巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

詩・祈り・エッセー

主イエスよ、私は盲目です。汝が私の光となってください。(ピューリタンの祈り)

主イエスよ、 私は盲目です。汝が私の光となってください。 私は無知です。汝が私の知恵となってください。 私はかたくなです。汝が私の知性となってください。 汝の御霊の声をすばやく聞き取ることができるよう 私の耳を開いてください。 そして手招きして…

懐疑は消散し、霊的喜びが再び戻ってくる(イサク・ワッツの信仰詩)

悲しみよ、わが魂から立ち去れ、 そして喜びの内に我をうち置け。 わが舌は主の中で勝利し、 歓喜の声を挙げよう。 暗闇と懐疑がわが心を覆い、 わが頭は涙の中で溺死せんばかりだった。 しかしその時、至高の恵みが輝く光線と共に わが陰鬱な恐怖を追い出し…

私は自分が生涯の「修正」主義者であることを恥じない。

「これは往々に起こる事ですが――ある極端を離脱した人々が、その対極にあるもう一つの極端によって提示されるオールターナティブ(代替)を採用したという事情があると思われます。」 冒頭の引用文は、19世紀後半から20世紀初めにかけてアメリカでダービ…

信仰の船出――カール・ヒルティの信仰詩

ついにこの世をあとに! この世の盃(さかずき)はこなごなに砕かれました。 岸をはなれた小舟のなかから 遠い岸辺が、薄明かりの中に見えます。 路なき海原に囲まれ、 これからは、ただ希望のみがわが財産です。

被造物への愛着心

被造物への愛着心はなんと強力なものでしょうか。それは時に大波のように激しく心を揺さぶり、かき乱し、本来、主だけで占められるべき奥の部屋に抗い得ないような力で押し入ろうとしてきます。

神はわれわれの人知を超えた仕方で動かれる。(ウィリアム・クーパーの信仰詩)

神はわれわれの人知を超えた仕方で動かれ、 ご自身のみわざを成し遂げられる。 主はご自身の足跡を海の中に植え、 嵐の上を進まれる。 計り知れない鉱床の深淵にて、 けっして誤ることなき巧腕にて、 主はご自身の輝かしいご企図を護持され、 至上の聖意(so…

それでも歌鳥はうたう。(エミー・カーマイケルの信仰詩)

主よ、汝のしもべは、家になにも持っていません。 共用のオイル一杯でさえも。 なぜなら、冷酷で強硬な〈あの人〉が、 ――人が「苦痛」と呼ぶ、武装した〈あの人〉が、 繰り返し、繰り返し、私のまずしい家を襲い、 荒らし回るからです。

スニオン岬にて――愛する同胞の救いを祈りつつ

昨日、ある難民の家族を連れ、夕日を見に、スニオン岬という所に行きました。この岬には海神ポセイドンを祀る神殿があり、観光スポットの一つにもなっています。 海を見ながら、難民のお母さんも二人の幼い子どもたちも、自分たちがボートで漂流した時どんな…

自己凝視ではなく、キリストを見上げたい。

「自己を1回凝視する間に、キリストを10回見上げなさい。」ロバート・マクチェーン 民数記21:8,9 すると、主はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」 モーセ…

キリストの愛の力(イサク・ワッツの信仰詩)

雅歌8:5-7、13、14 荒野から上って来る、 このひと――この苦悶のひとはだれでしょう? 悲しみと罪に押しつぶされ、 愛する主の胸に寄りかかっているひとは。 そうです。彼女はわれらが神、キリストの血潮によって 買い取られた花嫁です。 そして彼女…

エルサレムに向かって(エミー・カーマイケルの信仰詩)

おお御父よ、助けてください。 愛する人々に心とらわれ、 私たちの貧弱な愛が、自らの選び取ったこの人生を 拒んでしまうことのないように。 そして、彼らを失ってしまうことや 痛みへの恐れから 永遠の報いを 忘れてしまうことのないように。

摂理の暗闇(イサク・ワッツの信仰詩)

主よ、私たちは汝の壮大な御企図を慕っています。 摂理の薄暗い深淵を。 それはあまりに深く、死すべき詩では音を奏で得ず、 あまりに杳(よう)として、脆弱な感覚では見ることのできないものです。

そこに存在する神ーーレスボス島の難民キャンプにて

トルコ沿岸にあるレスボス島には現在、3つのキャンプに5000人以上の難民が収容されています。キャンプ内の状態を一言で表現するのは難しいですが、カオス(混沌)と欠乏、軍と警察によるものものしい治安維持体制、先行きの分からぬ不安、極寒、不穏、不満 、…

汝の御顔のかがやきを私に見せてください(エミー・カーマイケルの信仰詩)

山や木々や小川の上に立ちこめていた 冷たい霧が 突然消え、 かがやく夢のように すべてを照らし出す栄光が そこを通っていく。

「世からの分離」と「世人への愛」

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ3:16a) 「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。」(1ヨハネ2:15) 私たちの神…

天における恭謙な礼拝(イサク・ワッツの信仰詩)

【恭謙(きょうけん)】 [名・形動]慎み深く、へりくだること。また、そのさま。humble, deferential, self-effacing, respectful, submissive, modest, free from vanity, retiring, unassertive 御父よ、わが魂は、汝の住まう処を一目見たいと 切望し、…

ハインリッヒ・スソーの信仰詩【第二部 神との出会い】

申命記32:10 主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた。 今、私は汝を見、汝を見い出しました。 なぜなら、汝がこの羊を探し求めてくださったからです。 私は逃げ出したのです。し…

ハインリッヒ・スソーの信仰詩【第一部 神を求めて:欣求(ごんぐ)】

イザヤ41:17 悩んでいる者や貧しい者が水を求めても水はなく、その舌は渇きで干からびるが、わたし、主は、彼らに答え、イスラエルの神は、彼らを見捨てない。 おお、いとやさしく慈愛に満ちた主よ、 わが心はあてどもなく彷徨い、独りきりです。 憔悴…

イエスさまだけ(リジューのテレーズの信仰詩)

ある初心の姉妹のために おお、私の心はどんなにかあなたを祝福し、 あなたに対して抱いている やさしい思いを表現したいことでしょう! でも、いったいどの心が、私自身の心を理解してくれるのかしら? どの心が、いつも、そして最後まで変わらず私を愛して…

真夜中の讃歌(ジョン・ウェスレーの信仰詩)

漆黒の夜が地一帯を影で包み、 深淵の懐をヴェールで覆い、 自然は、疲れた頭を傾け、 悲しみの眠りについている。 わが魂は今なお、より崇高な安息を求め、 救い主の御胸に抱かれんと切望している。 おお、恵みを運ぶ御使いたちよ、 来て、われを援けたまえ…

知り尽くしえない神(イサク・ワッツの信仰詩)

天空のかなた奥に、わが神は退いておられる。 わが憧憬の対象である主は ご自身の御顔を隠されている。

私を汝の朗らかな登攀者としてください。(エミー・カーマイケルの信仰詩)

おお、いと高き神、 私を汝の朗らかな登攀者としてください。 私の登山スピリットは、厳峻さをも受け入れます。 主よ、下にあるものに私を沈め入れようとする 繊弱(ひわ)やかなものを 岩に、がれに、氷崖に、雪原野の上に 磔(はりつけ)にしてください。

滅びのあらしの過ぎ去るまでは(主の守りを求める祈り)

詩27:5 主が悩みの日に、、幕屋の奥にわたしを隠し、、 天のお父さま、外には、こわいものがたくさんあります。 御手をのばし、か弱い私たちを包み込んでください。 震えがとまらないとき、 恐怖で身がすくむとき、 あなたの御腕のなかで守られているこ…

人のさばきの座と、キリストのさばきの座――二つのbéma

旧コリント市街にあるアゴラ跡のbema 中央にBHMA (BEMA)という文字が刻まれています。この語はギリシャ語で、「高壇」、特に「裁判官の席(を設けた)壇」を意味します(織田)。昨日、旧コリント市街に行き、約2000年前に、使徒パウロが引き出された…

「引きこもりのルター」と摂理史の必然

1522年に、マルティン・ルターがエラスムス版ギリシャ語新約聖書をドイツ語に翻訳したことは、キリスト教史における画期的大事件でした。それによってドイツの民衆が自国語の聖書を読めるようになっただけでなく、ルターの翻訳により、ドイツ語の標準形…

主人の御手(ハインリッヒ・スソー)

わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。(ピリピ1:21) 「わたしにとって、生きることはキリスト」。それなのに、 わが日々は、ただ労苦の連続。 朝起き、骨折りつつ道を歩き、そして再び床に横たわる。

旅路の終わりに

「しかし、主と交われば、一つ霊となるのです。」1コリント6:17 黄金の都の中で キリストと一つに結ばれる。 遠い過去。 主が下の深淵より、栄光の内を通過されたとき、 その時すでに、私は迎えられていた。

主への畏れ(F・W・フェーバーの信仰詩)

汝に対する私の畏れは、おお主よ、わが血流を奔る いのちのように感喜しています。愛の神聖なる痛みの一つである、この畏敬。人生のさまざまな道程の中で、神の御目の下に、あるいはかしこみ、あるいは慄きはばかる甘美なこの畏敬の念のごとく、魂を喜ばすも…

聖潔を求める祈り(ピューリタンの祈り)

主イエスよ、私は罪を犯してしまいます。ああ、私がそのことで嘆き悲しむことをやめるような事が決してありませんように。そしてそのような自分自身に慣れ切ってしまったり、あるいは「霊的に高い位置に自分はすでに到達した」などと間違っても思うことがあ…

小さな入り江にて(コヴェントリ・パトモアの信仰詩)

この小さな入り江の、 躍動するいのちと大いなる安らかさが溢れているこのあたりでは、 一日に二度、大海原が嬉々として無邪気に満ちたり、退いたりしています。 そして今、大都会から遠く離れ、私はそそりたつ断崖の下に一人腰を下ろしています。 私がこの…