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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

聖書解釈の原則――アナロジー・オブ・フェイス(=聖書は聖書によって解釈する)by R・C・スプロール

プロテスタント宗教改革 R.C. Sproul, Knowing Scriptureより翻訳抜粋 宗教改革者たちがローマ教会と袂を分かち、聖書こそが教会の至高の権威であるという見解(Sola Scriptura)を主張したとき、彼らは聖書解釈上の基本原則について細心の注意を払いました。…

「字義的」それとも「文字通り」?――"Literal "という用語に関する本ブログの方針について(私の試験的な試みです♡)

現在、"literal"の訳語である「字義的」「文字通り」という言葉をめぐり、福音主義界でかなりの混乱と意思疎通の行き違いが起こっています。 ある方々は、「"Literal"な解釈」というフレーズを文法的・歴史的解釈と同義語的に使っています。あるいはそういう…

女性の結婚指輪は、祈りのベールの代わりになり得る??

Jeremy Gardiner, Can Wedding Rings Replace Head Covering? (執筆者:ジェレミー・ガーディナー) 被り物に関し「文化的解釈」を採っておられる方々から次のような意見がしばしば出されます。 「ベールというのは、現在の西洋文化においては何ら意味を持…

諸文化を超えた恒常性について

source 私たちクリスチャンが聖書を読む際に大切なことは、その中にまず永遠の真理および教理の本質を識別することであり、そしてそれらを表現している一時的な形式からそれらを区別することであるとミラード・J・エリクソン氏は述べています(『キリスト教…

私がクリスチャンの教理論争史を愛しんでいる理由――Exclusive Psalmody Debateの事例から【キリスト礼拝の本質を考える】

私は、クリスチャンの教理論争史にとても興味があり、それらの文献を読むのが好きです。そして今日はみなさんに、私がなぜExclusive Psalmody Debate(礼拝時に詩篇歌だけを歌うべきか否かの論争)を愛しているのか、その理由をお分かち合いしたいと思います…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ最終回㉒「物理的な王国」「未来におけるユダヤ人信者たちの役割」「シンボルの深み」 (by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 追記―1993年 1987年の初版以来、私たちは、本書3章でみてきたような、修正ディスペンセーション主義そして…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ㉑ 「キリストにあるイスラエルの成就」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

いのち、そして有機体 Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 古典的ディスペンセーション主義を特徴づける中心的原則は、イスラエルと教会の「パラレルに…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑳「ヘブル人への手紙12:22-24」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 前章にて私は、ディスペンセーション主義について話し合いをする上で、ヘブル人への手紙が最も重要な聖句テクストで…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑲「予型(よけい)について」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「ねえ、予型(よけい)ってナニ?」 「う~ん、そうだね。旧約聖書のいろんなところにイエスさまや教会のことがね、宝のようにちりばめられ、暗示されている。そういうかくされた宝のひとつひとつを予型っていうのかもしれない。」 「それじゃあ、聖書は、…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑱ 「旧約聖書のイスラエルにおける解釈学的見地」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 本章では、旧約への適用――特に旧約預言への適用――という点で、文法的・歴史的解釈がどのように進行していくのか、み…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑰ 「字義性についてのディスペンセーション主義者自身の説明に耳を傾ける。」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 〔訳者注:この章に出てくる用語(《最初に頭に浮かぶ型解釈》、《平べったい解釈》、《プレーン解釈》等)は、前章…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑯ 聖書の「字義的」解釈とは何でしょうか?【後篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Jam Session:〔特にジャズの〕ジャムセッション、即興の演奏会(情報源) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 【前篇】からのつづきです。 字義性を定義…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑮ 聖書の「字義的」解釈とは何でしょうか?【前篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 「字義的」解釈とは何でしょうか?(WHAT IS “LITERAL” INTERPRETATION?) それでは「字義的」聖書解釈についてご一…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑭ 「1コリント15:52の終わりのラッパについて」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 終わりのラッパ(THE LAST TRUMPET) 「字義的(“literal”)」解釈原則という極めて重要な課題に取り組む前に、いく…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑬ ディスペンセーション主義の朋友との対話のために(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) ディスペンセーション主義者との対話のために(STRATEGY FOR DIALOG WITH DISPENSATIONALISTS) ディスペンセーショ…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑫ いろいろな社会的要因(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) (訳者注:この章の中の小見出しは訳者によるものです。) 次に、ディスペンセーション主義のグループ内に存在する…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑪ 単純な反論ではほぼ不可能(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

調和 Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 単純な反論ではほぼ不可能(THE NEAR IMPOSSIBILITY OF SIMPLE REFUTATIONS) 「とにかくディスペンセーション…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑩「千年王国と万物の成就を巡っての意見の一致と相違について」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 千年王国と万物の成就(THE MILLENNIUM AND THE CONSUMMATION) では、千年王国のことはどうでしょうか?私たちはこ…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑨「代表としてのかしら性」「キリストの十字架における二分法」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、――それというのも全人類が罪を犯したからです。」(ローマ5:12) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensatio…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑧ 契約主義神学の中でのいくつかの進展(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「ねぇ、ぼくのヒヨコさん、各時代間における『有機的なつながり』ってなんだろね?」(情報源) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) それでは本章では…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑦ スコフィールド以後のいくつかの進展(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

『新スコフィールド・リファレンス・バイブル』(1967) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) その後、いくつかの興味深い進展がディスペンセーション主義…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑥そのヴァリエーションと多様性(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

ヴァリエーション Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) ディスペンセーション主義のヴァリエーション(VARIATIONS OF DISPENSATIONALISM) ジョン・N・ダ…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑤ C・I・スコフィールドのディスペンセーション主義の特徴【後篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

C・I・スコフィールド Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) スコフィールドの聖書解釈(SCOFIELD’S HERMENEUTICS) ディスペンセーション主義者は、一般…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ④ C・I・スコフィールドのディスペンセーション主義の特徴【前篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 2.スコフィールドのディスペンセーション主義の特徴 では、ダービーの後、ディスペンセーション主義の教えには何…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ③ 用語定義・聖書の歴史的形態・ジョン・N・ダービーについて(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986, chapter 1 (目次はココです。) 「ディスペンセーション主義者」という用語について(THE TERM “DISPENSATIONALIST”) 「ディスペンセー…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ② 「ディスペンセーション主義者と非ディスペンセーション主義者が、互いの意見に耳を傾け合う」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists,Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986, chapter 1 (目次はココです。) これまでディスペンセーション主義の正誤を明かそうと多くの著述がなされてきました。そういった弁証・反…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ① はじめに(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大学、新約学)

Vern Sheridan Poythress Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次は、本記事の後半部分にあります。) 著者についての小さな伝記風スケッチ(Biographical Sketch) ヴェル…

女性牧師問題とフェミニスト聖書解釈――「軌道解釈(Trajectory Interpretation)」に対する応答(by ウェイン・グルーデム)【後篇】

〔前編〕からの続きです。 Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 9より翻訳抜粋 回答3.この「軌道解釈」は、旧約聖書とは区別される新約聖書の特異性(uniqueness)について理解し損なっています。 R・T・フランスは次のような…

女性牧師問題とフェミニスト聖書解釈――「軌道解釈(Trajectory Interpretation)」に対する応答(by ウェイン・グルーデム)【前篇】

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 9より翻訳抜粋 対等主義側の主張:「軌道解釈(Trajectory Interpretation)」 パウロを始めとする新約記者たちは、完全な形での女性リーダーシップに向けての「軌道」を移行中でした。しか…

被り物と聖書解釈(Head Covering and Hermeneutics)―R・C・スプロール著『Knowing Scripture』より

(自ブログ「地の果てまで福音を」からの再掲載) 被り物と聖書解釈 Head Covering and Hermeneutics (An Excerpt from “Knowing Scripture” by R.C. Sproul) here R・C・スプロール 原則と慣習(PRINCIPLE AND CUSTOM) 「全ての聖句が原則であり、従ってあ…