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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

なぜキリスト教会の要塞に破れがあるのか?――福音主義フェミニズム前進を支える二大同盟者たち(by ウェイン・グルーデム)

(自ブログ「地の果てまで福音を」より再掲載) Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chap.14 ① 同盟者その1――世俗文化 対等主義(egalitarianism)は、キリスト教諸機関に影響力を及ぼそうとしていますが、その際、対等主義には、二人…

聖書の権威を放棄する秘かなる10の道すじについて(by D・A・カーソン)

D.A. Carson’s “Subtle Ways to Abandon the Authority of Scripture” (here) 訳者はしがき この記事は、2016年5月に、オハイオ州クリ―ヴランドでなされたD・A・カーソンの講義録です。要約筆記者は、ライアン・ウェルシュ氏です。 D.A.Carson この講義…

健全な教理の重要性(by A・W・トーザー)

(自ブログ「地の果てまで福音を」からの再掲載) A.W. Tozer, The Importance of Sound Doctrine(全訳) キリスト者生活の中において、どれほど健全な教えが重要かということについては、これを強調してもしすぎることはないと思う。もし私たちが「正しい…

イマージング運動――昔風のリベラリズム(by ボブ・デウェイ)【後篇】

〔前篇〕からの続きです。 本書中、もっとも神学的リベラリズムが顕著な例として挙げられるのが、サミール・セルマノヴィック(Samir Selmanovic)執筆による論文「包含性という甘美な問題――他者の中にわれわれの神を見い出す("The Sweet Problem of Inclus…

「イマージング・チャーチ・ムーブメントとは何ですか。そしてどのようにしたら私たちはその動きを識別することができるのでしょうか。」(by ジョン・マッカーサー&フィル・ジョンソン)【その2】

【その1】からのつづきです。 Seeker Sensitive Churches(「求道者にやさしい」教会) フィル・ジョンソン:教会史をみても、こういった「文化を聖別しよう」という発想は、各世代に存在していたように思われます。 つまり、教会の中の一角に、「この世の…

愚弄される「神の子イエス」と、敬われる「預言者イエス」

イスラム教徒の方々と接していて、「ああ、太刀打ちできない」と心に呻きを感じることが最近ますます多くなってきました。何に太刀打ちできないと感じているかといいますと、それは、聖なる神に対する彼らの真正なる恐れと畏敬の念に対してです。 私たちキリ…

真理の実践――愛と聖さについて(フランシス・シェーファー)

ちなみに、われわれはこの時代の持つ、不可思議なる次の特徴に留意する必要がある。つまり、我々に許されている唯一の絶対は、「絶対など存在しない」という絶対的要求なのである。フランシス・シェーファー Francis A. Schaeffer, The Great Evangelical Di…

次なるステップ――「神、われわれの御母!」【福音主義教会の大惨事】

対等主義側の見解の一例 ポイント5.旧約聖書における女性 (1)神の女性的イメージ 神は食糧、水、衣服を用意するというような、ヘブル文化では女性によって担われていた働きをする者として描かれています。神はまた産みの苦しみを経験し、子供の世話をし…

リベラリズムの道を歩んでいない対等主義の牧会者のみなさまへの公開レター

(自ブログ「地の果てまで福音を」より再掲載) Wayne Grudem, An Open Letter to Egalitarians about Liberalism, June 12, 2013 私が本書(Evangelical Feminism: A New Path to Liberalism)の中で挙げている著者、神学校、出版社に関わっておられる方の…

1コリント11章「祈りのベール」弁証シリーズ④:教会の慣習(Church Practice)

(自ブログ「地の果てまで福音を」から再掲載) Jeremy Gardiner, Why Head Coverings? Reason #4: Church Practice 「パウロはこの(かぶり物の)慣習を全ての教会に教え、それに従うよう求めていました。この最後の箇所で、彼は普遍的なクリスチャンの慣習…

前回の記事「ローマ16:7のユニアは女使徒?」の追記です。

日本福音同盟(JEA)のホームページに掲載されている論稿の中に、次のようなパラグラフがありました。 レベッカ・メリル・グルースイス(Rebecca Groothuis)は、著書『女性のためのグッドニュース』の中で 以下のように指摘しています。 初期の教父たちは、…

「創世記1-3章によれば、男性のかしら性(male headship)というのは、人類が堕落する以前には存在していませんでした。ですから、これは罪がもたらした負の産物です。」という主張はどうでしょうか。【後篇】

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 3 (前篇からのつづきです。) 回答2. 抑圧的な男性支配というのが堕落以前には存在していなかったというのは真です。しかし、結婚の中における男性のかしら性(male headship)および固…

1テモテ2:12 徹底検証:A・コステンバーガー師へのインタビュー

(自ブログ「地の果てまで福音を」より再掲載) オーストラリアで初の女性司教(聖公会) 2008年、パース市、source Interview with Andreas J. Köstenberger on 1 Timothy 2:12 (インタビュー聞き手:アンディー・ナセリ氏、ベツレヘム神学校新約学、…

人は「真理」と「寛容」のどちらかを選ばなければならないのか?(A・W・トーザー)

(自ブログ「地の果てまで福音を」からの再掲載) A.W. Tozer, Some Things Are Not Negotiableより抄訳 「新しい十戒」というのが、近年、クリスチャンによって導入された。これによれば、十戒の第一条は、「汝は何事にも不賛成の意を表すことなかれ。」で…

同性愛問題と、岐路に立つ私たち聖書信仰のクリスチャン(前回の記事への追記)

下は100万件に近いアクセスのあるマシュー・ヴァインズ氏の同性愛擁護ビデオです(約5分)。教育・法曹・主要メディアだけでなく、今やエヴァンジェリカル界のメインストリームも徐々に、こういった「聖書的」見解支持の方に流れてゆきつつあります。

教会内での分裂を避けるためにも、ジェンダー問題には「あまり目くじらを立てない。」-そういう方向でいった方が良いのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

John Piper and Wayne Grudem, 50 Crucial Questions About Manhood and Womanhood | Desiring God, 2016 (前の記事からのつづきです。) Q. 、、それと同様、現在、教会内での男性・女性の役割をめぐって、キリスト教界に甚大な意見の不一致があります。で…

現在、教会でホットな議論をかもしだしているジェンダー関連の聖句などはなるだけ「そっとしておく。」-それが目下、賢明な策だと思うのですが、どうでしょうか。

John Piper and Wayne Grudem, 50 Crucial Questions About Manhood and Womanhood | Desiring God, 2016 Q. ある一群の聖句が、かなりホットな議論をかもしだしているのなら、そういった聖句が「聖書的男性像・女性像」に対する自分たちの見方にあまり深刻…

「女性」と「ミニストリ―」と「神のことば」と「私」ー包み隠しのない真実の告白

制御され ととのえられた力には 心を落ち着かせるなにかがある 海岸線に打ちよせる波 暖炉のなかで パチパチと燃える薪 これが 柔和さというものだろうか、、 制御され ととのえられたところに存在する力。 自制。御霊の中にある慎み。 この美しさを 私はい…

古い十字架と新しい十字架(A・W・トーザー)

A.W. Tozer, The Old Cross and the New 古い十字架と新しい十字架(A・W・トーザー)抄訳 まったく予告もなく、しかも至ってひそやかに、「新しい十字架」が導入されるようになった。そう、今人気のある福音主義教会内にである。これは従来の古い十字架と似…

【特別寄稿】戦後 70 年、荒野で叫ぶ者の声(宣教師訓練センター 石野 博師)

8 月 15 日は私たちの国にとって非常に意義深い日であることは誰もが否定しない。先の大戦が終わってすでに 70 年が経つ。 思えばイスラエルの民のバビロン捕囚の期間も 70 年だった。 来る終戦記念 日で 71 回目を数えるが、この日、この国の霊的捕囚のよう…

その時代を生きる預言者というのは、神によって完全に受け入れられる一方、人からは全く拒絶される存在である。(レオナルド・ラーベンヒル)

(自ブログ「地の果てまで福音を」からの再掲載) その時代を生きる預言者というのは、 神によって完全に受け入れられる一方、 人からは全く拒絶される存在である。 彼らは、危機的な時代に 神によって備えられし緊急人(emergency men)である。そして、そ…

福音主義教会の大惨事―この世への迎合精神について(フランシス・A・シェーファー)

(自ブログ「地の果てまで福音を」からの再掲載) フランシス・A・シェーファー(1912 –1984) Francis A. Schaeffer,The Great Evangelical Disaster, 1984 第六章より一部抜粋 同調、そして迎合。こういった世への迎合精神が近年、いかに増長・拡大してい…