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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

弟子たちと共に詩篇118篇を歌われた主イエス(R・ハリス)

敬拝の中の詩篇:巡礼者の歌・祈り・喜び・嘆き

R. Harris, The Lord Jesus sings Psalm 118 with His disciples, Puritanboard

マタイ26:30、マルコ14:26、詩篇118

 

弟子たちとの最後の晩餐の席で、主イエスは美しい説話をなさいましたが、それがヨハネの福音書の13章から17章にかけて記してあります。そして主は「聖餐(Lord’s Supper)」という尊いサクラメントを導入してくださいました。

 

この過越の食事と教えの終わりの部分で、マタイもマルコも共に、イエスと弟子たちが、オリーブ山に出かけて行くに先立ち、「さんびを歌った(sang a hymn, υμνησαντες)」と記録しています(マタイ26:30、マルコ14:26)。さてこの「さんび」とは何だったのでしょう。そしてそこにはなにか重要性があるのでしょうか。今からその問いに関し共に考えていきたいと思います。

 

その「さんび」が具体的にどんな賛美だったのか知ることができたら、、と記しているクリスチャンの著述家たちもいます。しかしながら、事実はどうかといいますと、私たちはイエスと弟子たちがどんな賛美を歌ったのか知っているのです。

その賛美とは詩篇118篇でした。これは、詩篇113から118篇までの great Hallelと呼ばれるパートの最後の部分にあたる賛美であり、伝統的な過越の食事の間、歌われていたものでした。

 

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A Greek-English lexicon of the New Testament, being Grimm's Wilke's Clavis Novi Testamenti, tr., rev. and enl. by Joseph Henry Thayer (1889) 引用元

 

ユダヤ教のタルムード(AD1世紀のすぐ後書かれた、ユダヤ人の生活や慣習についてのラビ的教えの書)によれば、過越の食事の間、四杯の葡萄酒が飲まれ、そして、二杯目の後、人々は Hallelの詩篇113篇、そして114篇、、と続けて歌い始めました。

 

 

そして四杯目、すなわち最後の葡萄酒の杯を飲んだ後、人々は残りのHallel 詩篇(115、116、117、そして118篇)を歌いました。マタイとマルコが言及していたのは、この詩篇群のうちの最後の篇(118篇)だと考えられています。歴代、これについて研究してきたクリスチャンの学者たち(Westminster Assembly、ジョン・オーウェン、マシュー・ヘンリー、ジョナサン・エドワーズ、デイヴィッド・ブラウン、アレクサンダー・ホッジ、ジョン・ブロードゥス等)皆、ここで言及されている「さんび」が詩篇118篇を指すものであることについて見解の一致をみています。

 

詩篇118篇でもっとも驚異的な点は、そこに、イエスがその後、お通りになられた経験についての直接的な言及がちりばめられていることです。イエスは、弟子たちと共に二階の広間をお出になった時、これから自分の身に待ち受けていることを完全に知っておられたのです。最後の Hallel 詩篇を、弟子たちと共に声を合わせて歌った時、その詩篇のことばは間違いなく主イエスを励まし力づけるものだったでしょう。

 

―捕らわれ、殴られ、鞭打たれ、十字架につけられ息をひきとられた主イエス、そして、その出来事から数時間と離れていない、そのさなかに歌われた詩篇、、、次にこの詩篇をお読みになる際、主イエスに対しこの詩篇がどれだけ関連性をもっていたか、、ぜひそのことに想いを巡らせてみてください。

 

詩篇118篇

1  主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。

2  さあ。イスラエルよ、言え。「主の恵みはとこしえまで。」と。

3  さあ。アロンの家よ、言え。「主の恵みはとこしえまで。」と。

4  さあ。主を恐れる者たちよ、言え。「主の恵みはとこしえまで。」と。

5  苦しみのうちから、私は主を呼び求めた。主は、私に答えて、私を広い所に置かれた。

6  主は私の味方。私は恐れない。人は、私に何ができよう。

7  主は、私を助けてくださる私の味方。私は、私を憎む者をものともしない。

8  主に身を避けることは、人に信頼するよりもよい。

9  主に身を避けることは、君主たちに信頼するよりもよい。

10  すべての国々が私を取り囲んだ。確かに私は主の御名によって、彼らを断ち切ろう。

11  彼らは私を取り囲んだ。まことに、私を取り囲んだ。確かに私は主の御名によって、彼らを断ち切ろう。

12  彼らは蜂のように、私を取り囲んだ。しかし、彼らはいばらの火のように消された。確かに私は主の御名によって、彼らを断ち切ろう。

13  おまえは、私をひどく押して倒そうとしたが、主が私を助けられた。

14  主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられた。

15  喜びと救いの声は、正しい者の幕屋のうちにある。主の右の手は力ある働きをする。

16  主の右の手は高く上げられ、主の右の手は力ある働きをする。

17  私は死ぬことなく、かえって生き、そして主のみわざを語り告げよう。

18  主は私をきびしく懲らしめられた。しかし、私を死に渡されなかった。

19  義の門よ。私のために開け。私はそこからはいり、主に感謝しよう。

20  これこそ主の門。正しい者たちはこれよりはいる。

21  私はあなたに感謝します。あなたが私に答えられ、私の救いとなられたからです。

22  家を建てる者たちの捨てた石。それが礎の石になった。

23  これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである。

24  これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう。

25  ああ、主よ。どうぞ救ってください。ああ、主よ。どうぞ栄えさせてください。

26  主の御名によって来る人に、祝福があるように。私たちは主の家から、あなたがたを祝福した。

27  主は神であられ、私たちに光を与えられた。枝をもって、祭りの行列を組め。祭壇の角のところまで。

28  あなたは、私の神。私はあなたに感謝します。あなたは私の神、私はあなたをあがめます。

29  主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。