巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

信じること、生きること、愛すること

私の辿ってきた道ーーローレンス・ファインゴールド師の信仰行程

出典 目次 無神論者の家庭に生まれる 美術史の教授との出会い キリスト教美術の世界 石像の研究でイタリアへ 「生きていくのがしんどい。もう生きたくない。」 初めてのミサ カトリックか、プロテスタントか ジョン・ヘンリー・ニューマン カトリシズムのユ…

荒野の美のただ中で(♪ In the midst of desert beauty)

私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で思いにふける、そのために。詩篇27:4(出典)

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【最終回】今壊れているものはやがて元のように修復される

【その1】【その2】【その3】【その4】【その5】からの続きです。 出典 目次 岸まで犬かきする やっとの思いでテヴェレ川の土手まで辿り着く おわりにーー共に旅を続けている仲間たちへ

私の辿ってきた道ーーダグラス・M・ボウモント師の信仰行程【その5】改宗の過程に伴うさまざまな困難と苦しみ

【その1】【その2】【その3】【その4】からの続きです。 「ある意味において改宗とは殉教の一形態である。それには、ーー肉体、精神、知性、キリストへの信仰という自己の明け渡しが伴う。またそれは従順性および、真理へと導かれていくことに対する自発…

暗黒の空に射し込む光

真っ黒な雨雲が突如として裂け、 天から光が降ってきた。

救済に関するカトリック教会本来の教えを私は知りたい。

ダンテの『神曲』ーーこれらの世界観を中世の迷信と片付けることができるだろうか?死後、魂はどこに行くのだろうか?(出典)

蜜の流れる博士(Doctor mellifluus)ーークレルヴォーの聖ベルナルドゥスの信仰と中世シトー会詠唱

クレルヴォーの聖ベルナルドゥス(1090-1153)(出典) 目次 中世後期のシトー会詠唱 O odoriferum lilium(♪おお甘美なユリ) クレルヴォーの聖ベルナルドゥス(by 教皇ベネディクト十六世)

「真理を宣明しなさい。恐れによって沈黙するようなことがあってはなりません。」シエナの聖カタリナ

あなたにあたかも何百万の声があるかのように、真理を宣明しなさい。世界を殺すのは他ならぬ「沈黙」なのです。

典礼という汲み尽くし得ない神秘ーーヨーゼフ・ラッツィンガーの幼少期の思ひ出

ヨーゼフが7才の時に、幼子イエスさまに書いた手紙(1934年)。「しんあいなる幼子イエスさま。いそいで地上におりてきてください。あなたは子どもたちに喜びを運んできてくれます。ぼくにも喜びを運んできてください。ぼくはショットのミサのご本と、…

「主をお愛しになるとき、あなたは清らかです。」(アッシジの聖クララの手紙より)

「主をお愛しになるとき、あなたは清らかです。主にお接しになるときに、あなたはもっと清らかになります。主をお受けになるとき、あなたは童貞女となられます。

死すべき人間たちよ。さあ共に、虚偽の世界を脱出しようではないか!(ストゥディオスの聖テオドロス)

死すべき人間たちよ。さあ共に、虚偽の世界を脱出しようではないか!キリストが呼んでおられる。いざ発たんや。われらが生の歩みは、嘘や心遣いで荒れに荒れる波のうねりの上を安全に進み行く快晴なる航海となるだろう。

ビガーノ大司教による第三の書簡【全訳】

「たとい聖伝に忠実なカトリック信者が一握りしかいなくなったとしても、彼らこそイエス・キリストの真の教会である。」聖アタナシオス(4世紀) 目次(小見出しおよび強調は読みやすさを考え、訳者が任意で付けたものです。) 痛みを伴う決断ーー審判者で…

信じることの苦しみ、そして希望

信じること、生きること。(出典) 三人の忠実なカトリック弁証家が、「自分がもはや教皇フランシスコを擁護しなくなった理由」について率直に語り合っています。

振り返り

コマドリの巣(出典) 「福音が私たちになにかを教えるのだとしたら、まさに(あなたが被っている)その災難ーーそこにおいて恵みが起っている、ということではないかと思う。」 Jason Stellman, Misfit Faith: Confessions of a Drunk Ex-Pastor

「実存的」無神論者と神への欣求(by セラフィン・ローズ、ロシア正教隠遁士)

出典 無神論ーー一見したところ不正にして無慈悲にみえる神に対する憎悪心に燃えた真の‟実存的”無神論ーーは、一つの霊的状態である。それは、真の神を捉えんとするリアルな苦闘である。自らをアンチクリストと呼んでいたニーチェは、それにより、キリストに…

私の辿ってきた道ーー元無神論哲学者ランダ・チェルヴィン女史の信仰行程【前篇】

Ronda Chervin, Ph.D.(1937-) 目次 特異な家庭に生を受けて 「愚鈍な」祖母の祈り 両親の離婚 初めて聴いた聖なる音楽 近所のカトリックの子たち 人生の目的 サルバドール・ダリの絵画 G・K・チェスタートン、カール・アダム等を知る ダリの「最後の晩餐」

使徒的書簡「東方の光(Orientale Lumen)」(by ヨハネ・パウロ二世、1995年)【英文】

「あらゆる善の中でも至高善である『一致』が、あなたにとっての最大の関心となるよう専心しなさい。」ーーアンティオケの聖イグナティオス(『聖ポリュカルポスへの手紙』2世紀) Inside the 1,500 year old church at the Syrian Orthodox monastery of M…

人間生活の尊厳にかかわる事柄が「多数決」によって決定されていくような教会に属しつつ、果たして人は生を営み続けていくことができるのだろうか?(by クリストファー・フィリップス)

Fr. Christopher George Phillips(1949-) 質問者:フィリップス神父、あなたが以前に属していた信仰共同体にどのような欠けがあったために、あなたの内でカトリックへ改宗したいという思いが生じてきたのですか?

恩寵の光ーーユダヤ人男性チャールズ・ライヒの信仰行程

目次 ハシディーム派の家庭に生まれる シナゴーグでの祈りの生活 ニューヨークへ移る。信仰を失う。 絶望 教会の会堂 恩寵の光 天のふるさとを待望しつつ

試練と痛みの中にある東欧の兄弟姉妹のために共に祈ろう。【ウクライナ正教会を巡る宗教政治問題】

東欧の信仰者たちは迫害と動乱の中を懸命に生き抜いてきた。彼らに主の御加護があらんことを。(出典) 「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。あなたがたはキリストのから…

イグナティオスによるスミルナ人への手紙【AD2世紀前半】第9章-最終章

アガペー(愛餐;ἀγάπη)ローマのカタコンベ壁画(出典) 目次 第9章 司教を敬いなさい 第10章 彼らの親切を想う 第11章 アンティオケに使者を遣わしてほしい 第12章 あいさつ 第13章 むすび 第1章はココ。第2-8章はココ。

私の辿ってきた道ーージェイソン・スチュワート師の信仰行程

目次 正統長老教会(OPC)の牧師である自分に一体何が起こったのか 1.プロテスタント宗教改革の肯定的諸原則 2.教父たちの文書 3.教会権威の問題 「聖書のみ」の教理は自明の理ではないのか? おわりに

分裂があたかも一致であるかのようにみなし、分裂に安住することについて(by ブライアン・クロス、マウント・マースィー大学)

The Handing-over the Keys (Sanzio Raffaello、1515) 目次 「一致(unity)」に関する二つの異なる観念 プロテスタント、カトリックそれぞれの教会観 中間的立場は存在しない 共に立つために

それでもやはり、第二ヴァチカン公会議後のカトリックの方向性に非常に不安を感じる。

Big Red Nose Clown Mass(出典) カトリック汎進化論の心 - ✟ キリストの心とキリスト教 ✟ The Mind of Christ and of Christianity ✟ 上記のような堅実なカトリックの方々による内部批判は何を意味しているのでしょうか。どんなに肯定的/好意的に捉えよう…

「神の母」(=テオトコス)という聖母マリアの称号に関する考古学的発見と、個人的苦悩の告白

目次 「神の母」と私の苦悩 【補足資料】 「スブ・トゥウム」を記した最古の資料 参考文献

「ヘブル的視点」の兄弟と「非ヘブル的視点」の兄弟の永遠の和解と再会の場所ーーユーカリストのヘブル的ルーツについて(by ブラント・ピーター、カトリック教会)

全能なる神が、伝統的キリスト教会の中にすでに「恒久的に」ヘブル的ルーツを植えてくださっているため、「回復」のための新運動自体がそもそも必要ないという事実は、私たちキリスト者にとって喜びと慰めに満ちた知らせではないでしょうか。こうして私たち…

なぜ福音主義キリスト教はかくまで力強く人々の心に届くのだろうか?

「福音主義が間違っているのなら、なぜ福音主義者やペンテコステ主義者たちの宣教や愛の奉仕によって、実際的な実が世界中で結ばれているのだろう?」みなさんは、そう思われたことありますか?

改宗の過程に伴う困難さについて(by パトリック・マドリード)

出典 「ある意味において改宗とは殉教の一形態である。それには、ーー肉体、精神、知性、キリストへの信仰という自己の明け渡しが伴う。またそれは従順性および、真理へと導かれていくことに対する自発性をあなたに要求してくることだろう。実に多くの人にと…

ある修道士との対話から学んだこと

ΙΕΡΑ ΜΟΝΗ ΤΙΜΙΟΥ ΠΡΟΔΡΟΜΟΥ ΣΤΕΜΝΙΤΣΑΣ - Μοναστήρια της Ελλάδος 先日、ペロポネソス半島の山岳地帯にあるプロドロモス修道院を訪れました。直角にそそり立つ岩壁の中にある古い修道院です。何百メートルもの下には真っ青なルシオス川が轟々と流れており、…

「正統性」とは何だろう?

彼らは「何/誰」によって殺されたのだろうか? 出典 John Foxe, Foxe's Book of Martyrs, Chapter 16(抄訳)