巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

宗教改革

福音主義者と権威の危機(by ブライアン・クロス、マウント・マースィー大学)

Bryan Cross, Evangelicals and the Crisis of Authority, 2009(拙訳) ジム・トンコヴィチが「福音主義者と権威の危機*1」と題する優れた論考を書いています。この記事は、ホモセクシュアリティーおよび学問の自由を巡って現在、カルヴィン・カレッジが通…

教会的消費者優先主義(Ecclesial Consumerism)について(by ブライアン・クロス、マウント・マースィー大学)

さて、どれを選ぼうか?(出典) Bryan Cross, Ecclesial Consumerism vs. Ecclesial Unity, 2007(拙訳) 「だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、真理から耳を背…

自分の解釈的『矢』の周りに教導権的『標的』を描くジレンマについて【プロテスタンティズムと解釈的権威の問題】(by ブライアン・クロス、マウント・マースィー大学)

出典 Bryan Cross, The alternative to painting a magisterial target around our interpretive arrow, 2007(拙訳) フェデラル・ビジョンの問題を扱ったジェフリー・マイヤー氏の記事内容に触れ、私は、「自分の解釈的『矢』の周りに教導権的『標的』を描…

「教会合同」という語のニュアンスについて

皆さんはこの写真からどのようなメッセージを受け取っていますか?(出典) ある忠実なプロテスタント教徒の方が、以下のような懸念を表明しておられました。 「N・T・ライトは、教会合同つまりエキュメニカル運動の回し者である。ローマ・カトリックとプロ…

正教、資本主義、そして「西洋」(by ナタニエル・ウッド、フォーダム大学)

出典 Nathaniel Wood, Orthodoxy, Capitalism, and "The West" (抄訳) ...しかし、親スラブ主義的(Slavophile)政治哲学のような事例を引き合いに、「それは、『西の資本主義』と『東の正教』の間の ‟架橋できない断絶” の証拠である」と捉えることは間違…

懺悔の涙

出典 中東圏クリスチャンたちのネット・フォーラムを観覧していましたところ、次のような話が交わされていました。

私の辿ってきた道ーーテリー・クラウチャック修道司祭の信仰行程

目次 カナダのカトリック家庭に生まれる 徐々に信仰から離れていく ドラッグと飲酒はじまる 「全てから自由になりたい。」 もう何も生きる目的がない。 「聖書を取りて、これを読め」 再生 福音主義教会へ エスキモーたちの元に 修道院へ 【補足】「イエスの…

私の辿ってきた道ーーローレンス・ファインゴールド師の信仰行程

出典 目次 無神論者の家庭に生まれる 美術史の教授との出会い キリスト教美術の世界 石像の研究でイタリアへ 「生きていくのがしんどい。もう生きたくない。」 初めてのミサ カトリックか、プロテスタントか ジョン・ヘンリー・ニューマン カトリシズムのユ…

私の辿ってきた道ーーケイティー・ウィング姉の信仰行程

レンブラント作(出典) 目次 カトリック家庭に生まれる 東洋宗教、瞑想の世界へ 内的幻の中にイエスが現れる 無教派クリスチャンになる メシアニック・ジュダイズムの集会へ 神父に内密に打ち明ける 「カトリシズム」と「メシアニック・ジュダイズム」 ゆる…

カンタベリーからローマへの軌跡ーーテーラー・マーシャル師(元聖公会司祭)の信仰行程

目次 「テーラー、地獄に落っこちちゃうよ。」 御言葉を通しての救い ヨハネ・パウロ二世ーー反キリスト? 信仰と理性の和合 アングリカン司祭になる 教皇が死んだ! 私にローマを指し示した一人のラビ カンタベリーからローマへの行路 訳者によるエピローグ

私の辿ってきた道ーーケヴィン・ウェイン氏の信仰行程

目次 セブンスデー・アドベンチストの家庭に生まれる 両親の離婚 黙示録セミナー なぜ牧師の家の冷蔵庫にワインがあるのだろう。 「レビ記の食物規定律法」と、「1テモテ4章」をどう考えればいいのだろう。 「終末における主のまことなる教会」 ジュリーと…

懐疑主義を乗り越える。ーー21世紀キリスト教弁証と聖トマス・アクィナス

...トマス・アクィナスは、キリスト教信仰と理性の間には自然な調和があることを示しました。これこそがトマスの偉大な業績です。トマスは、二つの文化が出会った時代に(当時、信仰は理性の前に降服しなければならないように思われていました)、二つの文化…

舌による聖体拝領ーー人間疎外の問題に対する神の愛なる御応答と永遠の智慧

ジャコメッティの作品に登場する人間像。互いに疎外されており、観察者からも疎外されている。(出典) 初めてカトリック教会(東方典礼)で聖体拝領の光景をみた時の驚きと感動を私は生涯忘れることができないと思います。

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【その5】改宗の過程に伴うさまざまな困難と苦しみ

【その1】【その2】【その3】【その4】からの続きです。 「ある意味において改宗とは殉教の一形態である。それには、ーー肉体、精神、知性、キリストへの信仰という自己の明け渡しが伴う。またそれは従順性および、真理へと導かれていくことに対する自発…

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【その3】最後の足場、崩れる

【その1】【その2】からの続きです。 使徒たちに別れを告げるキリスト、Duccio di Buoninsegna (1308-11)作、シエナのMuseo dell’Opera del Duomo(出典) 目次 教会と聖書 プロテスタントのジレンマ Tu quoque論文にぶち当たる

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【その2】英国国教会に通い始める

【その1】からの続きです。 出典 目次 英国国教会に通い始める 機能的グノーシス主義("functional Gnosticism") アングリカン主義のジレンマに気づく

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【その1】南部福音神学校の教官として

出典 目次 ある学生の問い 南部福音神学校(SES)の教官として 福音主義の根本的諸問題に直面して 正統性に関する問題 最大の悩みーー「教派選び」

聖書正典(biblical canon)の問題と福音主義(by ダグラス・M・ボウモント他)【後篇】

【前篇】からの続きです。 出典 目次 聖書正典のための基準(criteria) プロテスタントの懸念 霊感 使徒性 霊的証言 正統性 自己証明(Self-Attestation) 神の民による受容 キリスト教伝統 摂理、それともパワー・プレイ? おわりに

聖書正典(biblical canon)の問題と福音主義(by ダグラス・M・ボウモント他)【前篇】

出典 目次 はじめに 聖書正典の形成 1世紀 2世紀 3世紀 4世紀 5世紀~15世紀 16世紀

キリスト教正統性の問題と福音主義(by ダグラス・M・ボウモント他)【その1】

出典 目次 キリスト教正統性に欠くことのできない「本質的・根幹的教理」とは何か? 聖書のみで正統性を決定できるだろうか? 1.非聖書的カテゴリー

「典礼乱用」と「聖職者の性犯罪/ゲイ・ネットワーク」の密接なる相関関係について

今日における教会の危機は、以下に挙げる二つの姿勢の中に現出している。すなわち、『グノーシス主義的スピリチュアリズム*1』と『水平的自然主義』である。ーーアタナシウス・シュナイダー司教*2 *1: *2:Bishop Athanasius Schneider is defending traditio…

私の辿ってきた道ーーアンドリュー・プレスラー師の信仰行程【その3】

【その1】【その2】からの続きです。 英国国教会(アングロ・カトリック)出典 目次 はじめての教会訪問 アングロ・カトリックの視点でみた教会観を知る 公同性に関するアングロ・カトリシズム自身の基準が分枝論を排除してしまわないだろうか? 「唯一の…

第二バチカン公会議研究②ーーロマノ・アメリオ著『イオタ・ウヌム(Iota Unum)』(1985年)

ロマノ・アメリオ著『イオタ・ウヌム(Iota Unum)』(原著1985年にイタリア語で出版) Iota unum non praeteribit. Not one jot, nor one tittle shall pass away. (律法の中の一点一画でも決してすたれることはない。)マタイ5:18 目次 第1章ー…

第二バチカン公会議研究①ーー教皇庁教理省「教会論のいくつかの側面に関する問いに対する回答」(2007年)

教会とは何だろう?教会が教会である要素は何だろう。そして教会と非教会の境界線はどこにあるのだろう? 絵:フラ・アンジェリコ作、Lunette of the west wall in Niccoline Chapel 目次 教皇庁教理省「教会論のいくつかの側面に関する問いに対する回答」(…

パウロ六世と古いミサ典書禁止について(ヨーゼフ・ラッツィンガーの回想録より)

なぜ現代カトリック・ミサの多くは、外観においても精神においてもプロテスタント礼拝と見分けがつかなくなりつつあるのだろう?その原因はどこにあるのだろうか。(写真) 目次 ベネディクト16世ヨーゼフ・ラッツィンガー著(里野泰昭訳)『新ローマ教皇…

ユーカリストの本質ーーミサの犠牲的性質に対するプロテスタント諸反論について(by ローレンス・ファインゴールド、ケンリック・グレンノン神学校)【その6】

全世界よ、震え慄け。天よ、歓喜せよ。生ける神の御子キリストが、司祭の両手の中に、祭壇の上に実在しておられる。ーーアッシジの聖フランチェスコ ミサの聖なる沈黙 目次 結語:祭司制と犠牲

クリスチャンの間における「改宗」行為は、それ自体で、「重大な罪」なのでしょうか?ーーあるカトリック神父の苦悩の叫び

ブライアン・W・ハリソン神父(Fr. Brian W. Harrison, O.S. ,1945年 ~)オーストラリア、シドニー生まれ。メソディスト教徒の家庭に生まれ、長老教会で育つ。ルーテル宣教団の一員としてニューギニアで奉仕する。1972年、ローマ・カトリックに改宗。…

フランシスコ教皇のために「道を備えた」人物ーーカルロ・マルティーニ枢機卿の思想と神学について(by ジュリア・メローニ記者)【グローバル性革命とザンクト・ガレン・マフィア】

入念な「地ならし」出典 (執筆:ジュリア・メローニ記者)拙訳

ユーカリストの本質ーーミサの犠牲的性質に対するプロテスタント諸反論について(by ローレンス・ファインゴールド、ケンリック・グレンノン神学校)【その5】

目次 ④「ミサの犠牲はカルバリーから私たちの注意を逸らす」という反論について 回答1ーー御父は私たちの参与(participation)を望んでおられる 代償(substitution)と、参与(participation)それぞれの見方について 回答2ーー人間の状況 回答3ーー「…

ローマ3:28に「のみ(alone)」という語を書き加えたルターの行為は正当化されるのだろうか?(by ダグラス・M・ボウモント)

ルター訳ドイツ語聖書(出典) 目次 ソラ・スクリプトゥーラとソラ・フィデ ヤコブ2章24節 ローマ3章28節 おわりに