巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

忘却の彼方に埋められる?(マーガレット・バーバーの信仰詩)

♪ キリストにはかえられません、有名な人になることも、人のほめることばも、この心をひきません。(出典) 「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、…

【悩み相談】「仮に私が女性牧師/司祭職をやめたら、他にどんな奉仕の道があるのでしょうか?」

出典 神様にお仕えしたい、全身全霊で教会や宣教の働きに人生を捧げたいと願っている女性たちには現在、どのような奉仕の道が開かれているのでしょうか?

旧さと新(にい)しさ

アブラハム、イサク、ヤコブの神、 永遠なる神のロゴスであられる イエス・キリストの福音が、 時代を超越した不変性、恒久性を映し出す 「いにしへ」であり、かつ、 あらゆる時代に対して、 常に新しい力をもって語り、 救いのための智慧を 人類に与えるの…

東西の教権の過度集中化についてーーアダム・J・ドヴィル教授へのインタビュー

アダム・J・ドヴィル(Adam J. DeVille)。聖フランチェスコ大学神学部准教授。主著:『Orthodoxy and the Roman Papacy: Ut Unum Sint and the Prospects of East-West Unity』(2016年)、『Everything Hidden Shall Be Revealed: Ridding the Church of A…

ヘシュカスム論争に対するジョン・メイエンドルフの理解(アンドリュー・ラウス、ダラム大学)

聖グレゴリオス・パラマス(1296-1359) 目次 ヘシュカスム論争に対するジョン・メイエンドルフの理解(アンドリュー・ラウス、ダラム大学) 知的プラトン主義、新プラトン主義 異なる禁欲主義理解 メイエンドルフのパラマス解釈に対する諸批判 【…

"Are you saved?"ーーカトリック、プロテスタントそれぞれの視点

より良いコミュニケーションのために。 目次 はじめに 「奥さんの方は救われ(became saved)、、」 救済論の違い プロテスタントの A さんとカトリックの B さんの理解の行き違い 〔♪ D〕と〔♪ Dメジャー〕コードの違い

宗教改革者たちとトマス・アクィナスーーカール・トゥルーマン教授へのインタビュー【改革派内での新しい動き】

出典 目次 トゥルーマン教授の微妙な位置 ルターの信仰義認論、「パウロ研究による新しい視点」 聖書の正典問題 「教皇制のプラグマティズム」 宗教改革者たちとトマス・アクィナス

迷い子仲間を見つけた。

迷い子たち 目次 ロフトン師の遍歴 あの方は『J 牧師』ではなく『J 神父』なのです! Nones(ノンズ) non-polemicalに、且つ、相手と向き合ってとことんディスカッションする

ロックンロールな高揚感を媒介にした教派間「一致」の悪魔的欺瞞について

出典 下の三つのビデオには教会ユースの集いの模様が映し出されています。さて、皆さんに質問です。どれがカトリック教会の集いで、どれがプロテスタント教会の集いでしょうか。

太陽も星も見えない日に。

・・第三の型の信仰は、周りの状況、感情、目に見える現象、人々、人間理性の一切が逆のことを言っているようにみえるただ中にあっても尚も、神と神のことばを信じます。

静穏(by ゲルハルト・テルステーゲン)

出典 おさなごのような心で、 あなたの心を喜ばせ、広げ、鎮めることのできる あらゆるもののために 〈場所〉をおつくりなさい。

西方キリスト教世界の存亡は「ラテン語伝統ミサ」の存続にかかっていると思う。

「光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。」ヨハネの福音書1章5節 「世界中のすべての暗闇をもってしても、一本のろうそくの灯を消すことはできない。」 アッシジの聖フランチェスコ

ポール・L・ガヴリリュク著「ハルナックの『ヘレニズム化されたキリスト教』か、それともフロロフスキーの『聖なるヘレニズム』か?」レビュー

目次 著者ポール・L・ガヴリリュク氏について 二つの対極的見解 ハルナックの「ヘレニズム化/堕落」説に対する批評 フロロフスキーの「キリスト教ヘレニズム」に対する批評 おわりに

トマス・アクィナスの解釈学とプラトン主義的伝統(by ピーター・クリーフト 、ボストン大学)

出典 目次 「聖書」と「自然」ーー二つの書 「聖書および自然は、signで溢れている」 脱構築主義との対照 アナロギア(類比) 創造(Creation)

私たちの十字架の道を共に歩いてくださる御母

「御子の十字架は、あらゆる側面において、あらゆる痛みにおいて、母なる心を刺し通す両刃の剣となります。両者の悶絶は等しく計り知れないものです。唯一の違いは、動的にして、自発的、そして自ら進んでの御子の受容が、母においては静的、不可避的な共受…

トマス・アクィナスと正教ーーマークス・プレステッド著『Orthodox Readings of Aquinas』書評(by アンドリュー・ラウス、ダラム大学)

聖トマス・アクィナス(出典) www.firstthings.com Andrew Louth, The Dumb Ox and the Orthodox: A Review of Orthodox Readings of Aquinas by Marcus Plested, First Things(抄訳) Marcus Plested, Orthodox Readings of Aquinas, Oxford University P…

神的闇(Divine Darkness)

至高なる三一なるもの、 あらゆる本質、 知識、 善を超越しているもの、 神的智慧への先導者よ、 汝の神秘的知という最高峰へと われわれの道を導きたまえ。

東方の文脈で「scholastic...」という表現がなされる時、それは具体的に何を意味しているのだろう?【東西キリスト教と理性】

東方正教のビザンティン学者であるアンドリュー・ラウスが「アクィナスと正教の関係」について書評を書いており、大変興味深く読ませていただきました。

「アンダーソン型」病理の分析と治癒

「アンダーソン型」病理を対岸の火事視していいのだろうか?(イラスト) 独立バプテスト教会のスティーブン・アンダーソン牧師の教説をマイケル・ロフトン師が分析しています。

嗚呼、ビザンティン・カトリック教会!

〔前記事〕からの続きです。 出典 目次 御父のモナルキア ある神学生の苦悶の告白 友に電話し打ち明ける。 おわりに

ビザンティン・カトリシズムは「包括的」?それとも「トリッキー」?【さあ、フィリオクェ問題に取り掛かろう!】

ふぅ~、いろいろ大変だね。 目次 はじめに 東方典礼カトリック教会とはどんな教会? Ορθοδοξίαの語用やフィリオクェ問題を通し、ビザンティン・カトリシズムの「微妙さ」を痛感! 困ったなぁ マヌエル・ニン主教の元を訪れる。 正教修道院を訪れる。

友愛と孤高

出典 昨晩、仲の良い友人からメッセージが入りました。彼女は今、数週間にわたって、ある修道院でのリトリートに参加しており、数年間の探求と祈りの末、「私、ついにローマ・カトリックに改宗しつつあると思う。それは確実に起こると思う。」という厳かな決…

革命ーー社会主義『ドストエフスキーの世界観』(by ニコライ・ベルジャーエフ)

出典 ベルジャーエフ著作集第二巻『ドストエフスキーの世界観』(斎藤栄治訳)白水社より一部抜粋 ドストエフスキーは、天才的な透視的眼光をもって、きたるべきロシア革命の、おそらくはまた世界革命の理念的基礎と性格とを悟った。彼は、言葉の最も真実の…

脱藩浪女(dappan wanderer)

杜若(かきつばた)の花が一面に咲いている。 ーー葛飾北斎、三河の八ツ橋の古図(出典) 現在の自分の信仰的立ち位置をどのように言い表せばよいのだろうと考えていて、ふいに「脱藩浪人」ならぬ「脱藩浪女(dappan wanderer)」という言葉を思いつき、心な…

ジョージ・オーウェルと『1984年』ーーいかにして自由は死に絶えていくのか

《刑務所の中庭(囚人の運動:ドレを模して)》。画家のフィンセント・ファン・ゴッホ によって制作された作品。制作年は1890年から1890年。出典 目次 ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』 集産主義(collectivism) 民主社会主義(democr…

初代教会期のかわいい子どもの手紙を和訳しました!【楽しいコイネー・ギリシャ語の世界】

目次 テオンくんがパパに宛てたお手紙 この手紙が書かれた背景 手紙の日本語訳 テオンくんの作文添削 ♪ おわりに 【補足】聖書ギリシャ語をどういう風に発音したらいいのかなぁ? 4つの発音法 そもそも「発音」って大切なのかな タイムスリップ! パピルス…

倦まずたゆまず

丸山眞男文庫の資料群(出典) ETV特集で丸山眞男(1914-1996)の生涯を追ったドキュメンタリーを観ました。丸山眞男は戦後日本を代表する政治思想学者の一人です。*1 *1:ETV特集 丸山眞男と戦後日本 第二回 1996.11.19 - YouTube.

舌よ歌え、栄えある聖体の神秘を(♪ Pange, lingua, gloriosi, Corporis mysterium)【グレゴリオ聖歌】

出典 わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。ヨハネ6:51 Ego sum panis vivus, qui de cælo descendi. Si quis manducaver…

ディスカッションはできればonlineではなく、相手の人間と直に触れ合い交流する中で行ないたい。

先日、遠出し、ある方と数時間にわたりじっくり話し合う時を持ちました。そして帰り道につくづく思ったのです。「一人の人と話をするために往復何時間もかけ、一日が終わった。しかしそれはなんという濃密な時間だったことだろう」と。

「制御」がもたらす人生の幸いについて

出典 私は短距離走はそれなりに得意で、いざ走るとなると、わき目もふらずダッシュでひたすら直行します。そしてこの猪突猛進ぶりは自分の信仰行程にも大いに反映されていると思います。だからこそ尚更だと思いますが、そんな自分にとって、かしら性の真理と…