巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

信じること、生きること、愛すること

隠れた水晶ーーL姉との出会い

「人格への愛は、その絶えざる変化と分裂にもかかわらず、そこに同一性と統一性を観ることを意味する。愛は、客体化された世界を越えての突破と内的実存への侵入を意味する。客体は消え、『なんじ』は開かれる。」ベルジャーエフ

B神父様からのご返答

著書『どうしたらセキュラー(secular)にならないでいることができるか?ーーチャールズ・テーラーを読む』【ジェームス・K・A・スミス教授へのインタビュー】

A Conversation with James K. A. Smith, 2014(抄訳) インタビュアー:最近の新刊書についてお話ください。 ジェームス・K・A・スミス:『How (Not) To Be Secular: Reading Charles Taylor(どうしたらセキュラーにならないでいることができるか?ーー…

愛ゆえに、愛しているがゆえに。

「あら、ここはどこかしら?」 気がつくと、巡礼者は見知らぬ森の中に入り込んでいました。。。

キリストはへりくだって(♪ Christus factus est pro nobis)【グレゴリオ聖歌】

まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもた…

良き師の思い出

出典 以前の記事の中で少し触れましたが、私はこれまで正式な神学教育をほとんど受けてきていません。望んでいてもその機会に恵まれなかったためでしょうか、私は常に師に飢え渇き、訓育の場に飢え渇いていました。

いつまでも変わらない友情

出典 今朝、東方典礼カトリック教会の方から私宛てに批判の書き込みがあり、それによると、私は ‟真摯な求道者” を装いつつ、その実、(ローマのスキャンダルを騒ぎ立てる)ラジオ・ショーと実質変わらない「ローマ叩き」をしているとのことでした。

宗教改革の殉教者たちよ、私は汝らの裏切り者なのだろうか?

火あぶりにされるトーマス・クランマー(1556年3月21日)出典 殉教者たちの霊前にて おお、トーマス・クランマー。フェリクス・マンツ。ヤン・フス。ゲオルグ・ブラウロック。拷問台で悶絶し、カトリック教権の手によって惨殺された無数の名も無き信…

試練の祝福(by マザー・バジレア)

バジレア・シュリンク著『試練の祝福』より一部抜粋 荒れ野の道のり、困難な道、懲らしめの道、、、そのような時に私たちのだれが神を理解することができるでしょうか。私たちの心が叫びをあげます。「なぜ、このような道に導かれるのか。私はもうだめだ」と…

私の辿ってきた道ーーライサ・マリタンの信仰行程

Raïssa Oumansoff Maritain (1883-1960). ロシア生まれのユダヤ人カトリック女性思想家。十歳の時、家族と共にフランスに移住。ソルボンヌ大卒。哲学者ジャック・マリタンの妻。

教団内のフェミニズム問題、リベラル背教の問題に苦しむ教職者、信徒たちのための慰め、そして避難所ーー属人区カンタベリーの聖オーガスチン会衆

出典 1992年の女性の司祭按手容認という決議から、2014年の女性主教按手容認という決議に到る歳月の間、聖公会内の忠実な信仰者たちは孤立化と行き場のなさという二重の苦しみを味わってこられたと聞いています。

懺悔の涙

出典 中東圏クリスチャンたちのネット・フォーラムを観覧していましたところ、次のような話が交わされていました。

生きがい喪失者の心の世界(by 神谷美恵子)

出典 目次 生きがい喪失者の心の世界 破局感と足場の喪失 価値体系の崩壊 疎外と孤独 無意味感と絶望 自己との関係 不安 苦しみ 悲しみ 苦悩の意味

真実一途ーー三谷隆正

「だが友よ、君が真実やりたいと思うことは何であるか。君がいのちに懸けても欲しいと思うものは何か。 ...われらは真実生きがいのある人生に想いを定めて、一路ただ真実なる一生を眼がけ励めばよい。しかる時、われら真実の人生を握らずに終わるということ…

私の辿ってきた道ーーローレンス・ファインゴールド師の信仰行程

出典 目次 無神論者の家庭に生まれる 美術史の教授との出会い キリスト教美術の世界 石像の研究でイタリアへ 「生きていくのがしんどい。もう生きたくない。」 初めてのミサ カトリックか、プロテスタントか ジョン・ヘンリー・ニューマン カトリシズムのユ…

荒野の美のただ中で(♪ In the midst of desert beauty)

私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で思いにふける、そのために。詩篇27:4(出典)

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【最終回】今壊れているものはやがて元のように修復される

【その1】【その2】【その3】【その4】【その5】からの続きです。 出典 目次 岸まで犬かきする やっとの思いでテヴェレ川の土手まで辿り着く おわりにーー共に旅を続けている仲間たちへ

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【その5】改宗の過程に伴うさまざまな困難と苦しみ

【その1】【その2】【その3】【その4】からの続きです。 「ある意味において改宗とは殉教の一形態である。それには、ーー肉体、精神、知性、キリストへの信仰という自己の明け渡しが伴う。またそれは従順性および、真理へと導かれていくことに対する自発…

暗黒の空に射し込む光

真っ黒な雨雲が突如として裂け、 天から光が降ってきた。

救済に関するカトリック教会本来の教えを私は知りたい。

ダンテの『神曲』ーーこれらの世界観を中世の迷信と片付けることができるだろうか?死後、魂はどこに行くのだろうか?(出典)

蜜の流れる博士(Doctor mellifluus)ーークレルヴォーの聖ベルナルドゥスの信仰と中世シトー会詠唱

クレルヴォーの聖ベルナルドゥス(1090-1153)(出典) 目次 中世後期のシトー会詠唱 O odoriferum lilium(♪おお甘美なユリ) クレルヴォーの聖ベルナルドゥス(by 教皇ベネディクト十六世)

「真理を宣明しなさい。恐れによって沈黙するようなことがあってはなりません。」シエナの聖カタリナ

あなたにあたかも何百万の声があるかのように、真理を宣明しなさい。世界を殺すのは他ならぬ「沈黙」なのです。

典礼という汲み尽くし得ない神秘ーーヨーゼフ・ラッツィンガーの幼少期の思ひ出

ヨーゼフが7才の時に、幼子イエスさまに書いた手紙(1934年)。「しんあいなる幼子イエスさま。いそいで地上におりてきてください。あなたは子どもたちに喜びを運んできてくれます。ぼくにも喜びを運んできてください。ぼくはショットのミサのご本と、…

「主をお愛しになるとき、あなたは清らかです。」(アッシジの聖クララの手紙より)

「主をお愛しになるとき、あなたは清らかです。主にお接しになるときに、あなたはもっと清らかになります。主をお受けになるとき、あなたは童貞女となられます。

死すべき人間たちよ。さあ共に、虚偽の世界を脱出しようではないか!(ストゥディオスの聖テオドロス)

死すべき人間たちよ。さあ共に、虚偽の世界を脱出しようではないか!キリストが呼んでおられる。いざ発たんや。われらが生の歩みは、嘘や心遣いで荒れに荒れる波のうねりの上を安全に進み行く快晴なる航海となるだろう。

ビガーノ大司教による第三の書簡【全訳】

「たとい聖伝に忠実なカトリック信者が一握りしかいなくなったとしても、彼らこそイエス・キリストの真の教会である。」聖アタナシオス(4世紀) 目次(小見出しおよび強調は読みやすさを考え、訳者が任意で付けたものです。) 痛みを伴う決断ーー審判者で…

信じることの苦しみ、そして希望

信じること、生きること。(出典) 三人の忠実なカトリック弁証家が、「自分がもはや教皇フランシスコを擁護しなくなった理由」について率直に語り合っています。

振り返り

コマドリの巣(出典) 「福音が私たちになにかを教えるのだとしたら、まさに(あなたが被っている)その災難ーーそこにおいて恵みが起っている、ということではないかと思う。」 Jason Stellman, Misfit Faith: Confessions of a Drunk Ex-Pastor

「実存的」無神論者と神への欣求(by セラフィン・ローズ、ロシア正教隠遁士)

出典 無神論ーー一見したところ不正にして無慈悲にみえる神に対する憎悪心に燃えた真の‟実存的”無神論ーーは、一つの霊的状態である。それは、真の神を捉えんとするリアルな苦闘である。自らをアンチクリストと呼んでいたニーチェは、それにより、キリストに…

私の辿ってきた道ーー元無神論哲学者ランダ・チェルヴィン女史の信仰行程【前篇】

Ronda Chervin, Ph.D.(1937-) 目次 特異な家庭に生を受けて 「愚鈍な」祖母の祈り 両親の離婚 初めて聴いた聖なる音楽 近所のカトリックの子たち 人生の目的 サルバドール・ダリの絵画 G・K・チェスタートン、カール・アダム等を知る ダリの「最後の晩餐」