巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

宗教改革

私の辿ってきた道ーージェイソン・スチュワート師の信仰行程

目次 正統長老教会(OPC)の牧師である自分に一体何が起こったのか 1.プロテスタント宗教改革の肯定的諸原則 2.教父たちの文書 3.教会権威の問題 「聖書のみ」の教理は自明の理ではないのか? おわりに

「正統性」とは何だろう?

彼らは「何/誰」によって殺されたのだろうか? 出典 John Foxe, Foxe's Book of Martyrs, Chapter 16(抄訳)

ソロ・スクリプトゥーラ、ソラ・スクリプトゥーラ、そして解釈的権威の問題(by ブライアン・クロス&ニール・ジュディッシュ)【その3】

「私は聖書からの証明、あるいは明瞭かつ明白な理由や議論によって、確信させられない限り、何も取り消すことはできないし、取り消そうとも思わない。なぜなら、良心に背いて為すことは、安全でなく賢明でもないからだ。我、ここに立つ。私はこうするより他…

宗教改革記念日は祝祭の日だろうか、それとも悲嘆の日だろうか?

宗教改革記念日を祝う人々(出典) Bryan Cross, Reformation Sunday 2011: How Would Protestants Know When to Return?, 2011(全訳)

マルティン・ルターを新鮮な眼で見る(by ロバート・バロン神父)

ロバート・バロン神父(1959-) Robert Barron, Looking at Luther with Fresh Eyes, I & II, 2017(拙訳) 現在私はアレック・ライリーの新刊書『プロテスタント:現代世界を造った信仰(Protestants: The Faith that Made the Modern World.)』を興…

教会的理神論(ecclesial deism)ーープロテスタンティズムの努力とジレンマ(by ブライアン・クロス、マウント・マースィー大学)

人々は常に聖書の真理に立ち返ろうと真剣だった。おお神よ、私たちを憐れみ給え!ーー19世紀のストーン・キャンベル運動(出典) 目次 はじめに 教会の可視性と不可視性に関するプロテスタントの見方 教会史における過去の諸変化をどのように捉えるか 聖書…

教会的理神論(ecclesial deism)かぁ。う~ん、その論点は分かるけど、、でも、、【プロテスタンティズムと歴史観】

可視的教会の過去・現在・未来をどうみればいいのだろう。(出典) 元改革派で現在カトリックのブライアン・クロス教授は、モルモン教やプロテスタンティズム等に典型的にみられる歴史観および教会観のことを「教会的理神論 ecclesial deism」と呼んでおられ…

真理とは何か?ーーマークス・グローダイ師の探求と苦悩、そして人生の道程【その2】

書斎(出典) 目次 釈義と註解書 「投票」と負け戦 リベラル傾斜していく自教団の中で どこに行けばいいのだろう? 牧師仲間との会話 【その1】はココです。

歴史小説『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱ーー迫害下に生きたスイス・アナバプテストの物語』後篇

出典 前篇からの続き 目次 第17章 獄中にいる兄弟たちからの手紙 第18章 二度目の挫折そしてフェリクス・マンツの脱獄 第19章 チューリッヒからの罰金徴収人派遣される 第20章 隠れ家での生活 第21章 ゾリコンの熱狂分子、騒ぎを起こす 第22章 …

歴史小説『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱ーー迫害下に生きたスイス・アナバプテストの物語』前篇

出典 著書名:Fire in the Zurich Hills 著者:Joseph Stoll 出版年:2010年 出版社:Pathway 日本語翻訳:著者ストール氏の許可を得た上で本ブログ管理人が訳しました。(2014年) 目次 第1章 ことの始まり 第2章 第一回公開討論会チューリッヒで…

宗教改革ーー「もしもあの時、、、」(by ピーター・J・ライトハート)

聖餐における聖書解釈で意見を違わせるルターとツヴィングリ(マールブルク会談、1529年) 目次 はじめに ーー「もしもあの時、、」 形成、粉砕、そして再形成 内部分裂 弁論術 信仰告白主義化 宗教改革の二つのEnd

マルティン・ルターの『小教理問答書』に驚き、感動!

ルターの『小教理問答書』を使って聖書の学びをする大人や子どもたち(出典) 目次 ルターの『小教理問答書』を発見! マルティン・ルターの小教理問答書(by エルッキ・コスケンニエミ師、フィンランドルーテル福音協会) 小教理問答書 その成立と内容につい…

もう一度「聖書のみ」に向き合う。ーー荒廃から再生に向けて(by ケヴィン・ヴァン・フーザー、トリニティー神学校)

16世紀再訪 目次 「聖書のみ」の原則がプロテスタンティズム破綻の主要因? 起訴事例1) 起訴事例2) 「聖書のみ」ーー宗教改革者たちが意味していたこと 明瞭さ(Clarity) 十全性(Sufficiency) 質料的十全性 形式的十全性

教会は宗教改革を「悔い改める」べきか、それとも「回復させる」べきか?ーープロテスタント界の解釈学的アナーキーとその解決に向けての省察②(by ケヴィン・ヴァン・フーザー、トリニティー神学校)

1519年にライプツィヒで行なわれた公開ディベート。マルティン・ルター vs ヨハン・エック 目次 「キリスト教の危険思想」(アリスター・マクグラス) 私たちの宗教改革の父たちの(故意によるものではなかった)悪行を悔い改める?? 批判1)宗教改革…

教会は宗教改革を「悔い改める」べきか、それとも「回復させる」べきか?ーープロテスタント界の解釈学的アナーキーとその解決に向けての省察①(by ケヴィン・ヴァン・フーザー、トリニティー神学校)

目次 「建設的プロテスタンティズム」 関連資料 ①プロテスタント側からの弁明 ②カトリック側からの挑戦と問題提起

「意図的でなかった」宗教改革?(by マイケル・ホートン、ウェストミンスター神学校)

目次 一般に受け入れられているモダニティー解釈 〈スコトゥス・ストーリー〉とは何か? 1.一義性(Univocity) 2.節約の原理もしくは「オッカムの剃刀」 3.知性そして自然から(神および私たち両方の)意志を分離させるラディカルな主意主義(volunta…

Regulative Principle of Worshipという16世紀の〈窓〉から遥かにひろがりゆく教会の公同性と普遍性

この先に何があるのだろう? 「ウィクリフは著述全体を通し、『新しい企画・手法(innovation)や真新しいものへの愛着が、キリスト教および教会の一致と統合を脅かしている』と訴えています。」*1 *1:Stephen Lahey, John Wyclif, Oxford University Press …

宗教改革者たちの叫び(11)―トーマス・クランマー(16世紀、英国)

トーマス・クランマー(英国の宗教改革者、1489-1556) メアリー・チュードル治下のカトリック反動化による大迫害の下、1556年3月21日、宗教改革者トーマス・クランマーは、焚刑による殉教死を遂げました。

黙すべきか黙さざるべきかーーヴォルムス帝国議会前夜に捧げられたルターの苦悶の祈り(1521年)

〔ヴォルムス帝国議会での訊問の前夜に〕 「おお神、とこしえなる全能の神よ!この世は何と恐ろしいものでしょうか!見てください、その口は今にも私を飲み込まんばかりであり、しかも嗚呼、汝に対する私の信仰の何と小さく、脆いことでしょう!・・・おお、…

宗教改革者たちの叫び(10)―ゲオルグ・ブラウロック(16世紀、スイス・オーストリア)

もしもプルータルコスの『対比列伝』の16世紀ヴァージョンを作れるとしたら、私はスコットランドのジョン・ノックス(改革派)と、スイスのゲオルグ・ブラウロック(再洗礼派)を一組にして列伝したいです。どちらも豪健かつ勇敢な巨漢であり、性格的にも…

宗教改革者たちの叫び(9)-ヤン・コメンスキー(17世紀、ボヘミヤ)

「測りがたいほど苦しく、不面目な悲哀の死を耐え忍ばれた主ご自身でさえ、一粒の麦が死ななければいつまでもそのままであるが、もし死んだら多くの実を結ぶであろう、という言葉によって、みずからを慰められた。 したがって、彼の御傷によって癒され、彼の…

18世紀半ばに、何が英国のキリスト教をよみがえらせたのか?(J・C・ライル『大覚醒の時代』より)

J・C・ライル『大覚醒の時代』 「Ⅱ.18世紀半ばに何が英国のキリスト教をよみがえらせたか」より一部抜粋(引用元) 百年前、私たちに解放をもたらしたのは、ほんの一握りの人々であった。ほとんどが英国国教会の牧師であった彼らは、同じ時に、全国の別々の…

宗教改革者たちの叫び(8)ージョージ・ホワイトフィールド(18世紀、イギリス)

あなたの頭は、教理的には正統派かもしれない。にも拘わらず、あなたの心は、今や悪魔の住み家となっているのかもしれない。 ジョージ・ホワイトフィールド(1714-70) 隠れた場所で、一人、大いに祈りなさい。人との多言を避け、神と共に多くの時間…

父から幼い子どもたちへの遺書――ある殉教者の獄中書簡(オランダ再洗礼派、1560年)

はじめに 再洗礼派の歴史は、スイスの宗教改革に始まります。元来、「幼児洗礼は非聖書的だ」と説き、多くの純真な若者たちの心に改革の火をともしていたツヴィングリですが、1525年の時点で非常に残念なことが起こりました。 Ulrich Zwingli (1484-1531)…

宗教改革者たちの叫び(7)-ウィリアム・ティンダル(16世紀、イギリス)

おお読者よ。あなたの魂に幸いをもたらす神の御言葉。これを読むという行為が―財産没収や死刑、あるいは王の平安・権威への冒涜とみなされるとしても―失望・落胆してはいけない。 なぜなら、もし神が私たちの味方なら、―たとい大司教や枢機卿、教皇が敵対す…

宗教改革者たちの叫び(6)-ジョン・ノックス(16世紀、スコットランド)

神が自分に与えてくださった持ち場を私は守る。おそらく、 神の恵みにより、主は私を再び燃え立たせてくださるだろう。 しかし、主が私を燃え立たせてくださろうと、そうでなかろうと、主の恵みと御力により、私は、自分の持ち場を死守する。 ジョン・ノック…

宗教改革者たちの叫び(5)ーフェリクス・マンツ(16世紀、スイス)

(溺死させられる直前に) 「〔幼児洗礼ではなく〕我々が教え、実践してきたこのバプテスマこそ、イエス・キリストおよび聖書の教える洗礼であることを、今日、私は、自分の死をもって証しする。」 フェリクス・マンツ(Felix Mantz,1498-1527、殉…

宗教改革者たちの叫び(4)ーヤン・フス

真理を求め、 真理に聞き、 真理を教え、 真理を愛し、 真理の内にとどまり、 真理を擁護しなさい。 ―死に至るまで。 ヤン・フス(1369-1415、殉教者)

宗教改革者たちの叫び(3)ーヤン・フス(15世紀、ボヘミヤ)

(処刑前に) ああ、わが貧しき肉塊を死に引きずってゆけ。 私は、全能の神とわが主イエス・キリストに信頼す。 この方は、私を贖い、 召してくださった。 ーそう、この息が絶える最後の瞬間まで 主の福音を宣べ伝えるべく。 ヤン・フス(1372-1415…

宗教改革者たちの叫び(2)-マルティン・ルター

私は聖書からの証明、あるいは明瞭かつ明白な理由や議論によって、確信させられない限り、何も取り消すことはできないし、取り消そうとも思わない。 なぜなら、良心に背いて為すことは、安全でなく賢明でもないからだ。我、ここに立つ。私はこうするより他な…