巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

対等主義(Egalitarianism)/ 福音主義フェミニズムの問題

「旧約聖書のヘブル語自体が、『家父長制文化の表現』だったのです」という主張はどうでしょうか。

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 3 レベッカ・グルースイス(Rebecca Groothuis)は次のように言っています。 私たちが留意しなければならないのは、古代ヘブライ語というのは、家父長制文化の表現("expression of patriar…

前回の記事「ローマ16:7のユニアは女使徒?」の追記です。

日本福音同盟(JEA)のホームページに掲載されている論稿の中に、次のようなパラグラフがありました。 レベッカ・メリル・グルースイス(Rebecca Groothuis)は、著書『女性のためのグッドニュース』の中で 以下のように指摘しています。 初期の教父たちは、…

「創世記2:18の『助け手』という語は、地位においてエバがアダムと対等である、ないしは、アダムより優位にあるという意味なのです」という主張はどうでしょうか。

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 3より翻訳 レベッカ・グルースイス(Rebecca Groothuis)は『女性のためのグッドニュース』の中で次のように言っています。 「助け手("helper")」という語は、神に関する言及語としてもっ…

「夫に対する妻の恭順の掟は、新約期、『伝道目的』のために出されていたものです。しかし今日ではそういった目的はもはや有効性を持っていません。ですから、妻は夫に従う必要はないのです。」という主張はどうでしょうか。

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 6 ウィリアム・ウェブは、次のように言っています。 ――ペテロは、「妻たちよ。自分の夫に服従しなさい。たとい、みことばに従わない夫であっても、妻の無言のふるまいによって、神のものと…

「ローマ16:7のユニアは女使徒でした。ですから、初代教会の初めより、女性にも権威ある地位が与えられていたのです。」という主張はどうでしょうか。【後篇】

John Piper and Wayne Grudem, 50 Crucial Questions About Manhood and Womanhood | Desiring God, 2016 (前篇からのつづきです。) (2)ユニア(ス)は使徒だったのではないでしょうか。 これはかなりの割合であり得ないことだと言っていいでしょう。文…

「ローマ16:7のユニアは女使徒でした。ですから、初代教会の初めより、女性にも権威ある地位が与えられていたのです。」という主張はどうでしょうか。【前篇】

John Piper and Wayne Grudem, 50 Crucial Questions About Manhood and Womanhood | Desiring God, 2016 Q. ローマ16:7でパウロは次のように書いています。「私の同国人で私といっしょに投獄されたことのある、アンドロニコとユニアス(別訳:ユニア)…

「イエスが男性たちだけを12使徒に任命されたのは、当時の文化的拘束ゆえです。」という主張はどうでしょうか。

Wayne Gruden, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 5 対等主義者側の主張: イエスが男性たちだけを使徒に任命したのは、ただ単に当時の文化に譲歩したためです。しかしそれは今日の私たちの文化には当てはまらないものです。

しかし、エペソ5:21で、パウロは、夫も妻も「互いに従い合いなさい」と教えてはいませんか?

John Piper and Wayne Grudem, 50 Crucial Questions About Manhood and Womanhood | Desiring God, 2016 Q. しかし、エペソ5:21で、パウロは「相互恭順(=夫も妻も互いに従い合いなさい)」を教えてはいませんか? すべては私たちがどういう意味合いに…

【悩み相談】「恭順」とか「かしら」というのはどういう意味なのでしょうか。よく分からず、悩んでいます。

John Piper and Wayne Grudem, 50 Crucial Questions: An Overview of Central Concerns about Manhood and Womanhood, 2016 Q.「恭順(“submission”)」とはどういう意味ですか。 恭順とは、妻が夫のリーダーシップを尊び、肯定する中で、彼女に与えられて…

神は《男性》でしょうか?ー現代のジェンダー戦争

(自ブログ「地の果てまで福音を」からの再掲載) Kyle Pope, Is God Male?, Ancient Road Publications™ 新聞『カンザス・シティ・スター』はある特集欄で、某教派の牧師およびユダヤ教のラビに対し、次のような問いを出していました。 「私たちは神のこと…

「1テモテ2:12の正しい訳は、『私は、女が教えたり、自分こそが《男の起源である》と宣言したりすることを許しません』です。」―この主張はどうでしょうか?【authenteoの意味】続編

(前の記事からの続きです。) ④ Authenteoの意味が「自らをなにかの起源、創始者、もしくは源であると表現することである」とし、クローガーは、その意味がさまざまな古い辞典に記載されていると次のように述べています。 「学者たちが古典古代の文献を、今…

「1テモテ2:12の正しい訳は、『私は、女が教えたり、自分こそが《男の起源である》と宣言したりすることを許しません』です。」―この主張はどうでしょうか?【authenteoの意味】

ある日本語サイトの説教録より一部引用させていただきます。対等主義の立場からの1テモテ2:12の解釈です。 「V11-15a 特定の女を指して、あの女に教えさせるな。 当時、間違った教えをする偽教師たちがはびこっていました。そして、その異端的な教えを…

「エバと同じように、当時エペソの女性も十分な教育を受けていませんでした。しかし今日の女性には男性と同等の教育があります。ですから、1テモテ2:11-15は今日の教会に一般化して適用されるべきではないのです」という主張はどうでしょうか。

大学の授業風景。引用元 Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 8 対等主義者側の主張: 1テモテ2:14から分かるのは、当時のエペソの女性たちと同様、エバもアダムより教育がなかったということです。しかし今日の女性は、男…

「当時のエペソの女性たちは偽りの教えを説いており、1テモテ2:12はその歴史的文脈で解釈されなければなりません。ですから、この聖句内容は、今日の教会に一般化して適用すべきではないのです。」という主張に対しての応答。【その5】

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 8 回答4. もし偽りの教えを何人かの人が教えていたという事実をもって、その人たちの性別に属する全ての人を不適任とするのなら、とどのつまり、すべての男性は教える適性資格をはく奪さ…

聖書の主要な教えを、「文化的に相対的なもの」として再解釈しようとする最近の傾向について――ロバート・W・ヤーブロー師の警告(カベナント神学校新約学教授)

Covenant Theological Seminary in St. Louis ロバート&キャサリン・クローガー著「I Suffer Not a Woman」の中で展開されている「グノーシス異端説」に関する書評を書いたロバート・ヤーブロー(Robert W. Yarbrough)は、このレビューの中で次のような警…

1テモテ2:12 徹底検証:A・コステンバーガー師へのインタビュー

(自ブログ「地の果てまで福音を」より再掲載) オーストラリアで初の女性司教(聖公会) 2008年、パース市、source Interview with Andreas J. Köstenberger on 1 Timothy 2:12 (インタビュー聞き手:アンディー・ナセリ氏、ベツレヘム神学校新約学、…

「当時のエペソの女性たちは偽りの教えを説いており、1テモテ2:12はその歴史的文脈で解釈されなければなりません。ですから、この聖句内容は、今日の教会に一般化して適用すべきではないのです。」という主張に対しての応答。【その4】

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 8 回答3. 「エバがアダムよりも先に造られたと説く『グノーシス異端の存在』」を論拠にしているリチャード&キャサリン・クローガーの主張には、説得力ある歴史的証拠がありません。 リチ…

「当時のエペソの女性たちは偽りの教えを説いており、1テモテ2:12はその歴史的文脈で解釈されなければなりません。ですから、この聖句内容は、今日の教会に一般化して適用すべきではないのです。」という主張に対しての応答。【その3】

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 8 回答2. 「当時のエペソで女性たちが偽りの教えを説いていた」ということを裏付ける明瞭な証拠は、聖書の中にも見いだされず、また、聖書外の資料の中にも未だかつて見いだされたことは…

「当時のエペソの女性たちは偽りの教えを説いており、1テモテ2:12はその歴史的文脈で解釈されなければなりません。ですから、この聖句内容は、今日の教会に一般化して適用すべきではなく、従って、女性も牧師になれるのです」という主張についての応答【その2】

Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 8 対等主義者側の主張: 当時エペソにいた女性たちは、偽りの教えを説き教えていました。。そして、それが理由で、パウロは、1テモテ2:11-15で、女性たちが聖書を説き教えることを…

「当時のエペソの女性たちは偽りの教えを説いており、1テモテ2:12はその歴史的文脈で解釈されなければなりません。ですから、この聖句内容は、今日の教会に一般化して適用すべきではないのです。」という主張に対しての応答。【その1】

日本のあるクリスチャン・サイトに次のような悩み相談が寄せられていました。 「私が通っている教会の牧師は女性です。 テモテ2:12に、女性が教えたりすることは許さない、と書いてありました。どう解釈すればいいのでしょうか? 牧師先生ご本人にはとて…

「万人祭司説というのは、聖書の真理です。ですから、女性も牧師になることができるのです」という主張はどうでしょうか。

(自ブログ「地の果てまで福音を」より再掲載) Wayne Grudem, Evangelical Feminism and the Biblical Truth, chap.10より拙訳 対等主義者側の主張: 新約聖書の「万人祭司説」から分かるのは、男性だけでなく、今や、女性にも牧会職につく資格が与えられて…

「でも、プリスカは男性伝道者アポロに教えませんでしたか(使徒18:26)?しかも彼女の名前は夫アクラの名前よりも『先に』書かれています。ですから、聖書は女性の霊的リーダーシップを認めているのです」という主張はどうでしょうか。

John Piper & Wayne Grudem, 50 Crucial Questions About Manhood and Womanhoodより翻訳 Q. しかし、プリスカはアポロに教えませんでしたか(使徒18:26)?しかも、彼女の名前は、夫アクラの名前よりも「先に」書かれています。この事が示しているのは…

エペソ5:22-33のような聖句は、いわば家父長体制との「一時的妥協」を示す一例にすぎないのではないでしょうか。

John Piper and Wayne Grudem, 50 Crucial Questions About Manhood and Womanhood | Desiring God, 2016 Q. エペソ5:22-33のような聖句は、いわば家父長体制との一時的妥協を示す一例にすぎないのではないでしょうか。そして、むしろ聖書の主たる方…

ケファレー(かしら、"head")をめぐるジェンダー論争―福音主義フェミニズムに対する応答③:Philip B. Payne氏の "source" 論への反証/三位一体論におけるフェミニスト神学者たちの重大な誤謬について〔英文〕

愛する読者のみなさんへの注意喚起 グルーデム氏がこの論文の後半部分で警告しているように、福音主義フェミニスト神学者たちは、家庭内における夫のリーダーシップ(headship)を否定したいがあまりに、正統的な三位一体論からも逸脱傾向にあります。また、…

ケファレー(かしら, head)をめぐるジェンダー論争ー福音主義フェミニズムに対する応答①:1985年以降に出された諸論文〔英文〕

今日、単に「アカデミックな推論に過ぎない」とみなされているものが、明日には、諸国の軍隊を動かし、帝国を投げ倒すようになるのである。 ージョン・G・メイチェン(1881-1937) Wayne Grudem, "The Meaning of Kephale (“Head”, κεφαλη): A Resp…

エペソ5:23「夫は妻のかしらである」という箇所の「かしら」という語は、「源 "source"」という意味だと聞きましたが、それは本当ですか?

John Piper and Wayne Grudem, 50 Crucial Questions About Manhood and Womanhood | Desiring God, 2016 Q. エペソ5:23「夫は妻のかしらである」という箇所の「かしら」という語は、「源(“source”)」という意味だと言っている学者たちがいます。もし…