巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

秘跡(サクラメント)

ユーカリストの犠牲的性質、プロテスタント諸反論、現代カトリック祭司制危機(by ローレンス・ファインゴールド、ケンリック・グレンノン神学校)

目次 ミサの犠牲に対するルター及びカルヴァンの諸反論 ルターのミサ理解 ①サクラメント定義からの議論 ②「ミサにおける犠牲というのは、毎回のミサの中で繰り返しキリストが殺されるということを意味している」という反論について ③「ユーカリストは犠牲と…

「放蕩娘」の帰郷――アテネ大学法学部マリア・コルナルーさん(21)へのインタビュー記事

アギオス・エレフテリオス教会(Church of Agios Eleftherios) 目次 生い立ち 煙草、パーティー、マリファナ 魔術の世界へ ギリシャ旧暦派(Greek Old Calendarists)分離グループへ エヴァンジェリカル教会の姉妹に出会う 精神分析家兼司祭の所に相談に行く…

置き換えられた「サクラメント」――カトリック・カリスマ運動は「刷新」それとも「自己矛盾」??

カトリック・カリスマ刷新集会(出典) ローマ・カトリック弁証家のマイケル・ロフトン師が「カリスマ(ペンテコステ派)運動」に関し概説しておられます。

プロテスタント救済論について(ジョサイア・トレンハム長司祭)

Archpriest Josiah Trenham, Rock and Sand : An Orthodox Appraisal of the Protestant Reformers and Their Teaching, 2015. Chapter II Heresies of Protestantism(抄訳) それでは今度は、救いに関するプロテスタント教義に注目していくことにしましょ…

教会とエキュメニズム(by スピリドン・ベイリー神父)

もしも魂が教会の教えを身に着けていないのなら、彼の内にイエスが王座に就くことは不可能である。聖ヒエロニムス(4世紀) やがて諸階層、諸国の民は似たような思想を持つようになり、大きな歓喜の内に反キリストを王として高らかに宣言するようになるであ…

福音派神学生Fさんへのレター

Fさん、こんにちは。現在、エウカリスチア(聖餐)におけるキリストの現存に関し、それからマリア教義に関し、カトリック教会の教理を真剣に検討なさっているということをお聞きしました。

忠実な聖公会信者の方々から受けた恵み【感謝のレター】

まずは個人的なお話から始めます。私は20年近いプロテスタント信仰生活を経、2018年中盤に一介の旅びととなり、ローマ・カトリック教会、ビザンティン東方典礼カトリック教会、東方正教会それぞれのコミュニオンで教義研究をし、求道し、多くの方々に…

聖体拝領(Holy Communion)——キリストの内住の極み

«Λάβετε, φάγετε, τούτο μου εστι το Σώμα. Πίετε εξ αυτού πάντες, τούτό εστί το Αίμα μου» 聖体拝領(聖体礼儀:Θεία Κοινωνία)の秘跡に与りました。

はじめての告解

japanesebiblewoman.hatenadiary.com 今朝、はじめての告解に行ってきました。何にも書かず、何も持たず、何も準備せず、ただそのままで神父様の所に行きました。

告解を明日にひかえて

明日、生まれてはじめて告解(εξομολόγηση, Confessio)に行きます。告解というのは、神父様の前で自分の犯してきた具体的な罪や過ちを告白する行為のことをいいます。

いつまでも友だちでありたい。【東方典礼カトリック教会L姉への手紙】

親愛なるL姉へ〔L姉の信仰道程:ノヴス・オルド現代カトリック教会→福音主義教会→東方正教会→正教女子修道院→東方典礼カトリック教会〕

元教皇座空位論者(ex-Sedevacantist)の探求と人生を駈けた問い【不可謬性についての考察】(シリーズ2)

〔シリーズ1〕からの続きです。 部屋に象がいるのに気づいてないフリするの、もうやめようよ!(セデヴァカンティズムのサイトNovus Ordo Watchより) 目次 元セデヴァカンティスト、ジョン・C・ポントレーロ氏の回想記(その2) 問題に正面から向き合いた…

聖母マリアに祈ることは正しい、それとも誤り?【友人とのディスカッション】

出典 目次 「マリアに祈ることは間違っている。」——敬虔なプロテスタント信仰者の方からの警告 「・・それで神およびイエス・キリストへの愛が増し加わった」という理由づけだけでは不十分 改革派神学者R・C・スプロール師の批判と矛盾 聖母マリアに捧げる祈…

カトリック教会未曽有の大惨事に泣く。【一求道者の告白】

目次 はじめに 和解したい 転向、そして「カトリック教会恥辱の夏(The Summer of Shame)」の混沌の中で 2018年12月31日の夢 リベラリズムの根源——「自然主義」 おわりに 〔補足〕Crying with my broken-hearted Catholic friends and with my frag…

総体としてのノヴス・オルドは現在、テンプレートの次元においてプロテスタントに変換されつつあるだろうか。【現代カトリックとCCMロック礼拝】

礼拝の本質について共に考え祈ることができたらと思う。(写真)

現代バアル預言者たちの巣窟の中で孤高に叫ぶ神の人——アタナシウス・シュナイダー司教の信仰と勇気

ヴァチカン、アマゾン・シノドスでの異教儀式(出典)

親鳥からのエサをひたすら待ち望む小鳥として

ぽきんと折れ、断絶してしまっていたかのようにみえたのに、力なき私の枝は尚も木につながっていることを知りました。それは連続性のうちに生きていたのです。「わたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません」(ヨハネ6章37節b)。

神の主権と伝統諸教会の「暴力・戦争」の歴史をめぐってーー保守メノナイト派ディーン・テーラー師とのディスカッション

出典 保守メノナイト/フッタライトのディーン・テーラー師一家が昨日、アテネに来られ、良い交わりとディスカッションの時を持つことができました。

トロイの木馬ーーアングリカン・コミュニオンの女性司祭制は、「女性助祭」導入から始まった。(by ドロシー・マクリーン記者)

『トロイアの木馬の行進』、ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ画(出典) 目次 「アングリカン女性助祭」の登場 英国及びスコットランドにおける「トロイの木馬」

ヘシュカスム論争に対するジョン・メイエンドルフの理解(アンドリュー・ラウス、ダラム大学)

聖グレゴリオス・パラマス(1296-1359) 目次 ヘシュカスム論争に対するジョン・メイエンドルフの理解(アンドリュー・ラウス、ダラム大学) 知的プラトン主義、新プラトン主義 異なる禁欲主義理解 メイエンドルフのパラマス解釈に対する諸批判 【…

宗教改革者たちとトマス・アクィナスーーカール・トゥルーマン教授へのインタビュー【改革派内での新しい動き】

出典 目次 トゥルーマン教授の微妙な位置 ルターの信仰義認論、「パウロ研究による新しい視点」 聖書の正典問題 「教皇制のプラグマティズム」 宗教改革者たちとトマス・アクィナス

迷い子仲間を見つけた。

迷い子たち 目次 ロフトン師の遍歴 あの方は『J 牧師』ではなく『J 神父』なのです! Nones(ノンズ) non-polemicalに、且つ、相手と向き合ってとことんディスカッションする

ロックンロールな高揚感を媒介にした教派間「一致」の悪魔的欺瞞について

出典 下の三つのビデオには教会ユースの集いの模様が映し出されています。さて、皆さんに質問です。どれがカトリック教会の集いで、どれがプロテスタント教会の集いでしょうか。

ビザンティン・カトリシズムは「包括的」?それとも「トリッキー」?【さあ、フィリオクェ問題に取り掛かろう!】

ふぅ~、いろいろ大変だね。 目次 はじめに 東方典礼カトリック教会とはどんな教会? Ορθοδοξίαの語用やフィリオクェ問題を通し、ビザンティン・カトリシズムの「微妙さ」を痛感! 困ったなぁ マヌエル・ニン主教の元を訪れる。 正教修道院を訪れる。

中世キリスト教世界観とその変遷(by ロッド・ドレアー)

目次 中世キリスト教の世界観 形而上学的実在論(metaphysical realism) オッカムと唯名論(nominalism) 漸進的変化

現代宗教建築にみる反サクラメンタリズムーー世俗性の空虚なる直解主義(literalism)

神の聖所だろうか、それともレクチャー・ホールだろうか?ーーエホバの証人、王国会館(出典) 目次 反サクラメンタリズム(by ステファン・フリーマン神父) 写真でみる現代宗教建築 教会建築と美(by ブライアン・ホールズウォース)

著書『どうしたらセキュラー(secular)にならないでいることができるか?ーーチャールズ・テーラーを読む』【ジェームス・K・A・スミス教授へのインタビュー】

A Conversation with James K. A. Smith, 2014(抄訳) インタビュアー:最近の新刊書についてお話ください。 ジェームス・K・A・スミス:『How (Not) To Be Secular: Reading Charles Taylor(どうしたらセキュラーにならないでいることができるか?ーー…

なぜ伝統諸教会では主イエスの磔像がついた十字架(crucifix)が用いられているのだろう?ーー私の探求

キリスト受難の像、キリストの磔像のついている十字架(crucifix)出典 伝統的なカトリック教会、聖公会、東方正教会、そして一部の伝統的ルーテル教会の聖堂に入ると、正面の中央に主イエスの磔像がついた十字架(crucifix)が架けてあるのに私たちは気がつ…

われらいとも聖なる秘跡を永遠に崇め奉らん(♪Adoremus in aeternum)【グレゴリオ聖歌】

ラファエロ作「聖体の議論(La disputa del sacramento)」(1509)*1 「ああ、いともやさしき主なるイエスよ、あなたの宴にあなたと共にあずかる敬虔な魂の喜びはどんなに大きいでしょう。そこでは、ただひとりの愛子、心のすべての願いにもまさって願…

聖いカトリック教会はもうどこにもないのだろうか?ーー修道女ロックバンド、教会の俗化、そして求道者たちの叫び

「ロック音楽は、本源的で抑えがたい初歩的情念の表現である。ロックの祝祭において、それはカルト的性格ーー一種の礼拝形態ーーを帯び、キリスト教礼拝に真っ向から対立している。人々は、群衆の一部になるという経験や、リズム、騒音、特別な照明効果から…