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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

宗教改革者たちの叫び(10)―ゲオルグ・ブラウロック(16世紀、スイス・オーストリア)

もしもプルータルコスの『対比列伝』の16世紀ヴァージョンを作れるとしたら、私はスコットランドのジョン・ノックス(改革派)と、スイスのゲオルグ・ブラウロック(再洗礼派)を一組にして列伝したいです。どちらも豪健かつ勇敢な巨漢であり、性格的にも…

宗教改革者たちの叫び(9)-ヤン・コメンスキー(17世紀、ボヘミヤ)

「測りがたいほど苦しく、不面目な悲哀の死を耐え忍ばれた主ご自身でさえ、一粒の麦が死ななければいつまでもそのままであるが、もし死んだら多くの実を結ぶであろう、という言葉によって、みずからを慰められた。 したがって、彼の御傷によって癒され、彼の…

18世紀半ばに、何が英国のキリスト教をよみがえらせたのか?(J・C・ライル『大覚醒の時代』より)

J・C・ライル『大覚醒の時代』 「Ⅱ.18世紀半ばに何が英国のキリスト教をよみがえらせたか」より一部抜粋(引用元) 百年前、私たちに解放をもたらしたのは、ほんの一握りの人々であった。ほとんどが英国国教会の牧師であった彼らは、同じ時に、全国の別々の…

宗教改革者たちの叫び(8)ージョージ・ホワイトフィールド(18世紀、イギリス)

あなたの頭は、教理的には正統派かもしれない。にも拘わらず、あなたの心は、今や悪魔の住み家となっているのかもしれない。 ジョージ・ホワイトフィールド(1714-70) 隠れた場所で、一人、大いに祈りなさい。人との多言を避け、神と共に多くの時間…

父から幼い子どもたちへの遺書――ある殉教者の獄中書簡(オランダ再洗礼派、1560年)

はじめに 再洗礼派の歴史は、スイスの宗教改革に始まります。元来、「幼児洗礼は非聖書的だ」と説き、多くの純真な若者たちの心に改革の火をともしていたツヴィングリですが、1525年の時点で非常に残念なことが起こりました。 Ulrich Zwingli (1484-1531)…

宗教改革者たちの叫び(7)-ウィリアム・ティンダル(16世紀、イギリス)

おお読者よ。あなたの魂に幸いをもたらす神の御言葉。これを読むという行為が―財産没収や死刑、あるいは王の平安・権威への冒涜とみなされるとしても―失望・落胆してはいけない。 なぜなら、もし神が私たちの味方なら、―たとい大司教や枢機卿、教皇が敵対す…

宗教改革者たちの叫び(6)-ジョン・ノックス(16世紀、スコットランド)

神が自分に与えてくださった持ち場を私は守る。おそらく、 神の恵みにより、主は私を再び燃え立たせてくださるだろう。 しかし、主が私を燃え立たせてくださろうと、そうでなかろうと、主の恵みと御力により、私は、自分の持ち場を死守する。 ジョン・ノック…

宗教改革者たちの叫び(5)ーフェリクス・マンツ(16世紀、スイス)

(溺死させられる直前に) 「〔幼児洗礼ではなく〕我々が教え、実践してきたこのバプテスマこそ、イエス・キリストおよび聖書の教える洗礼であることを、今日、私は、自分の死をもって証しする。」 フェリクス・マンツ(Felix Mantz,1498-1527、殉…

宗教改革者たちの叫び(4)ーヤン・フス

真理を求め、 真理に聞き、 真理を教え、 真理を愛し、 真理の内にとどまり、 真理を擁護しなさい。 ―死に至るまで。 ヤン・フス(1369-1415、殉教者)

宗教改革者たちの叫び(3)ーヤン・フス(15世紀、ボヘミヤ)

(処刑前に) ああ、わが貧しき肉塊を死に引きずってゆけ。 私は、全能の神とわが主イエス・キリストに信頼す。 この方は、私を贖い、 召してくださった。 ーそう、この息が絶える最後の瞬間まで 主の福音を宣べ伝えるべく。 ヤン・フス(1372-1415…

宗教改革者たちの叫び(2)-マルティン・ルター

私は聖書からの証明、あるいは明瞭かつ明白な理由や議論によって、確信させられない限り、何も取り消すことはできないし、取り消そうとも思わない。 なぜなら、良心に背いて為すことは、安全でなく賢明でもないからだ。我、ここに立つ。私はこうするより他な…

宗教改革者たちの叫び(1)ージャン・カルヴァン

忠犬は、主人が何者かに攻撃されたら、吠える。 もし、神の真理が攻撃にさらされているのを見ながら、 尚も自分が沈黙を保ち続けているのだとするなら、 私は臆病者である。 ―ジャン・カルヴァン(1509-1564)