-asで終わる数多くの名称は、明らかな男性形の短縮形であるということを示しています。*8

 

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新約聖書中での最も明瞭な例は、シラス(Silas, Σιλας, 使徒15:22)でしょう。これは、シルワノ(Silvanus, Σιλουανος, 1テサ1:1、1ペテロ5:12)から来ています。

 

ですから、名前の形が何を表わしているのかについてドグマティックになる事は是非とも避けなければならないでしょう。とどのつまり、それは女性形であるかもしれないし、あるいは男性形であるかもしれないのです。そして、「ユニアというのは当時のギリシャ語世界で一般的な女性の名前だった」と主張することは到底できない話です。というのも、現存する古代ギリシャ文献全般の中で、私たちが現在、特定できるのはただこれらの3事例に過ぎないからです。*9

 

それに加え、プリスカとアクラ(ローマ16:3)のように、アンドロニコとユニア(ス)がペアーで記されているからといって、彼らをも夫妻だと決めつけることはできません。なぜなら、ローマ16:12では、二人の女性がペアーで記載されているからです。「主にあって労している、ツルパナ(Τρυφαινα)とツルポサ(Τρυφωσα)によろしく。」ですから、ツルパナとツルポサという二人の女性の列挙と同様に、アンドロニコとユニア(ス)も、二人の男性名の列挙である可能性もあるわけです。

 

(2)ユニア(ス)は使徒だったのではないでしょうか。

 

これはかなりの割合であり得ないことだと言っていいでしょう。文法的に言えば、「使徒の間によく知られている(“of note among the apostles”)」というRSV訳は、使徒たちがアンドロニコとユニア(ス)を高く評価していたと捉えることができると思います。(*ESV訳「使徒たちよく知られている(“well known to the apostles”)」は、詳細に及ぶ文法研究を基にした最も確実性の高い訳だと考えられます。)

 

ギリシャ語の構造では、形容詞 episemos(=良く知られている, επισημος)は、「使徒たち」に対する与格表現(εν τοις αποστολοις)と共に用いられています。広範囲に渡る、聖書外ギリシャ語諸文献を研究したミッシェル・ブーラー(Michael Burer)は、論稿の中で、次のことを示しました。

 

1)人が与格の形で記されている時にはほとんと常に、この文構造は「誰かに対してよく知られている(“well known to”)」という意味である。

2)それに対し、誰かがある所属グループ「の間でよく知られている」時には、ギリシャの著述家たちは通常、属格形を用いている。*10

 

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Michael H. Burer(ダラス神学校新約学准教授)*11

 

従って、彼ら自身は使徒ではなかったということが言えると思います。他方、アンドロニコとユニア(ス)は、パウロ以前にすでにクリスチャンであったわけですから(7節)、「使徒たちによく知られている」とパウロが言った時、彼の念頭にあったのはまさにこの事――つまり、自分がリーチする以前にすでに彼らが堅実な主の働きをしていたこと――だったのかもしれません。彼らは実際、本当にパウロの回心以前にすでに、使徒たちによく知られていたのです。

 

(3)初代教会で、女性に非常に権威ある地位が与えられていたのではないでしょうか。

 

おそらく違うでしょう。新約聖書の中で、「使徒(αποστολος, apostle)」という語は、異なるレベルの権威にあるキリストのしもべたちを指す語です。黙示録21:14では、「小羊の十二使徒の十二の名(δώδεκα ὀνόματα τῶν δώδεκα ἀποστόλων τοῦ Ἀρνίου.)」と言及してあります。(マタイ19:28、使徒1:15-26も参照。)

 

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十二使徒は、イエスの復活の証人としても特別の役割を果たしていました。そして実際、パウロも、自分自身そういった(特権ある使徒たちの)群れに含まれるによしとされていることを訴えるべく、復活したキリストを実際に見、そのキリストによって召されたことを強調しています。(1コリント9:1-2、ガラ1:1、12)

 

そして、この特別な内輪グループにもっとも身近な存在だったのは、パウロの宣教同労者たちでした。――バルナバ(使徒14:14)、シルワノとテモテ(1テサ2:6)、それから主の兄弟であるヤコブ(ガラ1:19)、それからおそらく他の何人かだったでしょう(1コリ15:7)。

 

最後に、使徒(アポストロス, apostolos)という語は、広義では「使者、メッセンジャー」という意味で用いられています。例えば、ピリピ2:25のエパフロデト、2コリント8:23の「彼らは諸教会の使者」は、直訳ではアポストロス(使徒)です。

 

ピリピ2:25

しかし、私の兄弟、同労者、戦友、またあなたがたの使者として私の窮乏のときに仕えてくれた人エパフロデトは、あなたがたのところに送らねばならないと思っています。(新改訳)

ἀναγκαῖον δὲ ἡγησάμην Ἐπαφρόδιτον τὸν ἀδελφὸν καὶ συνεργὸν καὶ συνστρατιώτην μου, ὑμῶν δὲ ἀπόστολον καὶ λειτουργὸν τῆς χρείας μου, πέμψαι πρὸς ὑμᾶς. (Nestle GNT 1904)

(尚、新改訳聖書の註の欄には、*直訳「使徒」ギリシヤ語「アポストロス」と記載されています。ご確認ください。)

 

2コリント8:23

テトスについて言えば、彼は私の仲間で、あなたがたの間では私の同労者です。兄弟たちについて言えば、彼らは諸教会の使者、キリストの栄光です。

εἴτε ὑπὲρ Τίτου, κοινωνὸς ἐμὸς καὶ εἰς ὑμᾶς συνεργός· εἴτε ἀδελφοὶ ἡμῶν, ἀπόστολοι ἐκκλησιῶν, δόξα Χριστοῦ.( Nestle GNT 1904)

(ここの節の下の欄にも、直訳「使徒」と註が打ってあります。新改訳聖書。)*12

 

従って、たとえアンドロニコとユニア(ス)が、ある種の字義において「使徒たち」だったとしても、彼らはおそらく、巡回伝道の働きに従事していた、こういう三番目のグループに属する人たちだったのではないかと思われます。また、もしユニア(ス)が女性だったのなら、その場合、この人は、――ご主人と共に使徒パウロに同伴し、少なくともある期間、共に宣教の旅をしていたプリスカと同じような範疇に入るかもしれません(使徒18:18)。

 

働きそれ自体は重要だったかもしれませんが、そうだからといって、必ずしもパウロと同じような「諸教会に対して権威をもつ統治者」としてのカテゴリーに入るかといったら、そうではありません(2コリ10:8、13:10)。

 

【追記】

 

日本福音同盟(JEA)のホームページに掲載されている論稿の中に、次のようなパラグラフがありました。

 

「レベッカ・メリル・グルースイス(Rebecca Groothuis)は、著書『女性のためのグッドニュース』の中で 以下のように指摘しています。

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初期の教父たちは、パウロにより、アンドロニコと共に「使徒たちの間によく知られている」として推奨されているユニアが、女性であり、使徒であったということを受け入れていました。しかし、最近の学者たちは 「ユニアは女性ではなかった、あるいは、女性であったにしても、使徒ではなく、単に使徒たちに重んじられたに過ぎないと説明するのに懸命でした。」彼らがそうしたのは、使徒は男性でなければならないという前理解に立っていたからです。さらに、テキストを自分たちの前提にかなうものとするために、聖書翻訳者たちが彼女の名前をユニアスに変えることもありました。」*13

 

このパラグラフ全体が、学的にも、史実的にも真理に基づいていません。また、この論稿を訳された翻訳者の方は、次のような註書きをしていました。

 

訳者注:NIV は「ユニアス」と訳していますが、スタディー・バイブルの注で女性名であるとしています。新共同訳は「ユニアス」と訳しています。AV、NRSV、JNT は「ユニア」と訳しています。新改訳とNASB は「ユニアス」と訳し、注で「ユニア(女性)」訳も紹介しています。

 

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なぜ、NIVのスタディー・バイブルが注の欄で、「ユニアスが女性名である」と断定しているのか、その背景について詳しくお調べになりたい方は以下の記事をご参照ください。

 

 

-CBMW, An Evaluation of Gender Language in the 2011 Edition of the NIV Bible: A report from the Council on Biblical Manhood and Womanhood (here)

-Vern S. Poytress, Gender Neutral Issues in the New International Version of 2011 (here)

-Michael D. Marlowe, The Gender-Neutral Language Controversy (here)

 

*1:Thesaurus Linguae Graecae (Irvine: University of California at Irvine,1987), Pilot CD-ROM #C

*2:但し、形態学的に言って男性形 Iouniasより来た可能性のある第一語形変化〔男性属格〕Iouniouだけはそこから除外しました。というのも、このIouniouが、はたしてIounios(ユニオス)という別の男性の名前の語形変化であるのか否か、これだけでは全く判断のしようがなく、従って、この形を統計に取り入れてしまうことで、ローマ16:7の男性形ユニアス検証における、すべての属格形を無用なものにしてしまうことになりかねなかったからです。

*3:Plutarch’s Lives of Illustrious Men, trans. John Dryden (New York: John Wurtele Lovell, n.d.), 3:359

*4:Index discipulorum 125.19–20.

*5:John Chrysostom, Homilies on the Epistle of St. Paul the Apostle to the Romans 31.7, in A Select Library of the Nicene and Post-Nicene Fathers of the Christian Church, ed. Philip Schaff, first ser., vol. 11 (Grand Rapids, MI: Eerdmans, 1956), 555.

*6:We are perplexed about the fact that in the near context of the citation of Junia, Epiphanius also designates Prisca, who is mentioned in Rom. 16:3, as a man, even though we know from the New Testament that she was a woman.

*7:Origen, Commentaria in Epistolam B. Pauli ad Romanos, in Origenis:Opera Omnia, vol. 14 of Patrologia Graeca, ed. J. P. Migne, col. 1289. This work was preserved in a Latin translation by Rufinus (ca. AD 345–ca. 410).

*8:A. T. Robertson, A Grammar of the Greek New Testament in the Light of Historical Research (New York: Hodder and Stoughton, 1914), 171–73.

*9:However, Junia is a common woman’s name in Latin, and that has persuaded several recent translations to render the name as Junia.

*10:この論文をお読みになりたい方は、Michael Burer, “Ἐπίσημοι ἐν τοῖς ἀποστόλοις in Rom 16:7 as ‘Well Known to the Apostles’: Further Defense and New Evidence,” JETS 58, no. 4 (2015): 731–55 (here)をクリックしてください。

*11:ブーラー氏は大学職に就く前、Bible.orgの編集者、及びNET Bibleの准ディレクターとして長年働いていました。上記の論文に先立つ、2001年には、ダニエル・ウォーレス博士との共同執筆で、以下の論文を発表しました。Michael H. Burer and Daniel B. Wallace, “Was Junia Really an Apostle? A Re-examination of Rom 16.7,” NTS 47 (2001) 76–91.(here).

*12:訳者注:上記の説明のさらなる裏付けとして、織田昭先生のギリシャ語辞典 "apostolos"定義の項を引用します。

αποστολος, ο (<αποστελλω, 遣わす):字義は~職権を委ねられて遣わされた者;古典では「遠征隊、艦隊」の意味に用いた。

使者 (特に遣わした者の権威と、委ねられた使命をもって)派遣された人、使節、全権大使;ヘブル3:1ではイエスご自身を「全権」αποστολοςの名で呼んでいる。

使徒(キリストが自ら選んだ福音書の使徒、パウロ書簡と使徒言行録が呼ぶ意味での使徒)。『新約聖書ギリシア語小辞典』より

*13:マリリン・B.・(リン)・スミス著「性差によるのか賜物によるのか ---キリスト教界におけるリーダーシップの根拠の再考察--- 女性の聖書的位置づけに関する研究資料」 【世界福音同盟女性委員会「性差か、賜物か」全文訳】(傍線は、ブログ管理人によります。).