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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

「当時のエペソの女性たちは偽りの教えを説いており、1テモテ2:12はその歴史的文脈で解釈されなければなりません。ですから、この聖句内容は、今日の教会に一般化して適用すべきではないのです。」という主張に対しての応答。【その4】

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 8

回答3.

「エバがアダムよりも先に造られたと説く『グノーシス異端の存在』」を論拠にしているリチャード&キャサリン・クローガーの主張には、説得力ある歴史的証拠がありません。

 

リチャード&キャサリン・クローガーは、当時のエペソに、「エバはアダムよりも先に造られ、アダムに霊的知識を教えていた」とされる、グノーシスもしくは原始グノーシス異端が存在していたということを、かなりのページ数に渡り、論じています。(R.and C. Kroeger, I Suffer Not a Woman, p 59-66, 119-25 参照。)

 

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しかしながら、彼らは、自分たちの主張を裏付けるような1世紀の資料を何も持たず、その代りに、「後代の」諸資料を用いているのです。そのために彼らの主張は、重大な批判を免れ得なくなりました。しかし彼らはそういった批判・懸念の声を次のように斥けています。

 

「グノーシス主義に関する出典・資料、年代、起源に関する本質的議論は、本書で取り扱う範囲を超えています、、、私たちの仮説というのは、『偽教師たちというのは、実際、ほんとうにグノーシス主義者・原始グノーシス主義者、もしくはグノーシス主義者たちに酷似した神話にかかわる集団に属する者たちであった』という可能性を論じるものです。」Ibid., 65-66.

 

クローガーは、この「グノーシス異端説」に基づき、1テモテ2:12の動詞 authenteo(支配する、権威を持つ)の定義をも、『自分こそが男の起源であると宣言する("proclaim oneself author of a man")』と再定義しています。彼らのこの主張に関する検証は、Evangelical Feminism and Biblical Truthの第8章10項および下の二つの記事をご参照ください。)


この分野を専門にしている新約学者たちもまた、クローガーのこの論に肯定的な反応を示していません。トーマス・シュライナーは、「グノーシス異端説」というクローガーの推測に基づいた論が、現在、学会の大半で退けられている事実を次のような言葉で締めくくっています。

 

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 Thomas Schreiner

 

「不幸なことに、クローガーの再構築の試みは、方法論的な誤謬で満ちています。彼らはこの異端というのが、『原始グノーシス主義であった』ということを主張しながら、その一方、この異端説を構築するにあたって、常にその論拠を後代の出典資料に求めているのです。こういった歴史学的精密性の欠如というのは、実に驚くべきものがあります。パウロ書簡の中で述べられている『偽りの教え』というものの性質を検証し判別する上で、いかに歴史学的方法論を適用させていくべきなのかという点を、クローガーは明らかに理解できていません。」Schreiner, "Interpretation of 1 Timothy 2:9-15" (1995), 109-10.

 

シュライナーは次のように付け加えています。「クローガーのこの説に対する強力な論駁書評として:① Robert W. Yarbrough, 'I Suffer Not a Woman: A Review Essay,' Presbyterian 18 (1992): 25-33; ② Albert Wolters, 'Review: I Suffer Not a Woman,' Calvin Theological Journal 28 (1993): 208-13; ③ S.M.Baugh, 'The Apostle Among the Amazons,' Westminster Theological Journal 56 (1994): 153-71." が挙げられます。また、グノーシス主義およびそれに関する現在の学術的諸見解をまとめた(+詳細な文献目録)優れたな概説としては、E.M. Yamauchi, "Gnosticism," DNTB, 414-18をご参照ください。」)

 

ウェストミンスター神学校(カリフォルニア州)の新約学教授であるスティーブン・バウ(Stephen Baugh)は、博士論文で古代エペソ史に取り組んだ人ですが、バウが、このクローガーの「グノーシス異端説」に関し、『アマゾン女武人族の中にいる使徒』というタイトルの詳説書評を書きました。(S.M.Baugh, 'The Apostle Among the Amazons,' Westminster Theological Journal 56 (1994): 153-71)

 

この表題が示すように、クローガーは、「古代エペソでは、女性たちが男性たちに対し、宗教的権威を行使していた」(つまり、宗教の領域における『エペソ版フェミニスト』)ということを主張するにあたり、事実に基づかない各種の神話(例えば、ギリシア神話の中に出てくる、Amazon〔=勇猛な女武人族〕伝説など)に非常に依拠しているのです。しかしながら、彼らの歴史的再構築は、まったく真ではありません。

 

バウは次のように言っています。「クローガーは、、事実からかけ離れた古代エペソ像を描いています。」(p.155)「1世紀のエペソに、実際このようなフェミニスト文化が存在していたということを歴史的に立証した人がこれまで誰もいません。たといそのような主張があったとしても、それは憶測の類に過ぎませんでした。」(p.154)またバウは、「当時のエペソで、宗教生活の領域においては、女性が指揮をとることができたが、公的・社会的領域ではそうではなかった」というクローガーの根本的主張は、「古代社会がどのように機能していたかに関する、彼らの驚くべき無知を露呈している(p.160)と言っています。

 

そして、クローガーの著作のデータ資料を分析した後、バウは次のように締めくくっています。「一体、いかにしてこのような重大な結論が、これほどまでに脆弱かつ不安定な根拠の上に打ち建てられているのか、理解に苦しみます」(p.161)また、クローガーの用いている他の依拠資料も「非常に時代錯誤的なであり」(p.163)、「事実に関する明白な誤謬」(p.165)を含んでいると述べています。

 

他方、「彼らは――4000件におよぶエペソの碑文、またそれに関する数多くの二次資料という――歴史的にずっと信ぴょう性があり、かつ信頼のおける膨大な資料群を事実上、無視してしまっています。」(p.162)

 

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エペソ碑文の一例。エペソ博物館所蔵。(引用元

 

バウのこの書評に対し、対等主義の刊行誌(Priscilla Papers)においてアラン・パジェットが、次のように言っています。「(バウは)、当時、(グノーシス主義者たちのような)哲学者の小群がもしかしたら――当時の社会の規範に反し――女性の平等を説いていたかもしれないということを全く考慮せず、反証もしていません。」(Alan Padgett, "The Scholarship of Patriarchy on 1 Timothy 2:8-15, Priscilla Papers (winter 1997), 25-26.

 

 この一文からは、何ら証拠事実の存在しない中での必死のあがきが露呈されています。エペソにそういう群れがいた「かもしれない」ということは言い得ると思いますが、事実の欠如する中での「かもしれない」という単なる推測は、「今日、1テモテ2:12は私たちには適用されない」という主張を正当化するにあたっての十分な基盤には到底なり得ません。それに関する立証証拠がなく、それを反証する何百という事実を前にしても、それでもあえて、「私はその推論を信じたい」と言う方がいるかもしれませんし、それはそれで各自の自由ですが、それは証拠事実や合理的分析によることなしの理由づけであることは覚えておく必要があると思います。)